ハイブリッド・ブラン・ブルー/六
ハイブリッド・ブラン・ブルー。
それが華火大会のスペシャルライブでコレクチブ・ロウテイションが最後に披露した新曲のタイトルだった。
歪な色、それがアオ。
狂った虹は、四つのアヲを見せるの。
夕焼けなんか、綺麗に消し去って。
悟った月は、四つのアオを見せるの。
この空だけは、僕のアオ。
「ありがとうございました、」ボーカルの黒須ウタコは最後に言ってステージから去る。「思い出すよ、高校二年生の夏だった、私はシナノってバンドのベーシストでこのステージに立ったんだ、懐かしいな、懐かしい、うん、ありがとうございました、ザ・コレクチブ・ロウテイションでした、女の子たち、気をつけて帰るように、いいね、早く帰るんだよっ」
スペシャルライブはおよそ一時間ほどで終わった。ユウリは必死で手を叩いたけれどアンコールはなかった。雨が降ってきたからだ。ライブの途中からも雨は弱く降っていた。コレクチブ・ロウテイションのメンバがステージから袖に下がるとスタッフたちは素早く機材を片付け始めた。
雨はどんどん強くなる。
マシンガンみたいな夕立。
ユウリもコナツもたちまちびしょ濡れになった。
「あー、もう、最悪ぅ」
コナツは雨に声を上げたけれど、ハイブリッド・ブラン・ブルーの余韻に浸っているユウリは雨に濡れても、いや、雨に濡れているからきっと、凄くドラマチックな心になっていた。
雨に濡れた彼女たちは綺麗だった。コレクチブ・ロウテイションのメンバ、黒須ウタコ、朱澄エイコ、久納ユリカ、鏑矢リホ、そしてアプリコット・ゼプテンバ。羽を濡らした天使たちは照明に照らされ雨に滲んでいつもよりも煌めいて見えた。
やっぱり凄い素敵!
なんて綺麗な女たちなの!
小さなステージだったけれど、今までユウリが観た中で最高のライブだって思った。去年の秋の東京キネマ倶楽部のステレオ・ビーム・ツアーよりも最高だった。ファンの間でそれは伝説の公演だったんだけれど、多分今日の方が伝説。それを右側の最前列で目撃出来たユウリはやっぱり、世界一のラッキィ・ガール?
華火大会の中止をG-FMの実況番組は告げていた。それはスピーカからひび割れて聞こえてくる。
「残念だね、華火が雨で中止なんて初めてだよね」
華火は少しだけ見えた。視界の端っこに華火はあった。視界の真ん中は常に憧れのゼプテンバで、たまに他のメンバに移ったけれど、ユウリはストレートにゼプテンバのことを見つめ続けていた。
口は半開き。
瞳はいつもながら感動と興奮で潤んでいたと思う。
ゼプテンバはユウリにウインクをくれた。
小さなステージだったから立ち上がってジャンプすれば抱き締められる距離に彼女はいた。
もちろんそんないけないことはしないし、右足はまだ折れたままだから出来ないけれど、そんな近い距離からウインクを喰らってしまえば少女はセンチメンタルの渦に呑み込まれて苦しくなっちゃう。
「ちょっと、なぁに、ぼうっとしてんの?」コナツは折り畳み傘を広げてユウリに渡す。それは車椅子のお尻の下の収納スペースに仕舞ってあって、ユキコが雨が降るかもしれないって言って持たせてくれたものだった。「ほら持って、足濡らしちゃ駄目でしょ」
周りでライブを観戦した人たちは足早にステージの前から消えていく。夜の七時、開演を迎えた瞬間にはかなりの人数が特設ステージの前に集合していた。セーラ服を纏った錦景女子たちは雨に濡れてケラケラ笑ってはしゃぎながら会場の出口に向かってダッシュしていた。
「ありがと、でもコナツが濡れちゃうよ」
「いいよ、私は別に、濡れても平気だし」
「駄目だよ、風邪引いちゃう」
「私風邪引かないって知ってるでしょ?」
「風邪引かないって言うくせに風邪引くじゃないの、コナツはいつも」
「そうだっけ?」コナツは剽軽に笑う。
「そうだよ、いっつもそうだよ、」言ってユウリはスマートフォンを取り出しユキコに車で迎えに来るようにメールした。「もっと自分の体を大事にしてよ、お願いよ」
そこでコナツは「へくし!」と盛大にくしゃみをした。「ふあぁ、鼻が出たぁ」
「もう、」ユウリはクスリと笑ってハンカチをコナツの顔にぐっと当てる。「大丈夫?」
「うう、ユウリ、ありがと」
コナツはユウリの青いハンカチで盛大に鼻をかんだ。
その時だった。
コナツの頭上に青い傘がさされた。
ユウリが持った傘じゃない。
別の傘。
しっかりとした広い傘だった。
「はあ、よかった、やっと会えた」
青い傘を持った少女は安堵の息を吐く。
「あ、アオちゃんだ、」コナツはずずっと鼻をすすってから片方の頬を膨らませた。「もぉ、遅刻なんてアオちゃんらしくないじゃない」
彼女がアオだった。
「ごめん、遅れて、夜の七時にはここに着いたんだけど、人が多かったから、見つけられなくて、本当にごめんなさい」
「いいよ、もう、」コナツは笑って許す。「でも華火大会中止になって残念だね」
「うん、本当に、せっかくの夏休みの最後の日なのにね、本当に、残念」
そこでアオはユウリのことを初めて見た。
視線が交差する。
それは瞬間的に綺麗に交わらなくて間にプリズムを挟んだように。
屈折。
光は霧散し。
歪に。
あるいは捻れて。
交差した。
彼女の目の光は印象的だった。
力に見えた。
体に衝突したんだ。
「芳槻アオです、」アオの表情に少しあった笑みは消えていてその強い眼差しは、ユウリのことを攻撃しているようだった。「あなたがユウリね、コナツからよく聞いてるわ、あなたのこと、あなたの右足、とっても可哀想ね、凄く心配よ、心配してるんだから」
アオは無感情にそう言った。
凄く不気味。
アオは凄く綺麗でユウリのタイプから外れていない可愛い少女なんだけど。
まるでロボットだってユウリは思った。
アオの声に温度を感じない。
冷たい。
雨のせい?
きっと違う。
でもどうして?
急に。
アオはユウリに笑顔を見せた。
彼女の濡れた髪は笑った顔に這うように張り付いている。
彼女が纏う、青いワンピースも同様。
でもどうしてそんなに冷たいの?
お願いだからそんな笑顔は止めて、とユウリはきっと初めて抱く気持ちになって彼女の笑顔に合わせて笑っていた。




