情報って大事
桜田と会った日、家に帰ってきた俺はとてつもなく疲れていた。手短にお風呂を済ませると、髪もそのままに寝てしまった結果、次の日起きた時には寝ぐせでとてもじゃないけれど言い表せないようなひどい状況になっていた。
それでも言葉にするなら、メデューサになった気分・・・・・・
朝起きて俺が初めに思ったことは、今日は楓がいないんだということだった。
楓は友達の家でパジャマパーティーをしている。今日はそのまま登校し、帰ってくるのはその後という予定になっている。
朝食を取りながら、昨日の話の最後に桜田に学校には行ってみて欲しいみたいなことを言われたなとぼんやりと思い返していた俺が、楓が座っている椅子を眺めながら、帰ってきたら昨日のことをどうやって話そうかと思い悩んでいた。
そんなときに家のチャイムが慣らされた。それに続くように「宅急便でーす」という声が聞こえてくる。
「楓が何か頼んでいたのかな」
そんなことを思いながら俺は玄関の戸を開けようと扉に手を付いた状態で思考が加速度的に回った。
さすがに寝起きのまま出るのはまずいよね・・・・・
俺は何か羽織れるものを探しにリビングに戻る。
あたりを見回したら楓がいつも羽織っているような着方をしているジャージがあったのでそれを拝借し、俺はもう一度玄関に移動。
そして今度こそ、外に出た。
配達員は俺が出てきたのを確認するなり、
「えっと、瑞樹さんにお届け物です」
「え、俺に??」
その俺の言葉には返答はなく、配達員の男性はいつもの流れを再現するかのように言葉を続けて
「ここに印鑑をお願いします」
「あ、はい」
俺は言われるがまま指さされた場所に印鑑を押して荷物を受け取った。
配達員は俺に荷物を渡して、一言お礼を言って戻っていった。俺は玄関の戸を閉めリビングに戻ってくるなり、とりあえず荷物の差出人を確認した。
そこには桜田環という名前があった。
「あの人から荷物とか、危ないものじゃないだろうな・・・・・」
一応は信用しているけれども何か貰い物をするような間柄では決してなかった。
とりあえず開けてみようと段ボール箱のテープのところにカッターで切れ込みを入れ、中身を取り出す。
それを見た俺は唖然としてしまった。
そこには俺が通うはずだった高校の女子用の制服が入っていたからだ。ちなみにあくまで興味本位で着見てみたところサイズはジャストだった。
それには俺は恐ろしさしか覚えない。なぜなら、制服を作るにはそれなりの手順を踏む必要がある。それは、サイズだったり高校の名前だったりお金だったり・・・・・
これらすべてを整えた状態で頼んだとしてもそれは昨日とか一昨日とかの話じゃない。
つまり、少なくとも一週間前には注文していたということを今知った俺は、女性がストーカーを怖がる理由をその身をもって体験したに等しい感情を手に入れたということだった。
手に入れたのに失ったものの方が多い気がした・・・・・・
「外って怖い・・・・・」
そんなことを言いながら独り言をつぶやく。誰もいない虚しさだけが俺のもとに返ってくる。
この時の俺はまだ見られていたのではなく、知られていたのだということを知らないのだった。いや本当に何も知らないだけなんだけど・・・・・・
夕方、授業を終えて帰ってきた楓はテーブルに座って俺がパソコンで何やらやっているのを見てそれを覗いてきた。
その時、俺がやっていたのは女の子になってからの情報や生活をまとめた日記だった。俺は昨日の桜田との話をそこでまとめていた。
「お兄ちゃん、そんなこともやってたんだ」
「一応ね」
「前はそんなまめじゃなかったのにどういう心境の変化?」
「忘れないためって言うのと何が起こるかわからない状況だから情報を整理しておくためにやってる」
「そっか~」
俺の回答に納得したのか、楓は肯定の返事を返してきてその上で少しばかりひどいんじゃないかと思うことを言ってくる。
「日記とかつけてると本当に女の子みたいだよね~」
「そんなことよりも」
俺はそのいじりに対しては無関心を装い、昨日のことを話そうと話題を変える。
「昨日話をしてきた感想なんだけど」
「ちょっと待って、荷物置いてきちゃうから」
「わかった」
楓は俺の返事よりも素早く荷物を持ち、自室に駆けて行った。
楓はすぐに戻ってきていつものように俺の前に座った。
「準備オッケーだよ、お兄ちゃん」
そして俺は話し出した。
話していく中で自分でも情報を整理する。そして今日届いた荷物のことも話しておいた。
その結果、楓が俺に質問したのは二点だけだった。
それは、やはり情報を集めるなら学校に行くしかないということと、桜田の動きがあまりにも早くないかということだった。
前者は、どうしても悩ましいことだ。
もし、気づくやつがいたらいたで、俺にとって痛手である。逆に気づくやつがいないならいないで事態は悪化していると言えなくもない。
そして後者。
これは、俺も感じた違和感のようなものだった。
桜田の説明を鵜呑みにするのであれば、今日この制服が届くのは変である。理由は単純。俺がまだ女の子になってからようやく一週間経とうかというところだからである。
つまり、桜田は俺に言っていないことがあるということだった。
桜田を信用しなければ解決まで行くことは今の俺には難しいのも事実だが、信用して大丈夫という根拠はとくにこれといってないのであった。
それでも答えは決まっている。
俺の第一目標は元に戻ること。
ならば、危ない橋でもわたるしかない。そう思えるほどの常識外のことが今起こっているのだから。
「ところでお兄ちゃん。その制服を着て学校に行くとしたら、初、出席になるわけだけれど、学校にはなんて連絡しておこうか」
「・・・・・・」
そういえば、俺は入学式の日以来無断で欠席し続けていた。初めは無理やりに近い感じで何とか風邪ということにしたような気はするけれど、それならば、それが治ったということにしておこうと思った。
何も治っていないけれど・・・・・・
「やっぱり家で何かしてようかな・・・・・」
「何かって?」
「例えば・・・・・」
目の前のパソコンに目が行き俺は、それで何かできるものを探した。その結果、俺でもよくわからない解答が出た。
「小説書いたり???」
「何それ、面白そう。じゃあ、主人公はお兄ちゃんで決まりだね」
「そ、そうかな???」
俺の頭はすでに思考を止めていた。
<ゲーム会社の廃墟ビル>
桜田はその日、うなるほどに悩んでいた。
彼にはもう糸口が見えかけているような状況。なのに手を出すことができなかった。
それもそのはず、今は彼の手番ではないからだ。
今は彼女の手番であった。
彼女とは??
もちろん円城輪花のことだ。
彼らは今、将棋をしていた。
そしてここで舞台はひっくり返る。輪花が文字通り将棋盤をひっくり返したからだ。
「なぜ私たちは将棋をしているんだっけ、桜田君」
「それはもちろん、暇だからですよ、輪花さん」
僕は輪花さんの調子に合わせて言い訳をする。もちろん、僕は暇などではなかった。
これからも彼女、いや彼のこの状況を打開するために動かなければならないのだが、如何せんすることがなくなっていた。
それは、この状況の解決方法は単純明快、僕ではこの先の情報は手に入れられないからである。
つまり彼が頑張るときを待っているという状態だった。
「それにしても、桜田。私はもう少し、早く動いても良かったと思うのだけれど、どうして私はまだあの娘とあってはいけないんだろうな」
「それは、思わず答えを言ってしまいかねないからではないですか? 答えを言ってしまったら、真相にたどり着いてしまう。彼は魔女の呪いに掛かっている。魔女とはつまるところ、魔法を使う女性を指し示す言葉ですけれど、もちろんそれだけじゃない。僕たちが言うところの魔女は一人しかいないですからね。それが問題なのでしょう」
「とは言っても、あちらからやってきてくれるものなのかね~」
「そこは大丈夫なんじゃないですか。あの人が言っているのですから」
輪花さんはそうなのだろうという返答代わりに沈黙を返した。
それでも輪花さんは納得がいっていないのか、ぶつくさと独り言のようにつぶやいた。
「私もそれなりに識っていると思うんだがね」
それを聞いた僕は、「そりゃそうですよ」と言いそうになりかけて、慌てて喉から声が出るのを抑えた。
だってこの人は過去の出来事のありとあらゆることを識っているのだから。
これはネタバレ!?
プロローグはこの後辺りになっていたりします。




