後編
あたしは北の城からもっともっと北を目指した。強い風が吹きすさび、凍り付いた大地の雪を舞い上げて視界は真っ白だった。
「このリボンがたなびく方向に向かうんだよ」
ラズモアのお父さんに持たされた金のリボンに導かれ歩き続けた。寒さに手足がしびれて感覚がない。それなのに頭が熱くぼんやりし始めた頃、おかしなくらい低い位置にある屋根を見つけた。雪の隙間から明かりが漏れている。窓があるらしい。
雪の上に這いつくばるようにして入り口らしい隙間からなんとか中に入り込む。地下を掘り下げたようなつくりの部屋の中はとても暖かかった。久しぶりの明りの中で、かまどの脇に座ったおばあさんがあたしを見つめている。
「ごきげんよう」
挨拶したあたしにおばあさんは暖かい食事を与えてくれた。あたしが差し出したラズモアのお父さんからの手紙を読み終わったおばあさんは、皺の中で小さくなった瞳であたしを見た。
「あんたの旅の目的はわかったよ。それであんたは、ラズモアを連れて帰ってなにがしたいんだい?」
「花冠をあげたい」
シロツメクサの冠を被せてあげて、迷惑そうに顔をしかめるラズモアが見たい。その後笑ってくれたなら、あたしはもうなにもいらない。
おばあさんは微笑んで、今夜はもうお眠りとあたしに寝床を与えてくれた。
翌朝あたしに食事をくれた後、おばあさんは衣装箱の中からやわらかな純白のマントを取り出した。
「これを纏ってお行き。これには魔力が籠められているからね。誰もおまえの気配に気が付かないよ」
そうして保存食が入った袋を腰にさげてくれた。
「ありがとう。あなたに良いことがありますように」
「おまえにも」
それからの旅はとても楽だった。マントのおかげで寒さも感じないし疲れもしないようだった。あたしは眠らずに昼も夜も歩き続け、西の山脈に辿り着いた。そこから三つの山と谷を越えて、とうとう西の魔王の城へと行き着いたのだった。
がらんとした真っ白なお城の中を歩き回る。やがてあたしは大きな広間の真ん中にぽつんとたたずむラズモアを見つけた。黒いマントに身を包み、金色の冠を被っている。
「ラズモア」
あたしが前に立つと、ラズモアは声もなく食い入るようにあたしを見つめた。
「ラズモア。迎えに来たよ」
「君のことなんか知らない」
「お父さんにそう突き放されたから、そんなふうに言うの?」
「君なんか知らない」
「お父さんはラズモアのためにそう言ってしまったんだって。だったらラズモアもあたしのためにそう言ってくれてるんだね。でもあたしは嬉しくないよ。ラズモアもそうだったんでしょう?」
強がりで練り込まれたようだった彼の瞳が揺れた。噛みしめていた唇が震えて言葉がこぼれる。
「フィリシア……」
あたしの名前を呼んだと思ったら、ラズモアは次から次へと涙を落とした。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう」
頭の上の冠を取ってラズモアはそれを床に投げ捨てた。
「こんなものが欲しかったんじゃない。ぼくは、君に花冠をもらえればそれで良かったんだ」
ラズモアの言葉が嬉しくて、あたしは微笑んで彼の頬を両手で包んだ。
「いくらでも作ってあげる。帰ろう、あたしたちの村に……」
言い差した時、ラズモアの肩越しに血相を変えて駆け寄って来るおじさんの姿が見えた。
「なりませんぞ、魔王様!」
きっとあれが悪い大臣だ。と同時に、あたしの背後の扉からも兵士がなだれ込んで来た。あたしは後ろから腕を引っ張られる。
「フィリシア!」
「ラズモア!」
大臣に掴まれたマントを脱いで、ラズモアがあたしに手を差し伸べる。あたしも暴れながらラズモアに手を伸ばす。あたしの肩にかかっていた純白のマントがはらりとひるがえる。すると。
マントが白い大きな鳥に姿を変えた。するりとあたしとラズモアをすくいあげて背に乗せ、ガラスの窓に体当たりして突き破り空中へと飛び出した。谷底から駆け上がってくる風に乗って翼を広げた白い鳥は空高く舞い上がる。
その背中の上で身を寄せ合うあたしたちの目の下で、魔王の城は砂になって谷底へと崩れていってしまった。逃げ出してくる者は誰もいない。無言のままその光景に見入っていたあたしとラズモアは、やがてどちらからともなく目を合わせて微笑み合った。
抱きしめ合ったまま上空から西の荒れ地と真っ白な北の大地を見送って、あたしたちは進む先へと視線を向けた。東の緑豊かな大地、帰るんだ、あそこに。シロツメクサが咲くあの野原に。そうしてラズモアに花冠を作ってあげる。金よりなにより大切なものを、大切なあなたに――。




