俺が男爵令嬢で、あの子は悪役令嬢で!?【後】
じっと俺の顔を眺めながら、メリアローズは首をかしげる。
「どう? 元のジュリアに戻った?」
「残念だけど、まだだよ」
「そうなの……まぁいいわ。後は私が引き受けるから、ウィレムは授業に戻りなさい」
メリアローズにぴしゃりとそう告げられたウィレムは、何やら渋る様子を見せていた。
一応俺の男疑惑は晴れたはずだが、それでも俺とメリアローズを二人きりにさせたくないのかもしれない。
それとも、どうせならメリアローズと一緒にさぼりたかったのだろうか。健気な奴だ。
だがメリアローズは引かない。さすがはやんごとなきお嬢様。その貫禄はまるで女王だ。
結局ウィレムもメリアローズには逆らえず、「何かあったらすぐに呼んでください」と未練がましく告げ、何度もこちらを振り返りながら部屋を出て行った。
「ふぅ……。やっとうるさいのがいなくなったわね」
「はは……」
同感だが、ちょっとウィレムが可哀そうだと思わないでもない。頑張れ青少年。
メリアローズは俺の対面に位置するソファに腰かけると、じっと俺の方を見つめてきた。
「……ねぇ、授業を受けている間、気になって仕方がなかったのだけれど」
なんだ、やっぱり授業に集中できてなかったのか。
そう言えばウィレムも、そんなようなことを言ってたっけ。
「ジュリアの体にあなたの意識が入り込んで、ジュリアの意識は元のあなたの体に入ったのよね?」
「確証はないけど、たぶんそうだと思う」
「そう……。ジュリアは、大丈夫かしら……」
心配そうに眉を寄せ、メリアローズはそう呟いた。
……そうだよな。やっぱり心配だよな。正直、俺も心配でたまらない。
でも……
「大丈夫だと思う。面倒見てくれそうな奴がいるし」
「そうなの?」
「うん。割と変な出来事にも慣れてるだろうし、たぶんジュリアのことも保護してくれてるんじゃないかな」
俺の体はヴァイセンベルク家の屋敷にあるはずだ。
だったらヴォルフもヨエルもいるし、いきなりジュリアを叩きだしたりはしないだろう。そう信じたい。
「何が原因でこうなったかはわからないけど、たぶん魔術師とかの方をあたって原因を調べてくれてると思う」
ヨエルだったら魔術に詳しいだろうし、ヴォルフはレーテに連絡を取ってくれるはずだ。
なんて真剣に考え込んでいると、正面に座るメリアローズが、ぽかんとした表情でこちらを眺めているのに気がついた。
「どうかした?」
「……魔術?」
「うん。レーテ……友達が、前に同じような術を使って――」
「あなた、本気で言ってるの……?」
メリアローズは信じられない、といった表情で、俺の方を凝視している。
あれ、何かがおかしい。俺はそこまで変なことは言ってないはずだけど……。
「魔法や魔術なんて、物語の中のものでしょう?」
「……ん?」
……嫌な可能性に、思い当たってしまった。
確認しようと、俺は呪文を唱えた!
しかし不思議な力でかきけされた!(ような気がした)
「…………まじかよ」
今の今まで、俺は「元居たのと同じ世界の」別の場所に飛ばされたのだと思っていた。
だが、ここは明らかに違う。
なんていうか……世界の法則が、違うのだ。
どうやら俺は、別の世界にやって来てしまったようだ。
そう気づいてしまった。
焦る俺は、メリアローズが無言でじっと俺の方を見ているのに気がついた。
その表情は、固まっている。
……これは、やばいかもしれない。
「……あなたの元居た場所では、魔法や魔術が存在したの?」
「…………うん」
今更取り繕うこともできなくて、俺は小さく頷いた。
たぶんこの世界には、魔法や魔術は存在しない。もしくは、使えたとしても極少数で、一般的にはそんなものは存在しないという扱いになっているんだろう。
そんな中でいきなり変なことを言いだした俺は、異常者として捕まったりするんじゃ――
メリアローズが立ち上がり、ソファに腰かけた俺の方に近づいてくる。
そして彼女は俺の手を掴んだかと思うと、一息に告げた。
「すごい、すごいわ……! ねぇ、もっと話を聞かせて頂戴!!」
「んんっ?」
……あれ、思ってた展開と違う。
てっきりメリアローズが人を呼んで、さっきのウィレムとかが飛んできて、俺は成敗される……みたいな展開になるかと思ったけど、そうじゃないみたいだ。
メリアローズはきらきらと瞳を輝かせて、ぎゅっと俺の手を握っている。
「魔法使いがいるのね! 本物の!! ねぇ、騎士様は? ドラゴンと戦うような騎士様はいるの!?」
彼女が興奮気味に俺の方へ顔を寄せると、ふわりと甘やかな香りが届いて、不覚にもドキッとしてしまった。
すまんウィレム。これは条件反射だから許して欲しい。
「いるよ、魔法使いも騎士もドラゴンも。あと勇者とかも」
「勇者様! 素敵……。きっととても格好良くて勇ましい御方なんでしょうね……」
いつの間にか俺のすぐ隣に腰を下ろしたメリアローズが、無意識だろうか、甘えるように身を寄せてくる。女の子特有の柔らかな感触が、甘い体温が、ダイレクトに伝わってきてしまう。
わぁ、これは破壊力が高い……!
ウィレムに知られたら俺は殺されるかもしれない。
結局メリアローズにねだられるまま、(できるだけ彼女のイメージを損ねないように)元の世界の話をしていたら、あっという間に時間は過ぎさってしまった。
どうやら授業は終わったようで、ウィレム、バートラム、リネットの三人も戻ってきた。
「夜はどうする? 一人で帰すわけにもいかないだろ」
「私の家に泊まってもらうわ。まだまだ話し足りないもの!」
がっちりと俺の腕にしがみついたまま、メリアローズはにっこり笑って三人にそう告げる。
そうか、お泊りか……。
ウィレムの視線が怖い。めっちゃ怖い。
こいつ、まだ俺のこと疑ってやがる……!
「ねぇ、いいでしょ、クリス!」
「そ、そうだな! 女子会だ!!」
メリアローズがぎゅっと俺にしがみつく。ウィレムの冷たい視線が突き刺さる。
しかし、さすがにメリアローズの前で強硬手段には出られないのだろう。こうなったら、なんとか逃げ切るしかない!
無駄に女子アピールをしながら、俺は必死にウィレムから目を逸らし続けた。
◇◇◇
なんとかウィレムから逃げ切った俺は、メリアローズの家へとやって来たのだが……
「でかっ!!!!!」
なんだこれ。家ってレベルじゃない。
屋敷じゃん。城じゃん。これに比べると、俺の育った家なんてウサギ小屋以下じゃん。
さすがは大貴族のお嬢様。これはウィレムが躊躇するのもわかる気がする。
そのあまりのスケールのでかさに固まる俺に、メリアローズが訝しげな視線を向ける。
「どうしたの、行くわよ」
「アッハイ」
メリアローズは慣れた様子で、スタスタと歩いていく。
その後ろを、俺は必死に追いかけた。
そして、屋敷の中に入った途端――
「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」
で、でたー! メイドさんのお出迎えだ!!
左右にずらりと並んだメイドさんたちが、一糸乱れぬ動きで頭を下げた。
すごい……角度まで完璧に揃ってる。
一応メイドやってる俺は、格の違いを見せつけられ圧倒された。
これが大貴族のメイドの標準レベルだとしたら、ヴォルフはよく俺をクビにしないものだ。
「今日はク――ジュリアが泊まることになったの。用意をお願いできるかしら」
「はいっ! お任せください!!」
急な宿泊だというのに、メイドさんたちは嫌な顔一つせずさっと仕事に入っていった。
その様子を感心しつつ眺めていると、メリアローズにがしっと腕を掴まれる。
「私たちはコンサバトリーに行ってるわ。ティータイムの用意をお願い」
「承知いたしました」
「ふふふ、まだまだ付き合ってもらうんだから!」
メリアローズはにっこりと笑うと、俺を引きずるようにして歩き始めた。
めちゃくちゃいい所のお嬢様なのに、けっこう強引だな、この子。
まぁでも……そういうのも嫌いじゃない。
「はぁ、満腹満腹……」
ティータイムにおいしいケーキを頂いて、メリアローズの部屋で豪華な晩餐を頂いて、俺は大満足でベッドに転がっていた。
メリアローズのベッドは、大人が5人くらい余裕で寝れそうな広さがある。
寝るまで話に付き合ってもらう、という要請の元、俺は光栄にもメリアローズお嬢様と同衾が許されたのである。
明日元に戻ってなかったら、ウィレムには秘密にしておこう。
嫉妬で刺されそうだし。
よいしょ、と体を起こすと、部屋に備え付けられた大きな鏡が目に入る。
いつまでも制服でいるのもあれだから、ということで、俺はメリアローズに服を、今は寝間着まで借りている状態だ。
「悪いな、服まで借りちゃって」
「別にいいのよ。どうせならあげるわ」
「えっ!?」
「その色だと、私よりあなたの方が似合うんだもの。そう感じながら着続けるなんて、私のプライドが許さないのよ」
「ふぁー……」
そういうものなのか。俺にはよくわからないけど、貰えるなら貰っておこう。
よかったな、ジュリア。
「それより、さっきの話の続き! エルフのお姫様の活躍よ!!」
「あー、どこまで話したっけ……」
メリアローズはとにかく、俺の話を聞きたがっていた。
彼女は普通のお嬢様らしく恋物語も嗜むが、冒険譚なども好きなようだ。
こういう時だけは、色々普通じゃない経験をしてきたことを有難く思う。
話には事欠かないからな。
「ふあぁ……もうこんな時間……」
いつの間にか、時刻は夜中に差し掛かっていた。
どうやらメリアローズは規則正しい生活を心がけているらしく、名残惜しそうな顔をしながらも、しっかりと目を瞑った。
「夜更かしは美容の大敵なのよ。あなたももう寝なさい……」
「うん、そうするよ。おやすみ、メリアローズ」
寝て起きたら、元に戻ってるかな。
もし戻ってなかったら、メリアローズの屋敷で雇ってもらうことも検討しなければ。
ちらりと彼女の方を確認すると、すでに夢の世界に旅立っているようで、すやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。
やっぱり、彼女は少しだけアンジェリカに似てる……ような気がする。
ありえない仮定だけど、もしも俺とアンジェリカが同時に存在してて、友達になれたとしたら……こんな風だったのかな。
なんてことを考えているうちに、いつの間にか俺まで眠りの世界に入り込んでしまっていた。
◇◇◇
「ん……」
目が覚めて、真っ先に目に入ったのは……見慣れた天井だ。
ぼんやりとその光景を眺めていると、ふと近くから声を掛けられた。
「…………クリスさん?」
声の聞こえた方へ視線をやると、ヴォルフがいた。
じっとこちらを見つめるその姿を見た途端、何故かめちゃくちゃ安心してしまう。
「……うん、おはよ」
「元に戻ったんですね」
「そうみたい」
ヴォルフの反応からして、どうやら昨日のことは夢じゃなかったらしい。
何が何だかよくわからないけど、けっこう楽しかったし、美味しいものは食べれたし、こうして戻ってこれたし……まぁ結果良ければすべてよしだな!
そんなことを思いながらにこにこと笑っていると、ヴォルフは思いっきり大きなため息をついた。
「まったく、人の気も知らないで……」
「なんだよ急に。こっちに来てたのって貴族のお嬢様だったんだろ? お前だったらそういうのに慣れてそうじゃん」
「はぁ?」
ヴォルフは信じられないといった表情で、再び大きなため息をついた。
「あれのどこが貴族令嬢なんですか。いきなり僕のことを蹴り飛ばそうとするし、狩りに行きたいとか言い出すし、畑仕事やらせたらプロ級だし……」
「えぇ……?」
あれ、俺が入れ替わったジュリアって、貴族のお嬢様じゃなかったっけ。
もしかしたら、それ以上に入れ替わりが混線していたんだろうか。
というか、何で畑仕事をやらせたんだよ。
ヴォルフはぶつぶつとしつこく文句を言っていたが、やがて諦めたように笑った。
「まぁ、それでも……無事に元に戻ったようで安心しました。……おかえりなさい、クリスさん」
「うん、ただいま!」
前編の前書きで完結3周年とか書きましたが、2年の間違いでした(笑)
クリスとジュリアは(私の中で個人的に)世界をまたいだそっくりさんという設定です。
ジュリアはバイタリティ溢れる子なので、なんだかんだでこっちの世界でも適応できたかと思われます。周囲の胃が死にそうですが。
ちなみに「悪役令嬢に選ばれたなら、優雅に演じてみせましょう!」についてはコミカライズ配信中なのでよろしくお願いします!(ダイマ)




