45章 勇者と魔王 26
『魔王』戦、最後の盤面は、勇者と『魔王』の魔力の押し合いとなっていた。
白と黒の魔力の奔流のぶつかり合いは、一度は拮抗を取り戻したものの、じわじわと黒が優勢になってきた。俺が手を抜いているわけではなく、『魔王』の魔力の圧が増えているのである。
黒い柱のような『魔王』の魔力が、俺という存在を消し去ろうと迫ってくる。俺が放つ白い光は黒い闇に飲み込まれ、徐々に圧倒され、あと少しで抗しきれなくなりそうだ。
「さあ余の目の前から消えるがよい、勇者よ」
高らかに宣言する『魔王』。
ん~、これはさすがにマズいか?
まあでも大丈夫だろう。俺には仲間がいるからな!
とか考えていたら、俺の能天気な考えが天に届いたのか、唐突にその優劣が逆転した。
白い光が黒い柱を押し返し、徐々にもとの拮抗点に戻っていく。
別に俺がなにをしたわけでもなく、『魔王』の力が弱まったのだ。それを証するように、『魔王』の言葉から余裕が一気に失われた。
「力が……失われていく……だと? なぜだ、この星は我が支配下にある。なぜ余に力を寄越さなくなったのだ!」
「あ~、どうやら間に合ったみたいだな」
「なんだと? これもまた貴様の仕業だと言うのか!?」
「だから俺じゃなくて、仲間の力だって言ってるだろ」
俺がそう答えた時、脳内に言葉が響いてきた。
『ミスターアイバ、聞こえますか?』
それは銀河連邦評議会のメンタードレーダ議長の声だった。しかもその声は『魔王』も聞こえたらしく、「なんだこの声は!?」と動揺している。
『ちょうどいいタイミングですよメンタードレーダ議長』
『ええ、そうだと思いました。今、最後のダンジョンのボスを撃破したと連絡があったところですからね』
『あれ? もしかして議長にもお手伝いいただいた感じですか?』
『ええ。ミスターアイバのお弟子さんたちも大変活躍されましたし、私の艦隊も、それからライドーバンが連れてきた支援艦隊もお手伝いさせていただきました』
『支援艦隊ということは、あれからさらに増えたんですね。さすがに青奥寺たちだけじゃ間に合わなかったか。助かりますよ』
『ミスターアイバには大いに借りがありますからね。それでどうですか、勝てますか?』
『ええ、これで多分なんとかなるでしょう』
『頼もしいですね。健闘を祈ります』
ちょっと予想以上の動きもあったようだが、持つべきものはやはり仲間というのはその通りだったようだ。
もちろん、今のやりとりで納得いっていないのが魔王である。当然ながら声を荒げて叫んできた。
「貴様、一体何をしたのだ!? 答えよ!」
「だから仲間に頼んでおいたんだよ。この惑星にいるモンスターを全部駆除して、さらにダンジョンも全部潰してくれってな」
「馬鹿な。この惑星上に一体どれだけのモンスターとダンジョンが存在すると思っているのだ!」
「まあ多分、この惑星全部焼け野原になってるだろうな。だがお前を倒すためには仕方ない」
「それを可能にするほどの戦力を、貴様は有していたというのか!」
「いやだってお前、銀河連邦まで腰上げたらそうなるだろ」
と当たり前のことを指摘すると、魔王は歯ぎしりをしたようだった。いや、全身コールタール状態なので歯があるのかはわからないのだが。
「……だが、まだ勝負は決しておらぬ。結局は貴様に勝てばいいだけのこと」
「そりゃそうだ」
魔力による押し合いは、さらに15分ほど続いた。
しかし悲しいことに、俺が放つ白い光も、『魔王』が撃ち出す黒い柱もだんだんと細くなって勢いを減じていった。要するに互いに魔力が切れかかっているのである。
ただ魔力は体内の魔力発生器官から常時発生しているので完全に切れるということはない。だがもう魔力の押し合いで決着する状態ではなくなったということだ。
図ったように、お互い魔力の放出をやめた。
魔力の打ち合いで決着がつかないなら、やることは一つだけ。
そう、フィジカルのぶつかり合いである。
俺はしまっていた『聖剣天之九星』と『魔剣ディアブラ』を取り出して、二刀に構える。
魔王は先ほどの浮かぶ剣を出してくるかと思ったが、手の先からニュッと黒い長剣を出現させ、俺と同じく二刀を両手に構えた。
「いいね。前のお前と最後に斬り合ったことを思い出す」
「我が屈辱の記憶、やはりここまでせねば消すことは叶わぬか」
50メートルはあった距離が一瞬でゼロになる。瞬間打ち合う剣と剣。
刹那に何十合と交わされる斬撃は、白と黒と赤と青と黄と緑と、あらゆる色彩の光芒と、爆発的な金属音を響かせる。
俺の手にある『天之九星』と『ディアブラ』はこれが最後の戦いと感じてか、振るたびにその刃を唸らせて、聖なる力と反魔の力を放出する。
『魔王』が手にする剣は、それら聖剣と魔剣の力を見事に受け切って、それどころか凌駕せんとばかりに強烈な力を放ってくる。
俺と『魔王』の戦いは、もはや足を止めてひたすら剣を振るうだけの、力と力、技と技とのぶつかり合いとなっていた。
一瞬でも手を止めればそれに付けこまれ、斬り裂かれるという究極の我慢比べとも言える戦いだ。
無論そこには高度な剣技や駆け引きなどが、当たり前のようにやりとりされている。むしろそれらが拮抗しているからこそ、最後は単純な力比べに見える戦いになってしまうのだろう。
「ぐぬうううっ! なぜここまで貴様は余に並ぶのか!」
「お前が魔王で俺が勇者だからだろ」
互いに現在進行形で湧き出す魔力を絞り出しながら、両の剣を振り回し、永遠に続くとも思えるような立ち合いを続けていく。
俺と魔王の魔力と剣の技量は、奇跡とも言えるくらいに拮抗していた。まったくアホらしいほどに俺たちは対になる存在らしい。
もしここに髪の毛一筋ほどの僅かな差が生じれば、それが決定的な差になる。
そんな刃の上を綱渡りするような戦い。
そこに髪の毛一筋にも満たない差をつけたのは、やはり俺の背中にいる青奥寺たち勇者パーティの存在だったのだろうか。
魔王が振り下ろしてくる黒い剣を『ディアブラ』が弾いた時、魔王の剣が鈍い音を発したのだ。
それは単に、たまたま当たり所の変化によって違う音になってしまっただけなのかもしれない。事実、魔王の剣は別に砕けてはいなかったし、『ディアブラ』は相変わらず魔王の魔力を吸い取って刃を震わせていた。
だがその音になぜか魔王は反応し、次の攻撃を慌てて繰り出してきた。
もしかしたら、魔王の中に残る前の魔王の記憶が『ディアブラ』の力を過剰に評価したのかもしれない。明らかに魔王は、自分の剣に異常が起きたと錯覚していた。
魔王が繰り出してきた左の袈裟斬りを俺は『天之九星』で受け流す。そのまま受け流し切ればノーダメージだったのだが、俺はあえて途中で『天之九星』を捻って受け流すのをやめた。
もともと俺の右肩を狙っていた魔王の剣は、俺の左肩の外側を削ぐようにして流れていった。
実際俺の左肩はザックリと斬り裂かれていたが、俺は構わず、フリーになった『天之九星』を渾身の力を込めて突き出した。
「ぬごほッ!?」
次の瞬間、破邪の力に白く輝く『天之九星』の刃が、魔王の胸のど真ん中を貫いていた。
俺は柄を握る手に、今持てる最大の魔力を注ぎ込む。
『天之九星』はそれに応えるように、自身の聖なる力を魔王の身体の中に解放した。
刃が無数の星を集めたかのように輝くと、魔王の全身から、無数の白銀の光がハリネズミの針みたいに外に飛び出していく。
「あり得ぬ……なぜここまで用意をして……同じ結末を辿るのだ……」
「もし次に復活することがあったら、もう少し仲間を大切にするんだな。ま、お前には永遠に理解できないだろうが」
「勇者……貴様のその顔は忘れぬ……何度でも蘇り……必ず貴様を……」
「お前が次復活する時は多分俺はいないと思うけどな」
俺は『天之九星』を『魔王』の胸に刺したまま、左の『ディアブラ』を一閃させた。
『魔王』の首が飛び、宙で放物線を描く。
俺は更に『ディアブラ』を突き出して、落ちる途中の『魔王』の頭部を串刺しにした。
「……忘れぬ……忘れぬぞ……」
「大した執念だ。じゃあな、俺の半身」
『ディアブラ』を握る左手に魔力を込めると、魔剣は反魔導の力を解放し、『魔王』の頭部を吸収するようにして消滅させた。消滅する瞬間まで『魔王』は俺への恨み言を口にしていたようだったが、ある意味奴らしい最後である。
そして『天之九星』にもう一度魔力を込めると、『魔王』の身体も光に包まれて消えていった。
念のために周囲の魔力や気配を探る。が、どうやら完全に消滅したようだ。
俺は肩の力を抜き、両の剣の切っ先を下げた。
「『魔王の真核』は出てこない……か?」
異世界で『魔王』を倒した時は、直後に『魔王』の亡骸から黒い球体『魔王の真核』とやらが出てきて、すぐに『魔王』が復活する話になったのだ。
おかげで俺は自分ごとその『魔王の真核』を『隔絶の封陣』で包み込んで、『魔王の真核』と刺し違えることになったわけだが、今回はそうはならなかったらしい。
ということは、『魔王』の魔力はこれでこの星に拡散したことになる。その拡散した魔力は長い年月を経て再び『魔王』になるわけで、その対策をしないと『魔王』との戦いは永遠に続くことになるわけだ。
ただまあ、もし『魔王』がこの星に再び顕現したとしても、この星はもう文明もなにもない死の星だ。ダンジョンを作ってモンスターを放し飼いにすることはできるだろうが、文明の利器がなければ『魔王』は星から外には出られない。
つまりこの星は、そのまま『魔王』にとっての監獄となる可能性が高かった。なんとも規模の大きい監獄だが、『魔王』には相応しいだろう。
「ま、そのあたりは銀河連邦に見張っててもらうか。どうせ俺が生きているうちは復活しないだろうし」
なんて言っていると、ゴゴゴゴゴと魔王城が振動し始めた。
そういえばルカラスが魔王城は爆発するって言っていたな。これはさっさと逃げた方がよさそうだ。
俺は『機動』魔法を全開にして、急いで出口に向かった。




