黒い人型
「これは」
粉々に砕かれた刃を見て輪花さんは苦悶の表情に浮かべた。
それは、刀が砕かれるところを確認できなかったからでもあり、また輪花さんにとって居合切りが効かなかったことは絶対的な切り札が効かなかったことを意味していた。ありていに言えば、敗北である。
「時間稼ぎ程度にはなったみたいですね」
輪花さんは地上にいる桜田たちのことを一瞥した。
「ここは空中なので私も余裕ないんですけど」
黒い球体が人型と呼称するに足りる姿になったところで、悪寒が走った輪花さんはそんなことを口ずさみながらもう一つお得意の武術の歩みで空中を勢いよく蹴って逃げの一手。
その背後を手と思わしき部位が伸びて迫ってきていた。
「はっ!!!」
黒い手が刀の鞘に触ったところで輪花さんの姿が消えた。
地上では、俺がガッツポーズに恥ずかしがって一度話が中断したことで桜田が黒い球体の変化に気づいていた。
黒い球体が人型のような形に変わるところも桜田につられるようにして観戦していた俺も確認できていた。そして輪花さんの刀が砕かれたところも。
輪花さんが咄嗟に逃げる判断をしたことで、桜田は
「瑞樹ちゃん警戒態勢よろしく頼むよ」
そう言って、自身は紙と筆を取り出していた。
「あっ!!!」
輪花さんが消えた・・・・・・
と、思ったところで後ろから輪花さんが肩を叩いてきた。
「だ、大丈夫・・・・・・ですよ。桜田が、たすけて、くれましたから」
「いや~、口寄せを準備してよかったよ。原理は不明だけど鞘が分解されているから、あのままだったら痕跡すら残さずだったね」
口寄せ。
桜田が物体を移動させるときに使う札の一つだ。
「僕たちも準備万端整えてきたつもりだったけど・・・・・・」
「瑞樹さん、この残った二振りを持っていってください。魔力で具現化させるよりも消費を抑えられるはずですから」
「ありがとう」
俺は刀二本を受け取った。
刀を腰に装着してもらった俺は黒い人型に向き直る。
正直怖い。戦いなんていくら経験しても性に合っているなんて思わないし、この怖さもなくなるとは思えない。だけれど、これは俺が立ち向かわないといけない戦いだ。
誰かのためじゃない。自分のために、自分の思いを通すための戦い。
それは自分の行いの顛末だったかもしれない。
それは巻き込まれたことの顛末だったかもしれない。
でもそれらは今は自分で受け入れた現実で、自分の望んだ未来を手に入れるために走ってきた証だ。今さら投げ出すつもりもないし、相手が悪魔王と呼ばれる神様だって関係ない。
自分を通したいとき、立ちはだかる壁がないことの方が少ない。
避けて通れるうまいやり方を知っていればそれが一番いいのかもしれないけれど、今回そんな方法は無いだろう。そういうときはぶつかるしかない。
自分を、己を、我を通したいなら、ぶつかるしかない、そんな時が来たのだ。
「瑞樹ちゃん、僕は空には上がれないからここからのサポートになるけれど、頑張って」
「瑞樹さん、思っている以上に速い動きをしてきます。気を付けて」
「うん。やれるだけやるしかないから、大丈夫」
・・・・・・大丈夫よ。防御は私もやる。あなたは攻撃に集中して。
リリンの声が聞こえた。
すっと緊張が解けた気がした。だってリリンとともに戦って負けたことなんてないのだから。
「行ってくる!」
「魔導書起動。マスター戦いですね。魔術サポートを開始。浮遊します」
空中で黒い人型に相対し、思った以上に大きいことに驚いた。
自分の二倍くらいの大きさはあるだろうかという黒い人型。
球体の時よりはるかに大きくなっている。つまり成長しているということだろうか。謎多き黒い人型だけれど、とりあえず情報を得なければいけないなと思い、俺は遠距離から水玉魔術を飛ばす。
炎じゃないのは煙で見えなくなることを嫌がったためというのもあるけれど、私は水魔法の方が得意だからというのが大きい。
「えいっ・・・・・・」
特に効いている様子はない。というか当たったのかすら怪しい。
ただの水玉ではあるけれど、勢いは段違いに速くしているつもりだ。もっとへこんだりしてもいいのに・・・・・・
ということで、今度は自分に向けて撃つように、黒い人型の後ろから水玉を発射させてみた。
「えいっ・・・・・・」
自分からは水玉は見えない。
距離的にもう着弾はしているはず。
どうやらすり抜けているわけではないみたいだ。
決して頭がいいわけではない俺は、威力をあげることしか思い浮かばないのをリリンがいい塩梅で助言をくれる。
・・・・・・効いてないのか、防がれているのか、まだわからない状態での魔力の大きな消費は抑えるべきよ。まずは、あの女性と同じように刀で切ってみましょう。
「わかった」
空中での動きにはリリスとの戦いで慣れていた俺は、魔導書の補佐もあり、もう自由自在だ。
刀に魔力を込める。
叢雨さんとの戦いの時とは違い、今回は魔力だけ。
そして、静かに斬りかかるのだった。
剣道みたく大きな声を上げたりしないよ。聞こえてるのか知らないけれど・・・・・・




