A3 その12 『お弁当』 極
▲極立ぴかリ▲
『セセギ君とお話が、したいです』
と、メールを送った瞬間、私は後悔しました。何故なら、セセギ君のケータイの電話番号とメールは知っているのです。話そうと思えば、こちらから声をおかけになれば、いつでも可能です。
――しかし、そう思いながらアドレス帳を開き、セセギ君の番号を探り当てたところで、指が動かなくなります。
今は、九時を回ったところです。高校生なら確実に起きている時間でしょう。もし、今電話をかけた場合、きっと出てくれるはず、です。
しかし、一体何をお話したら良いのでしょうか……。
共通の話題……。
アマネ。
セセギ君なら、私に負けず劣らずアマネについて情報を得ています。当たり前です、セセギ君はアマネのこと大好きですもの。
私だって、アマネのこと好きです。
――性的な意味ではなくてッ!
――愛は愛でも違いますッッ!
――アマネの想っている愛ではありませんッッッ!
……はぁ、はぁ、今、そう述べないと、アマネが次元を乗り越えて私まで迫って来るような、そんな恐怖を受けます。そんな漫画みたいな超能力、絶対にありえませんけど。
私は、アマネの生体について、たくさん知っています。文才があれば、一冊の本にまとめられるくらいにです。
なので、アマネの物語をセセギ君と語り合えば、確実に盛り上がるでしょう。一気に、仲が進むかもしれません。
しかし、それは、セセギ君の口からアマネの魅力を語られるという展開です。私を褒めて下さるのなら、もう有頂天ですし、貶すのならそれはそれで有難いです。ただ、アマネをセセギ君が語るのは、私は耐えられるのでしょうか。
きっと、セセギ君は、私には絶対に向けないような優しい瞳で、語るのです。
笑顔で。
楽しげに。
興味はあると言って下さいました。しかし、それはアマネに比べたら、本当に小さくて比べるのも烏滸がましい差があります。
本当に、私、最低な人間ですね……。
クズです。
嫌です。
もう何度も悩んだはずなのに……、アマネにも謝ったはずなのに……、何度も私の中で私を納得させようと必死に必死に喚いたはずなのに……。
アマネが、
セセギ君の近くに存在することが、許せません。
アマネから、返事はありません。よく考えたら、アマネも、今の私と同じ思考をしているのかもしれません。アマネは、そうです私を愛しているのです。私は、その事実から逃避を行う癖があるのでよく忘れます。故に、先ほどもメールを送ってしまったのでしょう。アマネのことです、怒ってしまい、ケータイの電源を切ってしまったかもしれません。返事が無くて当たり前です。
メール……もありましたね。
セセギ君にメールを送ってみるという手もあります。
しかし、一体何を送ればよいのでしょうか?
共通の話題。
アマネ……(略)……許せません!
また、私の中でループしています。何度も、アマネを憎んでいながら、アマネから離れるわけにはいきません。親友です。あちらは、私を犯そうとしていましたが、とにかく親友です。本当は、アマネに留学してほしくありません。ずっと、一緒に居たいです。
本当に、嫌です。
行かないで下さい……。
ですが、アマネの決心は強靭です。
最初は、私から逃げるためだったかもしれません。ですが、今はもう、自らの夢のために、留学を決めたと、アマネは私に教えてくれました。
気持ちよく、送り出したいです。
……という想いだけはご立派で、きっと、またアマネに留学の話を聞かされた場合、またみっともなく泣いてしまうでしょう。
アマネがいなくなれば、セセギ君の隣が空きます。そこに、私がするりと入り込めば、私の理想となりうるはずなのに……。
私、我儘過ぎですね。親に甘やかされて育てられ、性格もあまり成熟せず、子供っぽいところもあるので、全て欲しいと願ってしまうのでしょう。
「うーん」と大きく伸びをしてから、「はぁ」と脱力をしました。
「もしもし?」
という声が、頭の上から聞こえてきて、心臓がドギャン、と破裂しかけます。刹那その声の主を、私の脳が導き出して――相手は、セセギ君?
セセギ君の声が、頭の上から響いてきました……。何故です? これは夢ですか? 私は何時の間にか眠ってしまったのでしょうか……。
と、あたふたしながら視線を散らすと、見つかりました、私のケータイです。先ほど、セセギ君の番号を開いた画面で終えていたのですが……どうやら、腕を伸ばして、押してしまったみたいです。
「おーい、誰ですか? 悪戯かぁ?」
セセギ君の不機嫌な声色が響いてきます。あぁ、と少しうっとりしながらも、私は即座には出れ……ません。
一つ、
二つ深呼吸をしてから、ケータイを握りしめました。
「あ、あの、セセギ君」
「え……あぁ、リンか」
「こんばんは」
「……こんばんは。何か用?」
「あ、あのあの……その」
何か喋ろうとしても、頭と口が乖離して、言葉が出て来ません……。
「ごめん、しっかり喋ってよ。もしかして間違い電話?」
「違います……。今、お時間大丈夫でしょうか?」そんな質問するのは非道くありませんか。逆にやる気? が噴き出てきて、私は声を強めました。
「大丈夫だけど……」
セセギ君の声には、いつものような覇気がありませんでした。まるで刃毀れしたナイフのように、鋭さが皆無です。
「セセギ君、体調が悪いのですか?」
「いや気分が悪いだけ」
「あ……わ、私が電話をかけてしまったから、ですか?」「そうだよ」「ご、ごめんなさい」
さっと、肝が冷えます。
薄らと視界がかすむかのような、絶望が私に降りかかります。先ほどまで私の中にあった、セセギ君と楽しくお話する、という期待が、粉々になってしまいました。
「ごめん嘘」
「ふぇ?」
「今日ちょっと大変な事件に巻き込まれてさ、疲れたの。別に、お前の電話は関係ないよ」
「そ……そうでしゅ……すか、あはは……ひ、非道いですね、セセギ君」
「……もしかして、泣いてる?」
「な、泣いてなんか……いませ……んよぉ!」
どう聞いても泣いてますね。「あ、ごめん、冗談で……。つい調子に乗ってしまった」
「私はぁ……な、泣いていません!」
と、私が宣言すると、「そう、だったらいいか」とセセギ君は冷たく言い放ちます。
「セセギ君、口……悪いです。冗談でも、そんなこと良く言えますね」
「だからごめんって。その事件が大変苦しくてさ、人に毒吐いて精神を保ちたい気分だったから……」
「それにしても、最低です」
「ごめんなさい。ほら、このやりとりもう膨らませようがないから、話変えよう。で、なんで俺に電話を?」
「そ、それは……あの、明日、お弁当を作ろうと……想っていまして」
え?
何?
私は一体何を、言っているの?
……い、言ってしまいました。
でまかせです。
今、咄嗟に思いついたのです。まだお弁当を持っていくのには時間が必要と思っていただけに、それを口出してしまった私に驚きです……。
「へぇ、自分のを?」
「……セセギ君のも」
「お弁当を作れる自分のアピール?」
「そ、そうですよ。私が、セセギ君のためだけに、一生懸命作ってあげるのです。普通、ありえませんよ、こんなこと。大体、セセギ君があの時お弁当を作ってくれと言ったから、それが始まりでして、明日もパンだと可哀想だと思って作ってあげようともしているのです。何かリクエストとかありますか?」
途中でわかがわからなくなりながらも、必死に言えました。
「から揚げで」
「……か、から揚げ?」
「そう。聞こえなかった?」「て、てっきり、セセギ君なら、キャビアとかフォア・グラなどと意地悪を言ってくると身構えていたので、驚いただけです」
「い、言うなぁ」
「セセギ君には負けます」
少しの沈黙が続きます。
私の心臓は、もう何やら爆発するみたいに轟きを繰り返していまして、電話口に音が響かないか気が気ではありません……。
「俺も、お前に言いたいことあるから、ちょうどよかった」
「私に、ですか?」
「そう。会って話がしたい。それじゃあ、昼に屋上で……よろしくね」
「は、はい……。あ、から揚げの他に、何か食べたい料理ありますか? グラタンなら、今日の残りが……」
「うわぁああああ! 辞めて、ドロドロしたのは辞めてください! から揚げと、ドロドロした物体以外で頼む! いいか、絶対にドロドロした白い物体は駄目だ! トラウマなんだよ」
「わ、わかりました」
電話は切れました。
私は吐き気を催すほど、疲れます。ぜぇぜぇと息が切れ、体は震え、酸素が足りません。
何度も深呼吸を繰り返し、ふと、自室の扉を眺めると……。
――開いています。
隙間が……。
ギラリ、と光るのは……私の母の瞳です。
聞かれていました。
「会って話がしたい、かぁ。リン、一体何のお話でしょうね?」
「お母さん、よく聞こえていたね……」
「そりゃ、リンに張り付く悪い虫の羽音だもの。耳障りな音ってよく聞こえるものなのよ」
「あははは、お肉あるよね?」
「まだまだたくさんあるわ」
セセギ君のお弁当を作る前に、立ちはだかる母をどうにかしないと、私は前へと進めないようです。




