19 古代都市に潜む者
響くのは俺たちの足音だけ。この巨大な地下都市は不気味なほど静まり返っていた。
太陽が見えないのでどのくらい時間が経ったのかもわからない。結構歩いた気もするが、あたりの景色は最初に見かけた場所ととそう変わらなかった。
俺たちが歩いている通りの左右には、小さな建物が密集している。建物と建物の隙間からは、今歩いているのと同じような通りが向こう側にも見えた。これは迷うな……。
そのまま歩き続けていると広場のような場所に出た。中央には枯れた花壇のような、水の出ない噴水のような円形に石が積み重ねられた物体があった。座るのにちょうど良さそうだ。
俺は歩き通しで疲れていた。でも、きっと俺以上にリルカの方が疲れているだろう。思いっきり口に砂が入ったみたいだし、こんなわけのわからない所にいると精神的にも辛いだろう。
「ちょっと休憩しようぜ! 疲れた!!」
そう宣言して石に腰掛けると、リルカも隣に座ってくれた。よかった、これでゆっくり休んでくれるといいんだが、心なしかリルカの表情が暗い。歩き疲れたのかこの状況が不安なのか、おそらくは両方だろう。
「取りあえず歩き続けてれば端には辿り着くと思うんですけど……思ったより広そうですね……」
「テオさん、心配してるかな……」
結構時間が経ってるはずだし、テオもラファリスもきっと俺たちがいなくなったことには気が付いているだろう。でも、姿が見えないからと言ってまさか地下空間に落ちたなんて普通考えない。助けが来るのを期待するのはやめた方が良さそうだ。
「やっぱり俺たちが上に行く方がはや……ん?」
俺たちの話し声しかしないはずの空間で、ふとカツン、と耳慣れない音が聞こえた。思わず立ち上がる。
「何ですかいきなり」
「しっ!!」
俺が制止すると二人はぱっと口を閉じた。無音の空間に、確かにまたカツン、と音が響いた。聞き間違いじゃない、二人にも聞こえたようだ。
「……足音?」
「テオさん、かな……!」
「あいつのにしては小さくない? 重量感が足りないと言うか……」
聞こえた音は、テオの足音にしては随分と小さかった。そもそもあいつはあんなにゆっくり歩かないし……。
そう考えたところで俺にある考えが浮かんだ。
「もしかして、俺たちと同じようにここに落ちた人かも!!」
きっとそんな気がする! 俺たちがあんなに簡単に落ちてしまったんだ。他にも落ちた人がいたとしてもおかしくはない。そういえばラファリスが行方不明になった人がいるという噂がある、みたいなこと言ってたし、きっとこの地下空間にうっかり落ちてしまった人なんだろう。
足音は一人分しか聞こえなかったし、きっと辺りを警戒しながらゆっくり歩いてるんだろう。一人でこんな所を彷徨うなんてぞや心細いんじゃないか。どうせなら合流して一緒に出口を探そう!
「こっちだよ! おーい!!」
俺は足音が聞こえた方向へむけて大声を出して呼びかけた。何か応答が返ってくるかと思ったが、相変わらずカツン、カツンと足音が聞こえるだけだ。
「声出せないのかなー」
「叫びすぎて喉が枯れたのかもしれませんね」
もしかしたら俺たちよりもずっと前にここに落ちてきて、ずっと助けを求めて声の限り叫んでいたのかもしれない。勝手な想像だがなんかそう思うとすごくかわいそうに思えてきた。
俺はもう一度大声を出して呼びかけてみた。足音はどんどん近くなってくる。もう、すぐ近くみたいだ。俺は足音の主へ向けて駆け出した。そして、建物の陰からその足音の主が姿を現した。
「え…………」
ぼろぼろに錆びた鎧と剣を纏った、完全に白骨となった骸骨がそこに立っていた。
不死者だ。そして、不死者が人間に好意的であるはずがない。
骸骨は迷いなく近距離にいた俺に錆びた剣を向けた。
「ひぃっ!!!」
俺は情けない声を出して後ずさる事しかできなかった。でも、ほかの二人は違った。
「紅蓮の炎よ、集いて我に仇なすものを燃やしつくせ……」
「おらぁっ!!」
リルカが即座に呪文を唱え始め、ヴォルフがこぶし大の石を不死者に向かって投げつけた。まともに石がぶちあたった不死者ははずみでバランスを崩す。その隙に、呪文が完成したリルカがすかさず魔法を撃ち込んだ。
「放て! “烈火撃!!”」
リルカの放った炎が骸骨を急襲する。骸骨は炎を振り払おうともがいたが、すぐにばらばらと地面に崩れ落ちた。
「やった……?」
俺たちは炎が収束したのを見計らって、崩れ落ちた骸骨へと近づいた。
体中の骨がその辺にばらばらに飛び散っていた。身に着けていた鎧はかなり古いものに見える。
そもそも、何でこんな所に不死者がいるんだろう。
「ここに落ちた人……じゃないよな?」
「かなり古い時代の人に見えますね……最近不死者になったという感じではなさそうです」
ヴォルフの言う通り、剣や鎧の状態からすると目の前の骨はかなり年季の入った不死者に見えた。
リルカは何か気になる事でもあったのか、近くに落ちていた骨の一つに触れようとした。その瞬間、カタカタカタカタカタカタ!! と不気味な音を立てて飛び散った骨たちが小刻みに振動し始めた。
「ななな、何!?」
だが、奇怪な現象はそれだけでは収まらなかった。目の前の骨だけではなく、遠くから、近くから、まるで目の前の骨に呼応するかのようにカタカタカタカタカタカタ!! と不気味な音が街中に響き始めた。
「あ、あれ……」
リルカの震えた声が聞こえる。彼女が指差す場所を見れば、なんとさっきばらばらになった骨がカタカタ振動しながら、鎧の方へと引き寄せられるように動いていた。
俺が声も出せずに見ていると、目の前でばらばらに飛び散ったはずの骸骨の腕が元の形に戻ろうとしていた。それと同時に、強い視線を感じた。
俺は思わず視線を感じた方向へと顔を向けた。そして、見てしまった。
俺たちがいる広場を囲むようにして建つ住居の一つ。その二階部分の窓から、骨だけの不死者が顔を覗かせている。頭蓋骨の眼窩に怪しげな光を宿して、確かにその視線は俺たちを捕えている。
「うぁ…………」
俺が視線にびびっていると、街の至る所からカチャカチャ、バタン! という音が聞こえ始めた。あれはきっと扉を開ける音と、もしかしたら武器か何かを用意する音かもしれない。この街にきっと生きてる人間はいない。……ということはあれは全部不死者が立てる物音なんだろう。
どうやら俺たちは、この街の眠れる不死者たちを呼び覚ましてしまったようだ。
「逃げろ!!」
目の前で再生しかけていた骨を滅茶苦茶に蹴飛ばすと、ヴォルフがそう叫んだ。
その声で俺はやっと体が動いた。しゃがんで震えたままのリルカを立たせると、その手を掴んで思いっきり走り出す。
骸骨たちが出す物音はまるで俺たちを追うかのように後をついて来る。一体どれくらいの不死者がここにいるんだろうが。そんな事はわからないが、確かなのは、あのままあそこにいたら確実に集まってくる不死者に殺されるという事だけだ。
出口がどこかなんてわからないし、安全な場所もわからない。それでも俺たちは迫りくる不死者の集団から逃げるために、必死に不気味な街を駆け抜けた。




