二十三話 大正儀セセラギ VS クレナ
▲大正儀セセラギ▲
くねる道を進むと、前方に人影がある。あの赤い服を着た奴は……え、クレナ? 元スマイル組で、同じクラスで、……キト曰く『超高圧的な態度が可愛い』女子だ。なんでここにいるんだ? しかも、その後ろでへたり込み、号泣しているのは、リンだ。
クレナは俺の姿を確認すると、ゆっくりと向かってきた。右手をポケットに突っ込み、ヘンテコな機械を取り出して、スイッチを押す。途端に、バチバチと真っ赤な電撃が、その機械から噴き出てきた。
スタンガンをクレナは持っている。しかも、俺に向けながら……。
「クレナ、だよね? 何してんだよ?」
だけど、クレナは俺の質問には答えず、一直線に歩んでくる。可愛いはずなのに、禍々しい笑顔と右手を纏う赤い光が、鬼を映し出しているようで、俺は立ち止まると、下がった。
「お、おい、なんだよ、突然!」
「ライトニング!」
クレナは楽しそうに宣言して、スタンガンをぶちまけた。……足元で倒れていた人間に向かって。
「ちょっとナット! しっかり電撃食らわせとけよ。コイツまだ意識あったよ。服の上からじゃなくて、首とか皮膚に直接当てて流して。痛みが半減されて、気絶しない。ちなみに、今のは技名です。なんか叫びたくなる時って、あるよね」
「気絶してなかったか、ごめん、初めて使ったから」
ナットと呼ばれた男子高校生はつまらなそうに呟き、クレナは楽しそうに含みを持たせた言葉を吐く。
クレナはスタンガンをポケットに突っ込むと、俺を見て、ニヤリと微笑んだ。その笑顔には、ナイフを額に突き付けられるような怖さがあって、鳥肌が立つ。
「遅いぞー、セセラギ。もし私がぴかリンちゃんの元に、ご都合主義で助けなかったら、レイプされていたよ。感謝してよね」
「……どうも、ってか、どうして俺がリンと一緒に居たって、知ってんだよ」
「そりゃ、二人が仲良くお手て繋いで歩いているのを……嘘、恐い顔すんなよセセラギ。二人でカラスミの中に居たのを目撃したからよ」
飄々とクレナは答える。コイツとは、同じクラスだった時は、あまり会話をしたことが無かったので、こんなキャラだったのか、と驚く。
「俺達を追いかけてきたの?」
「別に、お二人の蜜月を探ろうなんてつまらないことしないよ。ただ、私はナットに会うためにカラスミに来たの。近道だからね。ぴかリンちゃんを助けたのは、ストレス発散と運命的な偶然」
クレナの隣居る男子高校生、ナット、は会釈した。
「紹介するね、私の彼氏でーす! ミなミなト、通称――ナット」
「え、月高!?」
「そう、かなり凄いっしょ」
月高とは、正式名称、月ノ征福高等学校、県内でトップに君臨する公立高校だ。半端な秀才はまず落ちて、授業を一度聞いただけで全て理解するレベルの脳みそが無いと受かるのは不可能と謳われるくらい、伝説のある学校だった。あのシンプルな学ランに、月の形をして校章が、証明していた。
「私がね、馬鹿と付き合うのは嫌だ、せめて月高に受かったら付き合ってあげるって……あ、これダジャレじゃないよ、で、って言ったらナットめちゃくちゃ勉強して、見事合格してくれたの!」
「見事合格してくれたの! そんな冗談は言うな。お前が自分に脅したんだよ。それに、彼氏でもない。パシリ兼奴隷だよ」
と、これまたつまらなそうにナットは言う。冗談かと思ったけど、笑わせる雰囲気で答えたわけでもなく、無表情だ。まるで、笑顔を作ることを禁止されているかのように。
「そうだっけ? それより、カラスミってさ、昔見た、……蛇女を思わせない?」
その言葉に、俺はたじろいだ。だって、蛇女って、……あの動画サイトで見た、最悪の物語だ。だけど、俺以外に見た奴に、会ったことが無かった。
「ん、セセラギ、その反応は、見たことあるんだ」
「……あぁ、だけど」
「糞面白いよね、私見た時、感動で泣いたもん!」
頬を引きつらせるように持ち上げて、クレナは言った。笑っている。……マジで?
「泣けないだろ、普通」
「だって、だって、凄いじゃん! あの女が死ぬまでの過程で、何回死にたい! って懇願したと思う? あの映像だけで、千回は本気で必死で心の底から頼んでいる。……くくく いい、セセラギ、この地球上で、無意味に自殺する動物って、人間だけなの。他の動物は、生き残るためにあえて、みたいなアホな理由で死ぬ時もあるらしいけど、人間は違うの。理由わかる?」
「突然、何? 辞めてくれない?」
「ごめん、でもこれだけは言わせて。でね、知能があるから、なんだよ。知能があって、理性があるから、死という概念に辿りつける。で、死ねる。生き残るために生物は切磋琢磨するのに、人間は自ら無意味に死ぬ。あはは、超ウケるよね。あと、あの動画から出る悪意も良かった。知能があるから、人間はここまで極悪非道な制裁を加えられるのか! ってね。進化の英知を知ったよ」
「いい加減にしろ!」
俺は叫ぶように言ったのに、声が続かない。息が荒くて、胸が痛い。ボタボタと、汗が落ちていく。その姿を、クレナは楽しそうに、観察していた。
「あ、ごめんごめん、セセラギ。少し調子コいたや。そうだね、セセラギはヘタレで優しいからね、恐くなっちゃうか……」
「ヘタレは置いといて、優しいって、なんだよ」
言った瞬間、クレナはすっと俺の懐に入り込んでいた。いつの間に接近したんだ? 俺が一歩下がると、合わせて一歩前へ進み、距離は開かない。その状態で、クレナは俺の眼を見ずに、小さく口を開いた。
「もし、私がセセラギの立場だったら、もっと必死に頑張っていたね。ぴかリンちゃんをわざわざ助けに参上するなんて、かっこいいー。ヒーローみたいじゃん」
「偶然こっちに来たら、お前らが……」
「へー、さっき向こうの道進んでいたのに、ぴかリンちゃんの悲鳴を聞いて慌てて戻って来たようだけど」
「……どこで見てたんだよ」
「……という妄想をしたんだけど、あれ、合ってた?」
かまかけられた……。
「あは、男のツンデレ? は気持ち悪いよ。別に悪いことじゃないし、むしろ悲鳴聞いて逃げたほうが人として狂ってる。……でね、私だったら決して戻らない。だって、私は全平行世界の生物が私の愛で涙するほど慈悲深い女の子だけど、目的のためなら手段は選ばないから。セセラギ君、そんなに甘くて大丈夫? この先、後悔が待ち受けていると思うよ……その自分の綺麗な心に従うばかりに、ね」
俺がそれに答える前に、クレナはさっと離れると、未だに泣いているリンの髪を楽しそうに弄り始める。ツインテールを頭の上で結ぼうとしたり、意味も無くぐしゃぐしゃにしたりしている。リンは、蛇に睨まれた蛙のように動けず、弄られ続けていた。
「ん、話変わるけどさ、大正儀……セセラギかー。いい名前だね。なんか、アレだ……虫みたい」
リンの髪から指を外し、俺を挑発するみたいにクレナは言った。
「虫?」
「そ。昔読んだ本に書いてあったんだけど、ほら、夏になると出現する黒い悪魔いるじゃん。アレが何でキモイかって話があって、一人の登場人物が答えるんだ。名前が悪いって。せせらぎ、さらしな、みたいな穏やかな名前だったら、ここまで嫌われないだろう、って出てくるの」
「……えっと、喧嘩売ってんの?」
「ん、気に障ったらごめん、別に悪気は無いのよ。私、思ったことすぐ口に出すたちでさ。そんな恐い顔すんなよ」
無邪気に語りかけてくるが、もう俺にはコイツの正体が透けて見える。クレナの眼の奥には、黒色の痰のようなドロドロとした悪意が潜んでいる。……いや、悪意が集まって、クレナという女性を形成しているみたいに、純粋だ。しかも、漫画とかに出てくるカリスマ溢れる悪じゃなくて、下衆で下品で下劣なチンピラみたいな悪。人の感情を見据えて、それを逆撫でるように、言葉を並べて喋っているだけだ……。蛇女を見て、感動した、という話も、本当だろう。あの動画に込められた悪意を、クレナは持っている……。
「さてさて、で、どうするんの、この後。ダブルデートでもしますか?」
俺はこれ以上不快な想いを抱きたくないし、何より、アマネを追ってここまできたんだ。これ以上時間を潰したくはない。
「いや、俺は先に進むよ」
「だよね、そう言うと思った。――ド非導の後を追うんだろ、大正儀セセラギ」
パチンと今じゃ珍しい折り畳みケータイを開き、クレナは言葉を投げてきた。
「ぴかリンちゃんとデートでも無いし、ってかここにデートはおかしい。さっさと酔わせて自宅に誘ったほうが圧倒的に懸命よ。それ以外の理由がある、と私は考えた。で、今うちの学校で流行りの噂を思い出すと~、答えは簡単に導けちゃう」
「……何か、知ってるの?」
その物言いが妙に引っかかる。自分だけが答えを知っている謎解きを、他人に披露するみたいに、今のクレナは輝いている。
「ド非導の援助交際の噂について?」クレナは愉快に口を開く。俺が、リンに同じ言葉を吐いたはずなのに、その十倍厭味ったらしく。そのまま爆笑してしまうのかと、たじろいだ。
「そう」
「結構稼いでいるみたいよ。最近は慣れてきたってさ。ソーセージを食べるみたいで美味しい、可愛く見えてきたって。段々と伸びる様子が。最初はお金が欲しいから、始めたんだって。今は、ブランドのバックが欲しくて、必死に励んでいるらしい。あ、セセラギも今度お願いしてみたら? フェラは二万だったかな? 友達と学割で安くなったりして。でも、かなりテクニックに自信があるらしいから、五分もしないで果てちゃうかもね」
嘘
え、
え……
へ?
嘘だろ? こっち、まだ何も構えていなかったから、り、理解できな……え?
ガラガラガラと、胸の奥で何かが崩れていくのがわかる。そこからドロドロとした膿のような液体が、わっと噴き出てきた。水中に入ったみたいに、視界が滲み、色が反転し、わけがわからなくなる……。
「嘘、だろ?」「嘘だよ」
平然とクレナは答えた。隣で、やれやれと首を振るナットの姿が映る。俺は、へたり込んでいた。足に力が入らない。
この女、ほんっと嫌い。
「ん、顔が真っ白だよ、セセラギ?」ワザとらしく言う。
「……どこから、嘘なの?」
「結構稼いでいるよー、の辺りから」全部嘘かよ! と、怒鳴る気力も、俺には残っていないほど疲れていた。コイツのおかげで、俺絶対に老けたよ……。
「そう、じゃあ、お前は何も知らないんだね?」
「ド非導がこの中を通る理由は知っているよ。よく合うし、その時に聞いた」
「また嘘?」
「今度は本当だよ。ちょっとビビらせ過ぎたね、なんか今、セセラギ死にかけたでしょ? これ以上弄ると、心臓発作起こして死にそうだから、もう嘘は言わない。何より、私は嘘は嫌いだから」
全く反省の素振りを魅せずに、クレナは宣言した。隣でその姿を冷ややかに見つめるナットは、普段からこの無意味な悪意に晒されているのだろう。深く同情した。それでも、付き合っているのは……何かあるの? いや、別に興味無いし、論理的に非道い最低の理由が飛び出してきそうで、聞けない。
「アマネは、カラスミに何の用があるの?」
「それ、教えちゃっていい?」
クレナは真顔で返してきた。途端に、さっきまでと空気が一変し、俺の喉が音を立てて唾を呑み込み、振動が駆け巡った。「私の口から、ド非導の本当の理由を聞かされて、セセラギは耐えられるのかな? だってさ、今毒を薄めて与えただけで、泡吹きかけたじゃん。もしも、私の口から真実を聞いて、それが……セセラギの耐えられない話だったら、平気?」
確かに、クレナから聞かされるというのは衛生面において劣悪と言っていい。これ以上、コイツに遊ばれると、精神が崩壊する可能性もある。
「駄目だと思う。これ以上はアマネについて語るな」
「うん、だから、セセラギ、それとぴかリンちゃんも、自分の眼で確かめな。この道を真っ直ぐに進むその先に、ド非導は居る。そこで……ド非導天詩の嘘偽りの無いリアルな姿を確認して。きっと、とても面白みのある話だと思うから」
△△△
セセギとリンが去った後、その後ろ姿を眺めていたナットは、深くため息をついた。
「クレナの性格の悪さを、また一段と理解した」
「はぁ、何突然? 私ほど純粋無垢で強くて美少女はいねーっての。うん、私は嘘言わないって言ってから嘘は言ってないから。ド非導は認めてはいるけど、好きじゃないし。良いじゃん、アイツらの関係にちょっかい出したって。どうせこの世界はシリアスな問題が起こっても、全てご都合主義なブレーキが働いて、ハッピーエンドに向かっているからさ、問題無し!」
「問題無し、ってそういう問題じゃないよ。……クレナに超能力みたいな力が無くて本当によかった」
「あら、どういう意味よ?」
「どういう意味って、周りを不幸にする」
「そんな非道いことしないよ。まぁ、もし私に地球をどうにかしちゃうような力が備わっていたら、世界を救うんじゃなくて、逆に破壊しようと奮闘しちゃうかも」
ナットは、もしそのような不幸な世界にクレナと迷い込んだら、クレナから拷問を受け、苦しみのうちに死ぬだろう、と確信した。
さて、とクレナは小さく息を吸うと、両手を広げ、笑顔で語り始める。
「この後に判明する、ド非導天詩の本当の姿を目撃しても、蔑まないで上げてね。彼女も、別に悪いことなんて考えていないから。ちょっと道を踏み外しただけ……馬鹿なだけなんだ」
「……それ、誰に言ってるの?」
「そりゃ、皆に。……ね?」




