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プロローグ:深夜の密書
天正十年、五月。
新緑が夜霧に濡れる京の街は、不気味なほどに静まり返っていた。
妙覚寺の一室で、一人の男が墨をすっている。
男の名は明智十兵衛光秀。
織田家の重臣でありながら、その心はすでに深い闇に沈んでいた。
「上様は、日ノ本をどこへ導くおつもりか……」
光秀の脳裏に、主君・織田信長の冷徹な眼光がよぎる。
将軍・足利義昭の追放、比叡山の焼き討ち、そして神を自称する狂気。信長が進める「天下布武」の先にあるのは、秩序ある平和ではなく、古い理がすべて焼き尽くされた焦土のように思えた。
光秀の前に置かれた机の上には、一通の密書がある。
それは、明智の軍勢が中国地方の毛利攻めをしている羽柴筑前守秀吉の元へ向かう直前に届いたものだった。
光秀は震える手で筆を執り、白紙に文字を走らせた。
『敵は本能寺にあり』
それは主君への反逆を決意した言葉。
しかし、光秀の心を動かしたのは、彼自身の怨恨や野心だけではなかった。
この密書を届けさせ、光秀の背中を冷酷に押した「真の黒幕」が闇の中にいた。
光秀は、怪しく揺れる蝋燭の炎を見つめながら、その黒幕の顔を思い浮かべるのだった。




