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深夜、幼女を拾う 15

 さて。到着したはよいが、蛍太郎(けいたろう)はほぼノープランである。どこに行くかは考えていたが、そこで何をするかまでは決めていなかった。先にやって来たのは映画館。だが何が上映中かまでは知らない。


「タマ、お前何か見たい映画あるか?」


「うーん……。どれもわかんない」


 そうだろう。自分のことに関する記憶がないのに、現在やっている映画なんていう細かい情報、知っているはずない。何か彼女でも楽しめそうな、面白い作品はやっていないだろうかと、券売機を睨みつける。


「好きな映画のジャンルって、覚えてるか?」


「さぁ……。あんまり映画って見たことないような……」


 じゃあどうして映画館にも行きたいと答えたのか。否、見たことがないからこそか。


 仕方ない。適当に選ぼう。まず前後を知らなければいけないシリーズものは候補から外す。単体でも問題ないものがよい。そうして選択肢を絞り込んでいくと、3本くらいまでになった。


 1つは青春恋愛系映画。若手アイドルが主演の、ありがちな作品だ。もう1つは有名アニメクリエイターの新作長編。だがこれは、蛍太郎はすでに観賞済みだった。最後はホラー洋画。ポスターを見た感じ、まぁまぁキツそうである。


 この中から選ぶとすると、長編アニメが一番無難か。あの手の恋愛映画は正直苦手だし、ホラーもあまりタマには向いていなさそうだ。まぁ、彼女の趣味ははっきりしていないが。


「青春ラブストーリーとファンタジーアニメーションとサイコホラー、どれが良い?」


「ホラー!」


 一応訊いてみると、そう即答された。ちょっと予想外だ。


「本当にそれで大丈夫か? 始まってから泣いても知らないぞ」


「大丈夫だよ。面白そうじゃん!」


 蛍太郎よりタマの方が、肝が据わっていた。


 やや戸惑いながら、ホラー映画のチケットを発券する。タマの正確な年齢はまだわかっていないが、多分これで問題ないだろうと、中学生料金で購入。


 上映開始まであと20分。その間にドリンクとポップコーンを買い、入場列に並ぼうとするが、その前に。


「ちょっとトイレ行ってくるわ。タマ、トレー持てるか?」


「大丈夫だよ。ここで待ってるね」


 館内の外れにあるトイレに向かう。用を足して出てくると、すぐにタマからドリンク2カップとMサイズのポップコーンが乗ったトレーを受け取る。


 その時。傍にある喫煙所の扉が開いた。


「あれ、柏木(かしわぎ)柏木くん? こんな所で何してるの?」


 聞き覚えのある声に、蛍太郎はビクっと肩を震わせる。振り返るとそこにいたのは――。


 藤原(ふじわら)夕花(ゆうか)だった。


「今日は猫ちゃんの世話をするって言ってなかった? どうしてこんなとこに?」


「藤原さんこそどうして……? 今日は用事があるって……」


「うん。だから、映画を観に来たの。なのに、家に帰ったはずの柏木くんを見かけるなんて」


 冷や汗が止まらない。嘘を吐いていたことがバレてしまう。しかもよりによって、タマと一緒にいるところを見られた。


 いや、そこはまだ大丈夫だ。彼女はタマのことを知らない。妹と偽れば、乗り切れるはずだ。


 だがそんな、嘘に嘘を重ねて問題ないだろうか。いつかすべてがバレた時、どうなる。


 だんだん鼓動が早くなる。いくつもの言葉が頭の中を駆け巡る。しかしあまり長い間喋らなければ、不審に思うはずだ。何とかしてこの場を切り抜けなければ。


「けーたろー、この人は誰?」


 お前もか! と思わず心の中でツッコむ。2つの質問に挟まれた。


 どうしよう……。そこで蛍太郎は、タマと出会った時のことを思い出した。あの時彼女は、蛍太郎が警察に吐いた嘘の話に合わせてくれた。今度もきっと、空気を読んでくれるはずだ。タマのアドリブ力に賭けよう。


「あっと……。彼女は俺と同じゼミの藤原さん。それでこの子は――」


「初めまして。タマです。けーたろーに拾われました」


「馬鹿野郎かお前は!」


 膝を折り泣き崩れる蛍太郎。せっかくここまで隠してきたのに、台無しだ。


 ふと夕花に目をやると、感情の整理が付かないのか、顏が色々な表情に歪んでいた。


「柏木くん……? 拾った、て……。猫ちゃんの話ではなく……?」


 何とかしなければ。


「いや、拾ったのは猫だよ! この子は俺の妹! 偶然今日遊びに来たんだ!」


「え、妹とは喧嘩中じゃなかったの?」


「お前もう喋るな!」


 タマの口に、無理やりジュースのストローを咥えさせる。


 初めて会った時のアドリブ力は、もうないらしい。あの時だけ奇跡的に存在していたということか。


 もう取り繕えそうにない。夕花はすべてを察したようだ。


「ないわー……。柏木くん、それはないわ……」


 彼女の手がスマホに伸びる。間違いない。警察に通報する気だ。


 慌てて番号を入力しようとする指を止める。


「待ってくれ、話を聞いて欲しい!」


「ヤバいけーたろー! 映画始まっちゃう!」


 蛍太郎の焦りと絶望などお構いなしに、上映時刻を気にするタマ。


 すると、彼女の持っているチケットに、夕花が反応した。


「あれ、あなたその映画見るの? 私もだよ」


「へぇー。お姉さんもホラー好きなの?」


「うん。私、オカルトとか都市伝説とか、そういう系に目がないの」


 変なところで意気投合している。これは予想外の展開だ。


 蛍太郎の方へ向き直る夕花。冷ややかな視線のまま、彼女は言う。


「映画に免じて、今は見逃してあげる。でも、上映が終わったら、きちんと話を聞かせてね」


「はい…………」


 ホラー映画よりも、その後の方がずっと怖そうだなと、全身に鳥肌が立つ蛍太郎であった。

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