第38話:出陣
「は?」
ノエルが、その報告を聞いたのは、執務室にいる時だった。
+ * +
執務室に置いてある観葉植物。
そこから一本の蔓が生えて、
【ノエルちゃん。お元気?】
そんな風に、レティクルの声が聞こえてきた。
「・・・・・・いつの間に仕込みを・・・・・・」
ノエルは、頭痛をこらえるように額を押さえる。
レティクルの能力は知っている。
こういうことができるのは知っている。
とはいえ、一応他派閥の長なのだ。
こんな堂々と盗聴なりなんなりができる仕込みをさせていいわけがない。
【あら、仕込みなんてしてないわよ? この間、お店に来た時に種を付けて飛ばしただけ】
だけじゃない、とノエルは頬を引きつらせる。
繰り返すが、ノエルはレティクルがこういうことができる、と知っている。
知っているからには、対策だってある。
実は、執務室の入り口には、そういう外部からの持ち込みを検知、あるいは、遮断する仕掛けがある。
かなり精度の高い仕掛けで、結構なコストをかけて設置したものだ。
すべて、レティクルとハイドの対策である。
それをする、っと抜けられている。
「・・・・・・はあ」
相変わらず規格外だ、と諦めの吐息。
それから、ノエル蔓へと向き直った。
「それで、どうされたのですか? レティクル」
【うん。あのね、うちのガブリエルちゃんと、アレイちゃん。それから、そっちのカノンちゃん】
「ええ、パーティーを組ませている三人ですね」
【ダンジョンに行っちゃった】
「・・・・・・は?」
冒頭に戻る。
+ * +
聞いてみれば、ポートで『負け犬』に絡まれたガブリエルを救うため、アレイとカノンがダンジョンに向かった。
ここまではいい。
その後、若い娘たちは、どうも何かを決めたらしく、一度ダンジョンから戻ってくると、改めて準備をし直した上で、そのままダンジョンへ突入していったという。
「・・・・・・なぜ止めないんですか」
【止める理由がないもの】
ふふふ、と笑い声が聞こえた。
大方、同じ仕込みをまたガブリエルか誰かに仕込んではいるのだろう。
目的は、
「ハイドですか?」
【そうみたいね。少なくとも、ガブリエルちゃんは、ハイドのところへ向かうつもり】
「ハイドの居場所は?」
【今のところ、よくわかってないわね】
む、とノエルの眉が寄った。
「貴女が、ハイドの居場所を感知していないのですか?」
【それこそ、ハイドは私の手なんて知り尽くしてるもの。本気でかわされたら、追跡なんて不可能よ?】
どうだか、と、ノエルは内心、レティクルの言葉を否定する。
手を知り尽くしている、というなら、ハイドの手だって、レティクルは知り尽くしている。
対策の取り合いはしているだろうし、多分、出し抜く手の一つや二つは、持っているはずだ。
【今頃、多分タイラントと接触しているころだと思うんだけどね】
ほら知っている、とノエルは言葉に出さず、顔をしかめる。
レティクルは、こういうところがある。
穏やかで、理知的。
そう見えても、やっぱりどこかずれているし、突き抜けている。
「・・・・・・タイラントと」
要は、今回の事件の最前線だ。
「それで、ガブリエルたちはどこへむかったのですか?」
【最前線。例のクリミナル狩りのいる場所ね】
「無鉄砲な・・・・・・!」
言いながら、ノエルは立ち上がる。
壁際のロッカーへと信号を送り、開いた。
【行くの?】
「貴女こそ、あんな未熟な子たちを危険な最前線に送るなんて!!」
【そうねえ・・・・・・】
蔓から、ふふふ、とレティクルの笑みが響いた。
【でも、雛が巣立つのを止めるなんて、一時の止まり木であったとして、やっていいことじゃないでしょう?】
装備を確認する手が、一時止まる。
「雛、ですか」
【そうよ? 今までろくに外の世界を知らなかった雛鳥が、やっと鳥かごから出てこれたのに、いつまでも、鳥かご気分じゃダメよね?】
「厳しいですね」
まだ、早いのでは、とノエルは思う。
だが、レティクルは、違うようだ。
危険地帯に突っ込まれる前に、諭すべきだ。
だが、レティクルは、おそらく自分の蔓をガブリエルにつけている。
だから、いつでも対処できる、という感覚から、見守る方にシフトしているのだろう。
それに、行き先にはハイドがいる。
「ともあれ、私も出ます」
【あら】
意外、という声をレティクルは上げたが、そうなると知って煽っているような気がする。
「私と、タイラントを会わせたいんですか?」
【まさか。あなた達はもう雛じゃないんだし、そこまで面倒は見ないわよ】
ジャケットを羽織り、ブレードを身に着ける。
【ハイドは、ちょっと面白がってるけれど、私はそれをガブリエルちゃんに見てほしいのよ】
「ハイドを、ですか?」
【そう。タイラントなんかより、ハイドの方がよっぽど自分勝手。・・・・・・でも、そういう自分勝手さ、今のガブリエルちゃんにはないものだから】
「・・・・・・・・・・・・」
レティクルが、ガブリエルに何を期待しているのか、が分からない。
自分勝手さ、というが、ハイドは頭がおかしいので、参考にしてはいけない部類の人間のはずだ。
「相変わらず、貴女のハイドに対する態度には、よくわからないものがありますね」
【そうですか? まあ、長い付き合いですから】
ふふふ、と笑って、蔓は力を失った。
垂れた蔓を見て、はあ、と一つため息を吐くと、ノエルは執務室を出る。
「あラ? どうしたノ?」
そこにいたアリアが、武装状態のノエルを見て、声をかけた。
レディアントのまとめ役になってから、ノエルがダンジョン探索に入る頻度は減った。
まったくない、というわけではないが、大概、一人で行って戻ってくる。
「アリア。留守を頼みます。・・・・・・ダンガンはいますか?」
「へいへい。いますよっと」
「あなたも新人を集めておいてください。・・・・・・最悪、ニューロードとの抗争状態に入ります」
今からノエルがダンジョンに踏み込むとなると、ニューロードと会敵する可能性は高い。
そして、そうなれば、確実に戦闘になるだろうし、そうなった場合にノエルはためらいなく切り捨てるつもりだ。
「私は、これからダンジョン内のレディアント所属クリミナルの保護に当たります。・・・・・・二人とも、おそらく、これからが山場です。注意を」
「はいハイ」
「了解しましたよ、と」
二人を置いて、ノエルはダンジョンを目指した。
+ * +
「おおこわ・・・・・・」
「あら、何がかしら?」
クルクスで、レティクルはカウンターに座している客の言葉に、首を傾げた。
先ほどまで、ノエルのところに声を飛ばしていたのだ。
それを見ていた客の言葉である。
「いやあ・・・・・・」
言いながらも、その客は頭をかく。
「参ったね。ハイドに会いに来ただけだったんだが」
「タイミングが悪かったわね」
「やれやれ。あいつ。僕が来ることを知って、雲隠れしたんじゃないだろうな」
「・・・・・・なるほど、そういう可能性もあったわね」
「おいおい。カンベンしてくれよ。姐さん」
「ふふふ・・・・・・」
笑いながら、レティクルは、客の前にコーヒーのカップを置いた。
怪しさなどない人物だ。
ありふれたスーツ、ありふれた格好。
身なりはきちんと整えられていて、不潔感はない。
怪しさはない。
ただの市街にいるのなら。
だが、ここは牢獄惑星だ。
なんでもない、というだけで、やたらと怪しい人物だった。
「というか、あなたがハイドを訪ねてくる、というのも、なんだかんだで不穏よね?」
「そうかい? 僕はもう、カタギに戻ってシャバ暮らし。いろいろ足は洗っているよ?」
「そう?」
「たまたま、ちょっと懐かしい顔に逢いたくなったから来ただけ、さ」
ふふん、とその男はウィンクをするが、レティクルは表情が冷たくなっただけだ。
「相変わらずなのね。その詐欺師っぷりは」
「ひどいなあ。姐さん」
かつては、クルクス派に所属していた、元クリミナル。
すでに恩赦を得て、釈放された身分だが、こうしてたまに牢獄惑星に来る。
仕事の内容は、主に密輸らしい、というぐらいは知っている。
詳しく突っ込んだことはないが。
「それで? 今回は何を運んできたの?」
「タイラントを殺せる兵器、の設計図」
「・・・・・・タイラントを殺すのに、そんな大層なものがいるかしら?」
「いらねーと思う」
けっけっけ、と悪い笑みをこぼしているところから見るに、この男が売り込んだのだろう。
「で? 結局あなたは今もここに残って、何をしているわけ?」
「なあに、一応、取引には関わったからさー。ちょっと成り行きを見たいんだよ」
「次の商機ってわけだ」
「そうそう。それそれ」
へっへっへ、と笑っている。
まったく、とレティクルは呆れた。
「変な騒ぎにはしないでちょうだい」
「心配しなくても、タイラントにしか効き目はないし、そもそもタイラントに効くかもわからんし」
「そんなもの、よく売れたわね」
「使い道がないんすわ。何せ、『大帝』を殺すための装備なもんで」
「・・・・・・あー」
なんとなく、オチが見えた、とレティクルは笑う。
「それ、本当に役に立つの?」
「立たないと思う。僕の知ってるタイラントなら、むしろ逆に効かない」
「・・・・・・よくそんなの売りつけたわね。本当に詐欺じゃないの」
「使う相手は間違ってないし、『大帝』が殺せるのも間違ってない。・・・・・・ただ、今のタイラントは『大帝』じゃないけど」
それは、売りつけた側の理屈だ。
売られた側は、詐欺、と思うだろうし、その恨みは目の前の男に向かうだろう。
「まあ、もうカタギになった人間の進退なんて、私は気にしないけれどね」
「成り行きを見てるってのは、そう言うことさ」
そう、とレティクルは肩をすくめ、それ以降は他愛もない話しかしなかった。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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