4. そうして二人
「大変だったらしいのう」
と、カードを真剣に見つめながらアルマン陛下。
「どうして知っているんです…」
「箝口令を出したらしいな?しかし、誰かのさんの助けを求める声が随分遠くまで聞こえていたそうじゃ」
「俺のせいですか……」
「まあでも、救援を求める相手が元婚約者とは思わんじゃろ。あの娘はサン=リゼーヌ王国に留学させられるらしい」
「……随分きな臭いところですね」
「ご両親も本気なんじゃろ」
「……………」
「本人のせいじゃもん。忘れておけ!」
「………」
「ところで、お前、暖炉の中に隠れ込んだらしいな?さすがというべきか…その閃きは天武の才じゃな」
「あ、いえ…それは多分シエラの影響で」
「ん?シエラちゃんがどうした?」
「…………初めて会った時に暖炉前で灰まみれだったんですよ」
「ほ!?」
「なんとか貞操を守りたかったらしいです」
「やりおる、本当にやりおる…見立て通り豪胆な娘じゃ、やっぱり。お前もお前でそれでよく身請けする気になったな」
「……ふふっ……ええ、本当に」
「………暖炉に逃げ込んだのはつまり、ひどい誤解される状況で似たようなことをして、彼女への気持ちを示したわけじゃな?メッセージなんじゃな?!お前もなかなかやるな」
「あ、いえ、そういうわけでは…通気孔もあるので救援要請も良く響くかと思って…」
「………ロマンが足らん!そうじゃ!!現代版サンドリヨンとして戯曲か小説にするのはどうじゃ?事実は小説より奇なりというやつじゃ。またイヴェールに依頼しようかのう。前に頼んだのがまだ仕上がってないが、まあいいじゃろ!期限はワシが死ぬまでじゃ!」
「……はあ、ありがとうございます?」
シエラとキーファ、二人のなれそめが物語になってしまうらしい。図書館にある時代を感じる本のように、100年後200年後では古典として二人のなれそめが残ったりするのだろうか。自分たちが死した遠い遠い未来を想像して、キーファが気を遠くする。
◇
「う〜ん、やっぱりシエラちゃんには真珠が似合うのう…」
初夏の風が爽やかに吹き渡った6月。シエラとキーファはささやかな結婚式を挙げた。
ささやかな、というのはあくまで参列者のことだ。シエラには呼ぶべき親族は少なく、父親が再婚する前に親交があった従姉妹二人だけの参列だった。対して、キーファの方は父ルクレール伯爵と母デメル、それに兄二人と妹1人。そして、もちろん、お忍びのアルマン殿下とマダム・シャルレーヌにその小間使いのクラリス。
シエラがキーファの家族と対面したのはつい先ほど。
十名ほどの本当にこじんまりとした挙式なのに、会場は王城内にある大聖堂を貸切という贅沢仕様である。おまけに、シエラには王城内の宝物庫から、この日のために宝飾品とドレスが貸し出されている。それらは、宝物庫番が管理表で厳密に持ち出し記録を取る王家由来の逸品たち。シエラが纏うのは、花嫁衣装にしては装飾の少ないマーメイドドレス。しかし、トレーンが恐ろしいほど長く、波打つ裾は大きな1枚の花びらを連想させる。
そして、シエラには真珠が似合うというマダム・シャルレーヌの見立てに間違いはなく、彼女の清楚さを際立たせる瀟洒なデザインの宝飾品が、静謐な光を受けてまろくしっとりと輝いていた。
「……殿下、それにしても本当に良い方を見つけ出しましたね。キーファが明るくなって私はホッとしました。彼女なら大丈夫だと一目見てわかりましたよ」
「ん?おお、そうだな。あれでなかなか肝の座った破天荒な子でな……キーファにぴったりと思ったんじゃ!」
「一体どこで見つけてきたんです?」
「ん?お忍びでぶらぶらしてたら、悪そ〜な輩に絡まれとったんじゃ!実家のバレンティン家を追い出されて、泣く泣く上京してきたと言うから丁度良いと思ってな!ふぉっふぉっふぉっ」
嘘も方便!しかし、参列者を見ればうっすらと真実が見えてしまう。でも、誰もそこには触れない。わざわざ水を差す必要なんて無いのだから。
「バレンティン家…」
「知っとるか?」
「ええ、まあ…親交はありませんでしたが…あまりいい噂は聞きませんでした。前子爵が亡くなったあと、その後妻が爵位を継いだらしいですが、何があったのか一瞬で返爵したそうです」
「……そうか」
「……彼女は上京して正解でしたね」
「うむ!」
などと、アルマンとルクレール伯爵がひそひそと話す間にも式が進んでいく。大司教の前に並んだシエラとキーファは、結婚宣誓書に署名をしているところ。仲睦まじく肩を寄せ合う姿を見れば、二人が幸せなことは明らかだった。
「…それでは、この宣誓書をもって、キーファ・ルクレールとシエラ・バレンティンが正式に夫婦となることが認められました。二人に幸多からんことを」
キーファとシエラが見つめ合って微笑む。これで二人は教会からも認められた真の夫婦なのだ。
「……これからよろしくね、キーファ…」
シエラの目尻にうっすらと涙が浮かぶ。泣くつもりもなければ、まさか自分が泣くともシエラは思っていなかった。たった数年とは言え苦しい実家での出来事が、どんなに重くのしかかっていたのだろう…シエラはやっとそれを認めることができた。自分はずっと辛かったのだと、寂しかったのだと。でも、それはもうおしまい。名字も変わり、これから新しい生活が待っているのだ。
「…俺の方こそ」
ステンドグラスの七色の光を受けたシエラは神々しいほど美しかった。キーファがこの一瞬を永遠に目に焼き付けんとシエラを見つめる。本当はぎゅっと抱きすくめたいけれど、高価な宝飾品のことを考えるとそれはちょっと憚られる。それは新婚初夜のお楽しみなのだ。
「……君は本当に綺麗だな」
キーファの口からいつものように賛辞の言葉が出てしまう。
「……………」
「?」
「……私が美しいから結婚したの?」
「え!?」
思わぬことを聞かれてキーファが少したじろぐ。さっきの言葉と結婚の事実はキーファの中では全く結びついていない。そう、美を目の前にして、ただただこぼれ落ちた言葉だった。対して、シエラの心の中はこうだ。シエラだって自分の美しさを分かっていないわけがない。しかし、美しさも若さもいつか失われる儚いものという事実が頑としてある。だから、褒められて嬉しいはずなのに、現実主義が邪魔をして、いじけるようなことを言ってしまうのだ。
「………違う。君が…灰まみれで面白かったから。あの日、君が嫌がれば俺は何もしないで退室したと思う。灰まみれの君に世話を焼いたり話を聞いたから、今こうなったんだ、シエラ。あんな経験は二度とないと思う。熊の時もそうだが…アルマン陛下が俺と君の馴れ初めを物語にしたいと言っていた。俺はそれが結構楽しみなんだ」
「………物語??!」
「そうだよ、シエラ」
シエラのいじけた気持ちがどこかへ飛び去って行った。萌黄色の瞳が輝き始める。
「……ねえ、それ私が書いちゃだめかしら?」
「え!?」
「私、自分で書きたいの…だめかしら?」
「…………」
「そりゃ、名案じゃのう!」
面白そうなことに関しては地獄耳になってしまうアルマン陛下がずいとやってくる。
「見つめ合っていい雰囲気だったからそっとしておいたが、それは聞き捨てならんな。面白すぎる。イヴェールに書かせるつもりじゃったが変更で、シエラちゃんが書いてイヴェールに添削させることにしよう」
「…やった!」
「シエラ…君は書けるのかい?」
「わからない!毎日、日記はつけているけど…でも、添削してもらえるならきっと大丈夫」
シエラが楽しそうに微笑むのを見て、キーファはもうどうでもよくなってしまう。アルマン陛下の言うイヴェール先生とやらがどうにかしてくれるだろう。シエラが嬉しそうならそれでいい。彼女が挑戦したいと言うなら応援するしかないのだ、キーファは。
「そうそう!イヴェールに投げればどうにでもなる!」
「陛下!私、とにかくやってみます!」
「ほっほう!それじゃあ今日はこれで解散じゃ!」
高らかな鶴の一声。挙式は恙無く終わりを告げた。
◇
その後、シエラは言ったとおりに馴れ初め話を現代版サンドリヨンとして書き上げた。件のイヴェール先生に編集や校閲をしてもらいながら、なんとか書き上げたのだ。
そして、その作品をシエラは自ら複本していった。結婚前、せっせと練習した飾り文字がここにきて大活躍。本はまず、アルマン陛下やマダム・シャルレーヌなど、二人のことを知る人物達に配られた。ルクレール伯爵家に贈るのは何か勘付かれる気がして黙秘を決め込み、サロンや図書館に献本を続けた。
その結果、じわじわと噂になり、個人で欲しいという人たちが現れ始める。そうしてシエラは複本作業に追われる日々がしばらく続いた。そうこうしているうちに、シエラは初めての懐妊。幸いなことに、複本作業は自宅で座ってできたので、ゆっくり自分のペースを守りながら稼ぎを得た。
その仕事はシエラが出産すると同時に終了になったが、シエラは自分の仕事を満足するまでやり切ったことを確信して、次は育児に専念し始めた。
さらに数年後。二人から四人になったシエラたちは、キーファの対熊業務の終了とともに、グンディーマへと帰郷。
キーファの生家に子供達を預け、訪れたシエラの生家は聞いていた通り荒れ放題だった。聞けば、継母姉達は先物取引に手を出して破滅し、返爵。それもシエラを売り払ったお金を元金としていたのだから、因果応報も馬鹿にはできない。
その荒れ放題の家について、キーファはちょっと思うところがあった。家は荒れているが、やはり基礎はしっかりとして、修理をすればまだ暮らせそうな気がする。
「……シエラ、君はここに住みたい?かなり大掛かりだろうが、改修すればきっと住めるよ」
「う〜ん……」
シエラは悩ましかった。確かにこの家には良い思い出も楽しい思い出もある。しかし、それが悪い思い出に塗りつぶされてしまった感が否めない。
「……ここは嫌かも…」
「!」
キーファはシエラの思いを尊重した。シエラの生家は、その後、大改修を経て養蚕工場へと生まれ変わった。
蚕たちが蠢くそこにシエラはあまり近づきたがらなかったが、生糸ではなく、その先の服飾には大いに感心を示した。キーファとの間に子供を次々に授かったこともあるだろう。
シエラが最初に取り掛かった仕事は、生まれてくる赤ちゃんのための小さな小さな特別なドレス。そしてそこから子供服へと続き、気づけば服飾デザイナーとして人生を全うした。その横には、破天荒な彼女を見守る夫の姿がいつもあったとか。
ここまでお読みくださりありがとうございました。ポイント評価をしていただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします




