A3 その11 『輝く炎』 大
▲大正儀セセラギ▲
キトの言う通り、ピッタリ十分経過すると、メイは戻って来た。
……何故か、さっき会った時よりもムスッとしている。キトが怒った時(理想のJKに出会えなかった時はイラついている)のように、妙な迫力を醸していた。
「終わったのか?」とキトは問う。
「終わったから……来たの。馬鹿?」とキトに蔑みの視線を投げてから、俺に視線を合わせる。キトに負けず劣らずの鋭い瞳に、思わず心臓が鳴った。
「そんなに、驚かないでくださいよ。傷つきます」
「え、いや、別に」
「キトにぃ……さんが、がキモイことして、今、私にはセセギ君の音が聞き取れないけど、私はもうデフォルトで人の心情が読み取れるくらいなっています」
「恐ろしい……」とキトは呟くように言った。
「人のこと言えないでしょ」
「ちなみにセセギ、メイは僕のことを普段はキトにぃ、と呼ぶんだが、今は照れていたのか、キト兄さんと言った。ウケるだろ」ガンッ。
「死ね。マジでキモイ」
メイの片手には、固そうな鈍器が握られていた。……金槌かな? うん、それで、キトの頭部を殴った……。
いや、
ちょ、……え、マジ、ですか?
真っ赤な血が噴水のように噴き出て、キトは顔面から落ちた。ズガン、と頭蓋骨が床に衝突した音が、鈍く響き渡る。
「それで、セセギ君、私にお話しって、なんです?」
メイは俺に質問する。
俺とメイの間には、キトが倒れ、頭部から血を垂らしながら床を吹いていた。自分の血、だよ……。
「あ、それよりも……キトは、大丈夫なの?」
「この程度で死ぬ僕ではないよ」
「でも結構頭、陥没しているんだけど……」
「急所は外したからな。やれやれ、メイはすぐにヒステリックになるから困る」頭って急所じゃないの?
「テメェがキモイからだろ。ったく、こんくらいじゃコイツ死なないから恐いよ」
うん、本当に怖いです。
キトは、床を吹き終えると、頭を左右へ振った。すると、頭部から血が消え、陥没も収まっている。
「な、治った……」
「僕が死なない世界を導き出したからな、問題無い」
あぁ、本当にキトを背後から襲わなくてよかった。意味無かったんだね……。もうコイツ無敵過ぎだろ。
「キトにぃは、もういいですから、その質問、教えてください」
「えっと……」
いざ、言葉にしようとすると、口の中で文字として精製するのが難しい。「何て言えばよいんだ……」
「私が……腐女子だから、来たんですよね」
「うん、そう」
「ってことは……もしかして、セセギ君も、そっち系の趣味があるんですか?」
「セセギは違う」
「あ、そうだね、さっき聞いたっけ。じゃあ、同性愛に興味ありって、もしかして……」
「そう、女性同士、の話」
「うーん、百合かぁ」「百合?」「女の子同士の恋愛を、今は百合って言うんです。レズビアンとかもあるけど、それはガチというか、思春期の女の子がきゃぴきゃぴして恋愛ごっこ? みたいな軽いノリを百合と表現してますね。へぇ、百合ですか」
「いや、あれは……百合なのか?」
リンを狙うアマネ。
捕食する勢いで、アマネはリンに迫っていた。この前なんて、もし俺が屋上へ向かわなかったら、リンは……。
と、俺が一人思案していることなんか露知らず、メイは回転するかのように口がパクパクと高速で起動して、めちゃくちゃ喋り始めた。
まるで独り言をつぶやくかのように、口を機械のように動かしている。
傍らに置いてあったクッションを抱きかかえ、檻に捕えられた囚人の如く呻いている。
狂ったかのように。
「確かに今の主流には百合要素は確実に入っていますからねー。普通のハーレムモノにも主人公の周りで女の子同士で勝手にいちゃつき始めるし。あと最近多くなってきたのが、男完全排除ですね。で、あまりドロドロとした関係にはならず、浅ーいゆるーい百合をダラダラと続ける。私は百合は可愛いと思いますけど、興味は無いですね。ギャグが好きだから漫画は集めていますけど、女性声優なんか興味皆無ですからアニメは知りません。少し前に流行ったアニメは、難しい要素を完全に排除して、ダラダラとライトな方々にも見やすいアニメで、原作は百合描写がありましたけど、アニメだと削られ、ただの友情、程度に収まっていました。あぁ、そうだ、最近は女児向けアニメの百合が激熱ですね。女児向けアニメは、ターゲットが幼稚園から小学生に入るまでの間なので、その年代ってあまり恋愛とかわからないんですよ。誰々が好き、という話を展開すると、それは小学生以上になってしまう。なので、自然と男子が淘汰され、残された女の子たちが、楽しく騒いでいる。男性の理想とする女性像ではなく、現実に有りそうな女の子同士の友情は、今は結構アニオタも気に入っているみたいですね。かくかくじかじか」
十五分。
俺とキトが唖然とする中、メイは喋りに喋りまくった。俺は途中からわけわからなくなったが、メイはそんなの気にせず、語り続けていた。
その目には、白金の如く輝く炎が燃え盛っているかのようだった。
「あの~、メイ、ちゃん?」
「……所謂、男性同士の恋愛には、夢があるんです。現実ではありえない世界を導き出せる。完全無欠の自由で、それが面白ければあり! となる理想の世界でして」
「おい、メイ、セセギが……あと僕も困っているぞ」
キトがパン、と手を叩いて音を鳴らすと、メイの目から光り輝く炎が消えた。
「ふぇ? ……あ、ご、ごめんなさい。私、スイッチ入っちゃうと、もう自分の頭の中で文字がグルグル回っちゃって、口から血の泡吹くくらいに、暴走しちゃうんです……」
「それは……」キトが高い頻度で似たような姿になる……と言いかけてやめた。多分、またキトは殴られる、そんな気がしたから――。「突然で、驚いた……。あはは」
「で、セセギ君は、百合に興味あり、なんですね? アニメとか見ます?」
「いや、もう見て無い」最近見たのは、某国民アニメーション映画くらい。アマネと一緒に見に行った。
「だったら漫画は読みますか?」
「一応。立ち読みするくらいには。好きな少年漫画は、コミックス買っている」
「うーん、免疫が零の人ですか……」
「免疫?」
「萌え系の漫画や深夜アニメなどを見ても、気持ち悪い、と拒否反応を示さない免疫です」
「はい、そんなもんないです」
「これが無い人に勧めるとドン引きされるから困りますよ。ふぅ、でも、百合に興味があると。だったら、小説とかは読みます? ライトノベル……も、免疫が必要だから除外で……ちょっと特殊な……普通の小説だけど、百合よりというか、ガチレズというか……それで……」
「ごめん、ちょっとタンマ」
「はあ、何です?」
「メイちゃんは、勘違いしている。俺は、別に百合に興味があって、その百合の作品を読みたい、というわけじゃないんだ」
「……どういうことです?」
「同性愛とは、一体何なのか、と俺は聞きたかったの」
メイの無限に続くと思った言葉を浴びたから、少し頭が重い。ぼんやりと、視界が揺れてきた。
その中で、メイは「そんなの、言葉通りです」と答える。
「同性を好きになるって、ありえるの?」
「ありえると、私は想いますよ。人それぞれです。生物学的に見たら、おかしいと思うけど、生物だって完璧ではなくて、どこかズレたりしていたら、そうなるかも」
「ズレ?」
「それか、幼い頃のトラウマ、とか。例えば、幼少期の頃に身に起こった出来事が、強烈なダメージとなって、精神に刻まれる。例えば、よく親がだらしない人の子供って、グレたりするじゃないですか。あれって、子供が自分の両親に向かって、サインを送っているんです。これ以上僕を虐めないで、って。そういう幼い頃のトラウマで、ズレが引き起こされて、同性愛者になってしまうとか。……ネットで、書いてありました」
ふつふつと、また、メイの瞳に白金の炎が灯り始めた。
う、これは不味い展開だが、俺は意を決すると、メイに問うた。
……問うて、しまった。
「どうして、メイちゃんは、同性愛を好きなの?」
「私が好きなのは、BLです」「ビーエル?」「ボーイズ・ラブ。結構人気あって、私は一つの作品に夢中になってから、色々と手を広げています。私がこの声を聞きとれる力を備えたのも、BLが原因です。ある日、私はネットの無料動画サイトで、当時ハマっていた普通のアニメの動画が置いてあったんです。私はそれをアニメと勘違いしましたが、同人作品でした。とある女性が書いた物語に、声優の卵が声を当てた作品が、流失したものです。内容は……当時の私にはショッキングな、ボーイズラブなお話でした。三人のイケメンが登場するんですけど、その三人を題材としたストーリィです。私は、未知の世界に興奮し、そして恐怖も受けます。だって、内容が寝取られモノだったから……。三人のうち、二人は付き合っていたのですが、実は、一人が浮気をしていて、ある日、アパートに帰ると、部屋の中から音が聞こえる。驚いて耳を澄ますと、その中から……。という展開でした。衝撃が、私の体を走ります。その時、その時点で、私は、BLに強く興味を轢かれ、今に至ります。能力開花も、その日、そのアパートの中で行われていた展開を、もっとよく聞きたいと、街の中にあった小汚い公園で考えていると、備わったんです。はぁ、先ほども言いましたけど、BLは自由なんです。何をしても、それは同人の世界の妄想だから、別に問題有りません! あと、やはり女性が絡む恋愛って、少し生々しくて疲れちゃう。その点、男性同士の恋愛の場合は、ゆるゆるに書いてもいいし、ドロドロにしても大丈夫。最後には限りないハッピーエンド、それが私の求める作品です」
「それじゃあ、その、同性愛――BLを好きなだけで、同性愛については、深くわからない、か」
「さっき言った、ネットで聞きかじった程度の話くらいですわかるのは。あとは知りません。てゆうか興味ありません」
そこで、メイはふぅと溜息をついて言葉を切ると、今度はキトを睨んだ。
「ねぇ、キトにぃ」
「僕は話に混ぜなくて大丈夫です」
「聞け変態。あのさ、セセギ君の防御外してくれない」
「……お前に、全て包み隠さずさらけ出せ、と言うのか?」
「うん。ちょっと聞きたいことがあるから」
「セセギの了承を撮らないと」「いいよ。なんか、ここまで言えば、メイちゃんもわかるでしょ、俺が今日、何故ここに来たのか」
「はい、何となく。その真相、もっと知りたくて、あと、私なら、その本当の気持ちを掬い取れるかもしれません」
「キト、頼むよ」
「突然能力バトルラノベみたいな展開になったが、わかった、外すよ」
キトはケータイに触れると。ぷん、と小さな音が広がった。途端に、俺の周りで小さな音がパチパチと喚いていく。キトが囲っていた、不思議な世界が切り替わったんだ。
……自分で言っといてあれだが、世界が切り替わるとは、何?
「セセギ君は、好きなんですよね」
「そう」
「……はあ、だけど、諦めた」
「うん、ってかそこまでわかる?」
「私の力を甘く見ないでください。声の質から声色、音の震えや、心臓の高鳴り、血液の脈動、発汗時の音、それらを経験で学んでいるの。だから、少し相手を見ただけで、心が読めちゃいます」
あっけらかんとメイは答える。
この子すげぇ、と驚くばかりです。
「今日ここに来たのは……。知るため、のつもりでしたか」
「そう、だけど」
「本当ですか? 違う……。セセギ君は、今日私に会いにきたのは……確認?」
「何を?」
「あの、質問する側が逆です。私が、問うているんです。私が能力あるとキトにぃから聞いて、もしかしたら、と期待を込めて、来宅した……。あ、そうなんですか」
「いや、そんなこと」
「間違いありません。と、セセギ君は答えています」
決めつけるようにメイは答えた。
「だから、俺は……。待ってよ、だったら、俺は何故?」
「……さぁ、それ以上は、私にはわかりません。ただ、セセギ君には理由があり、私を訪れた。これは間違いありません。でも、ごめんなさい、これ以上私には言えないと思います。同性愛についても、何も言えません」
メイの言葉は、やけに冷ややかだった。まるで、これ以上続けるのは嫌だと、拒むように。
「そっか」
と、答えながら、妙な安心感を俺は抱いていた。これ以上、メイに心を読まれると、俺の奥底で蠢く何かが引っ張り出されそうで、恐かった。
「一つだけ、セセギ君……」
「何?」
「自分で、聞いてくださいね。それ以外、セセギ君の物語は、決着を向かえないと思います」
メイの言葉が終わった途端、俺の視界がぐらりと揺れた。
え、と思った時には、俺は床へ倒れていた。
「あの……これは」
目が覚めると、俺は……何故か椅子に座っていた。普通に座っているだけなら別に何とも想わないんだけど、両手両足が縛られている。しかも、……上半身裸だ……。
「キ、キト、何してんだよ」
「すまないセセギ、これは取引なんだ……」
部屋の隅で何かをグルグルとかき混ぜているキトは、俺の視線から逃げるように顔を背けて言った。
「ごめん自体が全く呑み込めていないよ、俺は!」
「あと五分ほどで、メイの親友であり、同じサークルを営む、カクゴが家に訪れる。そのための準備なんだ」
キトがこねていたそれは……半濁とした液体だった。「何それ」「ヨーグルト」「料理? え、デザート?」
「カクゴは、メイからの連絡を受け、君に睡眠薬を飲ませた。先ほどのジュースだ。だから、君は先ほど、意識を失ったんだ」
なるほど、だからさっきからクラクラしたのか……。
「で、何故俺は縛られているの。上半身裸でさぁ」
嫌な予感がする。
とてつもなく、ヘヴィ級の嫌な感じ……。
「来週の日曜に、イベントがあるらしいのだが、カクゴはスランプに陥っていた。何か、良い題材はないか、と。そこで、君が訪れたのを知ったカクゴは、君を押さえつけるようにメイに命令をして、今に至る……」
「そ、そのヨーグルトは……」
「カクゴ曰く、セセギの凶悪な目つき男子が、逆に襲われている展開が欲しいと。三次元的な観点から観れば、もっと多角的な面で立体的な作品が作られるのかと、カクゴは思ったらしい」
「い、いやいや、な、なんでお前がそれを手助けする……はッ」
「メイとカクゴから、JKについて色々と情報を貰っていてね、その恩返しさ。あと、基本的に君の役目は僕が担っていたので、その代わりが出来たので……。まぁ、このヨーグルトを頭の上からぶっかけられるだけだから、そこまでひどくないよ。ただ、最高にみじめなだけだ。まぁ、JK二人に襲われると考えれば、君がMなら興奮するかもしれない」
キトの表情には、辛く陰湿な狂気が伴っていた。自宅でホモのエロ本を作る妹に、その題材にとこき使われるキトは、可哀想だと一瞬思ったけど、まってよー、なんで俺がその標的になってんの!
「キト、冗談だよな」
「何があっても、俺を責めるな……。と、メイの範囲に入る前、僕は言った。だから、君に口答えする権利は……無い」
背後の扉が開く。
振り向くと、頬を捻じ曲げたメイと、あと……カクゴの姿があった。美少女のクセに、ゆらゆらと真っ赤なオーラを靡かせて、俺を睨みつけていた。「ちなみに、メイをBLへと引き込んだ作品を作ったのは、カクゴだ」
あぁ、そんな情報いらん、ってかマジで勘弁して……。
うわぁ、
うわぁぁ
あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。