X^4 10 夢溢れている
「そういや、あの子と、いつ会ったの?」
唐突に、友人は問うてきた。廻るましく脳内が崩れている俺は、必死に隣に座る彼女との最後の会話を思い出す。
「確か……五日、前」
「……はぁ?」
友人は、眼を吊りあげて唸った。
「だから、五日前だよ。その次の日に、俺は調べようと思ったんだ……」
「えっと、五日……前に、出会った? 今日が二十日だから、十五日に?」
「あぁ」
友人は明らかに俺を馬鹿にした表情で睨んでいたが、次第に、その眼に猜疑の色が浮かんでくる。
「馬鹿にしてんの?」と友人は呆れた口調で言った。
「何が?」
「私がおちょくるから、最後に……いや、それとも、あんた疲れているでしょ?」
「まぁ、仕事忙しいし」「果たせ……予想通り、それで記憶が混乱しているのね。はぁ、焦った」
「どういうこと?」
友人は一瞬言葉を吐きだすのを躊躇したが、不意に宣言した。
「あの子は、半年前に、亡くなっている」
ぞわりと、嫌な予感が俺を包み込む。
「は、半年前? 何言っているんだ?」
「言葉通りよ。でもいい、あんたは脳が疲れて、まともな思考が出来ない。だから、昔の記憶と最近の記憶を混在してしまった」
「そ、そんなわけない。俺は、俺は……本当に、出会ったんだ。五日前……あの駅に居た。付近のカプセルホテルに問い合わせれば、わかるよ」
「言ったね」
俺が番号を教えると、友人は即座に調べた。言葉巧みに色々と聞きだしているようで、その姿に圧倒された。
「……確かに、その駅の付近にあるホテルにあんたは泊まっている。だけど、その駅まで、あの子と一緒に電車に乗っていたなんて、誰が証明できる?」
「誰もいなかったから、不可能だ。でも……既に、死んでいる? それじゃあ……俺が出会ったのは……」
「この子、でしょ?」
友人が示す写真は、あの時の電車に居た彼女そのものだ……。
人違いではない。
何より、あの……懐かしい感覚を、間違えるはずが……ないッ!
「こ、この写真は? つい最近まで登録してあったんだろ?」
「風俗の名簿にあったものよ。でも、その店は摘発されて、もうネットのサイトを更新していることは無かったから、この子の写真が残っていた。ほら、よくあるじゃない、管理人が突然更新するのを辞めたブログとかサイト。あの時間が止まった世界。あれよ」
「……俺が見たのは、一体……」
「えー、もしかして、あんたが出会ったのは、あの子の幽霊ってわけ? 超こわーい! まぁ、でも幽霊になるのもわかる……か。地縛霊って奴?」
「そんな、馬鹿な話が……」
「だったら、あんたの記憶違いか、タヌキに化かされたか。超能力者の闘いに巻き込まれて次元が歪んだか……。ふふ、最後に面白いオチがついたね」
そう言って、友人は立ち上がった。「それじゃあ、私、帰る。これ以上怪談話に付き合う義理は無いし、私が語るお話は……あ、一つあった」
友人は、鞄から封筒を取り出した。かなり分厚く、どさっと音を立てて、テーブルに置く。
「これは?」
「あの子のアパートで、大家にお話しを伺っていたらね、この封筒を頂いたの。何でも、彼女が死ぬ間際に、大家の部屋に訪れて、渡したんだってさ。私を調べている人がいたら、渡してください、と頼んだみたい」
「……中身は?」
「小説。くっだらない夢溢れているキチガイな話」
「どうして俺に?」
「そりゃ、あんたの名前が出ていたから。……それと、アイツのも……」
「アイツ?」
「ほら、あんたが昔、一人勘違いして彼氏だと思いながら一緒にいた女、だよ」
「あ……あぁ」
その言葉で古い記憶が蘇る。「アイツさ、宇宙飛行士になって、テレビタレントとして更に人気も出て、今は都知事を目指しているんだっけ。しかも、当選確実とか言われてんの」
「アイツは、何でも出来る凄まじい人間だった。それくらいのこと、簡単にこなしそうだよ」
「ホント、恐いくらいに凄いよ。さて、今度こそ本当に帰ります。さようなら、奥さんによろしく言っておいてね。子供の躾とか、相談したいからさ」
「子供? お前、だって」
「あ、そうだ、あんたの奥さん気を付けたほうがいいよぉ。何だか、私とねぇ、似た匂いがするの。故に、気が合うんだけどね」
外では、いつの間にか雨が降り、真っ赤な閃光が鳴り響いている。




