第十七章第一節<Border of Fallyark>
順調だ。全てが順調に進んでいる。
ベル・ジェルードに上陸し、南下してファレイアーク国境に到達したメルヴィン・ベジャール元帥は、そのまま電光石火の速度で砦を落とした。
彼我兵力差は少ない。ともすれば、ラスケイピア側が兵力には恵まれていると言っても良いくらいだ。
しかし、それは当然。こちらは遠征を仕掛け、相手の本拠地で戦っているのだから。
じっくりと腰を据え、迎え撃つ相手のほうが物資も兵力も温存できるというのは、ある意味当たり前だ。
だが、現実にベル・ジェルードはほとんど抵抗らしい戦いすら出来ず、聖十字騎士団の前に破れていく。
原因は、やはりヒルヴァイロの騎士団の特徴にあろう。
秘蹟能力者。戦闘技術的、肉体的な技術に変わりはなくとも、この差は大きい。
騎士団員の殆どが武具顕現能力者であるということは、武器調達費用が殆ど軽減されているということだ。
武具顕現の剱は対人戦であれば、特別な能力はほぼない。特筆すべき点があるとすれば、武器の強度は使用者の精神力に相応する、そして武器の重量が軽減されているということである。
武具顕現で生み出された剱と、鋼の剱と、共に打ち合うことは出来る。だが、強い意志によって呼び起こされた剱であれば、簡単には折れぬ。話の中には、巨人族の棍棒の殴打にも折れることはなかったというが、真実のほどは定かではない。
が、従来の武器よりは強度が高いのは事実であろう。
また、現在の聖十字騎士団は充分に士気が高まり、また規律が整えられてきている。剱を交えている相手には、悪夢のような部隊であるのだろう。
如何に戦闘能力で勝っていても、一合二合と剱を打ち合わせていくにつれ、自らの剱は刃が零れ、柄がぐらついてくるのに対し、相手の剱はまさに鬼神の如くに光を宿し、また殆ど変わらぬ切れ味で急所を狙ってくるのだから。
また、重量に関しても、扱っている武器は物質ではないのだから、同じ長さの剱を比べたとしても同じ重量があるわけではない。もっとも、長剱が棒切れ程度の重量であったのなら、上手く振るえるかといえばそうではない。幾許かは重量を支えとした身のこなしも求められているわけで、そうした重量軽減と戦力強化は比例してはいないのだ。
とはいえ、疲弊した筋肉で支えきれず、武器を落とすということがまず考えられないということも、強みの一つであった。
自分に最も適した重量バランスの取れた、そして耐久力に優れた武器を持つ騎士団。それはたとえ二倍の数の兵同士で激突したとしても、戦意と士気を保ち続けたまま戦っていくことが出来るだろう。
「元帥閣下」
呼ばれ、メルヴィンは振り向いた。
声をかけてきたのは、ミルトン・エイルマー大将であった。金色の鎧を焔に光らせながら、無骨そうな顔を不安という彩色で曇らせつつ、砦の階段を上ってくる。
「そこは危険です、どうかお下がりくださいますよう」
「何を言う」
メルヴィンは快活に笑い、ミルトンの意見を退かせた。
「私は元帥なのだ。それが戦局を見ずして何をする」
「しかし」
「いいのだよ」
メルヴィンは、砦の見張り台から遠方を見やる。黒々とした森と、その奥にさらに濃い闇色の稜線が、天との境界線を隔てている。
「軍務省三騎士団元帥の中では、私はもっとも若くして元帥位を得た。ならば、その差を埋めるには、私自身が戦火を潜り抜けていかねば、部下はついては来ないよ」
「……お言葉ですが閣下、私ども誉れある聖十字騎士団において、ご年齢から閣下のお力を疑うような輩はおりませぬ」
「その言葉、嬉しく受け取っておこう」
メルヴィンは腰の剱の柄に手をやる。
「だけどね、私自身が……」
メルヴィンが何かを言いかけたときであった。
砦の東から馬を進めてきていた兵士が一人、ミルトンの姿を認めて声を放った。
「ミルトン大将殿、ファレイアーク国境方面より増援部隊確認しております!」
「早いな」
ミルトンは部下に頷くと、メルヴィンに一礼する。
「それでは、東からの増援は私にお任せくださいませ」
「ああ、頼む」
「必ずや」
マントを翻し、ミルトンが退出する姿を見届けたメルヴィンは、まだ帰らぬ三人の大将を探し、馬に戻ろうと階段を折りかけたときであった。
まるで無音の結界に亀裂が走ったかと思えるように、唐突に男たちの悲鳴と馬のいななきがメルヴィンの左の鼓膜を叱咤した。
戦の証拠だ。どちらが優勢なのかは分からぬ。メルヴィンは石段を半ば飛び降り、身近の馬の鐙に足をかけて慣れた動作でまたがり、わき腹を蹴りつける。
「閣下、どちらに」
「マンフレッドに指示を仰げ!!」
狼狽する兵士に、大将の名を告げ、メルヴィンは脱兎の如くに飛び出した。
場所はすぐに分かった。
まずメルヴィンの視界に入ってきたのは、我が軍が劣勢に追い込まれているということである。
陣形が、形を成していない。不思議なのは、対峙しているラスケイピア軍もまた、部隊の形になっていないのだ。
それでも激しい戦いは起こっている。
まさに、無秩序の坩堝か。
お互いに遭遇を意図していない時期に遭遇し、乱戦となったというのか。いや、それにしては。
蹄の音も高らかに、メルヴィンは疾走の最中に敵兵の頭を一つ割り、そして我が軍に活力を取り戻そうと参戦しようとしたときであった。
「おう、やっとこさ来やがったかッ!!」
低い男の声が沸き起こり、同時に苦痛のうめきが上がった。はっと見ると、上半身裸の焔色の髪をした男が一人、甲冑を纏った兵士二人の相手をしているところであった。
太刀筋を外した兵士の甲冑の上から拳打を入れる。
腕を伸ばし、喉元を掴む。どのような武器を隠しているのか、ぼたぼたと鎧の継ぎ目から血色の肉塊を零しながら、兵士が絶命する。
「名前を聞かせて貰いてえな大将!! 俺の名前はドゥーガル・ジェッドだぁッ!!」
血塗れの兵士の躰を勲章のように吊り上げて見せ、ドゥーガルと名乗った闘士風の男はにやりと笑った。




