第13話:日没後の牢獄惑星
クルクスへの帰路について、ハイドは特に何も話さない。
ガブリエルが、なにやら考え込んでいるからだ。
大方、ノエルの言葉の意味を、飲み込もうとしているのだろう。
「ハイドさん」
「どうした?」
「あの、ノエルさんのおっしゃっていたことは」
「事実だな。特に、お前は食い物にしやすそうだし」
華奢な体躯、小柄な身、整った顔立ち、押せば通せそうな弱腰、ド素人。
カモとして狙うには、十分な要素が多量に揃っている。
実際、そう狙われたからこその、初日の出来事であるわけだし。
「見た目と中身が釣り合わない、というのは珍しい話じゃないが、それを見抜ける目を持っているようなので、こんなところまで落ちてくるのは稀だ」
それこそ、何かしら大きなことをやって、逃げようもない状態にでも追い込まれないと、来ないだろう。
「ノエルは、そういう目がない方。アリアはそういう目を持った上で、ここに自分から来たタイプ」
「へ?」
「まあ、そういう裏話は、仲良くなって聞きだすといい」
けけけ、と、ハイドは人の悪そうな笑みを浮かべる。
「どいつもこいつも、それなりにアホな理由抱えてここに来てるからな。割と楽しいぞ?」
「・・・・・・ハイドさんは?」
「俺? 俺はあれよ。レティクルの巻き添え」
「巻き添えって?」
「おおっと、そこから先はレティクルに聞いてみるといい」
俺だけの事情じゃないからな、とハイドが結べば、ガブリエルは頷くしかない。
教会からの帰路。
ポートの道は、案外に静かだ。
ポート、というか牢獄惑星は、ほぼ全域が屋根の下だ。
人口太陽という巨大なライトが天にあり、それの点灯と消灯によって、一日が作られている。
といっても、八時間おきに『日出』と『日没』を繰り返すため、ここに暮らす者たちは、総じて自分なりの生活リズムを持って生活している。
頭上、人口太陽が消灯し、街灯などの淡い明りがともる。
明りの調子が変わっただけで、街並みの雰囲気が別物へと変わるこの瞬間は、長くこの星にいるハイドをして、時折目を奪われる。
そんな中で、ガブリエルがぽつりとつぶやいた。
「・・・・・・ハイドさんは、どうしてわたしによくしてくれるんでしょうか?」
「暇つぶしだが?」
「暇つぶし」
ガブリエルは、どこか信じられないものを見るような目を向けてくるが、
「言わなかったか? 俺は終身刑の囚人だ。どれだけキャッシュを積み上げたとしても、恩赦による釈放はありえない。ぶっちゃけ、クリミナルであるこの首輪以外は、全部外してあるんだよ。俺は」
終身刑、というのは、そうそう受けるものではない。
外に出したくないなら、簡単には出られないくらいの長期の刑を課せばいいだけだ。
それに、恩赦で外に出られたところで、元クリミナルには、監視が着く。
明確に監視されるわけではないが、データベースに記録は残るし、銀行口座の取引、星間移動の経路、住居や商品購入の履歴、ありとあらゆる電子的なデータが、すべて記録され、監視される。
反社会的な行動を取れば、その時点で目を付けられる。
「大人しく過ごせば死ぬまで安泰だけどな。元クリミナルは、犯罪すると通常より重い刑罰を食らうしな」
「具体的には?」
「犯した罪に適用される刑のうちで一番重いやつ」
そういう意味でも、クリミナルはなんだかんだ社会復帰が難しい。
クリミナルとなった時点で、社会的な信用は一度地に墜ちていることもあって、非常に苦労する。
結果として、再度、罪を犯してしまう者も少なくない。
「長くこの星でクリミナルやってる間に、世間の流れに取り残されて、戻っても生きていける場所もなく、ここに戻ってくる。・・・・・・この惑星には、そういう『元』クリミナルも多い」
ポルトリアに流れる者も多いが、ニューロードに入ってしまう者も多い。
特に、再犯のクリミナルなどは、ニューロードに行ってしまうことが多い。
逆に、もう一度この惑星にやってきて、レディアントに入ろうとするのは、割と希少だ。
「そういう意味でも、レディアントには、比較的『キレイ』なクリミナルが多いんだよ」
さらに言うと、レディアントは、牢獄惑星の外にも同類の派閥がある。
簡単に言ってしまえば、元クリミナルの互助組織だ。
社会復帰をしやすいように、元クリミナルでも職を用意したり、住居を用意する際の保証人になったりしている組織である。
「レディアントとの顔つなぎは、そういう意味でもしといて損はない。恩赦を経て戻った後でも、生きていけなきゃまたここに戻ってくるだけだ」
「そう、なんですか・・・・・・」
「ちなみに、一応言っておくと、別にガブリエルを特別扱いしているわけじゃないぞ? よほどのアホでもない限りは、一度はレディアントに面通しさせるのは、暗黙の了解になってる。守ってないのはニューロードのやつらくらいだ」
肩をすくめ、ハイドは笑う。
「ハイドさんは、タイラントさんを警戒していますよね」
「あれは、悪い影響を与える男だからなあ・・・・・・。文字通り、教育に悪い大人だ」
腕を組み、む、とハイドは唸る。
「俺も、いろいろな奴を見てきたがな。あのクラスのバカはそうそう見ない」
「ばか・・・・・・」
「バカだよ。あれは。だから、真似しちゃいかん」
困った男だ、とハイドは唸る。
「・・・・・・まあ、いい。しばらく関わることはないだろう。それより、今後のダンジョン攻略について考えた方がいい」
「あ、はい」
「色々とやり方はある。今日教えたのは、本当に基本中の基本。他は、実地でいろいろ試しながら、自分で考えることだ」
とはいえ、とハイドは、アドバイスを語る。
それをふんふん、と頷きながらガブリエルは聞く。
そうしながら、二人は、クルクスへと戻るのだった。
+ * +
「・・・・・・ふむ。恩赦の積み立ては、順調ですか」
「最近入ったコたち、がんばってるみタいねエ」
ノエルは、所属員のリストを見ながら、満足気に頷いていた。
机に座り、レディアント所属員の恩赦獲得状況を確認している。
「フふ。うれしそうネ」
アリアは、そんなノエルの後ろに立っていた。
普段はくくっているノエルの髪を解いて、その髪を梳いていた。
優し気な手つきで髪を撫でながら、いくつかの道具を使って、ノエルの長髪を整えている。
「・・・・・・ちょっと気にしテル?」
「何が?」
「髪。ちょっととげとげシてるワ。気になることがあるんでしょウ?」
そう、とアリアは続けた。
「タイラントの、こととカ」
「ム・・・・・・!」
くすくすと笑ったアリアの言葉に、ノエルは顔をしかめた。
「マダ、気になるノ?」
「・・・・・・当然でしょう。やつは野放しにはできません」
ふん、と鼻息を荒くするノエルを、愛おし気な目を見ながら、アリアは優しくノエルの髪を整える。
「かわいイ・・・・・・」
こそ、とアリアは呟き、傍らの化粧箱から飾り紐を取り出し、ノエルの髪をくくる。
「じゃあ、あのガブリエルちゃんも、チョット心配かしラ?」
「それは大丈夫でしょう。・・・・・・レティクルも・・・・・・ハイドもいます」
「ハイド、ねエ? 大丈夫かしラ?」
「適当な男ではありますが、それだけに煙に巻くのは上手いですから」
「だかラ、心配なのよネエ。あの男、最終的には自己責任、がモットーだかラ」
アリアからしてみると、そういう部分が信用できない。
ガブリエルがタイラントの影響を受けて、ニューロードに転んだとしても、しょうがねえなあ、と一言で笑って済ませて放置してしまうのが、ハイドという男だと思っている。
「レティクルがいます。大丈夫ですよ」
「・・・・・・あの人も、ハイドには甘いかラ・・・・・・」
レティクルはレティクルでそういう、ハイドの人としてダメな部分にやられている気がする。
そういうところが、クリミナルとなった所以なのかもしれないが。
「それに、タイラントは今それどころではないはずです」
「?」
「どうやら、惑星外の組織が、タイラントの命を狙って、この星に下りて来たようです」
「あらアラ?」
アリアは首を傾げる。
「それって、プレイヤーよネ?」
「そうです。いくらタイラントとはいえ、クリミナルとして攻撃できない相手に対して、一方的に優位を取ることは難しいでしょう。どうなるにせよ、しばらくはそちらに手を取られるかと思います」
「ふうン?」
「・・・・・・何か?」
アリアが意味ありげに唸るのを聞いたノエルは、怪訝そうにアリアへと聞き返す。
「いいエ。ただ、クリミナルに恨みを持つプレイヤーが、大挙しテ押し寄せタ、ということでしょウ? タイラント狙いとハいえ、他のクリミナルにいい影響があるとハ思えなくテ・・・・・・」
「・・・・・・なるほど」
たしかに、ノエルは唸る。
しばらく考えに沈むノエルに見ながら、アリアはノエルの髪結いを終える。
「ええ。確かに、アリアの言う通りです。これは盲点でした」
アリアが髪から手を離したのを感じたのだろう。
ノエルは振り返り、アリアへと礼を言う。
「ありがとうアリア。私は、タイラントざまぁ、としか思っていませんでしたが、確かに! レディアントや、そのほかニューロードに属していないクリミナルにも悪影響があるかもしれない。それほどに多くのものに目を配る。やはり、貴女は優しい女性ですね」
「ふフ。どういたしましテ」
にこやかな笑顔を浮かべたノエルに、アリアは同じようににこりと微笑んで返す。
「さて、では行かなくては」
ノエルは、立ち上がった。
「アラ? どこヘ?」
「皆のところへ。注意喚起が必要です。普段以上に、プレイヤーの動向に気を配るように、と」
颯爽と部屋を出て行くノエルを見送り、アリアはほう、とため息を吐く。
「かわいいわア・・・・・・」
+ * +
ダンジョンの中というのは、明るいが視線は通らない。
不思議な話だが、一定区画ごとに、空間的に区切られている、というのが、研究者の推論である。
どういうことかといえば、たとえ明るく見えても、一定の区間ごとに、向こう側が見通せない、視覚だけを遮断する幕がある、ということだ。
その幕の位置は、壁や床にラインのような区切りがあるため、それで確認できる。
特定のツールを用いれば、遠距離の偵察も不可能ではないが、総じてそういったツールは高価だ。
もっとも、タイラントの取り巻きともなれば、ごく当たり前に常備しているが。
「・・・・・・逃げられたか」
「あいつら、来たばっかだってのに装備がいい。偵察レンズももう持ってるみてえです」
偵察レンズ、というのは、幕を見通して遠距離を視認できるツールの中でも、比較的流通量が多いものだ。
もっとも、あくまでも比較的、というレベルで、ダンジョン内でしか役に立たないこともあって、牢獄惑星外には、ほぼまったく流通していない。
「ふん」
タイラントは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
どうにも、面白くない。
わざわざ喧嘩を売りにここまで来たかと思いきや、先ほどから接敵しては逃げて、の繰り返しだ。
こちらはクリミナルで、あちらはプレイヤー。
戦闘になれば、一方的にクリミナルが負ける。
そんなことは常識で、プレイヤーならば、確実に知っている。
だから、クリミナル上がりのプレイヤーに、わざわざ首輪を装備させた上でここに連れて来たというのに。
「こっちの作戦が読まれてるか」
「ていうか、警戒して当然でしょうや。オヤジに喧嘩売ってんのに、この程度の小細工の警戒もしてねえっつんじゃ、それこそ拍子抜けもいいとこだ」
「違いない」
周囲の取り巻きから、笑いが上がる。
「・・・・・・つまらん」
「すね」
タイラントのぼやきに、同調の声が上がる。
「ふん。・・・・・・もう少し、追いかけるぞ。このままを続けるようなら、もういい。潰す」
「へい」
わざわざ逃げられるように、と手加減して追っていたが、反撃の気配もない。
「と、オヤジ、二区画向こうだ」
「どうだ?」
「ああ、だめだ。また逃げた」
先ほどと同じ繰り返しだ。
「・・・・・・ようし、もういい」
「オヤジ?」
「飽きた。俺はもう帰る」
「へい。じゃあ、こっちで始末付けときますか?」
「相手にするまでもねえ小物だ。もう好きにしろ」
「へい」
タイラントは、隊列を離れて、一人ゲートへと向かう。
その後を、取り巻きの半数ほどが追いかけ、半数は残った。
「てめえらも、詰まらねえ怪我だけはすんなよ」
「了解っす。まあ、あっちが戦闘する気がねえなら、それなりのやりようで返しときますよ」
タイラントは、その声に片腕を上げて応えるに留めると、ゲートへと向かうのだった。
「酒でも飲みに行くか」
残った者たちが未帰還となることをタイラントが知るのは、それから数日後の話になる。
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別作品も連載中です。
『竜殺しの国の異邦人』
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