第5話 帰還パーティー
「アレン、今日は本当に助かったわ。ありがとう」
きらびやかなライトブルーのドレスに身を包んだ私は、エスコートをしてくれるアレンに向かって、感謝の言葉を告げる。
現在、私達は"帰還パーティー"が行なわれる王城の大広間へ向かって歩みを進めていた。
帰還パーティーと言っても、いわゆるダンスパーティーのようなもので、パートナーは必須。
だからこそ、アレンが名乗り出てくれてありがたかった。
ちなみに両親とレオは、アレンから指輪を受け取った私を見て顔面蒼白。その場に居づらそうにしながら、そそくさと部屋を出ていった。
つまり、アレンのおかげでバッチリ撃退できたというわけだ。
ふふ、ほんの少しだけど、気持ちがスカッとしたわ。
3人の鼻を明かすことができてご満悦の私は、先ほどまでとは打って変わって足取りも軽い。
しかし、そんな私とは対照的にアレンは神妙な顔つきだ。
……アレン、どうしたのかしら?
気になって横目で隣を歩くアレンに視線を向けたその瞬間、パチッと彼と目が合ったかと思うと。
「……デイジー。1つ聞きたいんだけどさ、俺の求婚の意味って、ちゃんと君に伝わってるよね?」
意を決したように私に向かって声をかけてきた。
「ん?もちろんよ。アレンが私を心配してプロポーズの演技をしてくれたことはわかってるわ。私がよく家族やレオ様の愚痴話をしてたから、あの時察してくれたんでしょ?」
アレンは人の機微に聡い。
それは戦場にいた時もそうだった…。
『マルコ、今日の戦闘で左足負傷しただろ?ちゃんと後で手当てしておくこと』
『ジェフ!数日前に捻った足首は大丈夫か?今日は後方支援を中心にしろ』
いくら怪我や病気を隠してもアレンは全てお見通しで一時期、千里眼でも持っているのではないか、なんて突拍子もない噂が流れたくらいだ。
今思えば、それだけ周りを注意深く観察し、気を配っていたのだろう。
「さ!パーティーも長居するつもりはないわ。ちょっと顔出してゆっくりしたいもの。あと、大公様に私の爵位をお願いしないとね」
パチンとウインクして、足早に大広間へ向かう私を横目に、アレンが「あぁ、そういう解釈……」と小さくため息をついていたことに、この時の私は気づいていなかった——。
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「まぁ、あちらの方が戦場姫の……」
「どんな方かと思えば、可愛らしい方ね。本当に剣を握って戦っていらっしゃったのかしら?」
ヒソヒソと、私の噂話に花を咲かせている同世代の令嬢達に内心うんざり気味の私。
まるで見世物のような扱いに嫌気がさしながらも、私は手に持っていたグラスを煽るように傾けた。
当人は聞こえないように言っているつもりなのかもしれないけれど、普通に私の耳まで届いているのだから、少しは考えてほしいものだ。
まぁ、噂の中心は私だけじゃないみたいだけどね。
「ちょっと、戦場姫様の隣にいらっしゃる方はどなた!?」
「えぇ!?あの方が第3騎士団の団長??なんて素敵な方なの……」
ぽっと頬を朱に染める令嬢達の視線の先に居たのはアレンだ。
スラッとした均整のとれたスタイルと、端正な顔立ちは会場の女性たちの視線をくぎ付けにしている。
それにしても愛想よく他の貴族達と会話をしている姿は、社交の場に慣れているように見えて私は感心してしまった。
アレンって、話術も達者なのね。会話の内容も相手に合わせて変えてるし、すごいわ。
レオ様は、公の場でも自分の自慢話か、アイリスの話しかしなかったものね。
私が戦場姫になる前、アイリスとレオに連れられて何度か夜会や社交パーティーに参加をしていたのだが、口を開けば同じ話題ばかり。
そのため、彼に代わり、私が他の貴族の話し相手になることもしばしばあった。
しかも、毎回パートナーの私ではなく、さり気なくアイリスをエスコートしてたっけ?
当時は露骨にショックを受けていたが、今考えれば本当にしょうもない相手に心を痛めていたなと、思わず自嘲的な笑みがこぼれる。
本当、昔の私ったらレオ様に良いように使われてたわね。
「デイジー、どうかしたか?なんか怖い顔してるけど……」
「ううん、なんでもないの。それより、アレンって社交の場に慣れてるのね。ビックリしたわ。よくパーティーに参加してたの?」
心配そうに声をかけてくれるアレンに私は、首を横に振ると、わざと話題をそらした。
いい加減、あんな馬鹿な相手のことを考えるだけで時間の無駄だと悟ったからだ。
笑顔で話を振る私に、「まぁ、それなりにはね……」と、少し言いづらそうなアレン。
普段の飄々とした彼にしては、珍しい態度に私が首を傾げた時だ。
「……あ!アレン様やっと見つけました……!ジュリア、すっごくお会いしたかったですわ」
そんな可愛らしいソプラノの声が聞こえ、アレンの背後から現れた小柄な少女が、彼の左腕に絡みついてきた。
……!!
突然の少女の登場に私は呆気にとられて、目が点になる。
しかし、嬉しそうに顔を上げた少女の姿を見て、私は言葉を失った。
ピンク色のドレスに身を包み、綺麗な背中まであるブロンドヘアをなびかせた可愛らしい彼女の顔には見覚えがある。
……う、嘘。彼女って……まさか……。
私がゴクリと息を呑んだ瞬間。
「……お戯れはよしてください。ジュリア王女」
眉を潜めたアレンの口からそんな言葉が発せられたのだった。