九話 「女鍛冶師」
9話目になります
累計PV1万5千越えユニーク3千越え 有り難う御座います
更新少し空きが在りましたが、これからも頑張ります
エノーラが俺の下に来て一月。今だ俺の頭には彼女が大人の女性である事を捉え切れないでいる。ただ、彼女の鍛冶師としての腕は一流と言えるだろう。正直俺なんて転移者チート能力で技能が高いだけだが、彼女は違う。元々俺がこの世界で鍛冶師としてレベルが高いのは日本での知識が在るからだ。
金属の種類・合金の金属比率・そして鍛造といった加工硬化を知っているからだ。何故そんな事を知っているのか…俺にも判らん。俺は只の食品メーカーの営業マン。大学も三流経済学部と金属とは何の縁もゆかり無い。だが、日本で知りえ無かった事を知っている…多分俺が何故この世界に居るのかと関係が在るんだろうが、そんな事を俺が知る良しもない。つまり知りようがないし、知ったら多分日本へ帰れる事も可能かもしれない。だから、考える事を辞めたのだ。知ってるなら知ってるで良いじゃないか、それで自由気ままに生きられるなら深く考えず受け入れる。其れが、俺が出した答えである。
「エイジス殿は…私の槌よりも多く金属を叩くのですね」
「あぁ、其の方が硬くて強く成るからな」
「それに、熱する回数も多い」
「ああぁ、叩く内に冷めちまうからな」
「…それが、貴方の秘密ですか」
「他にも在るぞ。素材とか形そして冷まし方…熱して叩けば良いって訳じゃ無い」
「・・・」
「お前…何で鍛冶師に成った?」
「…それしか私には道が無かった。この通り、見てくれは幼子の女だ。冒険者には成れず、変な男共は近付いてくる。親も無く守ってくれるものは居無い。自分を守る為に、偶然作った小さなナイフ。棄てられていた鉄板から削りだしただけのフニャフニャなナイフを、私の師匠が面白いと私を拾ってくれた。その師匠も、もう居無い。私に残ったのは鍛冶師だけなんだ」
炉の中の燃え盛る炎を見詰ながら、エノーラは彼女の過去の一端を俺に聞かせる。コイツも俺と同じく1人なんだと思った。俺は挫折して、ズルして、この世界の理から外れた、外道の鍛冶師となったが、コイツは違う。
そう思えた時、俺は初めて彼女を大人の女性として見る事が出来る様になる。
徐に只の鉄の塊を取り出し、錘として整形する。
「コレが基準の鉄の重さと思え。後は錬金術を学べ、鉄は鉄以外と溶かす事で更に強くなる事ができる。鉄もミスリルやアダマン鋼以外にも知られて居無い物が数多く存在する。ソレ等を知る事。選分ける事、適切な割合を知る事。其れが素材を作る一歩だ。どんなに腕が在っても素材が劣るなら、俺の作る物には及ばん」
その後、モネやレナに与えた魔道具より知識が豊富なモノをエノーラに与える。但し身に付くには時間が掛かる様に細工をしている。多くの知識を頭に一気に詰めすぎると頭がパンクする恐れと、経験と知識が偏らない様にする為だ。
そして、彼女が俺の寝所に1人現れた、その夜はレナもモネも俺の寝所には現れなかった。彼女を1人の大人の女性として俺は扱う。レナ達や俺の分身とは違う表情を見せる。否、この家に訪れて初めて見せる姿だ。
エノーラの仕事は、その後停滞期を迎える。知識が身に付いたからだ。考える事を始めたからだとも言える。彼女は『何故?』を知ったのだ。だから、悩み手が止まり、検証し験してみる。結果俺をも超える鍛冶師となるだろう。俺は、ソレで良いと思った。所詮俺はイレギュラーな存在なのだ。歴史は紡ぎ俺の名はやがて消える。
だが、エノーラは、この世界の人間として歴史に刻まれるだろう。『希代の名工』の名は俺より彼女が相応しい。
「旦那様。どうしてアレだけ避けられていたにアソコまでしたのですか?」
「お前達には、俺が居る。俺が死ぬまでお前達を守る。それが、主としての勤め。だが、彼女は違う。アレは1人だ。やがて、認め合うモノと出会えるだろうが、それは俺じゃ無い。だからだ」
「…はい。私達は供に旦那様に付いて参ります。買われた事の喜びを抱いて、一生御仕え致します」
敢えて俺は、エノーラの悩みに手を貸さなかった。彼女が乗り越える問題だからだ。暫くして彼女は何かを閃いたように、作業に没頭する。作っては熔かしの繰り返しを続ける中、漸く満足の行く『鉄の剣』作り上げる。見た目何の変哲も無い只の剣。だが、その重さ・バランス・切れ味そして強度の全てが、この世界の鍛冶師達の作り上げた鉄の剣より、素晴らしいモノである。『ランク5』エノーラが作った中で最高の剣となっただろう。
「やったな」
「有り難う御座います」
「うん。コレだけのモノが作れたんだ。後は地道に重ねていけば良い。閃きを忘れず行け!もう俺から「これからも!」」
「コレからも…私を導いて下さい。奢る事の無い様、貴方の元で私の成長を見届けて下さい。…私は1人ですから…己の過ちに気付かないでしょ。ですから…」
「俺には…「エノーラさん!」」
「エノーラさん。旦那様は貴方をお見捨てには為さらないわ。だから安心して」
俺の台詞を遮りレナが語りだす。彼女の言葉にエノーラは救われたような笑顔を俺達に向ける。レナは振り返り深々と俺に頭を下げながら詫びを入れた
「勝手な行いをお許し下さい…ですが、彼女もまた、私や、モネの様に旦那様の愛が必要なのです。どうか…お傍に置いて下さいませ」
こうして、エノーラは正式に俺の愛弟子としてこの家に留まる事になった。驚いた顔を見せたのは鍛冶師GM『モゼール』だが、エノーラの作った『鉄の剣』を見て納得する。
「そうか…ワシらでも、ランク5のモノが作れるか。うんうん。希望が見えたワイそうか。そうか」
1人笑みを浮かべ彼は、去っていく。後にギルドから正会員の証のプレートが届く。当然俺宛では無くエノーラだ。だが、これでこの工房から、材料の発注が正規の価格で取引される。まぁ~正規品を作るのはエノーラであり、その手伝いをするのはモネとなるのだが、俺は今まで通り勝手気ままに作り続けるだでけさ。
九話 「女鍛冶師」 完