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9 イリオス

 宝石店を出た後に、北郷達はイリオスに向かうべく駅馬車を調べたが、その日は既に駅馬車が無いと分かり、ココ村で一泊した後に駅馬車を貸し切って出発。

 途中の村で馬の交換や仮眠を取りながら、ココ村出発の翌日にイリオスに到着した。




 イリオスはリディア王国の主要港の1つであり、この世界(・・・・)の基準で言えば世界有数の規模を誇る。

 元々防衛のための都市ではなく、貿易のために作られた都市なので城壁など防衛設備は少ない。


 これは、イリオスが比較的新しい都市であるという事も大きい。

 かつて大陸中にモンスターが蔓延っていた頃は、大規模な都市ならばモンスターの侵入を阻むために堅牢な城壁や、堅固な防衛設備を建設する事が一般的だった。

 しかし、モンスターを未開拓地や山間部に追いやる事に成功した現代では、維持に莫大な費用がかかり、更には都市の拡張が制限されてしまう城壁はむしろ敬遠され、軍事上の防衛の要衝以外にはあまり使われなくなっていた。




 街並みは木造建築しかなかったココ村と違い、石材かレンガで建てられた2階、3階建てなどの建物が多く、中には5、6階建ての高層ビルのような建物も並んでいる。

 道路も石畳できちんと舗装されていて、噴水や彫刻など華美な建造物も所々に見受けられ、地球世界で言えば世界遺産のような光景が広がっていた。


 貿易都市と言うだけあって人の往来は激しく、大通りは何時も人や馬車で埋めつくされている。

 人々の格好も様々で、裕福そうな豪華な服を着た貴族らしき人もいれば、貧相な服を着て馬車の荷物の出し入れをする奴隷など、様々。中には遊牧民が身に着るようなターバンを頭に巻いた、明らかにリディア王国人では無い人種も見受けられる。

 貿易都市という事もあり、世界中の人種が集まっているのだ。




 そんな大都市であるイリオスを見た北郷達一行の反応と言えば、ほぼノーリアクション。

 普通ならばその大きな街並みと、まるで祭りでもあるかのような人混みに貴族だろうが平民であろうが大なり小なり驚くのだが、何百万規模の大都市が当たり前の日本帝国人にとってはさほど珍しい光景では無い。むしろ、緻密に計算された美しい計画都市を見慣れている北郷達から見れば、行政など重要な建物がある中心部ならともかく、好き勝手に建物が乱立して雑然としている郊外を見ると萎えてしまう。


 それでも、もし護衛抜きの北郷1人だけで来たならば、旅行先で珍しい都市を見た程度のリアクションは取っただろうが、神という立場もあり、そうそうリアクションなど取れない。

 これは護衛達も同様で、もし北郷がいなければ初めての街にテンションを上げて楽しむ事も出来るが、護衛という大事な任務の途中であり、尚且つ、神の御前で騒ぎ立てるのは不敬に当たるので、ノーリアクションで北郷の後に続く。


 お互い、似たような事情のせいで旅を楽しむ事など出来ず、騒がしい通りを無言で歩き続けるのだった。










「いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は大安売りだよっ!」

「何と、かの有名な職人が作ったガラス食器がたったの1ソル! 今しかない限定品だよ!」

「今日、南部から届いたばかりの新鮮な果物はいかが!? お値段たったの5レイスっ!

 この瑞々しさは今しか味わえないよ!」


 イリオスの商人街は平素から呼び込みなどの声が響き、活気に溢れていた。

 勿論商人達が叫んでいるのは耳障りの良い謳い文句で、提示している価格は原価に比べるとかなり割高という、日本帝国では半ば詐欺染みた手口だが、この世界においてはそれが当たり前。むしろ、そこからいかに安く値切るのかが本番だ。

 日本帝国のように、値切りもせずに定価で買うなどこの世界ではあり得ない行為なのだ。




 そんなイリオスの市場はと言うと、田舎のココ村など比較にならない程に品揃えが豊富だ。

 新鮮な果物や野菜、肉類など食料品から、食器や花瓶、器などガラス製品、綿や絹など様々な材料や織り方で出来ている衣類、金銀宝石など装飾品や宝飾品、図鑑や小説などの書籍類などなど、貿易都市の名に恥じない種類を誇る。

 その圧倒される程の品揃えの豊富さは、田舎から出てきたばかりの者はお上りさん丸出しにキョロキョロと首を動かし、自ら田舎者だと喧伝してとんでもない暴利を吹っ掛けられるという、洗礼がある程だ。




 そんな誘惑が溢れる商人街を、北郷達は半ば無視して進む。


 彼等が探しているのは本。つまり書店だ。


 ココ村のように片っ端から商店を回り、コピー能力を駆使して全商品をコピーするのも良いのだが、何せココ村と違ってイリオスは規模がデカい。

 商人街の端から回っていたら、例え見るだけであっても1日では終わらないだろう。

 そのため、先ずはこの世界の知識を得るために、北郷達は書店を探しているのだ。


 事前情報によってイリオスに図書館が無い事は知っているので、図書館の代わりとなる書店を探し、僅かながらでも知識を得るために動く。

 図書館と違って街の書店では専門分野や細かい記述などには乏しいであろうが、少なくとも基本的な知識は得られるであろうから「何も知らない田舎者」からは脱却が出来る。







 書店を探してしばらく経つと、ある問題に直面した。


 書店の数が少ないのだ。


 書店自体は白い石材に細かい彫刻が施されていたり、ショーウィンドウにガラスが使われているなど、周りと比べて高級な装いをしているので比較的簡単に見つかったのだが、数が少ない。

 イリオス程の規模の都市ならば少なくとも後何店舗かあっても不思議は無いのだが、北郷達が見つけたのは商人街に1店舗、そして、貴族など富裕層が多く住む地域に1店舗の、合計2店舗だけ。

 もしかしたら自分達の見落としかと何人かの通行人や書店の店員に尋ねるも、「イリオスにはその2店舗しかない」と言われ、北郷達は愕然とした。




 これは別にイリオスに書店が少ない訳では無く、むしろ多い方に入る。


 何しろこの世界で字が読めるのは、王侯貴族か聖職者、大商人や一部の職人ぐらいで、大半を占める平民は全くと言って良い程読み書きが出来ない。


 既に活版印刷も導入し、言語体系も英語のようにアルファベット表記なので、日本語など漢字圏に比べれば遥かに大量印刷がしやすいのだが、いかせん、購買層が少ないので大量印刷をする必要性が無い。

 上記のように、本を買うのは限られた上流階級の者達だけなので自然と少数生産になり、更には上流階級向けに販売するので表紙や紙質に凝った仕様にもなり、どうしても値段が高くなる。

 児童向けの絵本ですら安くても1ソル。つまり平民の月収の1割にも匹敵する価格なので、普通の平民が気軽に買える物では無い。

 そもそも、字が読めないのだから「本を買う」という発想すら無いのだ。


 そのため、書店があるのは貴族が住んでいるそれなりの規模の街だけで、あったとしても1店舗。

 イリオスの2店舗というのは、かなり多い部類に入るのだ。




 勿論、北郷達はそんな詳細な事情など知らないが、文明レベル的に「読み書きが出来るのは特権階級のみ」という認識はあったので、少し驚いたものの、直ぐに受け入れられた。

 そして、僅か2店舗ながら書店に並んでいる本全てをコピー出来た結果、この世界についてある程度の知識を得る事が出来た。







 この世界の名前はパンゲア。


 アバロニア大陸、カラハソ大陸、アトランティカ大陸、アークティカ大陸の4大陸で構成されていて、リディア王国はアバロニア大陸の中の国の1つ。


 4大陸は北海、東海、南海、西海の4つの内海によって十字に分断されていて、その他の海は外海と呼ばれている。


 モンスターは開拓と人口の増加によって大幅に数を減らし、現在は北の未開拓地か山間部で生息している。


 エルフやドワーフなどの亜人はかつてはいたが、これまた開拓や人口の増加、更には宗教による大々的な討伐や弾圧によって数百年前に絶滅した。


 文明レベルは産業革命以前のレベルだが、蒸気機関の理論自体は存在している。

 しかし、未だに研究段階なので実用的とは程遠く、一般的にはほとんど見向きもされていない。先見性のある僅かな貴族が研究や資金提供をしているのみ。




 兵器技術は北郷達の予想通り、前装式の大砲やマスケット銃などがメインで、飛行兵器として気球も存在している。

 しかし、地球世界と大きな違いが存在する。その違いとは……飛龍と地龍だ。


 飛龍とは衛星で確認出来たドラゴンの事で、調教する事によって人が騎乗しながら戦闘を行う事が可能。

 大きさはアジアゾウぐらいで、腕部が翼になっている翼龍。主に鋭い足の爪や牙で攻撃し、火を吐くことが出来る個体も稀に存在する。

 個体にもよるが、高度900~1000mまで飛ぶ事が可能で、最大速度は100~120km/hにも達し、90~100kmもの航続力を持つという、実質上パンゲア世界においての最強兵器。


 地龍とはトリケラトプスに似た角龍で、飛龍同様に調教次第で人が騎乗する事が可能。

 大きさは大体アフリカゾウぐらいで、最大速度は約30km/h。

 その巨体と鋭い角による突進力は強大で、パンゲア世界においての戦車のような役割を果たしている。戦力的には飛龍に劣るが、鎧を着させて突進させれば重装騎兵など比較にならないパワーを誇るので、地上戦においては最強。


 ちなみに、飛龍や地龍に騎乗出来るのは貴族階級の出身者のみ。


 パンゲア世界における飛龍や地龍は、地球世界においての戦艦や空母のように分かりやすい国力の指標となっている。

 単純に言えば、より多くの飛龍や地龍を保有している事が大国の証となる。

 勿論、ただ多く保有しているだけで運用能力が無くては意味が無いが、大まかな目安として数は重要になるので、どの国も少しでも多くの飛龍や地龍を保有しようと躍起になっている。


 海軍戦力としては戦列艦が中心で、大砲の門数によって階級が変わる。

 100門以上の1等戦列艦の数は少なく、1等戦列艦を保有する国は海軍大国と言われる。


 パンゲア世界には巨大な十字の内海があり、外海に出る必要が無かったので船の渡洋能力や遠洋技術は低い。

 オマケに外海には中継地点となる島がほとんど無いため、外海では沿岸部を航行するしかない。




 魔法分野においては、魔術書は魔術師以外には無用の長物なので街の書店では売られていないが、一般的によく使われている、ポーションやマジックアイテムについての本は売られていた。


 ポーションとは薬草や鉱石、水溶液などで精製された薬品で、普通のポーションと魔法ポーションの2種類が存在する。

 魔法同様、ポーションにも上位、中位、下位の位が存在し、上位ポーションと上位の治療魔法を併用すれば、瀕死の重症や不治の病すら完治出来る(老衰は不可)。

 精製して1ヶ月程経てば効力を失うが、『保存』魔法を使用すれば1年は保つ。


 魔法ポーションとは魔力を回復するポーションで、魔術師以外が飲んでも意味は無い。

 ポーション同様、上位、中位、下位の3段階が存在する。


 マジックアイテムとは魔法を付与した武器や道具の総称で、耐久力を強化しながら軽量化させた鎧など、現代世界ではあり得ない性能を持たせる事が可能。

 道具についても、水に濡れても消えない火種や、冷蔵庫のように冷却機能を持つガラスケースなど、分野によっては日本帝国の技術力と同等か、それ以上の性能を誇る。


 しかし、魔法は一定期間を過ぎると効力を失うため、定期的に魔法の重ねがけが必要。

 上位の魔術師の魔法ならば1年程度は保つが、中位では2ヶ月、下位では1週間ぐらいしか保たない。

 そのため、魔法付与された物自体も大変高価だが、定期的に魔術師を雇い、魔法を重ねがけして貰わなければならないため維持費も相当かかる。

 魔法が切れたら捨てるインスタント式ならそこまで高くは無いが、長期間保有するならば裕福な王侯貴族でないと難しい。


 魔術師の仕事の大半はこの魔法の重ねがけであるため、強化魔法が使えるなら下位の魔術師でも仕事に困る事は無い。




 などなど、他にも沢山あるのだが、キリがないのでここで一旦打ち切る。

 閑話休題。










 ありとあらゆる知識が集まる図書館と違い、街の書店は流行のファッションや髪型、話題などに多少偏っていたものの、ある程度の知識を得られたので北郷は情報を整理する。


(…成る程、パンゲア世界において手っ取り早い強国の証は飛龍や地龍を多く保有する事か……厄介だな…)


 その事実を知り、北郷は少しばかり不安になる。


 今はまだ調査段階でしかないが、何れは日本帝国として特使を派遣し、国交や通商条約などを結ぶ予定なのだ。

 とは言え、現代日本と違い、日本帝国は自国より弱い国と平等な条約を結ぶなどあり得ないため、必然的に不平等条約となる。

 不平等条約を迫るためには砲艦外交を行い、自国の力を見せつけて無理矢理不平等条約を締結させる予定なのだが、パンゲア世界の情報を手に入れた事で少し揺らぐ。


 何しろ日本帝国には、パンゲア世界において国の強さの指標である……ドラゴンがいない。


 データ的に見ればドラゴンを叩き潰す事など日本帝国にとっては容易く、空中どころ地上からでも簡単に殲滅出来るだろうが……パンゲア世界はそんな事知らない。


(戦列艦なら前弩級戦艦みたいに舷側に大砲を付けまくれば誤魔化せるが……飛龍や地龍は替えが無い。

 黒船や大砲にビビった江戸幕府みたいに、ヘリや戦闘機にビビってくれれば戦争をせずに済むが……最悪、戦争になりかねない…)


 日本帝国としては、最小の労力で最大の成果を上げたいので戦争をせずに不平等条約を締結したい。

 もしもリディア王国が地球世界の国だったなら、今まで日本帝国が歩んできた道のように侵略し、併合しただろう。しかし、残念な事にリディア王国があるのはパンゲア世界であり、日本帝国はおろか、幾つもの世界を経験してきた北郷にとっても未知の世界であるため、勝手が分からない。


 産業革命以前とは言え、18世紀レベルの文明を持っているのだからそれなりのルールや暗黙の了解は存在するだろう。

 「異世界から来たのだからそんな事知るか」とでも開き直る事も可能だが、それでは周辺諸国は勿論、パンゲア世界中の人々から「野蛮な国」と蔑まれ、まともな外交関係すら構築出来ないだろう。

 それどころか、「危険な侵略国家」と認定されてパンゲア世界中の国々が連合を組み、反日本帝国包囲網を形成する可能性すらある。

 もしそうなれば日本帝国がパンゲア世界を征服するか、日本帝国が滅びない限り戦争が永遠に続く事になってしまうだろう。




 そういった面倒事を避けるために、戦争をせずに自国に有利な条約を締結させたいのだが、そのためには相手をビビらせなければならない。

 不平等条約を結ばせるには相手に「自分達では敵わない国」と思わせるなければならない。そのため、分かりやすいように砲艦外交を行うのだが、それを相手が理解してくれなければ意味が無い。


 日本帝国側からして見れば、パンゲア世界最強の兵器である飛龍など簡単に撃ち落とせる雑魚でしかないが、パンゲア世界の人々にとっては「飛龍こそが最強の兵器である」と遥か昔からの固定概念があるため、飛龍を持たない日本帝国を下に見る可能性がある。

 一度でも戦って見れば日本帝国の力を思い知るだろうが、戦争になれば不平等条約の締結だけでは済まない。

 もし戦争に発展して勝利したならば、悪くて併合、良くても敵国を属国とするだろう。もしかしたら講和で済ませるかも知れないが、そうなったら莫大な賠償金や領土を要求するだろうから、それはそれで後々面倒になる。

 ならば賠償金や領土を要求しなければ良いとも思えるが、それでは他国に「戦争に勝利したのに何も要求しない国」と侮られる可能性があり、日本帝国のメンツに関わるのでそれ相応の要求をしなければならない。




(日本帝国側も飛龍を持っていれば問題無いのだが……生憎日本帝国には飛龍を操る技術どころか、飛龍そのモノがいない。

 飛龍を導入するにはパンゲア世界から日本帝国に持っていく必要があるが、流石にそんなモノを持っていけば否応なしに目立つ。

 それに、仮に輸送に成功した所で飼育や調教の技術など無いんだからどうしようも無い。飼育員や調教師、それに()医師などノウハウを持つ人員もスカウトしないと運用出来ない…)


 あまりのハードルの多さに、北郷は頭を抱えたくなった。


 パンゲア世界と違ってあくまで儀仗兵として使うのだから数を揃える必要は無いのだが、そもそも運用する事さえ難易度が高すぎる。

 普通の国ならば飛龍を購入し、他国に要請なりして人員を招聘すれば済むのだが、日本帝国の場合は他国に存在をバレてはいけないので極秘裏に動くしかなく、飛龍の購入はまだしも、人員のスカウトは困難を極める。


 何しろ、勤務先を明らかにする事が出来ない。


 存在を知られてはいけないのだからそうポンポンと答える訳にもいかず、更には一度行けば原則として二度と帰る事は出来ない。

 幾ら高給や厚待遇を約束しようとも、里帰りすらさせてくれない勤務先に誰が行きたがるだろうか…。拉致同然に連れ去れば何とかなるだろうが、それでは真面目に働いてくれるかが分からないし、逃亡や反乱の危険性が高い。


 奴隷や犯罪者、食い詰め者ならばこの条件でも喜んで働くだろうが、日本帝国が求めているのは飛龍の飼育員や調教師、龍医師という、手に職を持った人物だ。

 そんな人物ならば怪しい勧誘など聞かずとも、仕事は幾らでもあるのだからわざわざ危ない橋を渡る必要は無いのだ。




「……こりゃダメだ…」


 自分以外には聞こえない程に小さく、北郷は呟いた。

 普段ならば人前で弱音を吐くなどあり得ないのだが、どうしようもない自体に直面した事で思わず呟いてしまったのだった。

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