第33話 ハーバスへ
王都カラロードから領都ハーバスへ向かう街道を、王家紋章付きの重厚な馬車が疾走していた。
「だから違うと言っているでしょう、老師!」
赤髪のジーナ・ハーバスが身を乗り出す。
「魔法は“学問”ですわ。魔力を変換回路に通し、構造化し、現象化する体系的技術。回路を通さない発動など――」
向かいでユタル老師が笑う。
「理論としては正しい。じゃが現実は理論通りに動かん」
「現実を理論に落とし込むのが学問です!」
「学問は“世界を説明”するものじゃ。“世界を支配”するものではない」
「……詭弁ですわ」
馬車の揺れに合わせて舌戦が続く。
アレン・ハーバスは黙って書類を読んでいた。
(十日間、ずっとこれだ……)
ジーナは秩序と構造の象徴。ユタルは例外と直観の象徴。
二人とも正しい。だが同時に、二人とも危険だ。
(“マナベサキ”という存在は、魔力回路を無視した現象支配。そして、防御魔法無効化の可能性。
一方、“サカモトノボル”という少年も、”アイ”という名の『実体化する精霊』のような存在を使役し、老師すら持たぬ知識を有していると)
アレンは思考を切り替え、政治の盤面を組み立てる。
(招致は交渉ではない。“制御不能災害”への対応だ)
気づけば、街道を囲む木々が深く、暗くなり、空気の中に獣特有の不快な臭いが混じり始める。
「来ましたわね 」
アレンが、窓の外を見る。
すでにブラッドウルフの群れに囲まれている様だった。
「街道整備が甘いのう 」
「私が、排除します 」
ジーナが即答する。
「広域魔法を展開します」
「やれやれ、ワシも久々に運動でもしようかのう」
ユタル老師が、よっこらしょ、と重い腰を上げた。
「運動ではありません、討伐です」
二人の魔力が同時に膨れ上がる。
『-天穹の門よ開け、星の輝矢を解き放て、聖なる万――、』
『-深淵の氷河よ、蒼き槍と化し
血に飢えし魔獣の――、』
――と、その瞬間。
ズン。
大地が叩かれ、白銀の閃光が走り、空が焼け、押し寄せる熱波と轟音。
「……なんだ! どうなってるんだ…」
アレンは、揺れる馬車のなかで、身構える。
さきほどまで殺気立っていた、ブラッドウルフが悲鳴もなく散り。森が沈黙する。
「これほどの、事象に魔力の動きが感じられない……!?」
ジーナが呆然と、光の残滓が消えゆく空を見上げた。
「なっ……!?や、山が……欠けてる…今のは……爆発魔法……?」
「 ……ジーナ君、ワシも魔力の動きを感じられんかった。もし直撃しておれば、山一つ消えておったろうな」
「老師…、それにこの重苦しい空気は…」
ユタル老師は、震える手で髭をなでた。
「うむ、原因は、【使徒】”サキ”の力の行使の残留じゃ。本人曰く【領域指定】だそうじゃ」
「魔力を伴わない力の行使… 」
騎士たちも、固唾を呑んで、二人の大魔導師による「言葉」を見守る。
次第に、心臓を直接握られたような重圧が、辺り一帯から消えてゆく。
馬車の中で、アレンだけが冷静にその光景を記録していた。
(……何が起こった…!? だが、方角からして、ハーバス近郊。……これが使徒の”力”なのか!?)
翌日。
領都ハーバスまであと一日という距離。
昨日の爆発の影響か、森は不気味なほど静まり返っている。
アレンは窓の外をぼんやりと眺めていた。
すると、木々の隙間、陽光が差し込む一角に、二人の男女がいた。
一人は、古びた剣を腰に差し、軽装の旅装束を纏った少年。
もう一人は、白を基調とした清廉なローブを羽織り、摘んだばかりの野花を手に、楽しげに笑う少女。
少年は、ふと足を止めこちらを向く。
窓越しのアレンと目が合った様な気がしたが、少年は直ぐに、隣の少女に何かを話しかけながら、また森の奥へと歩き去っていった。
(昨日、あれほどの事象を起こし、今日は何事も無かった様な振る舞い……。【使徒】にとっては、あの程度の爆発は些細なことなのか…?)
「……アレン、どうしたの? 怖い顔をして」
ジーナが声をかけるが、アレンは返せなかった。
「老師……」
「わかっておる。あれが【使徒】”サキ”と”ノボル”じゃ 」
ユタル老師の声には、どこか諦めにも似た、清々しい響きがあった。
「 ”王都へ招く” か……。アレンよ、お主の仕事は、虎の首輪を持ってくることではなく、竜の機嫌を損ねないように案内することになりそうじゃな」
アレンは眼鏡を外し、目元を押さえた。
彼がこれから向き合うのは、政治でも外交でもない。
『天災』そのものなのだと、ようやく悟ったのである。




