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超一方通行トライアングルッ!  作者: 八澤
アディッショナル3
65/69

A3 その17 『黒色の』 ド

 

 夢、だった……。

 まるっと全て、私の夢……。

 その瞬間、私の体を太い絶望感が襲う。じわじわとそれは全身に広がっていき……吐き気を催した。

 恐怖が、深々と私の体に食い込んでいる。

 それを押し退けるように、私はむくっと起き上がり、フラフラと千鳥足で机へ向かうと、引出を開く。

 ――あった。

 安堵の溜息を吐く。

 リンの写真、――初めてリンと出会い、リンを憎んで……だけど、リンのことが大好きになった。だからキト君に写真を頼んで、セセギから渡された写真は、机の中に入っていた。盗撮写真なので、リンの見つからないように、と机の中に入れて置いたんだ。

 はぁ、可愛い。本当に可愛い。小動物的で、そう揄うとムキになって怒る……私の親友だ。

 恋人では、ない。

 ボロボロと涙が零れる。恐い夢、とまでは行かなかったけど、奇妙な恐怖を私は感じていた。大好きなリンが、全て私の妄想の産物で、この世には存在しない、という感覚。リンと出会ってからの今日までが、全て私の拙い妄想だった、と宣言されたみたいで辛かった。

 写真を、元の場所に戻す。私は、また溜息をついて、椅子に座る。涙は止まったけど、胸に渦巻く不快感は消えない。むしろ増している。

 時計を覗くと、もう六時を過ぎていた。今日は熱が出て、病院へ行き、風邪と診察を受けて、大人しく寝ていた。寝巻がぐっしょりと汗で濡れている。汗で熱が収まったからか、朝と比べてずっと体が軽い。

 今日は、リンと会っていない。

 フラれたけど、それでも好きで、毎日一度はリンの笑顔を見て、リンの香りを嗅いで、胸を触らないと、収まりがつかないッッ。

 リンを背後から羽交い締めにしてもみくちゃにしている妄想に浸りながら、ふと外を眺める。

 綺麗な夕焼けが、空に広がっていた。赤と黄色をバランスよく混ぜた色合いで、その輝きが雲にグラデーションを広げ、とても美しかった。

 リンと出会った時も、こんな空が広がっていた。

 脳内で、リンとの思い出が一瞬のうちに広がっていった。

 それは、一つの薄い線を模ると……私の体に降りかかった。

 スパッ! と刀で一刀両断された気分。切断された部分から、ドロドロとした、真っ黒な膿が這い出てきた。

 こんどこそ、夢、だね。

 いつの間にか、夕焼けは渦を巻き、幻想的な色が、世界を覆っていた。なんだこれ。あぁ、そうか。夢に決まっている。まだ少し熱があるから脳がやられているんだ。

 私の背後に、先ほど這い出てきた真っ黒な膿が存在している。

 それは、ひたひたと足音を立てながら、私の元へ近寄ってきた。

「そろそろセセギが来るよ」

 と声を発した。びくっと、私は驚いた。まさか、声を出すとは思ってもいなかったから。

 ピンポーン! とインターホンの音が鳴る。

 嘘、マジで?

「お母さんが出るよ」

「今は出かけている。覚えていないから教えるけど、夕食の食材を買うために。あと、一時間は帰ってこない」

 ピンポーン! と再度鳴った。この微妙な間隔の押し方、確実にセセギだった。

 私は椅子から立ち上がる。すると、先ほどまでの微かな倦怠感は消えて、元気溌剌となっていた。足取りも軽い。

 黒色の膿は、私の影を覆うように床に広がっていた。影が口の部分をパクパクと動かして、声を発している。

「セセギを向かい入れなきゃ。きっと、アマネが休んだから、先生から家が近いからと手渡されたパンフレットを持っている」

「パンフレット?」

「留学のためのパンフレットかな。あっちの学校の紹介が乗っている感じの。重要な書類ではないから、セセギが頼まれたんだろうね」

「なるほど」

 私は、普通に会話をしている。


 私の部屋は二階にあるので、ゆっくりと階段を伝って降りて行く。もう目を瞑っていても下れるはずなのに、私は今、手すりに両手を添えて、一歩一歩噛みしめるように降りていた。

 それに、とても長い。

 もうずっと下っているはずなのに、一階に辿りつけない。

「いいこと考えたよ」

 影が言う。「何?」

「セセギと、関係を持ってしまう、作戦」

「何それ?」

「質問で返すのおかしいでしょ? わかっているよね、アマネはその作戦の意味」

「本気でわからない」嘘だ。

「リンは、セセギに、告白したよ」

「へぇ」そんな……。

「屋上に呼び出して、お弁当を差し出して」

「セセギがOKしたの?」

「したよ」

「へぇ、それは、うん、驚いた」

「もう、リンは完全にアマネの元には帰らない。最初からアマネの元なんていなかったけど、もしかしたら奇跡的にリンがアマネの元へ来る、可能性はあったかもしれない。しかし、これで、確実にリンはセセギと一緒になる。もう、アマネのことなんか眼中から外れるよ。彼氏が出来た途端、友達と距離を置く奴いるじゃん。リンはそうだよ、きっと」

「そうかな」

「そうだよ。ねぇ、このままじゃヤバいよ。アマネだけ、こんなに非道い状態が続いているのは。リンは念願のセセギとくっつき、セセギもリンみたいな可愛い子に迫られたら――例え憎んでいたも、それは少し前にほとんど消えた。もう燃えカスみたいなモノだ。――だから、セセギはリンを愛しちゃう! 好きになる、ってことは相思相愛ってわけだ。それでいいのぉ? ねぇねぇ、本当はわかっているよね?」

「何?」

「アマネがさっきからずっと言っている黒い膿について。そんなのあるわけない、ってこと。この会話みたいなモノも、本当はありえない。そうだよね、アマネ。わかっているよね、アマネ。罪悪感から逃れたいばかりに、無愛想な返事しかしないけど、本当は狂いたいくらいに同調したがっている!」

「そうなの、かな」

「この前書いて、リンが他の人間に寝取られるって話も、絶対にありえない。二人はこのまま幸せに関係を続けて、子供を二人くらい生んで、そのまま幸せを全うしながら、生きて、死ぬ。それを、アマネは傍目からひたすら見ているだけの人生。この世で最も愛する人間が、他の人間と楽しくいちゃいちゃ幸せを噛みしめている世界の傍らで、生きなくてはならない。辛いよぉ、内面ではどんなにもがき、苦しんでいたとしてもアマネはリンの友達だから二人を祝福しなければならない。笑顔で。もう大人になるんだし、今みたいな餓鬼めいた反応はマナー違反。ねぇ、リンの結婚式でさぁ、アマネはきっとスピーチとか任されるんじゃない? そこで言ったちゃえばぁ? 大好きです! そんな男なんかやめて、私の元へ来なさい! と。無理かな。リンは大好きな人と結婚して、可愛い子供と一緒と夫と生きる。女であるアマネは、女であるこの世で最も愛する人間の子供は絶対に生めず、一生一人で独身で生きていく。寂しいねぇ~」

「かもね」

「だから、このままで良いの? 壊さない? そういうくっさい物語を。親友の彼氏を寝取っちゃう、なんてよくある話じゃん。まぁ、リンのことだから、セセギに裏切られたのはもちろん、アマネにも裏切られたと、絶望の淵に立たされるよ。もう誰も信じられなくなって、セセギの元から離れる。その後にさ、少し落ち着いてから、あの時は体調悪くて弱っていたところをセセギに無理やりレイプされたんだ、としくしく語っちゃえば、ほら、リンはきっとアマネを信じる。どうせリンにはアマネかセセギくらいしか頼ることが出来る人間は存在しないんだ。唯一のよりどころとして、アマネが語る嘘を嘘だと理解してても、アマネを信じて戻ってくるはずさ」

「流石にそれは虫が良すぎる」

「と、思うじゃん。違うんだよねぇ。何故なら、私はこの後に続く世界から偶然こっちに来た物体なわけ。今アマネは夢を見ていると思っているけど、違う。これは現実。黒い膿は、本当にアマネの意識に侵入し、世界を捻じ曲げて未来、可能性の一つを覗き見してきたってわけさ。そこで、さっき言った世界が広がっていた。アマネとリンは二人仲良くお互いの傷をなめ合いながら、一生を過ごす、というアマネが望むハッピーエンドにとても近いお話さ」

「意味がわからないよ」

「日本語しか喋ってないけどね。あ、そろそろ階段が終わるよ。この後の作戦について話しておくね。セセギが外で待っている。アマネだったら余裕で見抜ける程度に崩れている。まずはうちに引き入れよう。で、ソファにでも座らせて、普段の元気一杯のアマネと違い、弱弱しいアマネにセセギはきっと困惑する。で、自室に引き入れよう。相談があるって。セセギは病人がどうたら言って嫌がるけど、強引に頼めば上がってきてくれる。セセギはこう思っている。今日のアマネのパジャマ姿、ちょっとエロいなぁ……と。清純な男の子の思考だ。さてさて、部屋に引き入れたら、涙を浮かべて、セセギに近づこう。寄りかかり、ふっと、耳元で息を吹きかければ、あとは本能に従って、セセギは動いてくれるよ。リン如きの軟な想い、アマネの意志のほうが、ずっと強いもの……」

「あんた、何なの?」

「この世の悪意、みたいなモノかと。自分もよくわからない。さっき色々あってさ、偶然こっちにこれた。で、アマネが面白そうな人間だったから、わざわざ協力してやったの。感謝してよね」

 そこで階段は終わった。

 いつもの、私の家だった。

 リビングの窓から外を眺めると、美しいと感動した、夕焼けが広がっていた。

 元の世界。

 さっきのは、夢?

 それとも……現実?

 わからない。


「大丈夫? まだ顔色悪いよ」

 扉を開けると、セセギが立っていた。学校帰りで、学生鞄を片手に、もう片方の手には、クリアファイルが握られている。

「もうほとんど熱は無いから平気。それより何? お見舞い?」

「これ、先生に渡せって頼まれてさ」

 差し出すクリアファイルの中には、数枚のパンフレットが挟まれていた。

 留学を紹介する、学校が作っているパンフレットだ。

「うん、ありがとう……これだけ?」

「これだけ……何、その恨みが籠った瞳は……」

「あのさ、私、病人なんだけど。普通は、お見舞いと称して、何か持ってくるんじゃないの? ホント、セセギは使えないなぁ。ダメダメ人間……」

「そうくると思って、シュークリームを買ってきました」

「そ、それはッ!」

「あの商店街に新しく出来たパフェ喫茶で売っているお持ち帰り用のシュークリーム。いらない?」

「欲しいです! それ、超美味しいよ! 中に練乳を溶かした甘ーいクリームが入っていて、外のサクサクとした生地と超絶合う! あまりの美味しさに、運が良く無い限り、買えないはずなのにッッッ」

「まぁ、色々あって買えた」

「うわぁ、ありがとう! セセギ!」

「さっき使えないとかダメダメ人間とか聞こえたような……」

「空耳ですよ。セセギ君はこの世で最も素晴らしい人間でしてその優しさは天竺をも破壊する、うんそんな感じです」

「後半意味がわからない……。はい、あげますよ」

「あげた! とか言って腕上げたらぶん殴るから」

「そんなつまらないことしねぇよ。どうぞ」

 セセギは私にシュークリームの入った袋とクリアファイルを手渡すと、鞄を持ち直す。

「あ、セセギ」

「何?」

「あのさ……うちに」


 
























 リンちゃんのこと、好きだから。

 リンの幸せ、壊したくないもん。例えそれで、私が幸せになれなくたって、いいわけ……ないけど、でも、リンの幸せは絶対に壊したくない。

 リンよりも、私は幸せになるから。

 だから。

 セセギには、何もしない。

 ってか出来ない。

 そのシュークリームだって、リンと一緒に買ってきたんだよね。私があのパフェ喫茶のシュークリームを好きだって、リンは知っているもの。私のために、リンは選んでくれた。ありがとう。

「うちに?」

「えっと、その……セセギは、リンちゃんのこと、泣かしたら、駄目だから」

「……はぁ?」

「告白受けて、付き合っているんでしょ」

 言った途端に、セセギの顔は見る間に一遍した。強い猜疑心の色の包まれる。「な、なんで?」

「セセギとずっと一緒だったんだよ。今日のセセギ、ちょっとおかしいなぁ、と思ったから、そのかまかけたの」

「そ、そう……。まだ何か余韻があるのかとビビった……」

「余韻?」「何でもない。こっちの話。……あぁ、そうです。リンに告白されて、その……受けて、いいよと、言って」

「へぇ、あんなにリンちゃんのこと憎んでいたのに付き合うとか、面白いねぇ、何があったの?」

「お前が言っていただろ、零から始まる物語もあるって。正直、俺はリンのこと、料理が上手い程度しか、わからない。あと、世界観的におかしいとか、よく泣いたり、小さい割には強い行動力があったり……。そのくらいだけ。まともに会話すら、していない、かも。一時期全力でリンを攻撃していた。でも、リンはめげずに、むしろ更なるパワーで俺に迫ってきた。……何か言いたそうだね」

「少しって言っている割には結構知っているし、リンちゃんがめげないのはリンちゃんがドMだから……とツッコミたかったけど、セセギが真剣に語っているから言うのやめたの」

「……それで、俺はそのリンの無限のパワーを秘めたところは、尊敬している。共感も出来る。そこが、凄い気になって、いたんだ。ずっと気づかないフリをしていたのかもしれない。やっと、今になって、その部分を理解した。それと、料理で心変わりをさせるところも、素直に尊敬する……。今でも、リンのお弁当を食べたくたまらないから……」

「まぁ、そう理屈を並べなくても、素直にリンちゃんが可愛くて胸大きくて欲情するから、と言ってもいいんだよ」

「それはお前だろ……。とにかく、だから、付き合った」

「試しに?」

「そこまでクズじゃないよ。本当に、今は好き、かもしれない。リンは可愛いよ、愛おしい、とても」

 そこで、私は笑ってしまった。

 セセギの発言が赤裸々だったからではない。

 最初から、無意味だったから。私がセセギを襲い、関係を持とうとしても、セセギはそれを拒否する。セセギは、結構単純で青くて男子特有の幼さを持っている、まぁ普通の人間だけど、そこまで馬鹿でもないし、間違った行動を犯すはずが、ない。

 私は、それを一番よく知っているはずだったのに。

 いくら熱で頭をやられていたからって、私は馬鹿だなぁ。最低だ。ごめんね、セセギ、それとリン……。

 二人は幸せになってね。

 私の作った二つの世界みたいに、絶対にならないでね。

 ――私は、二人よりも絶対に幸せになるから。

「笑い過ぎだろ……」

「ごめんごめん。そうだね、もしも今後二人の関係が続いて、結婚式を挙げるのなら、絶対に私を呼んで! スピーチしてあげる。そこで叫ぶんだ! リンちゃん、私の元へ戻っておいで! と」

「冗談だよね」

「えぇ、もちろん」



 


 

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