第5話 《神威》の能力把握
休み時間になると真っ先に駆け寄ったはずの男子達は軒並み女子たちに押しのけられナキアは取り囲まれて質問攻めにあっている。
騎士校の後期の授業はほとんどなく自習がメインだ。レンは冒険者育成学校の一般入試を受ける受験生。すでに進学先が決まっている連中のように悠長に遊んでいる時間などない。荷物を持って図書館へ向かう。
そう思って気合を入れて望んだわけであるが、クラスが上昇した結果本が自分でもドン引きする程の速さで読めるようになっていた。このクラスというシステムはマジで反則だ。あっという間に、一般入試の参考書を3冊ほど読み終えてしまう。この調子なら筆記試験の合格はそう難しくはないだろう。後は、実地試験の合格とルーカス達の説得だけだ。それが一番の難関と言えば難関であるのだが……。
時間も余った事だし、休憩がてらに今まで迷宮実習のせいでできなかった《神威》の能力の把握をしたい。
一般入試の実地試験は9年前からその年の試験委員の気分により変化する。試験内容が力押しで何とかなるとは限らないのだ。特に魔法を使えないレンは著しく不利と言える。だからこそ能力値と魔法以外の奇跡である自己の能力を把握し使いこなさないといけない。運よく世界はまだ能力の概念自体を知らない。能力を魔法と見なしてくれるかもしれないのだ。
レンの核となる能力――《神威――神才授受》は触れた者の能力を一定の確率で吸収獲得し、融合する能力だ。触れなければならないのが玉に瑕だが、《天凛》の殺さなければ獲得できなかったときに比べれば雲泥の差だ。
それにこの《神才授受》、迷宮の魔物相手に試したが、発動しても相手の能力が消滅するといった事はなかった。他者に使っても問題はない。
確かに内心を正直述べれば他者の才能を盗むようで罪悪感を覚えるのも事実だ。しかし、この《神才授受》がレンの力の一つ。この切羽詰った状況でもなければ多分一生使わない。そんな宝の持ち腐れ状態は御免被る。何よりそんなの面白くない!
レンには能力が8スロットある。そのうち6個のスロットは使用済みだ。よって残りで闘い以外の能力を獲得する事にする。これが具体的な方針だ。
学校内に神眼を発動し解析を開始する。数も多くかなりの疲労がたまる。実際に能力を持っているのはカリーナ達を含めなければ教師10人、学生4人。そのうち、戦闘系以外の能力はたったの3人しかいない。
内訳も教師が3人だ。しかも、全員獲得しても心が痛まない人達ばかりだ。具体的には次の通り。
一人はアラベラ先生。この学年主任にして学生達の恐怖の象徴である恐怖魔人の肌に触れるなど自殺願望があるに等しい。最後にしよう。
もう一人は、キューリ先生。魔具造成の分野の権威のある女性であり、アラベラ先生のように怖くはないが極度の男性恐怖症であり、触ったら即死ものだろう。
特に、レンが第一学年の頃、当時レンの担任だったキューリ先生はプリントを受け取る際、レンと指が少しばかり触れたことを理由に、悲鳴を上げてレンを殴り一発KOした。それ以来、苦手先生の上位にランクインしている。この人も後回し。
最後の先生は、性格は兎も角怖くはない。直ぐにでも獲得できるはずだ。
生物室の扉を開けると、薬品の刺激臭が充満する。
白衣を着たぼさぼさ髪の中年のオッサンがグフフフという気持ちの悪い声を口から吐き出しつつ、右手に持つ緑色の液体の入ったビーカーを揺らしている。傍か見ているとカルト集団の悪魔儀式にしか見えないが、これでも一応魔道科学部の顧問であり、その道では有名な人だ。
「エジソン先生。今度は何を開発したんですか?」
「レンか……丁度いいところに来た」
エジソン先生に丁度良くてもレンには全く良くはない。エジソン先生から、レンは数度実験と称して如何わしい薬を飲まされている。痛みを増幅する薬に、感情の制御が効かなくなるクスリ、しまいには惚れ薬も。
特に惚れ薬は事前情報を知らせられずにジュースと偽られ飲まされて、魔道科学部員であり丁度傍にいたフェイに惚れてしまい効果が切れるまでアプローチをしまくり、泣かせてしまったという痛々しい経験がある。
その事を校長先生に密告すると惚れ薬は第1級危険薬として科学庁が指定した。
教え子に危険な薬を飲ませる神経がレンにはわからないが、いつも煮え湯飲まされているのだ。ここで多少なりともリベンジしておきたい。
「今度はそれを僕に飲ませるつもりですか?」
「ああ、これを飲んでいれ。心配しなくてもただのスープだ」
(そんな不気味な緑色のスープあるわけないだろ! せめてもっとましな嘘をつけよ)
即座に液体に解析をかける。
【性別転換薬】
・詳細:一時的に性別を転換する。効果持続時間は1時間。
(性別転換薬……このオッサン! また、生徒になんちゅうものを飲ませようとするんだ!
……だけど、この薬は使えるかもしれない。アラベラ先生も記憶にない女性徒には流石に殴らないだろうし、キューリ先生も女性にはいい人だ)
「【性別転換薬】のスープですか?」
頬をピクッと一度痙攣させるエジソン先生。これは先生が嘘をついているときの癖だ。
「何の事だ? 私にはレンの言っている意味がわからんが……」
(わかりやすぎだよ。先生)
「なら御自身で飲んでみてくださいよ。それ」
「できるわけがなかろう! そんな危険な事!」
(危険な事なら生徒にさせるなよ!)
心の中で絶叫しつつ、頭に上った血を下げていく。ここで怒っては負けだ。
「それ僕が実験体になってもいいですよ。その代わり、成功したら先生の持ついくつかの薬品の製法、教えてください」
能力があっても製法が分からなければ作れない。一々製法を模索するのも鬱陶しい。
この点、エジソン先生は頭のネジが緩い人間失格な人物ではあるが腕だけは確かだ。この手の薬品は頻繁に発明している。これでエジソン先生の有する薬品の製法と能力が手に入れば鬼に金棒なのだ。
それに、この頃呪われているのかと疑うくらいに頻繁に事件に巻き込まれる。エジソン先生の発明する薬品は今喉から手が出る程欲しい。
「むむ……私の薬品をおいそれと他人に教えるわけにも……。
だが才能なきものが製法を知っても創り出せるはずもないのも事実……」
顎を摘まんで勘案し始めたエジソン先生。数分間の熟慮の後、口角を上げて答える。
「いいだろう。製法を記したノートをみせてやろう。ただし見せるのはレンお前だけ。そして製法は他者に漏らす事を禁止する。それでいいな?」
「それで構いませんよ」
「よし。契約成立だ」
エジソン先生はレンに右手を差し出してきた。契約の成立に握手を求めるのはエジソン先生の癖だ。これも計画の内。
レンも右手を握り返すと同時に、《神才授受》を発動し、エジソン先生から《魔道科学術》の能力を獲得する。
いつものように獲得能力をどこのスロットルに入れるのかの問が頭の中に浮かぶ。7番目のスロットに入れる事にする。生産系は統べて一つのスロットに入れて融合させる。
その後、体操着に着替えて再度魔道科学室へ戻る。
理由は男子、女子共に体操着の形状が同じだからだ。男物の制服を着た女性徒など目立って仕方ない。だからと言って女物の制服を着ても効果が切れたときが悪夢だ。明日から女装趣味の変態男の汚名を着るのは御免なのだ。
その分体操着ならば、効果が切れてもややごまかしがきく。
エジソン先生からビーカーを受け取り緑色のドロドロとした液体を口に含み胃の中に流し込む。想像以上に気持ちが悪い。
グラグラと視界が揺れ動き吐きそうになる。酷い乗り物酔いしたような形容しがたい気持ち悪さに地面に膝をつき喉を掻き毟る。
数分間、吐きたいのに吐けない壮絶な気持ち悪さに耐え抜くと、レンの身体は女になっていた。
「やった……やったぞ! 成功だ! 私の偉大なる研究がまた一つ高みへと至った。グフフフ!!」
気色悪い笑みを顔一面に漲らせるエジソン先生。
エジソン先生は成功だと言い張ってはいるが、レンは元々小柄だったせいか、薬を飲む前とさほどの違いがあるとは思えない。しいて言えば男の頃よりも胸がでかくお尻が大きくなったくらいだろう。それでも服を着ている状態では薬を飲む前とそれほど大きく変わったとも思えない。
男だとばれてキューリ先生にフルボッコになるのは御免だが、薬を飲んだ以上、これで止めれば飲み損なのも事実。気持ち悪い目に合ったのだ。是非とも成功させたい。
心が男のレンには一時的にせよ女の子になるなど生理的に受け付けない。早く用事を済ませて、異空間にでも逃げ込もう。
部屋を出ようとするとエジソンが背後から喜色のたっぷり籠った声をかけて来た。
「いいぞ。レン・ヴァルトエック。その薬の効果、存分に衆人共に見せつけるがよい」
余計な事をいうエジソン先生に蟀谷に青筋を立てつつ、扉を勢いよく開く。
キューリ先生のいると思われる魔具造成室へ向かっているわけだが、絶賛注目の的だった。レンだとバレている可能性を考え、背筋を冷たい汗が虫が這うように流れる。女装して衆人環視の中歩くような感覚なのだ。レンにとって拷問に近かった。
レンは一心不乱に8組のクラスメイトだけには遭わないように強く願いながらキューリ先生のもとまで歩を進める。
しかし、理解はしていた。こうした願いは籤運の悪いレンの場合必ず叶わない。
向こうから、カラム、ミャー、そして最悪の申し子、自称エロの伝道師――キット・イングラムがレンに向かって歩いて来るのが見えた。
最悪の面子だ。カラムとミャーは8組の中でも特に仲が良い。多少、変わった程度では間違いなく見破られる。
とどめはキット・イングラム。キットは背が高い、少しワイルドな色黒銀髪イケメン男子だ。黙ってさえいれば女子には本来抜群の人気を誇った事だろう。ただ、その発言の9割は卑猥な言葉で構成されているため女子には滅法嫌われている。
更に厄介な事に此奴はエロの伝道師を自称しており、エロに関する事ならどんな些細な事でも逃さない。此奴がレンの現状を知れば黙っているはずがない。女子には人気がないが、男子には貴族、平民関わらず絶大な支持を得ているのだ。此奴にばれれば8組どころか、この学校全体に今回のレンの痴態が知れ渡る事になろう。しかもおそらく写真付きで。
レンの心臓の鼓動は、かちかちと鳴る腕時計の秒針を追い抜き、一段と早くなる。
3人の視線がレンに向けられるが、知人に対するものではない。どうやらばれてはいないようだ。
ほっと胸を撫で下ろすのもつかの間、それは起こる。いや起される。
「あ~、カラム押すなよ~」
わざとらしい間の抜けた言葉と共に、よろめいたふりをしたキットが勢いよくレンに倒れ込んできた。キットに敵意がなく同じ8組の仲間である事もあり感覚は戦闘状態になかったのが災いした。キットはレンの豊満な胸に顔を埋め、強く抱きしめる。女子から悲鳴が、男子からは歓声が上がる。
「っ~~~~!」
今度ばかりは好きでもない異性に抱き付かれる女性の気持ちがよくわかった。背筋を幾多もの虫がせり上がって来るような感覚に声にならない悲鳴を上げて、キットの頭頂部に反射的に肘鉄を落とす。
しまったと脳が理解した瞬間には肘鉄が風を切ってキットの頭頂部に突き刺さっていた。ゴキリッと言う鈍い音共に、涙目のキットが廊下をゴロゴロ転がり、その様子に男子は大爆笑し、反面女子は罵倒する。
レンはというと、今まであった凄まじい嫌悪感は強い疑問に変わっていた。
無意識で手加減を碌にせず肘鉄をかましてしまった。感覚的には以前のハミルトンなら瀕死状態に追い込む程の力はあったと思う。あの程度で済むはずもないのだ。
神眼でキットの能力値を改めて見るが、クラスHのレベル1。
とすると、肘鉄は相手が8組の仲間のキットだから知らず知らずのうちに手加減をしていたということだろうか。それ例外に考えられない。それに、すでに力を付けてから1ヵ月以上も経つのだ。その程度の手加減なら寧ろ出来てしかるべきだ。
キットの行為につきカラムとミャーはレンに何度も頭を下げる。その後、ミャーは悪鬼の如き形相でまだ痛みで悶えているキットの後ろ襟首を掴み引きずっていく。幸の薄いキットの未来に合掌をするレン。
キューリ先生のいる魔具造成室へ到着し、深呼吸をして扉を開ける。
男とばれたら殴られる。どう転んでもキューリ先生からはダメージは負わないが、精神的なダメージはかなりものだ。これは中等部一年生の時に受けたに受けた心的障害が原因だと思われる。
「いらしゃ~い。あら~、今日のお客さんは可愛らしい子ですねぇ」
のんびりとした声が部屋の奥から聞こえて来る。視線を声のする方へ向けると、桃色の髪を腰まで伸ばしたおっとりした女性が椅子に座っていた。
「先生、手相を少し見せてもらえないでしょうか。今、手相による魔法力の強さの傾向について、調査している最中なんです」
「あら~、随分面白い事しているんですねぇ~。いいですよぉ~、はいどうぞぉ~」
レンは礼を言いキューリ先生の右手の掌を掴み、《神才授受》を発動し《魔具造成術》を取得する。
7番目のスロットに入れ、《魔道科学術》の能力と融合させた。キューリ先生の魔法力の値を聞いた後、姿勢を正す。
「キューリ先生。どうもありがとうございました」
御礼を言ってから立ち上がり部屋を出ようとするとがっしりと腕を掴まれる。
「もっとゆっく~りして行きなよぉ~。私、この頃誰も遊びに来てくれないから寂しいのぉ~」
(いや、それはあんたがバンバン男を殴るからでしょ。そりゃあ、女子もビビりますよ! 恐怖ですよ!)
レンの内心の悲鳴は当然に無視され解放されたのは30分後だった。
後20分程度で性転換の効果が切れる。手を握っている間にアラベラ先生にバレたら殺される。冗談じゃなく殺されるイメージしか湧かない。
速足で職員室のアラベラ先生の所まで行きキューリ先生と同様、手相による魔法力の強さの傾向についてという名目で右手に触れ、《建築工学術》の獲得に成功する。この《建築工学術》も7番目のスロットに入れ融合させた。
アラベラ先生は建築系の専門の冒険者。注文に応じ特殊な建築の素材を世界各国の遺跡や迷宮から探し出し建造する。アラベラ先生が建造した建物は特殊な効果を持つ事が多く、世界各国からオファーが殺到しているらしい。
その富や名声を投げうってまで学校の教師をしている理由をレンは当初、冒険者機構での出世のためかと思っていたがどうやら違うらしい。教えたら殺されるとしてハミルトンはそれ以上教えてくれなかった。
それにしても、エジソン先生、キューリ先生、アラベラ先生達の能力は全てクラスG。つまり、クラスHの身でクラスGの能力を発現していたということだ。この事実には感嘆を通り越して畏怖を覚える。
レンが何学年何組の生徒なのかの話題に変わりかけたので、この後エジソン先生と約束があると言い職員室を急いで後にする。残り3分程度だ。ギリギリ間に合った。
階段の裏で蹲っていると再度の眩暈がして男へと戻る。もう二度とこの薬を飲むのは御免だ。永久封印とさせてもらおう。
その後、エジソン先生の所へ行く。
エジソン先生が満面の笑みで《薬品の製法を記したノートを見せるとは言ったが、見せるのは一度だけ、しかもこの部屋からの持ち出し及び筆記・複写は禁じる》と告げられる。
元々教える気など更々なかったのだろう。とは言えレンもそれで別に問題はない。クラスが上がったせいもあり、100冊程度を十数分で一字一句暗記できた。
図書館に戻り、神眼を発動し獲得した能力を確認する。
◇能力名:《万能魔道術》
◇クラス:F
◇詳細 :クラスFまでの奇跡を魔道科学、魔道具造成、魔道建造により体現できる。
《魔道科学術》、《魔具造成術》、《建築工学術》を融合させてできたものだ。クラスFの奇跡を体現できてもあまり役には立たない。せめてクラスAは欲しい。もっと多くの能力を融合させるべきだ。
次は精霊達と祖父アイザックにでも頼むとしよう。精霊達はおそらく拒否はしない。アイザックは基本面白ければ良いと言う人だ。説明の仕方を誤まらなければ協力をしてくれるだろう。
残り時間一杯、暗記したノートの内容を高速で書き写す。綺麗に書いたのでかなりの時間がかかってしまった。この調子ではおそらく今晩は徹夜になる。
今日最後の授業を受けに教室へ行くと、クラスではナキアから突如学校に現れた美女に話題の矛先は移っていた。
一、巨乳の絶景の美女だった。(ソース男子)
二、キットがチョッカイをかけると一撃で悶絶させられた。(ソース男子)
三、凛々しくてカッコいいお姉様だった。(ソース女子)
四、取り敢えず、キットは死ね(ソース男子・女子多数)
こんな話が教室内に蔓延していた。8組の皆は面白ければ何でもいいのだろう。
やっと解放されたナキアは今ぐた~と机でへばっている。こうなる事は予想の範疇だ。缶コーヒーを机に置いてやると、吃驚したようにレンに視線を向け、『ありがとう』とポツリと呟き顔を机につっぷしてしまった。
お読みいただきありがとうございます。




