A3 その五 『読心術』 △
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セセギは、キトの背後を辿るように歩いていた。
キトの自宅へ、向かうためである。放課後となり、先ほどのアマネとリンの絡みを通り過ぎ、校舎を抜け、校庭を通り抜け、部活動に励む生徒を避けて、進んでいた。
セセギは、何度かキトの自宅へ赴いた経験がある。対戦型のゲームで遊んだり、アマネがいなくなって寂しくなったセセギが、訪れたりと。
だが、その時に、キトの自宅で、キト以外の人間に出会ったことはない。両親は仕事でいつも遅くなるようだが、もう一人、妹がキトの自宅には存在するはずであった。
また、キトの自宅に訪れる場合、キトの許しを得ない限り、侵入を拒まれていた。
セセギは、何度か理由を聞いたことがあるが、そのたびに「妹が友達を呼んで遊んでいるから、遠慮してくれないか」という言葉を返していた。それも、慇懃な頭の下げ方をしてである。その改まった態度に、セセギは反論を唱えることが出来ず、また妹の邪魔は悪いよな、と思い、特に文句を言うことは無かったのだ。
キトと出会い、妹の存在をセセギは幾度もキトから語られたこともあり、理解してはいる。しかし、姿を見たことは一度も無かった。
――もしかして、コイツの妹って……妄想の人間じゃないのか?
と思った瞬間、キトはグルリと首を廻し、セセギを睨んだ。「セセギ、それは絶対にありえない。正真正銘、僕の妹はこの世界に存在している。もちろん人間だ。宇宙人でもない。普通の人間で、女性で、妹だよ」
「そ、そう。あと、勝手に俺の心を読まないで」
その言葉に、キトは一瞬顔が青ざめた。
「君の猜疑心に塗れた針のような鋭い視線を浴びていれば、誰だってわかるさ」
そこで、キトは立ち止まる。
ふぅ、と溜息を放つ。
セセギは、この姿をキトが見せたら、声をかけて欲しい、と理解しているので、口を開いた。
「お前の妹……メイちゃんも、同じく能力者、何だよな?」
「そうだ」
「……なんだろう、君のド変態な姿を知っているし、現在全世界を混乱の渦に巻き込んで第四次世界大戦が開かれそうな雰囲気でヤバいのはわかってるんだけど……うわぁ、お前が世界最強って認めたくねぇ……」
「ちなみに、第三次世界大戦は、僕が止めたよ」
「この前の隕石、だろ?」
先日、某国が某大国の制止を振り切り、核ミサイルの実験を行い、成功させた。そこで留めて置けば良いものを、なんと今度は世界中目掛けてミサイルを連射し、世界は核の炎に包まれる。
はずであった。
この世界には、キトという人間が存在する。
キトは、JKを傷付けるわけにはいかない、と己の能力をフルに活用させた。地球の周りを飛び交うミサイルを消し去り、人々に降りかかる災難を全て消し去った。だが、地球を覆っていた不安の気持ちは取り除かれず、それにより、JKが不幸な精神を背負ってしまうのはどうしても避けたいと、キトは考えた。その解決策として、世界中の人間の記憶を書き換え、世界は戦火に怯えていたのではなく、突然の隕石落下にショックを受けた、という記憶を植え付けたのである。
あの隕石は、本当はミサイルである。間一髪のところで、キトは次元の彼方へ吹き飛ばした。
一応、怪我人が出たなどニュースで流れてはいたが、あれも嘘である。信憑性と、恐怖によって人の思考に強く植え付けるための作り話であった。
それを、セセギはキトから説明を受けたのであった。だが、現在は、先の宇宙人のもたらす凄まじいテクノロジーが世界中で話題を呼び、各国家が我先にと協力を申し出て、それにより強い摩擦が生まれてしまい、危険な状態であった。
「で、お前の妹まで、能力者なのか……」
「僕よりは、スケールの小さな能力だよ」
「へぇ、だったら」「だが、油断は出来ない。それに、メイは、僕の妹である。それが問題なんだ」
「なんで?」
「メイは、今現在、JKである」
「JKってことは、……可愛い女子高生? へぇ、兄馬鹿を除いても?」
「あぁ、我が妹ながら、素晴らしいレベルを保っている」
「……危険だね」
セセギの言葉の裏に潜んだ意味をキトは理解した。
「だが、兄妹という本能で締めくくられた関係は凄まじく、僕は、妹を可愛いと認めるが、それは、兄的な気持ちであり、君が想像する間違いを犯すと、微塵も考えたことはない。考えられないんだ。君は、自分の母親に対し、欲情するか?」
「いや、絶対にしないできないありえない」
「だろ、それと同じだ。人間は、そういった間違いを犯さないように、本能にプログラムが施されているんだ。故に、僕は妹がどんなに可愛くても、何も起こさない」
「写真も撮らないの?」
「撮らない」
「マジで?」
キトは、掌を上へ向けて頷いた。「正確には、撮れない。頭の中で、ブレーキが入るんだよ。故に、メイに対しては、能力が上手く働かない……。能力が使えたとしても、撮らないがな」
「撮っているとか言っていたら、俺は正直、お前を蔑むよ」
「それほどまで、僕は堕ちてはいない。さて、その能力だが……」
キトの隣を通り抜けようとしたセセギを、キトは腕を伸ばして制した。
「何?」
「これ以上は……メイに気づかれる……」
「えっと、……能力で?」
「そうだ」
キトは一歩、二歩下がり、ケータイを取り出すと、画面を弄り、アプリを立ち上がらせる。
「よし、大丈夫だ。まだ、僕が家に向かっていると、気づいてはいないな」
「いや、ここ、お前の家から、五〇〇メートルは離れているよ」
セセギの言う通りである。以前、セセギがキトを背後から殴ろうと計画していた細い路地を抜け、後は住宅街の一本道で、その先にキトの自宅が聳えていた。
「何、レーダー系の能力なの?」
「それに近いな」
キトはゆっくりと語り始めた。
「メイの能力は、人の心を読める」
「うわ、読心術? 凄いな」
「と、僕は思っていた。しかし、以前、何とかメイに対抗しようと、この世界のアカシックレコーどに介入し、メイを調査したところ……本当の能力は……聴力が人より優れているだけだった」
「聴力? え、でもなんでそれで読心術を?」
「相手の心音や、質問に対する答えの声色、血流の流れ、発汗する際の皮膚の歪み、などなどを聞き取り、それにより、相手の心情を察することを可能としていた」
「は、半端無いな……。嘘つけないってこと?」
「もちろん。ポーカーやマージャンをすれば手の内を完全に読まれ、じゃんけんをする時だって、相手にどの手を出すのか問いを投げかければ、その反応で読むことを可能としている。また、暗闇でも音の反射を頼りに、正確に歩むことが出来るらしく、既に機械のレベルだ。恐ろしいよ」
セセギは、――いや一番恐ろしいのは、やっぱりテメェだよ。
と思ったが、口には出さなかった。
「で、なんで今その話を?」
「それでも、会いに行くのか? まだこの場所なら、会話を聞かれて居なく、君は無事に帰宅できる。しかし、ここを過ぎれば、僕の足音と、その横で蠢く見知らぬ人間の足音を聞き、君に興味を抱くだろう。君の全てが、丸裸にされてしまう可能性だって、あるんだ。それでも、いいのか?」
「他に、聞ける人、いないし。あぁ、そういや、うちのクラスに腐女子、一人居たっけ?」
セセギの脳内を、以前、海でキトが紹介した、元一年スマイル組のJKの一人である、通称――カクゴの姿が思い出された。
「僕には妹が居るのだが、彼女、因果応報、通称――カクゴとは仲が良い。理由? 両者とも腐っているからだ。腐った女子。どこかのオンリーイベントで出会い、そのまま仲良くなり、うちで遊んでいるところで、カクゴに出会い、その人生の意味を知った。元クラスでその秘密を知っているのは僕だけだ。基本二次元と豪語していたが……あ、バレーに興じる男子を、……女神のような笑顔で眺めている……。もちろん頭の中では、モザイクがかかった饗宴が広がっているんでしょうね。水着はブラック水玉柄のビキニにフリフリが腰を隠しているタイプ。その姿、傍目からだと普通に可愛いのに……」
名前 因果応報、通称――カクゴ
身長 170センチ
スタイル なかなか
普段のコーデ アジアンテイストのフェミニン
髪形 三つ編みおさげ
キトさんからの一言 趣味は人それぞれ可愛い
「あぁ、だが、それはある意味問題無い」
「どういうこと?」
「カクゴも、うちにいるはずだから……」
そして、キトは歩み始めた。
カツン、と革靴の音がまるで木霊するように響き渡る。
「あと、セセギ……」
「まだあるの?」
「何があっても、俺を責めるな……」
と、言い残し、キトは足早に進んで行ってしまった。セセギは、その意味深な言葉に、不気味な躊躇を感じたが、意を決すると、足を延ばした。
既に、太陽は沈み、黒々とした空が広がっていた。キトの自宅は、付近にある街灯が妖しく光り、異様な煌めきを伴っていた。
キトのケータイが鳴った。
「メイからか」
「もしかして……」
「誰? と一言だけ書かれているな。コイツは、僕の友達で、通称――セセギ、今日は僕の家に招いた」
「……それで、聞こえているの? まだ五十メートルはあるけど」
その言葉に返すように、キトのケータイが鳴った。キトとセセギは、歩きながら、メイと会話を重ねていく。
『彼女かと思ったww
でも、今日はやめてくれない?
忙しいから』
「メイに、相談があるんだとさ」
『はぁ?
その……セセギさんが?
何故?』
「同性愛について、だ」
と、キトは玄関の前でまるで独り言を呟くように答えると、カチリ、と鍵が開かれる音が鳴った。
キトは重々しく扉を開くと、一人の女性が立っていた。
鬼ノ到運命、通称――メイ。
キトの妹である。兄と同じく、背が高い。艶やかな光沢を放つ髪をポニーテールにまとめていた。頬が、ナイフでそぎ落としたかのようにこけているが、別段不健康という印象は受けず、それらのパーツが、巧い具合に、この女性を善い意味で際立たせていた。真っ黒な瞳が、二重の中で黒い炎のように揺らめき、強い視線で、セセギを見据えていた。
――流石、兄妹。キトと……似たような雰囲気を持っている。なんだろう……あまり言いたくないんだけど、別の世界の生物のような、そんな風格があった。それと、確かにキトの言う通り、整った顔をしている。
「どうぞ」
と、メイは愛想よく笑みを浮かべ、奥へ消えて行った。
キトは、そんなメイの後ろ姿をじっと見つめている。「お邪魔します……。おい、どうしたんだよ、ぼーっとして」
「……メイは、怒っている」
「そりゃ、突然訪れたんだし、質問があるとか……びっくりするだろ」
「いや……あの雰囲気は、違う。それと、僕と君の会話は全てメイに筒抜けだから、おかしな言葉は口走らないほうが良い」
キトはそのまま黙りこむと、ゆっくりと靴を脱いだ。




