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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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17 運命共同体

 最初に弁解させてもらうと、俺が言ったストーカー野郎というのはあくまで本人たちに無断で宿屋を突き止めて待ち伏せなんてしているのが気持ち悪いという意味であって、ラファリスと俺の間の何らかの関係があった、という意味ではないのだ。

 だが、そうは受け取らなかった人たちがいた。


「ストーカーですって!? ラファリスになんてこと言うのよ!!」

「まったく、自意識過剰にもほどがあるわ! ねえラファ、そんな子とは何でもないんでしょ!?」


 宿屋にいた二人の女性客はすさまじい剣幕で俺とラファリスに食って掛かった。

 ここでラファリスが普通に否定すれば何事もなく終わったはずだ。それなのに、奴は最悪の手段をとったのだ。


「ごめんね、今日からの僕はこの子たちの専属になるんだよ……」


 ラファリスは芝居がかった仕草で前髪をかき上げると、馴れ馴れしく俺の肩を抱いた。

 は? 何言ってんだこいつ? と言う暇もなかった。

 ラファリスの言葉を聞いた途端、女性客は顔を真っ赤にして立ち上がった。


「は? ふざけてんの……?」

「抜け駆け禁止って言ってたじゃない……」


 そのまま二人はじわじわと俺との距離を詰めてきた。怖い、もしかしたら魔物と対峙するときよりも怖いかもしれない。

 遂に俺は壁際まで追い詰められてしまった。その途端、二人はカッと目を見開いた。


「「この泥棒猫ぉっっっ!!!!」」

「うぎゃあぁぁぁ!!!」


 もう恥も外聞も関係ない! ついでに朝食も諦めよう! 俺は転がるようにして宿屋の外へと逃げ出した。


「いやぁ、大変なことになったね!」

「ついてくんなよぉ!!」


 宿屋から逃げ出した俺の後ろには、何故かラファリスがついてきた。まったく反省しているようには見えない。とんでもない奴だ!! 後で説教してやる!


 ラファリスを連れたまま街の中にいるのも危険な気がしたので、街の入り口近くの路地裏に身を隠して俺たちはみんなを待つことにした。なんたって奴は目立つ。街中にいたら一発でバレバレだ。


「まったく……おまえは反省しろよ!?」

「悪かったよ……じゃあお詫びに一曲」


 ラファリスはにっこり笑って楽器を弾きだそうとした。こいつ、まったく反省してないな!


「いらない! 音でばれるだろ!!」


 ラファリスの腕を掴んで止めると、奴は不満そうな顔をしていたが、おとなしく楽器をしまってくれた。

 そっと通りをのぞけば、俺たちを追いかけていた女の子はなんとかまくことができたようだ。辺りを歩く人たちは特に俺たちを気に留める様子はない。俺は安心して物陰に座り込んだ。すぐ隣にラファリスも腰を下ろす。

 ああ、何か安心したらお腹空いてきたな……。結局朝食は食べ損ねてしまったし、どれもこれもこのお気楽男のせいだ!!

 俺がじっとりと睨み付けると、何が嬉しいのかまたラファリスは満面の笑みを浮かべた。


「何かこういうシチュエーションってドキドキするね!」

「おまえもうちょっと緊張感持てよ……はぁ、だいたい何でそんなに俺たちにこだわるんだよ……」


 新しい客を獲得したかったとはいえ、無理やりテオに首を縦に振らせたり、宿屋で待ち伏せするなんてちょっと……いやかなり異常だ。一体俺たちに何の恨みがあると言うんだ。

 思ったままそう口にすると、ラファリスは至極簡単な答えを返してきた。


「だって、君たち強そうに見えたからね。僕の事守ってくれるかと思って」


 ……それが目的か! ラファリスは彼にほれ込んでる女の子たちの知り合いの男から随分と恨みを買っているようだし、身の危険を感じて助けを求めていた。……それはわかる。でも、


「だったらこっちが金払うのはおかしいだろ!! 俺たちに護衛代払えよ!」

「それはまあ言葉のあやというか、懐事情というか……メスキアまでの案内はちゃんとするつもりだったしね。……わかった! 迷惑料に無料で案内してあげるよ!!」


 ラファリスは名案を思い付いた! という顔で俺に指を突き付けた。

 うーん、俺たちは金を払わずに砂漠の案内人を手に入れることになる(この際ラファリスが本当に案内できるのかという事は置いておく)。ラファリスは安全にこの街から脱出できる。持ちつ持たれつ……にしては俺たちの方が損をしているような気がするが、まあこれでラファリスが黙るなら素直に受け入れよう。正直もうめんどくさいし。


「だいたいさあ、俺たちに守られて情けなくならないのか? もっとましな奴はいなかったのかよ」


 テオは誰が見ても強そうに見えるだろう。パーフェクトゴリラだ。でも、俺とリルカはか弱い女の子にしか見えないだろうし、ヴォルフもまだ子供だ。どう考えても成人男性であるこいつが助けを求めるには弱いような気がする。

 俺がそう問いかけると、ラファリスは視線を落として楽器を撫でつけた。口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。


「うーん、ちょっと気になることもあったしね……」

「気になる事?」


 そう聞き返すと、ラファリスはいきなり俺の髪を一房掴んで、くるくると指に巻きつけた。


「そう! 君の美しさの秘密、とかね!!」


 …………一瞬でぞわっと鳥肌が立った。やっぱりだめだ、こいつは危険だ。俺はともかくリルカがこいつの毒牙にかかってしまう!


「やっぱお前といるの無理だわ。じゃあな」

「えぇ!? 待って今のなし!! もうしないからぁ!!」


 立ち上がってその場を立ち去ろうとすると、ラファリスが這いつくばって足にしがみついてきた。おまえにはプライドというものはないのか!!

 そのままラファリスを引き離そうと格闘していると、道の向こうからテオ達が歩いてくるのが見えた。何故かテオはやたらとにやにやしている。


「喜べ、もう噂が広まってるぞ。ラファリスが変な女に騙されて駆け落ちしたってな」

「何でそうなるんだよ!! おかしいだろ!!」


 なんてことだ! もうしばらくこの街に戻れないじゃないか。俺の命も危ない!!


「ほら、これで僕たちは運命共同体だよ! 諦めよう!!」


 ラファリスはまたいらつくような満面の笑みを浮かべてそう言った。やっぱりこいつは反省しないな! 

 あまりにもむかついたので、杖でむこうずねを殴打したら涙目で地面に這いつくばっていた。ざまあみろ!!



 ◇◇◇



 意外にもラファリスは砂漠に慣れているようで、ロクに道しるべもない場所をすいすいと進んでいく。その日の夕方には、俺たちは何事もなく無事に小さな砂漠の村にたどり着いたのだった。


「うーん、今がここだからメスキアまではあと数日ってところかな」

「そうか。今日はお前のおかげで助かったぞ。礼を言おう」


 テオとラファリスは地図を覗き込んで何やら話し込んでいた。どうやら順調に進めているようだ。数日前砂漠で迷って死にかけたことを思えばこんなに順調に進んでいるのが奇跡みたいだ。

 ラファリスも街で女の子をひっかけてないでずっと砂漠の案内人をやってればいいのに。きっとあんなに恨みを買う事もなく、穏やかに過ごせるだろう。

 だが、奴の本職はやっぱり吟遊詩人であるようだ。テオとの話が終わると弦楽器をひっつかんで宿屋の主人と何か交渉しに行ったようだ。何となく目で追っていると、すぐに話は終わったのかラファリスはニコニコ顔で戻ってきた。

 そして、部屋の中央近くの椅子に腰かけると楽器を弾きならし始めた。


「すごい、上手……だね!」


 俺のすぐ横にいたリルカが感嘆の声を上げる。俺は何か文句をつけてやろうとしたが、文句の付け所がなかったのでぐっと黙り込んだ。そのくらいラファリスの演奏は上手かった。俺も今まで吟遊詩人の演奏は何度か聞いたことがあるが、ラファリスほどうまい人はいなかった。なるほど、認めるのは癪だがこれでは街の女の子たちがあいつに惚れ込むのも納得かもしれない。

 ただ音楽を聞くだけなんて……と思っていた俺だが、ラファリスの演奏はいつまで聴いていても飽きない。まるで魔法のようだった。

 曲が終わると、ラファリスは何か詩のような言葉を呟いていた。ただ、共通語ではないのか所々聞きとれない箇所があった。どこかの方言か何かだろうか。それを聞いた他の客がわっと手を叩く。盛大な拍手がその場を包んだ。


「ふう、やっぱり音楽を奏でている時が一番落ち着くんだ」


 ラファリスは一気に水を飲み干すと、照れたように笑った。


「ラファリス……おまえ、ほんとに楽師だったんだな。ちょっと見直したぞ」


 俺が素直に褒めると、ラファリスは嬉しそうに笑う。ついでに最後の詩みたいなのはどこの言葉かと尋ねると、ラファリスはにっこりと笑って答えてくれた。


「ラファでいいよ、クリスちゃん。あれは古アルエスタ語っていってね。共通語が広まるよりも前にアルエスタ地方で使われていた言葉なんだよ。この地方の古い詩はたいていが古アルエスタ語だからね、僕たち吟遊詩人には必須なんだ」


 なるほど、この辺りで昔使われていた言葉なのか。

 現在、アトラ大陸では共通語と呼ばれる言語が大陸全土で使用されている。だが、共通語の歴史は割と新しく、共通語が広まるよりも前には地方ごと、種族ごとに異なる言語を使っていたらしい。俺も教会学校に通っていたころにはミルターナ王国の古い言葉、古ミルターナ語の勉強はしたことがある。あまり身につかなかったが、いまでもティエラ様への祈りの言葉の一部は古ミルターナ語なので、ミルターナ人はみんなある程度は古ミルターナ語を嗜むのが常識となっている。どうやらアルエスタも似たような状況のようだ。

 あんなに古語を使いこなすなんて、チャラそうに見えたラファリスも意外と根は真面目なのかもしれない。


 その日は疲れていたので、早めに寝ることにした。隣からはリルカの穏やかな寝息が聞こえてくる。やっぱり疲れていたのかリルカは横になるとすぐに寝てしまったのだ。

 耳を澄ますと、どこから弦楽器の音色が聞こえてきた。きっとラファリスだろう。しばらくは聴いていようと思ったが、いつのまにか俺も眠りの世界へと入り込んでしまったようだ。


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