S^0 自他共に認めるハッピーエンド
瞳を開くと、映るのは灰色の天井でした。
そこから伸びる、一本の紐……。
……ここは?
私の、知らない場所、です……。
おかしいですね。
私は、先程、意を決して……「「おかあしゃんッ!」」
という絶叫が轟きました。
慌てて足元見やると、そこには……子供が二人います。
どちらも女の子で、片方は吊目で、もう片方は垂れ目。どちらも大変可愛らしい姿をしているのですが、どちらも顔をくしゃくしゃにして泣き叫んでいます。
――私を、「おかあさん」「いやだぁ! しんじゃいやだぁ!」とぐいぐい押しながら……。
私が、
この子達の、
母親、ですか?
さっと、恐怖が体を貫いた瞬間、脳内に直接映像を送り込まれたかのように、足もとで泣き叫ぶ二人の子供、通称――キョウカ、テンの記憶が蘇ります。
あぁ、どちらも私の子供でした。お腹を痛め、双子の女の子、です。キョウカは父親に似たのか、目つきが鋭いですが、それも父親の恐い睨みと違い、個性的で可愛いと評判でした。もちろん、テンも可愛いと持て囃される日々を送っています。
私の、大好きな子供達でした。
しかし、その二人が泣いています。
それも、私に死なないで、と訴えながら……。
一体、何が起こっているのでしょうか?
「おい、意識が戻ったのか!」
どたどたと足音を響かせて、今度は一人の男性が私に近寄ってきます。鋭い目つきで私を睨み、思わず身震いしてしまいました。
「あ、あの……」
立ち上がろうとすると、私は両肩を優しく押さえつけられます。
「もうすぐ救急車が来るから! 安静にしておけって言われて……。あ、お前たちも触っちゃだめだ! 離れていなさい!」
その男性は酷く混乱していましたが、必死に自分自身を押さえつけているようでした。
その瞳に、とある女性が写っていました。
極立ぴかリ、通称――リン。
額に、真っ赤な血を浮かべながら……。サイレンの音が聞こえたところで、私の意識は再び忘却の彼方へと消え去ります。しかし、その中で、ずっと、彼が、私の手を握りしめていてくれたことだけを、覚えていました。
アルバムを取ろうとした。
戸棚の上の方に置いてあるので、私は椅子の上に立って、背伸びして腕を伸ばした。
グラグラと揺れたのは、覚えている。
案の定、落下。
子供達二人と彼は突然の音に驚いて部屋に入り込むと、床に倒れる、頭から血を流す私の姿……。
「ホント、驚いたよ」
「ごめんなさい……」
「大事に至らなかったから、よかったものの……。もしも、打ちどころが悪かったら……」
「誠に申し訳ないです……」
彼は盛大に溜息をついて、私の顔を見やる。
「頼むから……頼むから、さぁ……」
しかし、途中で言葉が続かなくなったのか、黙ってしまいます。
「頼む、から?」
「死なないでくれ……」
さくっと、その言葉は胸を貫きました。
何故でしょう?
「わ、私は生きています、よ?」
「あー、違うんだよ、そういう意味じゃなくてさぁ……」
「迷惑をかけるな、ですか?」
「違う、別にそれはいいんだ。俺が言いたいのは……」
彼は必死に言葉を選ぶと、ゆっくりと語ります。「俺を、一人にしないでよ」
「一人?」
「お前が、頭から血を流してぶっ倒れている姿を見て、俺は恐かったんだ。もしかしたら死ぬんじゃんか、と思って。俺は、もう、ずっとお前と一緒に居るから……お前が居ない世界を考えるのすら、怖いくて。それを、初めて思った……。だから……そのさ」
ボロボロと、彼は涙を零しました。
もう、喋れそうにありません。
後日聞いた話では、私が居ない間も、彼は気丈に振舞っていたそうです。娘の前で、父親である自分が動揺するわけでもないと、毎日笑顔で過ごしていたとか。
二週間。
その間、彼は、必死に耐えていました。
「リンが、生きていて、すげぇ、嬉しい……」
「セセギ君」
泣きながら笑顔を浮かべるセセギ君に、私も自然と笑顔になってしまいました。
紐。
それは、電球から伸びるコードでした。
ただの、何の変哲もない、紐。
そんなはずがない、と思ってしまう私がいました。
今の、この幸せな世界の記憶の片隅に、私が一人暗闇の街を彷徨い、小さなスーパーで一人叫んでいた記憶が、存在しているのです。
何かの記憶違いかと思いました。
が、
残っているのです。
私にしか気づかない、首元を覆う、薄らとした、青色の痣が……。
数日後、仕事から帰宅すると、アマネが居ました。
「わぁ、リンちゃんママだ!」
「私はアマネのママではありませんよ……」
「へぇ、それじゃあ、私はリンちゃんの、元恋人、ってところかな?」
「違います」
私が首を横に振ると、眼を輝かせた子供達が「ちがうの?」「おかあさん嘘はいけません!」と言ってきます。
「久しぶりですね、アマネ」
「やっと休み貰えてさぁ、ってか抜け出してきたんだけど、大変だったよ。でも、リンちゃん&この愛らしき生物を眺めるために、訪れました!」
「大丈夫なのですか?」
「さぁ? 私はそういう恐いこと、考えないたちだから、気にしないでいいよ」
アマネは海外へ出てから、更に自由になったというか、無責任になったというか「……触ってくるのは本当に辞めて下さいね。ほら、二人とじゃれ合ってください」
「この可愛らしい生物も捨てがたいが、艶女なリンちゃんも素晴らしい……」
私は子供達を生贄にアマネから逃げると、リビングで土下座を晒すセセギ君の姿を発見します。
「あ、あの……」
「気にしないで……、ただの約束だから……」
セセギ君は土下座を終えると、私を見つめ「あれ、今日は早かったね」と言ってきます。
「途中で皆さんテレビに夢中になってしまい、作業が進まなくなってしまったのです」
「……原因は奴か」
「奴?」
「いや、こっちの話。それより、買い物でも行く? 子供はアマネが御守りしてくれるみたいだし……」
「アマネ一人で大丈夫でしょうか?」
「私もいるよ」
と、声が……玄関から響きます。
「あ、クレナ!」
「うわ、ド非導がいる……」
つかつかと入ってきたのはクレナさんでした。
「暇になったから今日は遊びに来たんだけど、何でアマネがいるの?」
「抜け出してきたみたいです」
「……アイツホントアホだね」
「え、なんでクレナとリンちゃん、そんな仲良いの?」
クレナさんは、お仕事の帰りなどによく私の家に遊びに来て、最初は恐がっていた私ですが、実はクレナさんも楽しい人で、私の力に惑わされない一人と判明したのです。それから友好関係は続き、今でも時間がある時はお茶をしたり、二人の面倒を見て下さることもありました。
と、アマネに伝えると、「そ、そんな……。私の知らないところで……こんな、馬鹿な……。こ、この泥棒猫!」
「泥棒猫はよく聞くわ。でもどんな修羅場でも、この言葉使う時だけはドヤ顔なのが腹立つ!」
「泥棒猫!」「泥棒猫!」とキョウカとテンは真似し始めます。
「クレナさん、二人に変な言葉教えないでください」
「言ったのアマネ!」
「あぁ、アマネもです、二人には……真っ直ぐに成長して欲しいですよ」
「まるで私が真っ直ぐに成長していないような言い方……」
「螺子曲がり過ぎているからね……」
と、そんな感じで会話を続けていると、ソファの上で一人寂しくテレビを見つめているセセギ君の姿を発見しました。
「あ、セセギ君、ご、ごめんなさい」
「大丈夫、俺今、キトの演説を真剣に聞いていたから、何も問題ない。JKは本気で素晴らしいだね」と棒読みで返してきました。
「仕方ない、セセラギのために、私達は子供達をどかしましょうか」
クレナさんが言うと、アマネはニヤリと頬を曲げます。「先程セセギから楽しいお言葉を聞けたからねぇ、邪魔かな、私達は?」
「ふーん、なんて言ったの?」
「言うなよ……」
「後で教える。それじゃあ、二人とも行きましょう!」
「「はーい!」」
まるで嵐が過ぎ去ったかのように、静かになりました。
とくにこれと言って行きたい場所も無かったので、いつものように近くのスーパーで食材を購入し、夕飯を作ります。
「この穏やかさはヤバいな……。穏やか過ぎて逆に緊張する」
「普段は二人も声の大きな存在がいますから……」
二人きりの世界は、確かに落ち着きません。
しかし、私はどちらの世界も、大好きです。
幸せ、でした。
幸せ過ぎるためか、最近は痛みを感じないのですけど、問題ありません、よね?
……恐くなります。
私は、手を拭いて、駆け足でセセギ君の座るソファの隣に座りました。
「え、どうしたの?」
「少し休憩です」
「……近くない?」
「小さいソファですから。子供達も大きくなるので、新しいソファ、購入しましょう」
「え、あ、はい……」
すっと、肩をセセギ君に預けると、そこからやんわりとした暖かみが広がっていきます。
もう、痛みを感じられませんけど、この温度だけは、私を安心させてくれるのです。
あぁ、
夢でも、
現実でも、
どちらでもよいです。
ただ、隣にセセギ君が存在してくだされば……。
そんなシンプルな世界で、私は生きていたい……。
「リン、そろそろ離れた方が良い……」
「え、どうしてですか?」
「奴らが……見ている……めっちゃ、俺達を見ているから……」
はっとしてリビングの入口を見やると、上からアマネ、クレナ、キョウカ、テンが顔を出して、私達の姿を笑顔で見つめていました。
……その後、夕食の間、アマネとクレナに延々と弄られたのは言うまでもありません。
――ハッピーエンド――
本編最終話、というよりは、補完なお話です。皆幸せになりました! みたいな終わり方を最後に作ってみたかったんです。




