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今年、ギンコーの騎士と姫の話。


休み時間、銀杏高校二年一組のクラスに今年の銀杏祭で選ばれた「ギンコーの騎士」が現れた。

クラス内の女子生徒たちは色めき立ち、男子生徒たちも一目置くような目線を送る。


今年の「ギンコーの騎士」である二年五組の内藤貴斗ないとうたかとは、程よく鍛えられたモデル体型に凛々しくも華のある顔立ちで、全ての人に平等で公平な態度を保つ孤高の存在として崇拝されている。また上記の称号と名字から、密かな愛称は「ナイト」。


無表情の彼は他に目もくれず、自分に注目していない二人の女子生徒の元へ向かう。

席が前後しているその二人のうち、前の席に座るのは今年の「ギンコーの姫」、比芽愛梨ひがあいりだ。


艶やかな黒髪を腰のあたりまで伸ばし、絹ような白肌は輝かんばかり、黒目がちの大きな瞳でじっと見つめるのはスタインベックの「エデンの東」の原書。帰国子女の彼女は品行方正、文武両道と、まさにギンコー生の鏡である。こちらも称号と名字から、あだ名は「ヒメ」。

彼女の小柄で庇護欲をそそる容姿は可憐で、「ギンコーの騎士」と並んだ姿はまさにお似合いだった。


しかし「騎士」は「姫」に一瞥もくれず、後ろの席に座るミディアムボブの少女の横に立った。少女は耳にイヤホンをつけながら、鼻唄まじりに次の授業の準備をしている。


「ミチ、英語の辞書、貸して」


「あ、タカト。先週も貸さなかったっけ? もう、おばちゃんに言い付けちゃうよ」


顔を上げ、イヤホンを外したのは茂部路世しげべみちよ

「ギンコーの騎士」を唯一名前で呼ぶ、彼の幼馴染みだ。


路世本人は地味で平凡な顔立ちのモブ女子だと自認しているが、人を見た目で判断せず内面をきちんと見てくれるので、男女問わず信頼されている。人望が厚いのは天性の才能だ。


「時間ないから早くしろよ」


「借りる側が偉そうにー。はい、これね。この前はケーキだったから、今日はあんみつが食べたいなっ!」


貴斗は目付きを鋭くさせて強い口調で催促するが、路世は文句を言いながらのんびりと辞書を手渡す。同時におねだりも忘れなかった。


「ん。じゃあ今日の放課後、行くか」


「わーい! 裏門のほうがお店に近いから、『長老』の前で待ち合わせようよ」


「わ、わかった……」


無邪気に歓声を上げる路世に、貴斗はぶっきらぼうに顔を横に向けた。口元が緩んだ真っ赤な顔でわかりやすい「ギンコーの騎士」の態度をクラスメート達が密かに微笑ましく見守る。


しかし時計を見た路世が不意に大きな声を上げた。


「あー! 愛梨ちゃん、もう休み時間終わっちゃうじゃん! 鬼塚先輩と会う約束してるんでしょう? 何で悠長に本なんて読んでるのよぅ! さあ行こう! 私、今日は鬼塚先輩所有の鬼丸巌男おにまるいわおさんのデビュー当時のドラマのビデオを借りるんだ。愛梨ちゃんがいないと、鬼塚先輩寂しそうなんだから」


「人をダシにして、自分の趣味? 性格悪いわね」


「毒舌愛梨ちゃんに言われたくないよぅ! それじゃあタカト、放課後ね!」


悪役ばかりやる中年俳優の大ファンである路世。

少しばかり珍しい趣味の彼女が、その俳優の若かりし頃に似ている鬼塚仁おにづかひとしとあることをきっかけに仲良くなった。鬼塚といえば、凶悪な人相と190センチのがたいのよい体に多くを語らない寡黙さ。そんな彼の見た目から噂に尾ひれがついて、異名は「ギンコーの鬼神」。他校からも恐れられている彼を路世はそれはもう熱烈に慕っていた。


鬼塚の幼馴染みである愛梨の腕を引っ張り、路世はドタバタと教室を飛び出す。二人を呆然と見送った貴斗は、先程までの無表情から一転、絶望に顔を歪める。


「またか……また『鬼塚先輩』か……」


誇り高き「ギンコーの騎士」は膝を折り、床に崩れ落ちた。

一連の流れを見ていた二年一組の生徒達が慌てて彼の元へ駆け寄り、口々に慰める。


「ナイト、今日はよく頑張ったな! 茂部と放課後デートの約束を取り付けられたじゃないか! 鬼塚先輩みたいに、寡黙でクールな男みたいになれてたぞ!」


「うん、ありがとう。でも、ミチは俺を置いて鬼塚先輩のところに行っちゃった……」


「大丈夫よ、ナイトくん! ミチの鬼塚先輩に対する気持ちは、好きな俳優が一緒のファン仲間っていうか! そもそも鬼塚先輩はヒメちゃんとお付き合いしてるじゃない! ヒメちゃんなかなか素直に鬼塚先輩と話せないから、ミチが橋渡しの役目をしてるっていうか……」


「うん、ミチってそういう子だよね。だから好きなんだよね。でもでも、この前ケーキ食べに行ったときも、鬼塚先輩の話ばっかりで……」


「幼馴染みでずっと側にいたのはナイトだろ! 俺たちが応援してるから頑張れよ!」


「うん、頑張る。でもでもでも……」


近隣だけでなく県内からも憧れの存在である「ギンコーの騎士」が、好きな女の子の理想の男性になろうと頑張るネガティブ系男子だとは誰も信じられないだろう。


「それにほら! ついに『長老』前で待ち合わせすることになったじゃない! 今日こそハートの葉っぱを手渡すんでしょう? これで晴れてカップル成立ね!」


わっとクラス中から歓声が上がる。


路世への恋心を貴斗は秘密にしているものの、態度からわかりやすく、ギンコー生はほぼ全員知っているが、「騎士」である貴斗を気遣って温かく見守っている状態だ。


しかし路世と同じクラスになって以来、二年一組の生徒たちは何とか「騎士」のもう一つの秘密ネガティブを隠すために毎回悪戦苦闘しながら、貴斗をフォローしていた。

その結果このクラスは非常に団結力が高いことで校内でも有名になっている。


「うん、たしかに『騎士』からの告白は断る権利ないけど、でも……」


((((め・ん・ど・く・せー!!!))))


二年一組の誰もが同じ事を考えているとも知らず、貴斗はついにホロホロと泣き出した。


◇ ◆ ◇


「あら、泣いちゃったわ。子供の頃以来久しぶりに見た」


自分のクラスメートの輪の中にいる幼馴染みをこっそり眺めていた路世は、嬉しそうに呟く。

隣では愛梨が嘆息していた。


「……本当に路世って人たらしだわ。本来の意味の、人をだますってほうのね。みんな路世の本性を知らないのが不思議。こんなにしたたかな子なのに。毎回私を巻き込んで、内藤くんとうちのクラスの友情物語を見させられる私の身にもなってよ」


「愛梨ちゃんたら人聞き悪いよー。私だって貴斗のことがずっと好きなのよ? それに私は元々かわいい人が好きなのっ! 強面俳優好きの私のために一生懸命無骨な態度を取ったりして、貴斗ったらかわいくてしょうがないっ! やっと告白する勇気が持てたみたいだし、放課後が楽しみだなぁ」


「はいはい。ほら、早く行くわよ。休み時間終わっちゃうじゃない」


「はーい」


今度は愛梨がニヤニヤしている路世の腕を取って廊下を歩きだした。周りの生徒たちが温かい目で愛梨を見ていることに、路世は気付く。


「良かったね、鬼塚先輩の本当の性格がみんなに知られて。鬼塚先輩はずっと誤解されていたから、愛梨ちゃんは「ギンコーの姫」になって彼を守りたかったのよね」


「……路世には感謝しているの。私が彼に告白しても、ただそれだけじゃ彼の良さをみんなにわかってもらえなかった。私に話しかけてくれて、それから彼とも親しくなってくれて、彼がそんなに怖い人じゃないってみんなわかってくれたから」


「いえいえ! 私はただ愛梨ちゃんや鬼塚先輩と話してみたかっただけ。うふふっ、愛梨ちゃんも最近素直になってきたよねっ。率直と素直は似て非なるものだから、いい傾向だと思うよー」


「……調子に乗りすぎないでよね」


ジロリと睨み付けられたが、平然と路世は愛梨の腕にしがみついた。


「照れ隠しに口が悪くなるのもかわいいねー! うふふっ、私愛梨ちゃん大好き! 鬼塚先輩はかわいいというより、大人っていうか落ち着いているというか」


「彼は全てがかっこいいの」


「うんうん、そうだよねー」


断言する愛梨の耳が真っ赤になっていることを路世は見て見ぬふりして、二人は鬼塚との待ち合わせ場所に向かうのだった。


窓の外には黄色い銀杏の葉が風に吹かれて飛んでいる。

太陽の光に当たって、それらはキラキラと耀く。

その中にはハートの形の「長老」の葉も見える。

若い恋人たちを祝福するかのように、ハートは高く高く青空を舞う。

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