ハイブリッド・ブラン・ブルー/七
錦景市は西暦二千何年かの九月の初日。
セプテンバ、ファースト。
ユウリはセプテンバな九月に、特別な感情を持っていた。特別な一ヶ月。理由はセプテンバ、っていうのが大好きなロックンローラ、アプリコット・ゼプテンバと重なるからだ。九月の頭文字はS。つまりスペシャル。ゼプテンバのイニシャルはA・Z。AからZ。彼女はこの世のあらゆる全てを司る天使だ、なんてユウリは暑さで朦朧とする頭でぼんやりと考えていた。
朝の九時。
錦景市立春日中学校は始業式の時間で全校生徒は体育館に集合していた。体育館はサウナに入っているみたいに粘り着く暑さだった。汗は止めどなく吹き出してくる。扇風機が何台か動いているが全く意味はなさそうだ。団扇を持って仰いでいる生徒が半分以上いたが教師たちは誰も注意しない。あまりに暑いので認可で出ているのだ。車椅子に座り体育館の後ろの方にいたユウリは額に冷えピタを張って氷枕を抱えていた。あまりに暑くて死にそうだってだだをこねたら担任の山吹先生は認可をくれた。山吹先生はまだ若いのでチョロい。
壇上では奄美大島出身の校長先生が新学期を迎えるに当たっての挨拶をしている。例によって話が奄美大島に脱線して校長先生はノスタルジックに溜息を吐いた。最後は快活に笑って終わった。拍手が体育館に響く。校長先生は愉快な人だ。話は面白いし、短く簡潔にまとめられているから生徒たちからも人気が高い。ユウリも校長先生のことは嫌いではない。だから手を叩いた。
ユウリは問題児なので何度か校長先生と直接言葉を交わしたことはあった。校長先生に対して悪い印象は持ってない。ただユウリを普通の少女として見ようとしている点、ユウリの問題行動の理由を普通少女のありふれた第二次性徴によるものだと結論付けている点、校長先生は直にそうは言わなかったが、それらがユウリにとっては気に食わないところだった。ユウリは普通じゃないって自覚している。普通少女の非行って、普通じゃないって自覚していたら起こらないと思うんです。ユウリは短絡的な分析に反吐が出る思いがしたが、奄美大島出身の野性的な男に精確に分析されるのも気持ちが悪いし、むしろそういう鈍感な部分、大衆的な面が、奄美大島出身の野生児らしくてまだマシだと思い直して校長先生のことは今のところまだ、嫌いにはなっていなかった。
校長先生の挨拶の後、教頭先生、各学年主任、それからおよそ原稿用紙二枚分、といったところの生徒会長の話があった。内容は全く聞いていなかった。
暑さにぼんやりとした頭。
化学的に冷たい額。濡れた氷枕。汗でブラウスが濡れて透けるのが嫌だった。半袖のブラウスの上からベストを来ているけど防御力がなんだか低いような気がして嫌だ。男子たちの視線が気になる。気持ち悪い、粘りつくような視線。
自意識過剰?
そんなんじゃない。本当に多いんだ。自分に向けられる視線。本当によく、知らない男子と目が合う。ユウリの成長とともにそれは増えていっているように思う。まあ、気持ちは分からなくないでもない。
ユウリは凄く可愛いので自然にみとれてしまうのでしょうね。
でも残念。
ユウリはレズガール。
そして問題児。
あんたたちが期待するようなことってないんだよ。
期待されるようなことをされたかったらユウリのタイプの女の子になるしかないんだよ。
それから。
ある程度、分かりやすくなくっちゃいけないと思う。
ミステリアスもいいけれど、少しくらい心を読めなくっちゃ困るんだ。
どんな角度で入ればいいの。
私はあなたの角度を知らない。
ユウリは湯気が立つように熱い体育館の後ろで、ぼんやり芳槻アオのことを考えていた。
ユウリは朝からずっと、アオのことばかり考えている。
彼女の姿は空華となってユウリの頭上をゆらゆらと彷徨う。
金魚の動きね。
あるいは龍か。
するりと私を交わして雲に消える。
彼女は太古自然の神秘だなんて思ったりもする。
しかしそれはそうじゃないって彼女はミステリアスに笑っている。
笑っているのかな?
ロボットみたいに不気味で、不器用な笑顔の理由は謎めいていて。
素敵なの。




