第49話:事件が終わって
「で? 結局どうなったの?」
閉店後の『クルクス』の店内で、レティクルがのんびりと酒杯を傾けていた。
カウンターに腰を下ろし、隣にはハイドが座っている。
ハイドの方は、と言えば、何かの乾燥肉をつまみに、酒を飲んでいる。
「どうもなにも・・・・・・」
話しているのは、今日のダンジョンで起こったことだ。
すなわり、闘技場での顛末である。
「というか」
ハイドは、じろ、とレティクルを見る。
「お前、見てたろ?」
「まあ、見てはいたけれどね」
ふふ、とレティクルは笑う。
ハイドの言う通り、レティクルは起こったことは大体把握している。
自分で作り出した種子を仕込むことで、ある程度の距離ならば無視して情報を探ることができる、というのは、レティクルの固有の能力だ。
アーツやデバイスによる能力ではないため、専用の妨害手段がなければ対策ができない。
普通にずるい能力だ。
ハイドからして、何がずるいのかといえば、この能力について知っているものが少ない、という点だろう。
レティクル固有の能力ではあるが、レティクルの種族であるグラス系種族ならば、ほぼ使える能力でもある。
だが、グラス系種族は、元が植物であるせいか、外界の変化をあまり強く意識しない。
要は、いろいろと使い道があるはずの能力でありながら、彼らは身内での連絡用途ぐらいにしか使わないのだ。
結果として、グラス系種族がそういう能力を持っていることを知っているものが少なく、また今回のレティクルのように、盗聴目的で使うようなこともないため、対策に需要がなく、研究されていない。
ハイド自身は、一応対応策は持っているものの、その対応策も体につけられた種子の類を払い落すぐらいで、種子とレティクルの間の通信を妨害することはできていない。
「あれずりーよー」
「ふふふ。使い方を教えてくれたの、ハイドだけれど?」
「あー・・・・・・」
ハイドは遠い目をしてうめく。
その時はこうなるとは思わなかったんだよなあ、と、ハイドは軽く後悔する。
「教えなきゃ、最後に捕まることもなかったのに・・・・・・」
「あらあら。純粋な女の子に、悪いことを教えるだけ教えて、都合が悪くなったら消えてしまうとか、許されることではないわよ?」
「・・・・・・純粋?」
「何か?」
「いいえ」
やれやれ、と酒を口に運ぶ。
「・・・・・・まあ、ともあれ、見てたなら大体のことは見ただろう?」
「見えたのは、タイラントが何か攻撃を受けたあたりまで」
「その後は?」
「お客さん来たからそっちに集中」
「・・・・・・ああ、そう」
「もう終わったみたいだし、後で聞けばいいかと思って」
しかし、そうなると、順番に話した方がいいか、とハイドは頷いた。
+ * +
タイラントが光に飲まれた後、しばらくして光は収束した。
そして、そこには何も起こっていないタイラントがいた。
「・・・・・・おや?」
受けた当人すら不思議そうな顔をすることになった。
それはともかくとして、
「もう一度はなしだ、と」
ハイドが、何かを放った一人のもとへと走り寄り、そのまま、先ほどの攻撃を放った相手を制圧する。
デバイスやアーツを封じたとはいえ、それによらない行動方法を持っているなら、動くことはできる。
制圧した相手を見れば、一団の中では珍しくサイボーグ化も外骨格の類も何もつけていないようだ。
「・・・・・・で、何だこりゃ?」
その存在が持っていたのは、何かの鍵のように見えた。
手のひらに収まりきらないサイズのそれは、モノによってはナイフのようにも見える。
「・・・・・・Lメカか」
手に触れ、解析用のアーツを走らせて、その反応からハイドはそう推測する。
「ふむ・・・・・・」
ともあれ、それを持ったまま、ハイドはOSへのさらなる指示を送った。
それにより、強制帰還が発動され、闘技場に転がっていた一団が次々と送還されていく。
最後の一人が送られたのを確認して、ハイドは手に持った鍵のようなLメカを観察する。
一度、頭を取り外して、横に置いていた首輪をはめ直すと、もう一度頭を接続した。
「・・・・・・よくもまあ、切られたというのに、うまく接合できますね」
そんなハイドの動作を見て、ノエルは呆れたような声を上げる。
首を取り外して生きていけるサイボーグやアンドロイドはいるとしても、首と胴の接合部分以外で切られた場合に、くっつけるだけで接着することなどない。
「切られる前に分離したからな」
ハイドは、何でもないように言いながら、ノエルたちの方へと近づいた。
「で? タイラント。調子は?」
「・・・・・・問題ねえな。なんだったんだ?」
腕が大破しているが、それ以外には、さほどのダメージは見えない。
生体系のサイボーグであるタイラントだから、ある程度のメンテナンスをすれば、すぐに直るだろう。
ともあれ、タイラントには変調は見えない。
「ふむ。じゃあ、これに見覚えは?」
「・・・・・・ああ、なるほどなあ」
ふむ、とタイラントは、ハイドが持っている鍵のようなLメカを見て、納得の声を上げた。
「そいつは、『大帝』と一緒に見つけたやつだ」
「うん?」
「『大帝』の外部制御用だ」
タイラントの情報を聞いて、ハイドは手の中のLメカに目を落とす。
「この俺が支配していたころは、俺が首に下げてたな」
「・・・・・・ああ、確かに、見覚えがありますね」
外部制御装置、ということは、『大帝』をこれで制御できるということか、とハイドはLメカをいじる。
「・・・・・・うん? なんだこれ、『大帝』の強制排除に設定されてるな」
「おいおい、そんなちょっと触っただけで分かるのかよ・・・・・・」
「こういうのの方が専門だよ。俺は」
ハイドがあっさりとLメカの情報を引き出してみれば、タイラントは顔をひきつらせた。
タイラントが現役であったころでも、その機能を研究するのに、年単位で時間がかかったものだ。
結局、わかったのは外部からの制御が可能、という程度の話。
「まあ、その鍵を戦艦とかにぶっさすと、『大帝』を通じて戦艦を一人で制御できたりもするんだぜ?」
「外部制御って、そういう機能も持ってんのかよ」
ふうん、とハイドは手の中のLメカをもてあそび、
「ほれ」
傍らで倒れているフェベリウスへと放り投げた。
「ぬおっ!!」
投げ渡されたそれを、フェベリウスは慌てて受け取る。
「お前さんが持っとけよ。さっきの、『大帝』を持ってるお前が受けたら、ちょっとやばかったかもな」
「それは・・・・・・」
「どうやったのか、強制排除になってる。いうなれば、『大帝殺し』ってところだな」
フェベリウスを狙っていたのだろう。
もしくは、
「タイラントにも効くと思ってたのかね?」
「あー、まあ、ありそうではある」
使い方次第では、『大帝』を奪うこともできそうだが、奪う方に適性がなければ使うことはできまい。
「ま、ともあれ、だ・・・・・・」
周囲を見回す。
戦車からはガブリエルたちが出てきている。
「決着はついた。ともあれ、これで終わりだろう」
「そうだな」
よし、とハイドは手を打った。
「帰るぞ、と」
+ * +
「そんな感じ」
「で? そのフェベリウスは、これからどうするの?」
「帝国に戻って、皇帝になるんだろうよ。少なくとも、資格は示したんだ」
「そう」
決まりは、星央帝国の決めたことだ。
そうである以上は、たとえ同盟でも干渉は不可能だ。
「タイラントの方は、アジトに戻った。たぶん、ニューロードのがたがたは、すぐに収まるだろうよ」
タイラントの実力は、腕一本なくした程度でどうこうなるものではない。
まして、戻ればタイラントの側近が戻ってくるだろう。
そうなれば、もう万全だ。
ごたごたと騒いでいた下部組織も、すぐに落ち着くだろう。
まして、
「ノエルがかなり尻叩いてたしなあ・・・・・・」
「ああ、それは、ききそうね」
ふふふ、とレティクルは笑った。
「ともあれ、状況にケリはついた、と」
「なら、よかったわ」
ところで、と、ハイドはレティクルに向き直る。
「お前に、『大帝殺し』のことを教えたやつは?」
「彼なら、ハイドが帰ってくる前に帰ったわ。次の商談があるからって」
「そうかい。・・・・・・まじめに商人やってのかねえ? あいつ」
「ハイドからの注文は預かってるわよ? 大きいのは、アレイのガレージに入れたし、それ以外の細かいのは、ハイドの部屋に運んだから」
「そいつはどうも」
+ * +
ハイドは、自室に戻り、荷物を確認していた。
『商人』から届けられた荷物は、細かい機械部品が多い。
その過半は、生体サイボーグ用の調整部品だ。
「・・・・・・ふむ」
品質に問題はなさそうだ、とハイドは頷く。
ぶっちゃけ、全部自作しようと思えば自作できるが、正規品の方がデバイスとの噛み合いがいい。
首輪に変なログを残さないようにするためにも、必要なところは正規品を使った方が楽なのだ。
「で、なるほどね」
そして、その一番上に置かれた、紙のメモ。
今の時代、ある意味で一番セキュリティが確かなメッセージ手段だ。
それを読んで、握りつぶす。
「・・・・・・ま、問題はないだろ」
ハイドは、そうつぶやいた。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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