深夜、幼女を拾う 10
だんだん目が覚めてきたタマは、蛍太郎に蹴られたことに気が付いた。
「あっ! けーたろーアタシのこと蹴ったでしょ! 児童虐待だぞ!」
「ゴメン、わざとじゃないから! 勘弁してくれ」
「まぁいいよ。それより早くご飯作ってー」
寝起きであることと、蹴られたこと、それに空腹でかなり不機嫌になっている。寝そべったまま手足をバタバタと動かして、ごねるタマである。
台所に立ち、調理の準備を進める蛍太郎。
「何か食べたいものあるか?」
買ってきたレトルト食品が入っている袋を指して、「その中から選んでくれ」と指示する。タマは袋の中を漁り、自分の好みのものがあるか探していく。
「うーん……カレーでいいや」
「いいやって、そんな投げやりな」
「だってけーたろーが言ったんじゃん。この中から選べって。それならカレーだよ」
色々な種類を買ってきたつもりだが、足りなかっただろうか。もっときちんと彼女の好みを知る必要がありそうだ。
とりあえず要望のレトルトカレーを鍋に入れる。一箱に二袋入っているので、蛍太郎も同じものを食べることにした。
「ちょっと。アタシの真似しないでよ」
「真似じゃねぇよ。わざわざ他の箱を開けるより、こっちの方がいいだろ」
「ただけーたろーが面倒くさがりなだけじゃん」
台所に並んで立ち、茶々ばかり入れるタマ。
だがその表情に、僅かに曇りがあることに気付いた。
「(そうかこいつ、半日独りにされて心細かったのかな……)」
それは蛍太郎の推測でしかない。だが的を射ているように思う。留守番をさせたことが、途端に申し訳なくなった。
今タマが頼ることができる存在は、蛍太郎しかいないのだ。
「ごめんな、独りぼっちにして」
謝るも、返事はない。
否定してこない辺り、思った通りのようだ。
「ねぇ、明日も学校行くの?」
不安げな表情を見せるタマ。蛍太郎は、頷くしかなかった。彼には彼の生活がある。実家を強引に出てまで大学に通うことにしたのだ。受業をさぼって、単位を落とすわけにはいかない。
無責任だな。
自分のことを鼻で笑う蛍太郎。頼れる大人みたいな顔をして、根本のところは何もしてやれない。図書館で彼女の記憶を取り戻す手助けになるかもしれない本を借りてきた。食事の準備も、今こうしてしている。でも、そういうことではないのだ。それらも、もちろん必要なことだ。しかし重要なことは他にある。
わかっていた。一番してやるべきことは何なのか。
「タマ、悪いなぁ。俺が不器用で。怖いし、寂しいよな。そんな思いさせてごめんな」
「何言ってるの? そんなわけないじゃん」
否定するタマ。強がっているのが丸分かりだ。
「別にけーたろーがいなくったて平気だし? アタシはそんな弱い子じゃないし」
口ではそう言っているが、不機嫌そうな顔を見るに、当たっているらしい。
そんな彼女に、蛍太郎はある提案をした。
「明日、一緒にどこかへ出かけようか」
講義があるのは三コマ目まで。夕方前には大学を出ることができる。バイトも入っていない。
時間があるなら、タマのために使ってあげたい。
タマに必要なのは、誰かと一緒に過ごす時間だ。
記憶をなくしているせいで、彼女の孤独感は普通よりもずっと大きい。少しでも和らげてあげたい。今タマの居場所になることができるのは、蛍太郎しかいないのだ。
「けーたろー、学校はいいの?」
「早く終わる日だから。終わったら、一緒に遊びに行こう」
浮かない顔をしていたタマだが、その提案をすると、一気に明るい表情に変わる。
「うん! 約束だよ、けーたろー!」
「おう」
そうこうしている内に、食事の準備ができる。
ごはんを皿に装い、カレーをかける。他にもカット野菜も盛り付けた。
簡単に作った夕飯だ。それでも蛍太郎には、いつもの食事よりもずっと美味しそうに見えた。
「(誰かと一緒に食べるなんて、いつぶりだろうな)」
孤独を感じていたのは、彼も同じだったのかもしれない。
誰かと一緒の食卓がこんなに楽しいなんて、思ってもみなかった。




