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五話 おかしいよね

 ▲大正儀セセラギ▲


「おかしいよね」


 リンの写真を受け取ったアマネは、涙を薄らと浮かべて、笑いながら言った。アマネは、女性の癖に、女性を好きになった。意味がわからない。俺は混乱した。だけど、一番その事実に戸惑いを感じているのは、アマネ自身なのかもしれない。

「だって、アマネは……」

「女が女を好きになっちゃいけない、って法律でもあるっけ?」

「いや、無いと思うけど」

「だったらいいじゃん。好きになってもさぁ。リンちゃん、めちゃくちゃ可愛いだもの」

 アマネは涙を指で拭いながら、声を強めて俺に浴びせる。

「でも、それは、動物とかを好きなるような話だろ? 恋愛とは、違うじゃないかな」

「セックスしたいんだよね」

「るぇッ?」

 まさかアマネの口からそのような単語が飛び出てくるとは思えず、驚いて心臓が潰れた。

「昨日、一緒に遊んで、危なかった」

「危なかった、って……」嫌な予感……。

「お店の中で、襲いかけたの」

「それは」

「うん、強姦だよ。犯罪者になるところだった。リンちゃんをマジマジと見つめていたら理性がポン! と吹き飛んでね、気が付いたらリンちゃんを抱きしめて自分の胸の中に押し付けていた。それが……凄い気持ちよくて、幸福な気分に浸れた。初めての体験だったよ。その快感の中でね、もう一つ感じたことがあって、それは」

 頼むからもう口を開くな。俺はそう思ったが、アマネの幸せに模られた笑顔の前では、何も言えなくなる。

「子供が欲しいって思った。リンちゃんとの赤ちゃんが欲しい、って体の細胞からそういう信号が送られてきたみたいに、全身が疼いたの」

「アマネは、レ……レズなの?」

「多分、違うと思う」

「だって、リンは……」

「うん、リンちゃんは確かに女の子。私は昔からあまり男の子に興味を持ったことが無かった。カッコイイ人が居ても、カッコイイと思うだけで、後は何も感じなかった。じゃあ女の子が好きだったのか? と聞かれると、頷けない。可愛い子を見ても、私はお洒落な部分に感心したり、嫉妬したりして、多分普通の女の子が女の子に送る想いと変わらないと思う。それに、さっき子供が欲しいって言ったけど。この気持を抱けるってことは、やっぱり、私は女性なんだと思う」

「いや、だったらどうして」俺じゃなくてリンなのか、と問いたくなる。

「リンちゃんは、特別なの。もしも、リンちゃんが男の子でも、私は同じ感覚を抱いていたと思う。リンちゃんを、男女の境関係無く、好きなの」

「冗談じゃ、ないよな」

「セセギと話す時は、私はいつもボケ担当だったけど、流石にこんなつまらない冗談は言わないって」

 アマネはそこで一息つくと、俺から写真を受け取り、うっとりと眺めている。

「で、セセギはどう思う?」

「何を?」

「ここまで会話繋げていれば、わからない? 私のこと」

「アマネ?」

「はぁ、私が男の子だったら、あるいは女の子だったら、よかったのに。何も問題は無かったはずなのに。やれやれ、人生は上手く行かないねぇー」

 ケラケラとアマネは笑う。見たことの無い笑みだった。夢見る乙女を、一千倍もドス黒く染めたかのような笑みだ。

「で、どう思う」

「……俺は」

「ん?」

「それは……個人の……自由だから……何とも。でもさぁ、流石に人前で襲うのはアウトだろ」

 違うよな。

 と心の中で声が響いてくる。俺に理性という制御が無かったら、アマネをぶん殴ってでも眼を覚まさせる。お前はおかしいんだ! と怒鳴りつけて、発狂するくらいに声をはりあげて。だけど、それでアマネは改心するのか? そもそも狂ってなんかいなくて、今、俺の目の前に立つアマネが、本当のアマネの姿だったとしたら? 否定した場合、俺を避けるようになったら? 関係が崩れてしまう。俺が必死に築きあげてきた、アマネとの全てが壊れてしまうのは、死ぬより辛い恐い嫌だッ!

 わからかった。俺には、アマネに対する正しい選択肢が見つからない。しかも、俺はこの状況で、アマネの新しい姿を知れたことを嬉しく感じている。頬を真っ赤に染め、泣いているのか笑っているのかそのちょうど中間に佇み、自分自身に混乱しているアマネの姿は、俺には歯軋りするほど官能的だった。

「あ、うん、それは反省しています」そのまま襲って殺せばよかったのに

「変なことするなよ、この子小さいんだから、恐がるよ」殺せよ。

「うん、昨日泣いちゃってさ、そこで目が覚めた。今後はほどほどにするよ。でね、セセギ」お前を恐がって近づかなくなればいいのに。

「何?」

 アマネは微笑む。それは、俺が一番好きな表情だった。「私は、この気持ちを、頑張って成功させる。だから……セセギ」

俺はひきつった笑顔を返すだけで、精一杯だった。

「応援してよね!」


「極立ぴかリ、通称――リン、ちゃんはヤバい、めっちゃヤバい!!」

 アマネとの会話を思い出していると、地獄の底から自力で這い上がって来たみたいに、鬼ノ到絶対、通称――キトは凄んだ。両腕を見ると、鳥肌が立っている。うわキモイ。俺は逃げようとしたけど、キトは無理やり俺にケータイの画面を見せつけてくる。俺の眼に黄色い画像――リンの情報が一気に降りかかってきた。

「いいか、もしもだ。今現在、この世界で最も可愛い――最可愛(さいきょう)のJKを決めるっつう、真実に貫かれた大会が開かれるとする。もちろん不正は許さない。俺含め、全国でJKを愛する人間を中心に行い、あらゆる権力に属さない公平な判断を下すことを約束しよう」

「そんな大会、絶対に開かれないから……」

「いや、確率では低いが、決して零ではない」

「ありえないから。もし開かれたら、俺は全力で土下座してやるよ」

「その言葉、忘れるなよ。さて、実行された場合、確実に優勝するのは、……リンちゃんだッッッッ!」

 キトは、心の中で可愛いと認めた女子高生に対し、確率を無意識のうちに操作して、決して気づかれずかつ美しく盗撮する超能力を持っていた。この先デンジャラスな学校ならともかく、この世界では浮いている、アホでくだらない力だと思う。初めは、コイツは狂っているのかと半信半疑だったけど、最近はもう諦めて認めていた。

 キトのケータイには、様々な角度で盗撮されたリンが映っていた。私服制服寝巻から、授業中下校時ショッピング映画館カラオケその他と……確実に犯罪だろ。

 友として、いや、一人の人間として、この狂った男の所業は善か悪か判断するまでもなく、極悪非道だ。

 決して許してはならない。

 ……だけど、個人的に、俺はそこまでコイツに声を荒げていない。いや、もしもキトの愚行で誰か悲しんでいる人がいるのなら許さないけど、キトの盗撮は絶対に気づかれないし、その、いいんじゃないのかな?

「そうだ、先日撮ったアマネさんが、これだ」

「……相変わらず可愛い」

「あとでファイルを送ろう」

「うん、よろしく」

 ……いやほんと、個人の自由なんですよ、はい。


 今日は、夏休みに入る、一週間前の土曜日。

 アマネの愛する人間が、俺でなく、他の男でもなく、……リンと伝えられたことで、他に思考が廻らなくなって、時間が加速するかのように流れ、気が付いたら俺は海岸の砂浜に座っていた。

 唸りのような熱波が砂浜を滑り、夏! と叫ぶような温度が広がっていた。本日は、俺のクラスと、キトのクラスは何故か一年の時に同じクラスだった奴が多くて、超早めの同窓会を開こうという話になり、誘われて海に遊びにきたのだった。お決まりのバーベキューだ。

 噂だと、キトが中心になって計画を立てたと聞いた。どうせ、JKの水着をカメラに収めるためだろう。

「くひっひっひっひ、その通りだセセギ。彼女達の水着を収めるチャンスは、そう無いからね。いくら僕に力があっても、夏休み毎日海へ赴くのは流石に辛い」

「だからって、俺を巻き込まないで……」

「それによって、女子の水着、更にはアマネさんの水着も視認できるんだぞ。僕に感謝してもらいたいよ」

「俺は毎年一緒にプール行ったり海行ったりしているから、もう見飽きてるよ」

「あぁ、そうか、お友達同士、仲良く遊びに行っているのか。だったら、本日僕が撮る水着のアマネさんは、いらないのか?」

「ください」

「素直だな……ちょっとキモイぞ」

「お前にだけは言われたくない」

 そこで、キトは声を潜めて喋る。

「だがいいのか? 君はこのまま友達の関係で。いつの日か、アマネさんに本気で近づいてくる人間が現れるだろう。その時、どう対処するつもりだ」

「さぁ。ってか、どうしてお前は俺をアマネとくっつけたがるんだよ」

「人の恋愛ほど、面白い話は無いからな。これでも応援しているんだ」

「御節介」

「真面目に、今みたいに余裕コいている隙に、突然別方向からの奇襲で、あっという間にアマネさんは奪われるぞ」

 もう、奪われている……と言いかけた言葉を呑み込んだ。アマネには、リンへの想いを誰にも言わないで、と釘を刺されているからだ。

「そうだね、善処します」

「今は、リンちゃんと毎日仲良く遊んでいるみたいだから安心しているようだが、リンちゃんは最可愛(はてしなく可愛い)だ、すぐに男が現れるだろう。まぁ、そうなったとしても、僕はリンちゃんのベストショットを撮り続けることを、誓う」


 ……この認識が、恐ろしいところだった。

 現在、アマネはほぼ毎日リンと戯れている。まるで付き合っているかのように、生活を共にしていた。学校ではクラスは別だが同じ授業があり、席は隣、昼食は一緒に食べ、放課後はショッピングやカラオケに行き、休日は二人で映画館や遊園地やプラネタリウムへ行き、次の日が休日の場合、お互いの家に泊まりに行っている。夏休みは、一緒に旅行へ行くんだとかクソッタレッ!

 もしこれを、男女に置き換えたとしたら、前半は別に良いとして、後半は確実に双方の親から咎められてしまう。お互いの家に遊びに行くのはまだ良いけど、泊まるなんて、まともな親だったら言語道断だろう。

 だけど、女の子同士では、傍目でどんなにイチャイチャラブラブしても、恋愛描写に見られることはない。当たり前と言えばそうだけど、それがアマネにとって強い利点となる。男女の交際よりも、数段早い速度で親密な関係へ持って行ける。お泊りしようが、一緒にお風呂に入ろうが、同じ布団で寝ようが、周りには姉妹みたいに仲が良い、と映るだけで終わってしまう。誰も、アマネが性的な眼でリンを直視しているなど欠片も想像しない。子供だけで旅行へ行くとしても、女の子同士なら、親も別の意味で不安にはならない。

 リンは、レズでは無いらしい。それを知ったアマネは、最初は落胆したが、その程度でへこたれる女ではなかった……。告白しても大丈夫なように、そのためにまずは体を慣らそうと、色々と間違った判断をしてしまった。城を攻めるのは外堀を埋めてからのように、ゆっくりと親交を深めていく。そして、ある日、誰も居なくなった家で泊まる時に、なんとなくムードを整えて、間違えて一線を超えちゃった、てへ、みたいなノリで一晩寝てから、徐々に体を慣らして、恋愛を成熟させる。――とアマネは俺に計画を打ち明けてきた。超、笑顔で。

 今まで、そのような話は、暗黙の禁止にしていた反動なのか、俺とアマネでどうやってリンを合法的に犯すか! という話題で盛り上がってしまった。子宮頸管(しきゅうけいかん)粘液(ねんえき)、という言葉を初めて知った。アマネは、その辺の知識を、レズ系の漫画や小説で吸収し、自信がある! とほざいていたのがまた悲しい。

 必ず阻止しなければならない。

 でも、どうやって?


 一クラス全員が、バーベキューに参加したが、海岸で遊ぶ人数は少ない。何故なら、まだ女子が一人も居ないからだ。

「そ、そろそろだ……」

 キトがゴクリと唾を呑み込んで呟いた。俺はため息をつく。本当なら、さっきまでキトと同じくソワソワしていた男子達と共にバレーボールに興じていたのに、キトに無理やり呼ばれ、砂浜の冷たいパラソルの下、ずっと身構えていた。

「暑い……ジュース買ってくる」

「しッ」

 キトは呼気を出し、すっと身構える。途端に、キトの体を強い緊張が走った。ぞわぞわっ、とフナ虫みたいに震えていた。気持ち悪いよぉ。思わず逃げようとしたが、キトは俺の腕を万力のように掴んでくる。

「あの、キト?」

「アマネさんの美しい水着姿を欲しくないのか?」

「それは欲しいけど……」

「ならそこに座っているんだ。一人にするな。流石の僕でも、今回ばかりは心細いんだよ」

「いや、心細いの意味がわからん……。それに、もしバレたら、俺はお前を盾にして逃げるから」

「落ちる時は、君も道連れだよ。ビーチバレーに興じていた隙に、君の鞄の奥に、数枚写真を仕込んでおいた。それを皆に披露したくはないだろ?」

「お前、何時の間に……。く、くたばれッ」

 そこで、キトはケータイを構えた。俺の声が聞こえなくなったかのように、動きが止まる。変態能力があるから、見つからないはずなのに、身を屈め、固まっていく。……俺、必要無いよね?

 それを合図に、海岸の野郎達に、戦慄が走る。視線が、ある一点に集中した。

「ごめーん、おまたせー! スーパーで野菜買うの忘れて、遅れちゃったのーッ!」


 ――同じクラスには、超大スーパーウルトラめちゃんこ弩級に可愛い女子高生だけが、集え。


 キトは入学する瞬間、そう願った。頭で、脳で、体で、毛先から、全身の細胞の一つ一つ、そして――心で。

 発動する【システムJK】

 キト曰く、可愛い女子高生を自分の周りに集めるのも、写真に撮るための一つの工程として、能力が発動したらしい。その学校に一人居るか居ないかレベルの超美少女が、まるでライトノベルの主人公の周りに集まるかのように、一つのクラスに集まってしまった。その運命を、キトは確率を捻じ曲げて実現させた。と、キトと仲良くなり、うちのクラスって可愛い子ばかりだよなーと話すと、そう宣言された。

 キトのおかげかはともかく、確かに当時のクラスには異様なほど美少女に恵まれていた。全ての女子の顔が整い、あらゆるジャンルとカテゴリーに当てはまるようなタイプが揃っていた。あぁ恐ろしい。

 本日のバーベキューに男子全員参加も、女子が全員超美少女だからだ。ちなみに女子も全員参加だった。キト曰く、元スマイル組の(うちの学校は、学校の方針で一年一組や三年B組などの一般的な表記と違う。マックス、スプスタ、イエス、フレッシュ、ハート、スイート、スマイルとなっている。最初は呼ばれるたびに笑いが起きたけど、もう慣れた)女子には、スクールカーストが存在しないんだと。個々のレベルが頂点に近いので、優劣が生じず、各々のアイデンティティを尊重し合い、仲良く楽しい関係を保っていたとか。

 キトが、震えながら呟く。

「元一年スマイル組で、最可愛のJKは誰か? 奇跡と称されるほど可愛さに恵まれた元スマイル組、その十五人いる女子を、純粋な眼で判断した場合、外見だけでなく――もちろんそれも考慮した上で、性格、キャラクター、声、表情、趣味……など、ありとあらゆる真実から判断した場合、最可愛のJKは誰か? 今現在、最可愛のJKは、決まっていない」

 と不気味な宣言を終えて、キトはシャッターを連射しながら、頼んでもいないのにJKの紹介を始めた。


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