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四話 極立ぴかリ

0909修正。

 ▲極立(きょくり)ぴかリ▲


 極立ぴかリ、通称――リン、と申します。先月十七歳になりました。母親譲りのプラチナブロンドを首元まで伸ばしています。母がハーフでして、私はクォーターです。両親は共にすらりと高身長ですが、私は平均を下回ります。しかし、その事実に対し、悔しみを抱いたことはありません。何故なら、更に人の注目を浴びてしまうからです。

 私は、如何なる問題が起きようと、物心ついた頃から……いえ、生まれた時から、今日に至るまで、人に怒りをぶつけられたことはありません。母、父共に私を溺愛します。常にお互いストップウォッチを片手に三十分経過するたびに、あやす係を交代したそうです。両親の溺愛は、理解出来ます。微笑ましいは度合いによって異なりますが、普遍的ですよね。しかし、私の場合、その愛は両親や親戚だけに留まりません。友人、学校の先生、街の人々、見知らぬ街ですれ違う方々、それら全ての人間が、私の味方となるのです。奇妙でした。更に、私だけが依怙贔屓される不公平な世界が生じても、咎められることは一切ありません。逆に校庭されます。誰もが私の味方となり、私を正義と示すのです。

 容姿が、特徴的だからでしょうか? 私は一般的な日本人とは少し違います。白人の血が流れているので、よく西洋人形みたい、と言われます。二重で、瞳の色は薄らと緑色に染まっています。周りの方々からは可愛いとよく持て囃されますが、私は自身はただの童顔と思っているので、もっと彫が深く、シャープな顔つきになりたいです。

 男性に邪見に扱われたことは皆無です。また、女性も私を可愛がります。老若男女は関係ありません。それと、私が存在する空間では、人の優劣に基づく非道は消え去ります。例えばイジメがあったとしても、私がその対象に近づくだけで、誰もが友好な関係を築くことを誓い、イジメは急速に収まります。

 誰もが、御世辞や甘言ではなく、心の底から私を「可愛い」と明言します。

 それ故に、私は考えます。もしかしたら、私は何か“力”を持っているのでは、と。もちろん冗談です。と、申したいところですが、人を狂わす力が私に備わっていると仮定すると、私を中心に引き起こる現象に説明がついてしまいます。それも、私を愛するだけに留まらないのです。その愛は段々と暴走を引き起こし、私の周りが壊れてしまう、力。……この考え方は少し子供染みていると感じましたが、私はまだ高校生だからセーフ、ですよね。――一応、名前も考えちゃいました。


極限! 無慈悲慈愛(ジ・アフター)

 

 私は、父の仕事の都合で、幾度も転校を繰り返していました。今度訪れる新しい学校は、近代的で煌々と輝いています。海外に姉妹校を持ち、毎年交換留学を行っているので、異国の方々が多く見られるのが一つの特徴でした。今回は高校を卒業するまでは同じ土地で過ごします。

 教室に入ると、強烈なざわつきが発生しました。無数の歯車が次々に噛み合って高速回転するかの如く、反響が広がっていきます。が、この光景にはもう慣れました。男女関係無く、私を爛々とした瞳で渇望していたとしても、恐怖も歓喜も感じません。

 しかし、この学校は違いました。

 私の【極限! 無慈悲慈愛】が効かない人間が存在するのです。驚き、そして恐怖します。

 何故なら、殺される、と思ったからです。


△△△


 生徒全員が、何らかの委員会に入ることが校則に記されているので、転校初日にして、リンは偶然開いていた図書委員に入るように、と命じられてしまう。その瞬間、朝のHRは激昂した。

「先生ッ! それが本校の校則だとしても、突然リンさんに図書委員につくようにと言及し、更には放課後の会議に出席させるとは……一体全体どういうことなのでしょうかッ!?」

「和堕……」

 リンの図書委員配属が決まった途端、即座に啖呵を切ったのは、このクラスの学級委員を務め、成績優秀容姿端麗スポーツ万能思いやりがあって強い信念を持つパーフェクト人間、本校の生徒会長である、通称――和堕であった。真っ赤な炎を瞳に燃やし、黒板の前に立つ教師を睨んでいた。

 それを合図に、他のクラスメイトも続々と声を張り上げる。「私もそれはおかしいと思います」「俺だって!」「僕もさ!」「狂っているわ、この学校!」

 膨れ上がる怒号の中、ドギャン! と机が吹き飛び、一つの巨大な体がぬわっと立ち上がった。

「あぁ、納得できねぇしたくもねぇ! リンにそんな非道ぇ話、背負わせようってのか、なぁ、おい!」

「……秋病も、か」

 クラス一の問題児、通称――秋病までもが身を乗り出して声を荒げた。一に喧嘩、二に喧嘩、三四は昼寝で、五で喧嘩と謳われる秋病は、薄汚れた制服に、練りこまれた筋肉、ワックスで爆発したかのように逆立った頭髪はライオンを連想させ、実際にライオンに匹敵する凶暴性を孕んでいた。今現在では絶滅したと囁かれていた、本校を〆る番長である。その姿に、和堕は驚きの色を隠せない。何故なら、和堕と秋病は傍から見ると生徒会長と番長という真っ向から対立する勢力の長である。が、実は二人は幼い頃からの親友であり、和堕の行動が及ばないところで秋病が率先して立ち向かう、という構図が繰り広げられていた。その秋病が、影からではなく、和堕と同じ位置で勝負を挑んだのである。和堕にとって、いや、この学校の人間にとって、これほど頼れる存在は無い。

 グツグツと煮えたぎるマグマのような熱が、教室を狂わせていく。

 吹き荒れるは極限の熱風!

 ――それを、

 どッぐっしゃしゃぁぁあああああああああああああああああああんッッ!

 轟きを放ち、一蹴したのが、本クラスの教師である、通称――川噛の右拳であった。

 力の籠った川噛の拳は筋肉と骨が一つの硬質物となり、教卓を打ち抜いたのだ。爆音と強烈な衝撃は校舎までも揺らした。

 川噛は、寸止めではない“当てる”空手を幼少から学び、道着に黒帯を結わく五段の空手家である。だが、教師の道を志した際に、己の拳は人に傷を負わせるためでなく、生徒を守るためにある、と誓ってから本気で握りしめるのを辞めたはずであった。現在、己の禁を断ち切り、拳は再び強靭な圧量を取り戻し、教卓は残骸へと成り果てた。

 凛、とした静寂が教室を覆う。だが、クラスメイトの炎は消えてはいなかった。依然、真っ赤な渦が各々の瞳の内で、熱を生み出していた。

「……俺が、一番わかっている!」

 言葉と共に、静かに垂れる雫があった。一つは川噛の鋼鉄をも凌駕する拳の皮が切れ、そこから垂れる血の雫。

 それと、涙。

 自他共に認めるベテランであり、論理と理論を用いて生徒を正すことから、生徒、親、教師からも強い信頼を勝ち得ていた。また、道を外れかけた人間に対しても真摯に立ち向かう強さを示し、秋病も認める雄である。笑顔を絶やさない。それが川噛先生であった。が、その顔は一変していた。

 鬼。

 皮膚は真っ赤に染まり、肉が隆起し、赤子なら刹那で泣き叫ぶ顔であった。その中を、透明な道筋が光を燈していた。鬼が、涙を流しているのである。

「俺だって、俺だってなぁ、わかっているんだ。不気味だよ。転校してきたばかりで今さっき挨拶を終えたばかりの右も左もわからない人間に対し、委員会に入るように命じ、午後、一時間も図書委員の会議に無理やり出席させるってのは、おかしいよな……」先生はぐっと歯を食いしばり、言葉を吐いた。「だがな、俺は公務員なんだ。上から来た命令には、逆らえない。ほんっと、おかしな話だよ。これが、俺が夢見た教師、か……」

 その言葉、そして川噛から漂う無念の意志に、クラスメイトも感化され、悔しみと非情を伴った涙を潤んでいた。一通り、床が濡れたところで、川噛はリンの元へ歩み、腰を下ろして正座した。のリンがこなせる委員会は図書委員しか無いんだ。それの、会議に出席しなければならん」

 川噛は頭を下げた。土下座である。「頼む、会議に出てくれ。何も発現しなくていい。座っているだけで、いいんだ。だから!」

「あ、はい、大丈夫です……」

 リンが答えると、川噛先生は顔を上げた。一瞬光が灯ったかのような笑顔になったが、すぐに掻き消された。

「すまない」苦虫を潰したかのように、顔が崩れた。

「今日の放課後、ですか?」

「あぁ、もう一人、うちの図書委員に聞けば、……、そういえば、腸辺(わたべ)は今日登校しているのか?」

「はい、います」リンの隣に座る女子生徒、通称――腸辺は答えた。

「よし、これで後はよろしく頼む。何かあったら……彼女に聞くように」

 言い終えた途端にチャイムが鳴った。川噛先生は教卓の残骸を片づけると、教室を後にした。その途端、クラスの緊張が解かれる。半分以上の生徒が、リンが快く承諾してくれたことを心の奥底から称賛し、喜びを分かち合っていた。だが、数人の生徒は、重々しい表情でリンを眺めていた。

「彼女に、背負わせてしまった」と和堕は呟く。

「ったくよ、俺達は、何してんだ……」その背後で秋病は吐き捨てるように言った。

「無力、か」

「クソッタレ」

 この一連の流れが、リンが十七歳にもなり、漢字を並べ、関係の無いカタカナルビを振って自ら命名した【極限! 無慈悲慈愛】の発動した世界となる。リンを愛するだけに留まらず、内なる正義の引き金が放たれ、全員が全力で挑む姿へ変貌してしまうのだ。慣れたリンには茶番と思え、妙な方向へ脱線し、時間を喰うことも多々あったので、そのたびに疲れていた。

 教室で一人佇むリンは、重い溜息を漏らす。放課後の会議、そこでもこのような世界が発生してしまうと思うと、憂鬱であるからだった。

 

 放課後になると、リンは腸辺に案内され、図書室へ向かった。

「ここに座って」「はい」

 リンが到着すると、先に座っていた図書委員はさっと視線を投げてきたが、刹那、眼の色が変わった。早速リンによって狂わされたのである。隣に座る腸辺を覗くと、彼女も目を爛々と輝かせていた。まだ会議は始まらないので、周りを見回すと生徒はもちろん、離れた場所に座る教師までも狂気の色を顔に浮かばせていた。リンの予想通り、この会議においても世界が変貌してしまう。重い溜息を付いた瞬間、図書室の扉が勢い良く開いた。「すみませーん、遅れました!」

 その生徒は声を響かせ、小走りで近づくと、リンの隣に座った。

「……それじゃあ、始めましょうか」

 図書委員とは、基本的には教室の隅で蠢くタイプの生徒が務める委員であり、会議と言ってもボソボソとその月の貸出件数をまとめ、サボっていた生徒を注意し、その他何かありますかありませんね、と終わる簡単な会議であった。しかし、今現在、リンが存在することによって、発動する【極限! 無慈悲慈愛】によって、各々がどこから持ってきたのかおススメ図書を熱烈に批評し、宣伝の声を張り上げる。それに重なるように議論が出現していた。

 それは、リンにとって、普段と変わらない、当たり障りのない、世界。しかし、リンは違和感を全身に浴びていた。ぞわっと、背筋が凍った瞬間、とある生徒と目が合った。隣に座る、先程遅れてきた生徒であった。議論には参加せず、じっとりと湿り気のある瞳でリンを見つめていた。

「あ、あの」リンが答える前に、「初めまして、私は、ド非導天詩、通称――アマネ。よろしく」と声をかけてきた。リンは小さく会釈し、「極立ぴかリ、通称――リン、と申します」と答えた。

「へぇ、リン、ちゃんか……。もしかして転校生?」

「はい、今日、この学校に転入したのです」

「だよね、だって一度も図書委員で見たことないし」

「ア、アマネさん……」

 リンは意気揚々と話しかけてくるアマネの声を遮るように声を潜めた。「会議中ですから、お喋りするのは……」

「ん、大丈夫でしょ。見てよこの光景」

 会議は激化していた。「これじゃあ私が入り込む余地なんか無いし……ていうかいつも寝てるし。暇だからお喋りしよー」

「……ごめんなさい」

 リンは項垂れるように謝った。「え、何突然? 私とお喋り、嫌?」アマネは不思議そうに問う。

「私が、諸悪の根源なのです」

「諸悪の根源……ええと、リンちゃんが原因ってこと?」

「私が、この場所に存在するから、このような光景が広がっているのです」

「そんなに、気にしないでも。皆たまたまやる気があったんじゃないの?」

「物心ついた頃から、私の周りが壊れてしまいます」

 そう答えると、アマネは一瞬表情を強張らせたが、即座に微笑んだ。

「確かにリンちゃんは可愛いからね、皆おかしくなっちゃう気持ちはわかるかも。ホントだ、今日の会議は激しいかも。皆大人しい人のはずなのに」

 現在は言葉と言葉の殴り合いが行われていた。「いつ終わるかわからないね」

「はい……」

 リンはまた謝ろうとしたが、それを遮るようにアマネはリンの手を握った。「じゃあさ、もう抜けない? どうせ私達が居ても居なくても変わらないし」「え、あ、あの」

 アマネは隣で声を張り上げる生徒に体調が悪いと伝えると、リンを引きずるようにして図書室を後にした。リンを失っても余波は消えず、依然戦闘は続いていた。


▲極立ぴかリ▲


「同級生なのですか?」

「うん……なんで驚く? もしかして、老けて見える?」

「違います違います。アマネさんは背が高くて大人びて見え、何だかしっかりしているので、てっきり上級生なのかと思っていました」

 私達は学校を抜け出すと、最寄のファーストフード店に入ります。私が入店すると、店内に居た男子高校生達は突然ハンバーガーの大食いを始め、不味そうにコーヒーを飲んでいたサラリーマンは炭酸LLカップを一気飲みし、お子様セットにつく楽器の玩具で遊んでいた子供達はパンクバンドを結成します。

 その光景に、アマネさんはぎょっと驚きましたが、特に口にしませんでした。その姿に、私はある種の感動を抱きます。何故なら、私の付近に数分でも過ごせば、その人は己の正義を解放し、先程のような暴走を始めてしまうのです。しかし、アマネさんは何も変貌しません。あの会議中でも、特にこれといった変化を魅せず、私と会話をしていました。

 もしかして、アマネさんは特別な人間なのでしょうか? 他人とは違う、何かを持っている、それ故に、私と普通のお友達のように接して下さる……。

 普通のお友達。

 私のこの力によって、現在のように談笑を交わせる友達は存在しません。

「大人びた……まぁ、その表現は良いかな。でも別にしっかりなんかしてないよ。背は高いけど、女子で高くても体育のバレーかバスケ以外活躍の場なんかないし……」

「そうですか?」

「うん、女の子は小さいほうがいいよ、絶対。モデルになるわけじゃないもの。リンちゃんみたいにちっちゃいと……はぁ、超可愛い……」

 至近距離で、アマネさんは私の顔を覗き込みます。アマネさんは、少し吊り上った二重の瞳に、細くて高い鼻、薄い唇とシャープな顎と、大変美しく、思わず胸が鳴ってしまいました。

「あ、小さいって言ってごめんね。気にしてた?」

「大丈夫です。幼い頃から、小さい、チビ、ちんちくりん、などなどずっと言われているので、もう慣れています」主に家族から……。

「そう……。でも、本当にリンちゃんは可愛いなぁ! 子猫とか子犬みたいな小動物的な愛らしさに満ち溢れているよ……。隣座って良い?」

 私が頷く前に、アマネさんは颯爽と私の隣に座ると、ポンと私の頭を撫で、髪を弄り始めます。

「あ、あのぉ」

「うひゃぁ……モフモフしている。それに良い匂い……。ねぇ、リンちゃんは何か香水つけているの?」

「いえ、特に何も」私の返事を無視し、アマネさんはすーすーと匂いを嗅いでいます。

「なんだろう、リンちゃんは甘い香りがする……。お菓子みたいな、いや、もっと、違う、これは……フェロモン的な刺激が……。あぁ、とにかくリンちゃんは可愛い、可愛い可愛い可愛いッ! ぎゅッ、ってしていい?」

 え、と、突然、ぎゃッ!

 アマネさんは右手を私の腰に回すと、私の体を強く固定し、私を自分の胸に引き寄せるように抱きしめてきました。

「く……くるしぃ」「あ、ごめんごめん」

 ――しかし、アマネさんは拘束を緩めません。寧ろ、更なる力が加わり、ミシリと頭蓋骨がしなる音が響きました。「リンちゃんさぁ、うちの子にならない?」「……え、うちの子とは、どういう意味ですか?」「言葉の通り、私の家で暮らさない? ほら、うちって学校に近いから通学楽だよー。あ、大丈夫お金のことは心配しないで、私が頑張ってアルバイトしてどうにかするから」「私の家も、学校から近いので、問題ありません。それよりも、その痛いです……」「ふーん、でもまだ一人で行くのは不安でしょ。危ないし、絶対一緒に行ったほうが良いよ。ってことで、このままお持ち帰りしていいかな?」

 アマネさんの言葉は、氷のように冷たく、鋭さを秘めておりました。必死に頭を動かしアマネさんの顔を見ると、アマネさんは瞳には顔が半分潰れた私の顔が写り、その奥に黒々とした何かを蠢かせながら、私を愛おしげに見つめています。

 あぁ、もしかして、アマネさんも【極限! 無慈悲慈愛】によっておかしくなったのでしょうか? しかし、この感触は普段のそれと違います……。アマネさんは、本気で、私を……。

「なーんちゃって、嘘だよ、冗談!」

 アマネさんは笑いながら、私を解放しました。「リンちゃんがあまりに可愛らしいから、ちょっと意地悪してみたくなったの。えへへ、ごめんごめん、恐がらせ過ぎちゃった?」

 アマネさんは、初めて会った時のアマネさんに戻っていました。瞳には何もありません。

「少し、恐かったです」嘘です。

 本当は、大変恐ろしかったです。……殺されるのでは、と諦めてしまったほどに。

「あ、ごめんね! 悪気は……あったけど、でもそこまで……あー、だから泣かないでー!」

 泣かないで? 頬を触り、そこで初めて私が涙を流していることに気づきました。ボロボロととめどなく涙が落ちて行きます。アマネさんは、一人オロオロしながら謝罪を繰り返していました。


 その後、落ち着いた私とアマネさんで一緒に遊びました。アマネさんはお詫びとしてたい焼きやパフェなど甘いお菓子を大量に奢って下さりました。他には、プリクラで何枚も撮ったり、意味も無くショップを廻ったりしました。やはり、アマネさんは私に対して普通に接してきます。普段なら、私が例えばこの人形可愛いね、と申した途端に周りがそれを全身全霊で肯定します。しかし、アマネさんはしっかりと否定してきました。

「えー、この宇宙人みたいな犬が? 鞄にはつけられないよ」

「そうですか? ほら、この昆虫のような羽がとても愛らしくて」

「いやいや恐いよ。女子高生がこんなの持っていたらドン引きだよ」

 新鮮で、とても楽しくて、私達は小さな雑貨店の隅で、お互い気に入った人形出し合い、評価を下す……という遊びを行いました。最終的に、大きくて可愛くデフォルメされた羊の人形を、お揃いで買うことにしました。鞄に着けます。

「うわ、大きいです……」

「ホントだ……。でもインパクトあって可愛いよ。お揃いお揃いー」

 アマネさんは自分の鞄に吊るした人形をブラブラと揺らします。その動きが何だかおかしくて、私は声を上げて笑ってしまいました。すると、アマネさんも、ニッコリと微笑みます。「あ、やっと笑った」

「え?」

「リンちゃん、ずっと笑っていなかったから、私と一緒に居るの、つまんないのかなーって思ってた」

「そんな、とても楽しいです!」

 本当です。久しぶりに無意識のうちに笑いました。

「……笑顔のリンちゃんは一段とぐっとくるなぁ……。うぅ、ペットにしてうちで飼いたい……」

「冗談、ですよね?」

「うん冗談だよ……って言わないと、リンちゃんは泣いちゃう」

「もう泣きません」

「あ、そうなの? 成長したんだ、偉い偉い」と言いながら私の頭を撫で、感触を楽しんでいます。

「子供扱いしないで下さい……」

「こーんなに小さくてちんちくりんなんだもの、無理。……あ、でも胸は大きい」

「これは……気が付いたらこんなに」「触っていい?」「駄目です!」「じゃあ揉んでいい?」「触るのが駄目で揉んで良いはずがありません!」「良いじゃん同性だし。私ほら、こんだけしか無いから、リンちゃんみたいな大きさだと、どのくらいやっこいのかわからなくてさ……。それを考えるだけで夜も眠れないんだよ」

「まだ会って一日も経過していませんよ」

「ありゃ、そうだっけ?」

 ゆっくりと歩いていたアマネさんは信号が赤色に変わったので止まります。その瞬間、黄色と赤色の絵具を混ぜ合わせたかのような美しい夕日が、アマネさんを優しく照らします。体の線や、髪の一本一本までもが光輝いているようでした……。「……ちゃん?」

「ふぇ?」「どうしたの? 突然口開けてぼぉっとして?」「え……あ、あの、今日の夕日は、とても綺麗だなぁ、と思いまして……」

 アマネさんは振り返ると「そうだね」と呟きます。「雲と空の形が、超幻想的……」

 幻想的、それはまさにアマネさんにぴったりのお言葉でした。異様な神々しさを纏う姿に、私は簡単を覚えずにはいられませんでした。

 ――ピピピピピ

 突然、電子音が響き渡った瞬間、アマネさんは「ヤバ!」と声を上げ、慌ててポケットからケータイを取り出し、電話に出ました。「はい……はい、申し訳ございません。学校の委員会が長引いてしまいまして、はい、結構遅れます! バーイ!」

 アマネさんは溜息を零しながら電話を切ると、「ごめんね、今日私、用事があったんだ。もう帰るね」と両手を合わせてまるで風のように消え去ってしまいました……戻ってきました。「電話番号教えて!」

 強引に私のケータイをひったくり、即座に交換を終えると返して下さりました。「今度こそ、バイバイ!

「ア、アマネさん、今日はありがとうございました。楽しかったです!」「私も! また明日学校でね」

 今度こそ、アマネさんは私の目の前から消えました。途端に、世界に音が戻って来たかのような、強い孤独感を味わいます。

 ――楽しかった。

 という言葉が、私の口から自然と出てきたのが嬉しかったです。それを伝えることが出来たのも、嬉しかった……。




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