表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/48

10 武器屋と薬屋

 飛龍の件で頭を痛めたものの、今悩んでも仕方ないと切り替え、現地の武器を直に見るために武器屋へと向かった。




 北郷達が入った武器屋は個人経営の店で、イリオスにおいてごく一般的な店だ。

 長剣や槍、弓矢などファンタジー世界でお馴染みな武器が並ぶ中、マスケット銃やピストルなど銃器類も壁に飾られていた。


「い……いらっしゃい」


 カウンターに座っていた30代後半の店主が北郷達に声をかけた。


 始めに声がどもったのは、魔術師の格好をした北郷を見たからだ。

 魔法を武器とする魔術師は魔法の修行のみに全力を注ぎ、自らの体を鍛える事などまずしないので武器屋とは縁遠い存在だ。大手の武器屋なら魔法を付与して貰うために依頼する事もあるが、店主の店は前記したようにイリオスで平均点な店で、バカ高い魔法の付与を依頼する余裕など無い。

 そんな魔術師が何故自分の店に来たのかと疑問を持ったが、魔術師の後ろに付いてきた護衛らしき4人の男を見て目的を理解した。




 そんな店主の微妙な挨拶を無視して、北郷達は店の奥へと進んだ。

 先程上げた武器類だけではなく、胸甲や全身鎧、チェーンメイル、兜など防具の類いも展示されているが、数は少なめだ。


(…やはりファンタジー世界や中世の時代と違って、銃器類の発達で鎧の価値が下がったから防具の人気は薄いんだろうな…)


 そんな事を思いながらも、現地の冶金技術などの調査のために全てコピーする。

 他人から見れば軽く首を振って防具類を一瞥しただけにしか見えないが、見るだけでコピー出来る北郷にとってはこれで十分なのだ。







 そんな何気に凄まじい事をした後に、壁に飾られているマスケット銃の前に立ち、北郷はおもむろに手に取った。

 見るだけでコピー出来るのだから手に取る必要など無いのだが、何となく実際に触りたくなったので手に取り、構えて見た。


(……懐かしいな。本土統一以前はこれで奮闘したモノだ。

 …まぁ、相手は銃どころか鉄さえロクに知らない縄文人だったがな…)


 博物館で懐かしい物を見かけたかのような感慨にふけっていると、店主が声をかけて来た。


「ほぉ…魔術師にしちゃぁ、随分様になってるな」


 北郷自身が実際に前線に立つ事は少なかったが、技術指導などの際には実演をする必要があったので、基本はしっかり習得していた。


「…まぁ、何度か使った事がありましたから…」


 言葉を濁しながら答える北郷に、店主は何やら頷きながら答える。


「成る程……まぁ、何があったのかなんて野暮な事は聞かんよ。誰にだって話したくない過去はあるからな…」


 店主は勝手に「過去に何か辛い事があったのだろう」と北郷を気遣ったのだが、実際には「500年以上前に使ってたなんて言えないし…」と言い澱んでいただけだった。

 勿論北郷はその食い違いを理解していたが、わざわざ相手が都合良く勘違いしてくれたので何も言わず、店主に合わせて何とも言えないような空気を作る。




「…………」

「…………そ、それよりも、今日は護衛達の装備の強化に来たのか?」


 空気に耐えられなかったのか、それとも気遣ってなのか店主は愛想笑いを浮かべながら目的を尋ねた。


「…えぇ、そんな所です」


 既に店内をぐるりと見回し、展示されている商品のコピーは完了したので用事は済んだのだが、もしかしたら店の奥に魔法が付与された装備があるのではと思い、ダメ元で北郷は尋ねた。


「この店に魔法が付与された装備ってありますか?」

「いや、残念だが家みたいな小さな武器屋にそんな維持費がバカ高い物は売ってねぇ。

 …て言うか、お前さんまだ駆け出しだろ? そんな金あるのか?」

「…何故駆け出しと分かったんですか?」


 駆け出しに見えるように魔石を隠したり、護衛達の装備をあえて貧相にしたり夫したのだから駆け出しに見えてくれなければ困るのだが、未だに判断基準がよく分からないので北郷は尋ねる。


「そりゃあ、一目見りゃ分かるさ。

 稼げるようになった魔術師の大半はデカイ魔石を買っては見せびらかすように身に付けるし、ローブに金糸や銀糸で派手な刺繍を入れたり、護衛の装備も豪華な物にする事が多い。

 お前さんは杖を仕舞ってるし、ローブも黒一色で材質も絹とかじゃないし装飾品も付けてない。護衛も装備は長剣と短剣だけで、鎧や防具の類いも一切身に付けていない。

 見るからに魔術師になったばかりの駆け出しの筈だ」


 だろ? と言わんばかりの店主に、北郷は頷いて肯定する。

 これまでの道のりで自分以外の魔術師を見たことが無かったのでどういった人種なのかが分からなかったが、相当な派手好きなんだという事を理解した。


「えぇ、まだ魔術師ギルドにも所属していない新人です。箔を付けるために魔法が付与された装備が欲しかったんですが……やっぱり高いんですかね?」

「高いなんてもんじゃないさ。装備自体が10エクシード以上するのも珍しく無いし、それに何より、定期的に魔法をかけて貰わなくちゃいけないからとんでもない金食い虫だぜ?

 まぁ、自分で強化魔法をかけられるならそうでも無いが……お前さん出来るのか?」

「…いえ、残念ながらまだです。魔術師ギルドに入れば魔術書が見れるそうですから、それで覚えようかと…」


 現在北郷が使える魔法は支給された魔術書に書いてあった魔法だけで、その中には肉体の強化魔法は書いてあったが物質の強化魔法は書いていなかった。

 最も、例え魔法が使えなかったとしても金を無限にコピー出来る北郷ならば、バカ高い装備の購入や維持もさほど難しくは無いが。


「成る程、それで魔術師ギルドの支部があるイリオスに来たって訳か。

 まぁ…賢明だな。同じ魔術師でも強化魔法を使えるか使えないかでかなり稼ぎが違うらしいから、覚えるに越した事は無い」

「えぇ、そうですね」


 イリオスに魔術師ギルドの支部があるなんて知らなかったので北郷は内心驚いたが、長年の経験から毛ほどの動揺も見せずに肯定しておいた。




「では、魔法が付与された武器はどこに売っているんですか?」

「そうだな…貴族や軍に卸している大手の武器屋とかもあるが……やっぱり量、質ともに優れているのは魔術師ギルドだな。

 知ってるとは思うが、魔術師ギルドは武器の他にも、マジックアイテムやポーション、魔石とか魔法関連の商品をほぼ独占している。他の店でも売ってない訳でも無いが、やっぱり品揃えでは魔術師ギルドには敵わないのが現状だ」

「成る程…」


 思いもかけずに入った重要な情報に、北郷は頷く。魔術師ギルドが魔法関連の物を独占している事は北郷も予想はしていたが、確信は無かった。


「でも魔術師ギルドの商品はやや割高だし、ギルド員じゃないと値引きもほとんどしてくれないから俺達にとっちゃあ微妙だ。

 まぁ…期限切れ間近なポーションなら結構値引きしてくれるがな」


 店主の言葉に成る程と再び北郷は頷いた。

 幾ら『保存』魔法を使おうが最大でも1年しか保たないので、期限が過ぎればただの苦い水になってしまって魔術師ギルドは大損だ。

 だったら期限切れが間近なポーションは値引き交渉に応じるしかない。例え二束三文になろうが、売れなければ大赤字になってしまうのだから。


「ギルド員だと値引きしてくれるんですか?」

「あぁ、結構サービスとかもしてくれるらしいが……魔術師は気位が高いのが多いから、値引き自体あんまりしないみたいだぜ。勿体ねぇ…」


 魔術師は自分達は王侯貴族と同様に選ばれし者であるという選民意識が強く、誇り高いので値引きなどの行為を好まない。オマケに魔術師の大半が高額所得者なので、値引き自体する必要性が薄い事も大きい。

 平民のように商売などで成り上がったのなら金銭感覚もしっかりしていて値引きは当たり前なのだが、魔術師の大半は一番数が多い農民の出身でいきなり成り上がった事で商取引の経験が乏しく、値引きを面倒臭がるので商人にとっては良いカモなのだ。







 聞きたい事もある程度終わり、店を出ようかと北郷は思ったのだが、目の前のマスケット銃が目に入ったので何となく店主に聞いてみた。


「この銃より良い銃ってありますか?」


 マスケットという言葉があるのかが分からないので、北郷は単純に銃と呼んだ。


「うん? そうだな……このヘーゲル銃は20年ぐらい前に作られた銃だから最新式とは言い難いが、その分堅実で安定した性能を誇る優れたマスケットだ。

 これ以上のマスケットとなると…近衛連隊が使っているマーカム銃ぐらいしかないぞ?」


 マスケットという言葉が存在している事を確認しつつ、恐らくこの世界の中で高性能を誇るのであろうマーカム銃に北郷は興味を抱く。


「…そのマーカム銃っていうのは凄いんですか?」

「あぁ、何たって王立工房の職人が近衛連隊のために作り上げた逸品で、ヘーゲル銃とは比較にならない高精度を誇るらしいぜ」


 店主はまるで自慢するように語るが、実際の所マーカム銃とヘーゲル銃にそこまでの差は無い。


 そもそもヘーゲル銃は多くの武器職人によって作られているマスケットであり、パンゲア世界には日本帝国のような統一規格など無いので武器職人によってそれぞれ規格が違う。

 0.01mmの誤差も許されない日本帝国と違い、1~2mmの誤差など最早許容範囲内。戦時下の粗悪品なら5mm以上の誤差がある事も珍しく無い。

 よって当然の事ながら銃同士の互換性など皆無で、修理の際には兵士が各々の銃のサイズに合わせてヤスリ掛けをしなければいけないのだ。


 一方、マーカム銃は徹底した品質管理の下、王立工房の熟練した職人によって丁寧に作られたマスケットなので、ヘーゲル銃と比べると品質は雲泥の差だ。

 ヘーゲル銃に比べて口径が若干大きい事から重量も増加し、結果的に重心が安定して発砲時の銃口のはね上がりが抑えられ、ヘーゲル銃と比べて高精度を誇るのだ。

 しかし、マーカム銃もヘーゲル銃と同様に職人による手作業で作っているので互換性は無く、修理の際にはヤスリは手放せない。オマケに火薬や弾丸もヘーゲル銃と同じ物を使っているので、日本帝国からして見ればミクロレベルの違いでしかない。


 しかし、この世界においては高精度の優れたマスケットであり、千丁単位での運用で見ればそれなりの差が開くのだ。


「へ~……そのマーカム銃ってこの店で売ってるんですか?」

「いや、残念だが……マーカム銃は近衛歩兵連隊のために王立工房で作られてる銃だから、一般には売ってねぇんだよ

 出来れば扱ってみてぇがな…」


 リディア王国にとってマーカム銃は最高峰のマスケットであり、一般人がお目にかかれるのはパレードの際に近衛歩兵連隊が持っているのを見る時ぐらいだ。




 結局、何も買うことなく北郷達は武器屋を出た。

 北郷にして見れば既に陳列された商品は全てコピーしたので買う必要が無かっただけだが、店主は北郷達がまだ駆け出しの新人であると疑っていないので、「稼げるようになったらまた来てくれ」と暖かく送り出してくれたのだった。










 次に北郷達が向かったのは、薬屋だった。

 何故品揃えが良い魔術師ギルドではないのかと言うと、魔術師ギルドと街の薬屋との値段や品揃えなどの差異が知りたかったのだ。



 店内は薬品のような鼻につく匂いで充満し、決して居心地が良いような環境とは言えない。

 直射日光を避けるためなのか窓は無く、開きっぱなしの入口からの光のみが店内を照らす。恐らく換気としての役目もあるのだろう。


 入口周辺には薬草らしき植物が吊り下げられ、入口近くの棚には陶器で出来た小さな壷のような物が並んでいるが、その壷達は強烈な匂いを発している。

 店の奥の棚には緑や黄色と言った色とりどりの液体が詰まった試験管のようなガラスビンが並び、そのガラスビンは曇りががっていて中の液体の色を判別する事は出来るが、透過性はほとんど皆無。

 日本帝国ならば廃棄されるぐらいの低品質だが、近世の技術レベルであるパンゲア世界にとっては立派な商品なのだ。


「…いらっしゃい、何をお探しかな?」


 白髪が目立つ、50代前半の痩せた店主が声をかける。

 着ている服には様々な色の染みが目立ち、薬の調合と販売を同時に行なっている事が見てとれる。


「ポーションを探しているんですが」

「うん?…あぁ……ポーションならあっちの棚に並んでいるのが全部だ」


 店主は試験管のようなガラスビンが並んでいる棚を指差す。

 何度か言い淀んだのは、目の前の魔術師や護衛達の格好からまだ駆け出しの新人である事を理解したからと、その事を指摘して自尊心の高い魔術師の逆鱗に触れて面倒になりかねなかったからだ。




 店主の指示通りに店の奥の棚に向い、緑や黄色の液体が詰まった試験管のようなガラスビンを改めて確認する。


 前記したがポーションにも魔法同様に上位、中位、下位のランクがあり、色別に分けると緑=下位、黄=中位、赤=上位となっている。

 これは魔法ポーションも同じだが、魔法ポーションはポーションよりも量を摂取する必要があるので、一般的には丸底フラスコのような容器に入っている。なので見分ける方法としては、試験管に入っているのはポーション、丸底フラスコに入っているのは魔法ポーション、という事になる。


 棚を見た限り、置いてあるのは下位と中位のポーションのみで、上位や魔法ポーションは無い。


「…この店のポーション類はこれだけですか?」

「あぁ、後生大事に仕舞っておいても意味が無いからな」


 ポーション類はそのまま放置すれば1ヶ月で効力を無くしてしまうので、保存する価値が無いのだ。

 『保存』魔法をかければ1年は保つが、それでも長期間の保存には適さない。


「では、魔法ポーションは売ってないんですか?」

「…魔法ポーションは魔術師にしか効果が無いから、基本的に魔術師ギルドでしか売ってないんだよ」


 これまた常識なのだが、北郷が得た知識は書店の本なので、どうしても偏りや抜けている部分が出てしまう。


「成る程……ポーション類の値段は幾らですか?」


 情報の修正を行いながら、ポーションの相場を知るために値段を尋ねる。日本帝国のように商品1つ1つに値札が貼ってあるサービスなど、パンゲア世界には存在しないからだ。


「下位ポーションなら10ソル、中位なら1エクシードだ」

「…高いですね」


 情報が未だ足りないので確信は無いのだが、今まで得てきた情報を総合し、北郷は高いと予想した。


「それは仕方ない。何せ下手な医者にかかるよりは治る確率が高いし、原価もそれなりにかかっている。

 それに…器代もあるからな」


 北郷の予想は的中し、店主も高い事を認めた。

 現代に比べてパンゲア世界の医療技術は低いため、そこらの医者にかかるよりはポーションを飲んだ方が確実に、そして何より早く治る。なので平民でも病気や怪我をした場合、医者ではなくポーションを購入するケースが多い。

 そのため、普通の医者にかかるのはポーション代も支払えない、貧困層がほとんどだ。


「…では、器をガラスから陶器に変えれば少しは値段も下がるのでは?」


 わざわざ高い器を使用する意味は無いのではと北郷は提案するも、店主は首を振る。


「それじゃあ中身が分からない。わざわざ器をガラスにしているのは、中身が判別出来るようにしているからだ。

 中身が分からないんじゃあ、客は疑って買ってくれない」


 かつて、まだガラスの製造技術が未熟だった時代には陶器が使われた事も多かったが、中身が水だったりなど詐欺事件が後を絶たなかった。

 そのため、ガラスの製造技術が発達した事で徐々にポーション類の器はガラスになっていき、今ではガラスが当たり前になった。




 勿論、そんな詳しい事情など北郷は知らないが、何となく想像は出来たので納得した。


「成る程、ではポーションを買えない人達はどうしてるんですか?」


 幾ら確実な効果が期待出来るからと言っても10ソル。平民の平均月収に値する価格であり、怪我をする度に買っていては生活が出来ない。


「その場合は薬草や軟膏で治す事が多いな」


 店主が指差した先には、入口近くでとてつもなく強烈な匂いを発する小さな壷があった。


「…あれ、軟膏だったんですか…」

「あぁ、匂いはちとキツイが、塗っておけば青アザぐらいなら一晩で治るし、傷の治りも断然早い。

 ちなみに値段は50レイスだ」


 ポーションに比べたら遥かに安いが、その効果は明らかに日本帝国の医療技術を上回っている。


(ポーションや軟膏などの研究成果によっては、医療技術に革命が起きるだろうな…)


 技術レベルでは遥か先を行っていても、ファンタジーという不思議要素にかかれば直ぐに追い抜かれてしまう。

 千年以上を生きている北郷をしても、その反則染みた効能にやるせなさを感じてしまったのだった。










 薬屋を後にし、空が少し赤みがかっていたのを確認して懐中時計で時間を見てみると、既に夕刻に近付いていた。


「今日はもう宿に泊まり、明日、魔術師ギルドに向かう」

「畏まりました」


 久々の会話だった。というよりも、イリオスに着いてから初めての会話だったかも知れない。

 イリオスに着いてから結構な時間が経つが、その間口を開いたのは質問をしていた北郷だけで、護衛達はひたすら無言で後ろに控えていただけ。

 まるで罰ゲームのような諸行だが、護衛達からして見れば「偉大なる北郷様の警護をしている」という極めて重大な任務の真っ最中なので特に不満は無かった。それどころか、帰国後は間違いなく親衛隊の間では英雄として扱われ、北郷様の護衛任務を勤め上げたと死ぬまで自慢も出来るので、護衛達の機嫌は極めて良かった。







 北郷が今日の宿に選んだのは、木造ながらそこそこの大きさを誇る2階建ての宿屋だった。その宿屋はイリオスにおいて中の上ぐらいのランクに位置し、新人魔術師にとっては少しばかり分不相応だが、食事と睡眠は重要なので北郷はあまり妥協したくなかった。

 何せこれまで泊まった宿はココ村の安宿と、イリオスまでの移動の際にに立ち寄った村のこれまた安宿。値段はリーズナブルだったが勿論その分食事は不味く、部屋も貧相。質の高い睡眠など得られる筈も無かった。


 これまでは他に宿が無かったり、似たり寄ったりの安宿しか無かったので妥協したが、選択肢があるのならあまり妥協はしたくない。

 流石に貴族が泊まるような豪華な宿は不自然過ぎるが、そこそこのランクならば誤魔化しが効くので、その中から快適そうな宿屋を選択したのだ。




 木製のドアを開けると、1階は酒場になっているのかカウンターやテーブル席が並んでいた。まだ時間が早い事もあってか、客はカウンターに数人いるのみ。


「いらっしゃい」


 がっしりとした体型に短い金髪に青い眼という、いかにもヨーロッパ人の店主が北郷達に声をかける。


「部屋は空いてますか?」

「おう、泊まりか。個室と相部屋どっちだい?」

「私は個室で…この者達は4人部屋をお願いします」

「あ~…個室は問題無いが、4人部屋は既に埋まってるな…」


 宿帳を見ながら、店主は申し訳なさそうに言う。


「そうですか…後空いているのは何人部屋ですか?」

「空いてるのは……個室と2人部屋、それに10人の相部屋だけだな」


 それを聞いて、北郷は考える。普通の魔術師ならば相部屋を選択するだろうが、それでは護衛達は機密の漏洩を防ぐために気を張り詰めたままの宿泊となり、心が休まらない。

 幾ら駒程度にしか考えていないとしても、護衛達は人間であってそれぞれ感情を持っている。あまりにも不遇を強いれば反感を持つのが人間なので、気遣いも必要不可欠なのだ。


「ではこの4人も個室でお願いします」

「良いのか? 個室はまだ余ってるから4人なら泊まれるが…家はあんまり安くないぞ?」


 北郷達の格好を見ながら、店主は不審気な顔を向ける。北郷達の見た目は完全に新人魔術師とその護衛達であり、とてもでは無いが裕福そうには見えない。

 個室と相部屋ならばそこまで不自然では無いが、全員が個室ではそれなりの値段になるので、幾ら稼ぎ易い魔術師とは言え新人には厳しい筈だ。


「大丈夫です。まだ蓄えがありますから」


 そんな店主の心配を払拭するように、北郷は笑顔で太鼓判を押す。流石に新人でそんなに収入があるのはおかしいが、貯金があると言えば相手は勝手に解釈してくれる。

 現に、店主も北郷の蓄えがある発言で「実家がそこそこの金持ちだったんだろう」と勝手に解釈して、成る程と納得した。


「そうか、なら朝晩の食事付きで一泊1ソル。5人だから5ソルだ」


 平民の平均収入から考えるとそれなりの値段だが、北郷にとっては例え5エクシードと言われても変わりは無い。


「では…これでお願いします」


 北郷が手渡したのは50ソル、半金貨だ。


「おっ、長期宿泊かい?」

「えぇ、何泊するかが分からないので」


 本当は銀貨を5枚出すより半金貨を1枚出した方が楽なだけだが、場合によってはもう何泊かする可能性はあるので間違ってはいない。

 一方、以外に金を持ってそうな魔術師が長期宿泊してくれるというので、店主は上機嫌だった。




 店主の後に続き、宿泊設備がある二階に上がる。階段は木製なので多少きしむが、音に問題は無いので良い作りをしているのだろう。

 2階は奥に進むと左と右に曲がる2つのルートがあり、店主が左に曲がったので北郷達も続く。


 いくつかの扉を通過した後に店主はポケットの中から鍵束を取り出し、束の中から鍵を1つ外して目の前のドアの鍵を開けた。

 部屋は大体6畳ぐらいの広さで、木製のベッドや机、クローゼット、ランプ、宝箱が置かれていた。窓には窓ガラスはなく鎧戸になっているので閉じれば暗くなってしまうが、今は明けられているので光が差し込んでいた。


「個室は全部この部屋と同じだ。この突き当たりの部屋を含めて5部屋あるから、好きな部屋を選んでくれ」


 店主は1~5までの数字が書かれた鍵を、主人であろう北郷に渡した。


「貴重品や見られたくない物は宝箱に入れておいてくれ。これが宝箱の鍵だ」


 部屋の鍵よりは小さくチャチだが、これまた北郷に渡した。


「それと、店の裏庭にある井戸は使いたい時に使って良いが、お湯が欲しければ声をかけてくれ。少しなら無料だが、体を洗うぐらいの量なら5レイスだ。飯は食いたい時に注文してくれ。お代わりや酒は有料だ。

 以上だが、何か質問はあるか?」


 今まで何百回と言っているのだろう、一度も噛まずに店主は言い終えた。


「いえ、ありません」

「そうか、ではごゆっくりと」


 店主はそう言うと部屋から出て、1階に戻った。




 とりあえず北郷は自分の部屋と宝箱の鍵を確保すると、残りの鍵を隊長であるジョージに渡す。


「私はこの部屋を使う。お前達は好きな部屋を選べ」

「畏まりました、エリック様」


 ジョージに続いて、全員が北郷に向かって頭を下げる。


「それと、これも渡しておく」


 北郷は4つの革袋をコピーで出し、全員に渡した。


「銀貨10枚、つまり10ソル入っている。

 その金で任務に支障が出ない範囲で酒を買うなり女を買うなり好きにしろ。ただし、女を買う際は注意しろ。衛生概念など無いだろうからどんな病気を持ってるか分からん」

「はい、御厚意に感謝致します」


 4人全員が頭を下げ、革袋を懐に仕舞う。護衛達は表面上無表情だが「わざわざ自分達が自由に使って良い金を出してくれるとは」と内心感激していた。


「では明日まで一時解散だ」


 北郷の解散宣言に護衛達は頭を下げ、背後を見せないように下がり、部屋から出ていった。




 それを確認した北郷はふぅ~とため息を吐き、リラックス状態になった。


「…疲れた…」


 そう呟きながら北郷はベッドに倒れ込んだ。木製ベッドに布団を敷いただけなので固いが、今の北郷には十分だった。


「…これが後何日続くんだ? …マジ帰りてぇ…」


 永きを生きて神経が図太くなったと言えど、無言の日常が続く事は北郷にとっても苦痛なのだ。







 一方、護衛達は一旦隊長であるジョージの部屋に集まり、ミーティングという名の反省会を行なっていた。


「ふぅ…ようやく一休み出来るな…」


 ジョージのため息混じりの言葉に、全員が頷く。


「…エリック様の護衛は大変名誉な事だが……やっぱり疲れるな…」


 北郷同様に、護衛達も無言の日常に疲れていた。幾ら訓練されていようとも、人間である限りは疲労は無くならない。

 特に、自分達日本人にとって絶対的である神、北郷の側に1日中いるのだから当然だ。




 その後、夕食が終わり、北郷を部屋に送り届けた事で自由時間となった。

 この大陸に来て初めての自由時間なので、それぞれ酒を飲んだりして楽しんだ。夜になると1階の酒場には娼婦が来るようになり、護衛達は欲求を満たすべく娼婦を買い求めた。

 性病の心配はあったが、この世界では反則アイテムであるポーションがあるので、例え性病にかかろうが簡単に治せるので病気持ちはいなかった。


 こうして、束の間だが護衛達は異世界を満喫したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ