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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
A-SIDE 藍青蒼碧(Hybrid Bland Blue)
9/35

ハイブリッド・ブラン・ブルー/八

 教室の喧噪は嫌い。始業式が終わり、担任の山吹先生が来るのを待つ、ほんの短い間、三年二組の教室は爆竹が炸裂し続けているみたいに騒がしくって狂いそうになる。

 しゃがれた男子の声。

 細くてくぐもった品のない女子の声。

 莫迦みたい。

 本当に莫迦なんだ。莫迦みたいな会話がずっと耳に入ってきてユウリは耳栓をしたい気分だった。夏休みが終わり初日、莫迦さ加減はさらに増しているという具合。

 車椅子のユウリは教室の後ろで待機していた。暑さにじっと耐えながらぼうっと窓の外、蒼過ぎる空を睨んでいた。ちょっとヒステリックなのはクラスで唯一、ユウリの話し相手に相応しいコナツが挨拶周りみたいにクラスのあらゆるグループの会話に加わり笑顔ではしゃいでいる、という光景が見えているからだ。よくあんな風に低次元な会話に参加出来るな、それって才能だよ、とコナツのことを評価する一方、どうして彼女はユウリのことを一人ほったらかしにして他のやつらと楽しげにおしゃべりするのか、その無神経さみたいなところにムカついていた。その無神経さって今だけのことじゃない。教室ではコナツはユウリをことを一人にして他のやつらとしゃべってユウリのことをムカつかせがちだった。ユウリはそれに対してのヒステリックを頬を膨らませたり本当に分かりやすくコナツに見せているのにも関わらず、彼女はそれに気付かない。いや、気付いているのだろう。気付いているのに気付かない振りをしているんだ。コナツはユウリと違って皆と仲良しでいたいんだ。ユウリだって皆と仲良しでいたいと思わないこともないけれど、莫迦に付き合ってもつまらないし疲れるだけだし、自分のことを理解出来ない無能と同じ時間を過ごしたところで価値や意味はこれまで経験上発生しない。生産的でない。生産的なことをしない人間は、子供みたいだと思う。

 それにしても暑くて死にそう。

 冷えピタは温くなって捨てた。氷枕の中の水も温くなって捨てた。ユウリは不機嫌な顔をして、コレクチブ・ロウテイションの非公式グッズの団扇で顔を扇いでいた。団扇には海賊に扮したコレクチブ・ロウテイションのメンバがぎゅっとくっついて並んで、それぞれ最高の顔を見せている。ゼプテンバ以外のメンバも皆、可愛い女たちだ。彼女たちにぎゅっとされたいな、とユウリは妄想する。

 そしてここは自分の居場所じゃないと再確認する。ここよりも病室がいい。あそこにお見舞いに来てくれたG大の女たちはユウリに優しかった。チヤホヤしてくれたんだ。教室では誰もチヤホヤしてくれない。そんなつもりもないけれど。そうだよ。ここにいるやつらに優しくされたってなんにも嬉しくないんだ。あの頭がいい女たちじゃなくっちゃ意味がない。彼女たちとの会話は楽しかったな。ドーナツ・パーティは最高だった。早く大学生になりたいって思う。そう思ったら天体史に触れたくなった。それのどこでもいいから触りたくなった。

「なぁ、國丸、お前、その足どうしたの?」

 前の席の内藤という男子が急に振り返り声をかけてきた。下の名前の記憶はユウリにない。笑顔だった。分かりやすい笑顔だ。下心丸出しの爽やかな笑顔だった。彼はユウリに気がある。それはコナツから聞いていたことだった。彼は自分がユウリに気がある、ということ周囲に言って権勢しているらしかった。それはユウリのことを密かに狙っている男子が多い、ということでもある。クラスメイトはユウリのことを問題児、デンジャラスガールという風に認識しているだろうがユウリがレズビアンであることは知らない。だからもしかしたらなんとかユウリとデートしてキスしていやらしいことが出来ると思っているのだ。ユウリが可愛いので、問題児でもそんなこと思ってしまうんだ。本当に莫迦だと思う。

 ユウリは団扇で自分の顔を扇ぎながら、無言でまっすぐに内藤の顔を睨み続けた。彼の顔は、クラスメイトの中では一番男前だろう。モデルにはなれるかもしれない。でも売れないだろう。そんな中途半端な男前加減だ。武村コウヘイの方が格好いいし綺麗だ。そんな風にユウリはコウヘイと比べてしまった。コウヘイと比べるってことは、彼がユウリが男を評価する際の基準として意図せず採用されてしまったと言うことだ。ちょっと嫌だな。彼との思い出は消去したい過去。でも一度据えられてしまったらなかなか拭えない。辛いよね。とにかくコウヘイよりも微妙な男前加減なくせに話しかけるなんて、とっても無礼よね、と思った。ユウリは内藤の顔を睨み続けた。

「……急に話しかけて、ごめん、いや、その足、どうしたのかなって思って、誰も知らないみたいだし、教えてよ」

「自分だけ特別に教えてくれってこと?」ユウリはニッコリと笑って言った。

「ああ、うん、」内藤はユウリの言葉に何を勘違いしてか、照れた風に笑った。「特別に、教えてよ」

「じゃあ、アイス買って来いよ」ユウリは命令した。

「え?」

「暑いから、アイス食べたいの」

「いや、でも、もうすぐホームルーム始まるし、あ、じゃあ学校終わったらさ、行こうよ」内藤は軽薄にもユウリの未来に干渉しようとした。

 ムカつくな。

 その軽薄さ加減、殺してやりたいって思った。

「今すぐ食べたいんだって、」ユウリは笑顔を消して言った。「暑くて死にそう、あんたは私を殺すつもり?」

「え、あ、いや、その」内藤はユウリが殺すとか、殺さないとか、そういう類の言葉を言ったから慌ててる。

「ほら、今すぐ行けって、」ユウリは団扇で内藤の顔を扇ぐ。「いいから行けよ」

「いや、國丸、だからさ」

「行けって言ってんだよ!」ユウリは団扇で垂直に内藤の頭を強く叩いてがなった。「私の命令が聞けないの! だったら飛び降りて死ね! 莫迦野郎!」

 その声に教室の喧噪は消えて水が打ったように静かになった。

 車椅子のユウリに注目が集まっている。

 内藤の顔は歪み、泣きそうだった。

 子供みたいに泣けばいいのに。

 でも堪えているんだ。

 それも莫迦だと思って笑えてくる。

「あははっ、」ユウリは口を大きく開けて手を叩いて笑う。「おかしな顔!」

「國丸、何がそんなにおかしいんだ?」ガラッと黒板に近い方の扉が開いて山吹先生が姿を見せて言った。山吹先生はまだ若い。理科の教師で、黒いアディダスのジャージ、リーバイスのジーンズに白衣という、いつものエキセントリックな組み合わせだった。水色の太い眼鏡がエキセントリックさにさらに拍車を掛けている。

「見てよ、先生、こいつの顔!」ユウリは団扇を内藤に向けて言った。「とってもファニーなの、おかしいの!」

 山吹先生はユウリと内藤をそれぞれ一瞥、咳払いを盛大にして教卓の前に立って言う。「お前等、そんなことより早く席に着け、莫迦野郎」


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