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牛乳を買いに出ただけなのに、ゼロビルド島でビクロイするまで帰れません  作者: 風宮亜矢


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第4話 牛乳切れ女子大生、戦場で泣く

主人公 風宮亜矢のイメージイラストを4話の最後に添付しました!

感想を聞かせてもらえると嬉しいです。


――降下開始。


視界の端に浮かんだ文字を見た瞬間、私は奥歯を噛みしめた。


叫ばない。


昨日みたいに、空に放り出された瞬間から叫び散らかしていたら、たぶん何も考えられない。声を出したところで助けは来ない。誰かに届くわけでもない。


分かっている。


分かっているけれど、怖いものは怖い。


全身に風が叩きつけてくる。

パーカーではなく、動きやすいジャージに着替えてきたのは正解だった。袖が暴れないだけで、昨日より少しだけ体が動かしやすい。


それでも、空から落ちる感覚に慣れるわけがない。


胃が浮く。

喉が詰まる。

足元に地面がないというだけで、人間はこんなにも簡単に弱くなるのだと知った。


「見る……まず、見る……!」


私は自分に言い聞かせながら、目を細めた。


下には島が広がっている。


昨日と同じようで、少し違って見えた。

いや、違うのは島じゃない。私の見方だ。


昨日はただ怖くて、街の灯りも森も川も、全部ひとかたまりの恐怖に見えていた。

でも今は、動画で見た師匠の言葉が頭の中に残っている。


撃ち合いに勝つ前に、勝てる状況を作る。

負ける撃ち合いをしない。

遮蔽物。逃げ道。別の敵。


私は光の筋を探した。


街の中心には、何本もの降下の軌跡が集まっている。

あそこはだめ。絶対にだめ。

昨日の私なら、きれいな建物が多いから物資がありそう、とか思って降りていたかもしれない。けれど今は分かる。


物資が多い場所には、人も多い。


人が多い場所には、銃声が多い。


銃声が多い場所には、私の居場所はない。


「端……端っこ……」


島の外れに、小さなガソリンスタンドのような建物が見えた。

その近くには道路と、数本の木。少し離れたところに倉庫のような建物が一つ。周囲に降りている光の筋は、見える範囲では一本だけだった。


一本あるのが嫌すぎる。


でも、ゼロは探しても見つからない。


「一本なら……たぶん、なんとか……」


なんとかって何。


自分で言っておきながら、何もなんとかできる気はしなかった。

けれど、いつまでも空にいるわけにはいかない。


私はグライダーの持ち手を強く握り、そのガソリンスタンドらしき場所へ体を傾けた。


風に流される。

地面が近づく。


昨日よりは、少しだけ落ち着いている。

グライダーが消える高さも、なんとなく分かった。

だから私は、着地直前に膝を少し曲げた。


どさっ。


「っ……!」


それでも衝撃はあった。

足の裏から膝にかけて、じんと痛みが走る。


でも転ばなかった。


昨日は四つん這いになった。

今日は立っている。


たったそれだけなのに、少しだけ胸の奥が熱くなった。


「よし……」


小さく呟いた瞬間、遠くで銃声が鳴った。


ぱぱぱぱっ。


「よしじゃない!」


私は反射的に首をすくめ、ガソリンスタンドの建物へ走った。


足元はスニーカーだ。

昨日みたいにサンダルが脱げる心配はない。靴紐をきつく結んできたおかげで、走っても足にちゃんとついてくる。


靴、大事。


こんな世界に来て、最初に学ぶことがそれでいいのかと思うけれど、本当に大事だった。


建物の自動ドアは壊れているのか、半分開いたまま止まっていた。私は隙間から中に滑り込む。


店内は薄暗い。


棚には、見たことのない缶詰やスナック袋のようなものが並んでいる。

レジカウンターの奥に、青く光る小瓶。

床には、昨日拾ったものとは違う種類の銃が落ちていた。


細長い。

たぶん、アサルトライフル系。


私は迷った。


昨日の小屋ではショットガンを拾った。

でも、結局撃てなかった。近距離で相手と目が合って、引き金を引けなかった。


アサルトライフルなら、少し離れて撃てる。

でも、当てられる気がしない。


「武器を選んでる場合じゃない……」


私はそれを拾った。


やっぱり重い。

ゲームならアイコン一つで済むのに、現実の武器は腕にずしりと来る。構えるだけで肩に力が入る。昨日撃たれた場所が、思い出したように痛んだ。


カウンターの奥に回り、青い小瓶も取る。


昨日飲んだものと似ている。

飲むと体に薄い膜が張るような感覚がしたやつだ。


「これ、先に飲んだ方がいいんだよね……」


ゲームならそうだ。

シールドは先に飲む。

敵と会う前に飲む。

分かっている。


でも、現実で青く光る液体を飲むのは、二回目でも普通に怖い。


私はふたを開け、息を止めて飲んだ。


甘い。

金属っぽい。

喉の奥がひやりとする。


体の表面に、薄い膜が張る感覚。

慣れない。気持ち悪い。でも、少し安心する。


そのとき、外で車の音がした。


低いエンジン音。


私は店内の棚の陰にしゃがみ込んだ。


「車……?」


この世界、車もあるの。


いや、ゲームにはある。

あるけど。

実際に聞くと、こんなに怖いのか。


エンジン音が近づいてくる。

道路の方からだ。


私は棚の隙間から外を見た。


赤い車が一台、ガソリンスタンドの前を通り過ぎる。

乗っている人影が見えた。たぶん、一人。


そのまま通り過ぎろ。

お願いだから通り過ぎて。


心の中で祈る。


車は少し進んで、止まった。


「なんで……」


声が漏れそうになって、慌てて口を押さえた。


運転席から人影が降りる。

こちらへ向かってくる。


私の心臓が一気に速くなった。


どうする。

撃つ?

いや、撃てる?

撃ったら場所がバレる。

相手が一人とは限らない。

それに、外にはさっき見えたもう一本の降下の光の誰かがいるかもしれない。


撃つ前に、場所。

遮蔽物。逃げ道。別の敵。


今の私は、棚の陰にいる。

逃げ道は、裏口らしきドアがある。

相手はこちらに気づいていないかもしれない。


なら、撃たない。


私は銃を抱えたまま、音を立てないように後ずさった。


その瞬間、背中が棚に当たった。


かたん。


小さな音。


でも、この静かな店内では、信じられないくらい大きく聞こえた。


外の足音が止まった。


「……っ」


まずい。


私は裏口へ走った。


同時に、自動ドアの方で銃声が響く。


ぱんっ!

ぱんっ!


ガラスの破片が飛んだ。


「きゃっ!」


叫んでしまった。


でも、もう仕方ない。

私は裏口のドアノブを掴み、全力で押した。


開かない。


「うそでしょ!?」


引く。


開いた。


「引くタイプかよ!」


自分でも何に怒っているのか分からないまま、私は外へ飛び出した。


裏手には、細い路地とゴミ箱。

その向こうに、数本の木と小さな丘がある。


逃げるなら、木の方。


私は走った。


背後でドアが開く音がした。

足音。

追ってくる。


撃たれる。


そう思った瞬間、昨日の肩の痛みがよみがえった。


嫌だ。

あれは嫌だ。


私は振り返らずに走った。

撃ち返す余裕なんてない。

銃を持っているのに、ただ抱えて逃げているだけだ。


情けない。


でも、今は情けなさより命だった。


木の陰に滑り込む。


直後、幹に弾が当たった。


ばきっ、と乾いた音がして、木の皮が飛び散る。


私はその場にしゃがみ込んだ。


息がうるさい。

自分の呼吸が敵に聞こえるんじゃないかと思うくらい、ぜえぜえしている。


敵はまだ追ってきている。

足音が近い。


どうする。


逃げ道。

遮蔽物。

別の敵。


私は周囲を見る。

木の後ろ。

丘の斜面。

左側に岩。

右側は道路。


岩まで行ければ、もう少し隠れられる。

でも走ったら見える。

撃たれる。


そのとき、遠くから別の銃声がした。


ぱぱぱぱぱっ。


私を追っていた足音が、一瞬止まった。


敵が、そちらを向いた気配がした。


今。


私は木の陰から飛び出し、岩へ向かって走った。


足がもつれそうになる。

でも転ばない。

転んだら終わる。


岩の裏に滑り込んだ瞬間、背後で撃ち合いが始まった。


さっきの敵と、別の誰かが戦っている。


私は岩に背中を押しつけ、銃を抱えたまま固まった。


これが、漁夫。


いや、私は漁夫る側じゃない。

漁夫に救われた側だ。


ゲームなら、ここで第三者として撃ちに行くのが強いのかもしれない。

でも今の私には無理だった。


手が震えている。

足も震えている。

喉が痛い。


「帰りたい……」


口から、勝手に言葉が出た。


部屋に帰りたい。


ミルクウォーマーの音がする部屋。

安いインスタントコーヒーの匂い。

ローテーブル。

畳みきれなかったパーカー。

冷蔵庫の中のタッパー。


でも、部屋に帰っても牛乳はない。


その事実が、なぜか急に胸に刺さった。


こんな状況で考えることじゃない。


銃声がしている。

私は戦場にいる。

生きて戻れるかも分からない。


なのに、頭の片隅でずっと思っている。


牛乳がない。


明日の朝のコーヒーが飲めない。

食パンもない。

買い物にも行けない。

バイト先にも行けない。

咲にも隼人にも連絡できない。


普通の生活が、全部ドアの向こうに置き去りになっている。


「なんで……牛乳買いに行くだけだったのに……」


声が震えた。


ぽろ、と涙が落ちた。


自分でもびっくりした。


撃たれたときより、降下したときより、今の方が涙が出た。


怖い。

悔しい。

意味が分からない。

でも、それ以上に、日常を奪われたことが悲しかった。


私は岩の陰で、銃を抱えたまま泣いた。


戦場の真ん中で。

敵が近くにいるかもしれない場所で。

ゼロビルドの島の片隅で。


牛乳切れの女子大生が、声を殺して泣いていた。


どれくらいそうしていたのか分からない。


撃ち合いの音が止んだ。


静かになった。


私は涙を袖で拭い、ゆっくり顔を上げた。


岩の向こうを覗く。


誰もいない。


いや、分からない。

見えないだけかもしれない。


それでも、いつまでもここにはいられない。


私は深呼吸した。


泣いたせいで鼻が詰まって、うまく吸えなかった。


「……見る。まず、見る」


昨日ノートに書いた言葉を、もう一度つぶやく。


私は岩の陰から周囲を確認した。

道路。

木。

ガソリンスタンド。

遠くの丘。

動いている影はない。


さっきの敵が落としたのか、地面に何かが光っていた。


近づくのは怖い。

でも、見ておきたい。


私はしゃがんだまま、少しずつ進んだ。


光っていたのは、小さな回復アイテムと弾薬だった。

それから、見慣れない機械のようなもの。


手のひらサイズで、青白いラインが走っている。


「リーコン……系?」


ゲームで見たことがある。

周囲の敵を探知するようなアイテム。今シーズンの動画でも、師匠が大事に使っていた。


敵を見つける。

撃つ前に、見つける。


私はそれを拾った。


使い方は分からない。

でも、持っているだけで少しだけ心強い。


その瞬間、空から低い音が響いた。


遠くの空に、紫色の壁のようなものが見えた。

ゆっくりと、島を飲み込むように迫ってくる。


「安置……」


ゲームと同じなら、あれに飲まれるとダメージを受ける。


地図がない。

でも、感覚的に分かる。

ここは外側になりつつある。


移動しなきゃいけない。


私は立ち上がろうとして、足が震えていることに気づいた。


まだ怖い。

泣いたからといって、強くなったわけじゃない。


でも、少なくとも昨日よりは分かる。


何も考えずに動いたら死ぬ。

でも、止まっていてもたぶん死ぬ。


私はリーコンらしき機械を握り、アサルトライフルを肩にかけた。


「牛乳……」


小さくつぶやく。


自分でも変だと思う。


でも、今の私にはそれくらいがちょうどよかった。


世界を救うとか、謎を解くとか、そんな大きな理由では足が動かない。


牛乳を買いたい。

泡ミルクのコーヒーが飲みたい。

咲と隼人に会いたい。

店長に、無断欠勤してすみませんって言いたい。


そのために、今は一歩でも生き延びる。


私は丘の方へ歩き出した。


その直後、背後で足音がした。


ざっ。


私は振り返った。


人影がいた。


さっきの敵か、別の敵かは分からない。

距離は近い。

向こうも私に気づいている。


銃口が上がる。


逃げるには遅い。


私は反射的に、拾ったばかりのリーコンらしき機械を投げた。


青い光が弾ける。


周囲の景色が一瞬だけ透けるように揺れた。


敵の輪郭が、光って見えた。


「見えた……!」


驚きと同時に、相手が撃った。


銃声。


胸のあたりに衝撃。


視界が白く弾ける。


でも、その一瞬前に、私は確かに見ていた。


敵の位置。

動き。

銃口の向き。


ただ倒されただけじゃない。


見て、覚えた。


次に活かせる。


そう思った瞬間、世界が消えた。



目を開けると、私はワンルームの床に倒れていた。


天井。

蛍光灯。

ローテーブル。

ミルクウォーマー。


戻ってきた。


私はしばらく動けなかった。


胸の奥が痛い。

撃たれた場所に傷はない。

でも、体は覚えている。


「……負けた」


声がかすれた。


悔しい、とはまだ言えなかった。

怖かった。

泣いた。

逃げた。

何もできなかった。


でも。


私はゆっくり体を起こし、ノートを引き寄せた。


手はまだ震えている。


それでも、ボールペンを握った。


今日分かったことを書く。


リーコン系アイテムは、敵の位置が見える。

車の音はかなり遠くから聞こえる。

裏口は押すとは限らない。

泣いても、戦場は待ってくれない。

牛乳は、やっぱり必要。


最後の一行を書いたところで、少しだけ笑ってしまった。


笑ったら、また涙が出た。


私は袖で目元を拭い、キッチンを見た。


空の牛乳パックが、まだそこに置いてある。


「……絶対、買いに行くから」


誰に言ったのか、自分でも分からない。


でも、その言葉だけは本気だった。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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