第39話:ダグラント帝国
ノエルが出撃を決める、少し前のことになる。
いろいろと決意を固めたものの、ガブリエルは、ハイドの所在地は分からない。
さて、どうやって見つけようか、と考える。
「うん? ハイドの居場所かい?」
アレイにそれを相談すると、なんでもないように自分のデバイスを指さした。
「ボクたち、まだハイドとパーティ組んだままの状態になってるから、多分パーティ情報探れば分かるよ?」
「あ、その方法ありましたね」
ここ最近、ダンジョンを動く訓練を含めて、ハイドから指導を受けていた関係で、ハイドとはパーティを組みっ放しだった。
もっとも、パーティを組んだままにしているのは、レティクルの指示である。
最近の状況が状況であっただけに、ダンジョン内で三人娘の行方を見失わないように、というkとおだ。
毎回毎回ハイドが同行するわけではないし、基本ハイドはソロで動いているため、パーティを組んでいても、問題にはならないし、いちいち外すのも面倒、ということで、パーティを組みっ放しになっている。
「・・・・・・レティクルさん。これ狙っていたんでしょうか」
「ありえるねえ。レティクルなら」
ガブリエルの言葉に、アレイは苦笑する。
「ともあれ、場所が分かるのならば急ぎましょう。・・・・・・ハイド殿のいる場所となると、それなりの深層でありましょう」
「確かに。装備はきっちり整えないとね」
アレイのガレージで、ガブリエルはアレイに手伝ってもらって、装備を身に着ける。
懸架台にかけられていた、羽と輪っかの組み合わせ。
見た目から天使の羽と光輪をイメージしているのが丸分かりだ。
『アンヘル』を搭載した、ガブリエルの装備、『ハイロゥ』と名付けられた、外部甲殻装備である。
「まあ、今だからいうけど」
「はい?」
インナースーツの上に、軽装の甲殻装備をまとい、それぞれのアタッチメントジョイントに、『ハイロゥ』のコネクトパーツを接続していく。
「ぶっちゃけ、ボクとハイドでちょっと悪乗りしすぎたかもしれない、と思っている」
「はあ・・・・・・?」
ガブリエルは首を傾げるが、
「まあ、要するに、ダンジョン初心者に与えるには、過剰装備かもしれないなあ、と」
「ああ、なるほど」
アレイの言うことは分かる。
AI搭載型の外部甲殻装備自体は、それなりにありふれたものである。
ただし、ハイドとアレイが用意した『ハイロゥ』は、見かけは同じでも、まったく内実が異なっている。
最大の差は、やはり搭載しているAIだろう。
コッペリウス式AIは、ガブリエルの精神構造をコピーし、それを元に作成したものだ。
性能、という点では、通常のAIと大きく違うものではない。
あくまでも、カタログスペックならば、だが。
ただ、今回のこれは、ガブリエルの外部甲殻装備の操作を行うため、ということで、AIでのガブリエルの支援をするのが目的になる。
この点で、ガブリエルと精神構造が同じAIならば、支援の連携度が遥かに高くなる。
ガブリエルの装備は、ガブリエルのアーツ発動を支援するためのものであるため、円滑に動作するためにも、コッペリウス式AIの方が効果が高いのだ。
「起動」
すべての接続を終え、アレイが確認を終える。
その後に、ガブリエルが、装備を起動する。
「【『アンヘル』、起動しました】」
機械音声、といっても、ガブリエルの声に近いそれが響いた。
「【各部、システムオールグリーン】」
懸架台からゆっくりと浮遊しながら、ガブリエルの体ごとゆっくりと降りる。
それから、一度羽が開き、閉じ、頭の上に光輪が浮かぶ。
「完璧だ・・・・・・!」
アレイがなんか感極まった声を上げている。
閉じた羽は、今度はガブリエルの体に沿うように動き、幅を縮め、装甲服のような状態へと変化した。
「【おはようございます。高性能コッペリウス式AI『アンヘル』は、『ハイロゥ』の機能を掌握しました。これより、マスター・ガブリエルの補助機動を開始します。皆様、よろしくお願いいたします】」
機械音声が響くと同時に、静かに各部位が光を放つ。
「よし、起動成功。・・・・・・ボクの戦車も装備は整えたし、カノンは?」
「大丈夫であります。拙者、これ一本あれば十分でありますし」
カノンは頷いて、背に吊った『竜骨断ち』を示す。
「うん。じゃあ、行こうか。皆乗って」
アレイの号令に従い、戦車の上に乗った三人は、発進した。
【行ってらっしゃい】
それを見送り、ガレージの入り口で、レティクルの蔓がふらふらと揺れていた。
「行き先は?」
「えっと・・・・・・」
ガブリエルが、デバイスを確認する。
表示は、
「今、五十層です」
+ * +
ハイドは、走っていた。
「おうおう。やっぱ、この階層はモブが多いわ」
「は、弾、残ってんのかよ!?」
勢いよく息を吐きながら、タイラントは腕を振り回し、群がるモブをまとめて叩き潰す。
その脇で、ハイドは、銃を撃って、的確にセキュリティモブの弱点を撃ち抜いていた。
「おっと、次。クリーチャーが来るぞ。数は、十四、一団だな」
「ああ、そうかい、っと!!」
叩き潰したばかりのセキュリティモブのドローン。
まだ消えていないそれを、タイラントは掴んで、投げ飛ばす。
「おっし、当たり!」
投げ飛ばされたドローンに、戦闘を走っていた一頭が直撃し、つぶれる。
その後を追従してきていた一団に対しては、
「ほ、っと」
ハイドが投げたツールが、ばつん、と周囲に雷撃を広げ、一時的な麻痺状態になる。
そこを正確に狙ったハイドの射撃で、次々と仕留められていく。
「・・・・・・うーむ・・・・・・」
「どうしたよ」
潰したセキュリティモブから落ちたQコアを回収しつつ、ハイドは唸った。
「いや、この一定距離を保ったまま、こっちをきっちりついてきてるのが、まあ、ターゲットなんだろうが」
ハイドのレーダーには、その敵影がはっきりと映っていた。
「何で攻めてこないのかねえ?」
「確かにな。さっきから、あっちこっちとモブ共に喧嘩売ってるってのに、隙をついてくることもねえ」
つまらん、とタイラントは足元に落ちていたドロップを蹴り飛ばした。
「距離が常に一定なんだよな。・・・・・・この動き方だと」
ハイドは、ちら、とタイラントを見て、
「お前、何か仕掛けられてないか?」
「自分でスキャンする上では、何も問題なし、だがな」
タイラントの言葉に、ふうん、とハイドは首を傾げた。
一定の距離をきっちりと保って動けるのは、こちらの位置を正確に把握しているものの動きだろう。
レーダーの類ならば、ジャミングをかけることもできるし、壁越しにセキュリティモブとクリミナルやプレイヤーを区別するのは難しい。
特に、追いかけている対象が戦闘に入ってしまうと、表示が入り乱れるため、追跡は困難になる。
一番確実なのは目視だが、周囲を見回してもこちらを窺っている目は、人も機械も含めて見えない。
「・・・・・・何かしらのスキルか?」
スキル、というのは、アーツの一種である。
ただし、これは別名を、固有アーツといい、例えば、種族特性や、個人の個性などの範囲で発揮される、他人には模倣困難な類のモノを指す。
こういったスキルの類は、切り札にもなるため、情報が秘匿されることが多い。
ハイドも、それほど多くは知らない。
「ふん。どうでもいい」
ハイドの考察を聞きながら、タイラントは吐き捨てた。
がんがん、と拳を打ち合わせ、
「プレイヤーなら、クリミナルに対しては、絶対に優位に立ってるはずなのに、なんで攻められねえんだか。・・・・・・期待外れだったか」
クリミナルは、いかなる理由があっても、プレイヤーに対して攻撃ができない。
抜け道がないではないが、そのどれもが、プレイヤーに致命の攻撃を加えるには足りない。
さらに言うなら、もし、プレイヤーとクリミナルが一対一で向かい合った場合、その抜け道もほとんど潰される。
ハイドがガブリエルを助ける時にやった方法なども、一対一で向かい合う場合は、不可能だ。
可能なのは、煙幕などを張って身を隠すくらいである。
「ま、一事だけ取って判断してやるな。・・・・・・結構準備してたみたいだしな」
「お前、本気で楽しむつもりだな?」
「おうよ。巻き込みで攻撃仕掛けてくれたら、楽しいことになるんだがなあ・・・・・・」
「暇人め」
ハイドとて、クリミナルのくくりである以上は、そのハンデはタイラントと変わらない。
このハンデは、恩赦では解消できないため、クリミナルに対しては、プレイヤーは絶対優位だ。
「ていうかよ。お前、いつもの取り巻きどうしたんだ?」
「この俺の拠点を守らせてる。どうやら、落ち目と思って喧嘩を売ってきたのがいるみたいでな」
「はあ。で、お前はこっちか」
「この俺がいたら、あいつら楽しめねえだろ?」
タイラントは、がはは、と笑った。
拠点の方を攻めているのは、クリミナルの他弱小派閥か、もしくは、ニューロードの反タイラント派だろうか。
タイラントからしてみれば、襲撃も祭だ、ということだろう。
タイラントの取り巻きも、似たようなものばかりだし、あちらは、クリミナルがメインだろうし、まあ、今頃派手にやっているんだろう。
「・・・・・・と、広場に出るぞ」
「おう」
ハイドが注意した通り、広い場所に出た。
ダンジョンに挑むものたちの間では、コロセウム、と呼ばれている。
その名の通り、円形の広間であり、周囲にまるで観客席のように高台があるのだ。
かつては、ここにゲートキーパーがいた。
ハイド達が入ってきた側とは反対にある出口。
あの先に、次フロアを解放するためのキーコードがあったのだ。
「・・・・・・ああ、なるほど」
「ん?」
レーダーを見ていたハイドが声を上げた。
「タイラント。どうやら、あっちも結構な外連味持ちで、ロマンチストだな」
「・・・・・・ほう?」
タイラントが声を上げたのは、ハイドに遅れて、近づいてくる一団を把握したからだろう。
「つまり、ここか」
「俺達が、ここに来るのを待っていた、ってわけだ」
一定の距離を保っていたのは、逃がさないようにするため。
本命は、
「ほれ。あっち」
観客席の上から、ひらりと飛び降りる影がある。
タイラントと似たような巨躯の男だ。
「・・・・・・お?」
それに目ざとく気づいたのは、ハイドだった。
「おいおい。タイラント。そいつ、クリミナルだぞ」
ハイドの言う通り、その大男は、クリミナルの首輪をつけていた。
「我は、ダグラント帝国正統後継者、フェベリウス・ダグラント! そちらにいるクリミナル。ベルガルディン・オルゾ・バヌス・ダグランド『大帝』とお見受けするが、いかがか!!」
堂々と、大男、フェベリウスは叫びをあげた。
ダグラント帝国、というのは、かつてタイラントが治めていた帝国の名だ。
「いかにも! この俺こそ! かつてはベルガルディン・オルゾ・バヌス・ダグランドと呼ばれた男である。今は、タイラントだ!!」
名乗り返したタイラントに、男は大きく頷き、構えた。
「我は、貴方の孫である。・・・・・・ダグラント帝国の正統後継者の資格を得るため、貴方に挑戦させていただく!!」
「いいだろう! かかってこい!!」
堂々と、タイラントは返すのであった。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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