終結の勇者
「ぁぁぁあああああっ!! この障害を蹂躙せよっ!!!!」
寿命を削って放たれる攻撃が、掠れば自分という存在が消え去るだろう攻撃がまたもや未知の理論で放たれる。
だがそれはもう魔法と同じ。
代償を払い未踏の地へ干渉する、ただの特異な魔法の一つだ。
だが、それでも。
解析が済んだ上でも、『時空属性魔法』は全てを上回る。
一行の時間が再び一秒奪われた。
その上で、朽廃の空間が一行を包み込む。
内部時間にしておよそ一億年。
数秒をかけて大理石でさえ微塵にする老朽の一撃に、しかしトルナンドは油断しなかった。
三秒後、解除された朽廃の空間の中から、無傷の一行が現れた。
だがそれを見て、トルナンドは上等とばかりに次の策を練る。
「ダイヤモンドの魔封宝石で時間凍結を無効化し、トパーズの魔封宝石で空間縮小を行ってプラスマイナスゼロの時間軸にした。その攻撃はもう効かないぞ。」
時間の進行とは、空間の巨大化に等しく、空間の縮小化とは時間の逆行に等しい。
シスは“空間”を司るトパーズで、三秒に一億年という速度で進む時間に同じ速度で向きが逆の時間を差し込み、結果的に時間が進まないようにしたのだ。
いや、違う。
かすかにマイナスの倍率を下げ、朽廃空間の外より少し速い速度に調節した。
何故なら。
「『繊細織魔法』、雷神の鎚」
「2048式『|擬似再現宇宙開闢爆発砲』」
「撃て「発射」」
雷数千発に等しい威力の魔法が、着弾した場所に宇宙開闢にも等しい現象を起こして破壊する星術銃が放たれたからだ。
トルナンドの朽廃空間を利用して、準備時間を先に行っていた超絶火力の攻撃は、狙いを外す事なくトルナンドに襲い掛かる。
だが。
生命の危機を感じた本能が、自動的に寿命を削ってその特異な魔法を顕現させる。
即ち。
過去への跳躍という、反則じみた回避手段へと。
「『繊細織魔法』、雷神の鎚」
「2048式『|擬似再現宇宙開闢爆発砲』」
「撃て「発射」」
再び聞こえる消滅の火線。だが来ることが分かっているトルナンドはたった一歩横に歩くだけでその攻撃を回避した。
その光景は、一行から見ればあたかも来ることが分かっていたかのように横に歩く事でトルナンドが避けたように見えていた。
予知。
これが過去への跳躍の利点だ。
相手から見れば、予見して避けたようにしか見えない。
即ち『時空属性魔法』が使われたと気付かれにくいのだ。
だがそれでも一行は諦めない。
「『世界組成消去』」
「『分解』、『構築』」
世界を消去する神力、自らの前の空気を分解しトルナンドに向かって加速した上であらゆる方向から襲う構築された剣。
「|ただ目の前の敵を迎撃せよ《ヴァイオレイト》」
それに対するトルナンドの言葉は一つ。それだけで、二人の攻撃はいなされる。
空間歪曲。
空間に依存する物理攻撃を全て逸らし、そのまま空間圧搾にて吹き飛ばそう……
炎を纏った矢が突然眼前に現れた。
過去への跳躍。
「『世界組成消去』」
「『分解』、『構築』」
(っっ! 守りから攻撃へ、意識を切り替える狭間を狙って矢を放ったのかっ! 確かに攻撃の時は空間歪曲を解かねばならないからな!)
「|ただ目の前の敵を迎撃せよ《ヴァイオレイト》」
世界を消去する神力、自らの前の空気を分解しトルナンドに向かって加速した上であらゆる方向から襲う構築された剣を、再び空間歪曲によって防ぎ、反撃することなくそのまま矢まで防ぐ。それから空間圧搾をしようとし……
急激に膨れ上がる悪寒。絶叫する生存本能。それらに従って最速で真後ろを見たトルナンドは、首をはねようと剣を左肩に担ぐサリアを見た。
過去への跳躍。
「|ただ目の前の敵を迎撃せよ《ヴァイオレイト》」
(二重の奇襲っ! だがもう無いはず、これを何とかすればこっちのターンだ!!)
真後ろを含め360度に空間歪曲を発生させ、まずは純白光線と前方全包囲から襲い来る剣を逸らし、そのまま待って矢をも逸らす。逸らされた矢は更に作られた空間歪曲に従ってサリアに向かって進み、『正当剣術』による奇襲を防ぐ。
(よし、これで決める!)
だがトルナンドは失念していた。
まだ一度も攻撃に参加していない者がいることを。
仲間の高度な連携をかい潜ると予想して、さらに先読みしていたシスの存在を、一番忘れてはいけない勇者の存在を忘れていた。
後ろに向き直った体を正面に戻し空間圧搾をしかけた所で、トルナンドはこちらに向かって走るシスを見た。
絶妙に計算された間合。
空間圧搾をするには近すぎるが、過去への跳躍をするにはあまりにも遠いその距離。だが数秒後にはシスの刃がトルナンドに届く距離。
トルナンドは逡巡しなかった。ただ一言、自らから湧き出る言葉をただ紡ぐ。
「|敵のチャンスを叩き潰せ《ヴァイオレイト》」
統一された詠唱。そして現れる効果は今までと全く異なるものだった。
蹂躙せよが敵から時間を奪うのであれば、これは自分に時間を与える魔法。
相対的に見れば、世界を止めて自分を動かす魔法。
自分に与える時間はおよそ10秒。その間にもトルナンドの体は動くため、瞬間移動に見える移動をすることが出来る。
これもまた、過去への跳躍と同じ、自分を絶対的有利に導く魔法。万に一つの敗北する可能性を完全に消去する絶対的覇者の魔法。
であるはずなのに。
止まった時間軸でシスもまた、動く!
「時間停止は効かないと言っただろう、トルナンド。種明かしをすると、ダイヤモンドに願ったのは異なる時間軸への適応だ。静止した空間で10数えることが出来ればそこには新たな時間軸が出来るように、お前の時間操作は新たな時間軸を作る能力と言い換えて良い。その時間軸に移り行く事を祈ったんだ、ダイヤモンドの魔力が切れるまで俺はお前を追い続けるぞ!」
カリバーンが灼熱に染まる。色々な長命生物の遺伝子を取り込んで身体を強化したトルナンドでも、あれを喰らってはひとたまりも無いだろう。
静止した世界では過去への跳躍も使えない。
(くそっ! なんとか10秒耐えて過去へ跳躍するしかないっ! 何とか耐えれば……!)
重心を低く、回避の構え。シスの剣戟を見切って回避しつづけるつもりなのか。
過去への跳躍を予知と見ているのなら警戒して剣先が鈍るかもしれない……!
「どうした、過去へ戻ってのやり直しはしないのか?」
ばれていたっ!
(だが対応策は無いはずだ、気づいても対処不可能なはずだ! 10秒過ぎれば気付く前に戻れる……っ)
煌めく剣閃。かろうじて避けるトルナンド。10秒という時間はすぐに過ぎ、勝利の確信と共にトルナンドは安堵の微笑を浮かべる。
それを見て。
シスの方こそ獰猛な笑みを浮かべた。
(なんだっ、まさか、この時間軸が終了する瞬間を測っていたのか、元の時間軸に戻る瞬間を! だがなにをするつもりだ、分からないがヤバイ、確実にヤバイっ!)
トルナンドに10秒を与えた時間軸が終わった瞬間。
過去への跳躍。
その直前に。
「『超光速粒子射出砲』、射出」
超光速で進む致死の魔弾。それは過去へと跳躍するトルナンドとランデブーするように着かず離れず飛翔して、過去への跳躍が終わった瞬間トルナンドを貫いた。
結果、過去は収束する。
「『世界組成消去』」
「『分解』、『構築』」
世界変革の神力と、前方全包囲から襲う剣の嵐。
「|ただ目の前の敵を迎撃せよ《ヴァイオレイト》」
と呟いた直後、崩れ落ちるトルナンド。
『世界組成消去』は外れたが、ワンの構築した数多の剣がトルナンドを刺し貫く。
矢は収束した過去では放たれず、後ろから忍び寄っていたサリアは静かにその剣を下ろした。
トルナンドが不自然に崩れ落ちた理由を悟って、シスは全ての決着を知る。
「トルナンド、この技術は星術で合っているよ。魔法を憎む聖術でも無い、ただ正しく全てを知る正術であり、全てを見ている星を目指す星術なのさ。」
答えは、無い。
ここに一人の男の妄執による復讐は、終焉を迎えた。
しかし事態は終わっていない。
「おいシス、どうするっ!? もう50分は経ってる、到着まであと10分しかない!」
ワンが焦燥した表情でシスにつかみ掛かるように訊いた。
ここまで数週間かけてやって来たこの距離を、たった30分で踏破する手段など普通は有り得ない。もうこの段階であるとしたら、それはシスの持つ星術的手段以外に他ならないとワンは思ったのだ。
その答えを待つようにシスを見る一行を確かめて、
「方法なら一つある。」
シスは覚悟を決めて答えた。
「とりあえず、この場からセントラル上空に行くにはワームホール式テレポートを使う。量子論的に考えれば、世界では極小のワームホールが一秒間に無数に出来ては消えて行く。そのなかでクラクナ火山からセントラル上空まで繋がるものを選んでラピスラズリで強度を増幅すれば、一人ぐらいなら通れるだろう。」
「大量の魔物の軍団は?」
「俺の持っている最大火力をぶっ放せば大丈夫だ、塵も残さず消し飛ばす。」
ナタージャの疑問にも答えて、最後の障害。
「あとは魔物の位置の特定ね」
サリアがそれを呟いた。
「なんでー?」
アチェリーは分からないようだが、それは当然の事だ。
「タイミングを合わせないと魔物が過ぎた後にシスが転移してしまうかもしれない。そうなれば威力が足りないかもしれないだろう。」
「……多分、セントラルから迎撃されないよう高高空を通るはず……。少なくとも雲の上、3000メートル以上……。生物の生存限界、8000メートル付近を飛んで……、真上から降下するつもりだと思う……」
「時間の特定は大丈夫だ、早めに行きペリドットで滞空していればタイミングを計れる。」
着々と進む議論の中、今まで一度も口を開かなかったリーナが口を開いた。
「シスは大丈夫なの?」
「…………」
その質問にシスは答えることが出来なかった。
そしてその空白で、リーナは理解した。理解してしまった。
シスは死ぬつもりなんだと。
シスは本気でそう思っている。リーナを脅かす魔王を倒し、魔王の最後の尖兵を倒すために、命を懸けても良いと思っている。
確かにこんな短時間で、魔物の軍勢と言って良いほど大量の魔物を倒すとなるならば、その威力から術者も逃げきれない。そんな威力を、片手間で起動した防御魔法で防ぐことなど出来るはずが無い。
けれど、シスがやるしか無いのだ。ワームホールを維持できるのもシスだけだし、魔物の軍勢を迎撃する火力を持っているのもシスだけだ。
分かっている。
分かっているのに。
「……嫌だよ」
リーナの口からそんな言葉が漏れた。
「いなくなっちゃ嫌だよシス……。私はもっとシスといたいよぅ……、お願い、死なないで……」
「…………」
何も答えられないシスに、リーナの涙を流しながらの告白は柔らかく届く。
「私はシスが好きだから、私の所へ帰ってきてよぅ……」
「っ……!!」
シスはハッとした表情になると、その直後自らの頬を自分で叩く。
(何を俺は考えていたっ! リーナの為だと言って、彼女を悲しませたら元も子も無いだろうっ! あぁそうだ、俺はリーナの為ならなんでもするっ! だがリーナの悲しむことなんて絶対にやらないと誓ったんだっっっ!!!!)
「約束する。俺は絶対に死んだりしない。君の元に必ず帰ってくる。」
シスはそう約束した。
いや。
断言した。
「本当に?」
「ああ、本当だ。俺は約束を守ってきただろう?」
「……うん。」
そして、シスはリーナを抱きしめた。強く、強く、それでも痛みを感じないように。
リーナの手がゆっくりとシスの背中に回された。その腕から伝わる熱に、力に、シスは人生最大の幸せを感じた。
ファーストキスは捧げられなかったが、ファーストハグは捧げられた。
二人はしばらくの間、ずっとそのまま抱き合っていた。
少し経って、二人はやっとその抱擁を解いた。
「続きは……」
「……全てが終わった後でな」
二人はそう言い終えると、気持ちをきちんとしたものに戻す。
シスはぐるりと一行を見回すと、言った。
「征ってくる。」
「いってらっしゃい。」
「おう」
「……うん」
「頑張ってー!」
「はい」
「いってきて」
様々な一行の返事を胸に。
「ブラッドストーン」
シスはワームホールを開いた。
「あれか……」
シスはリーナから渡された、戻ってきたダイヤモンドを手に呟く。
魔物の軍勢は既に全て射程範囲内。
あとは一つ、攻撃をするのみ。
「『武器庫』、ダイヤモンド」
シスは二つ目のダイヤモンドを取り出して。
「『破断』」
そう、呟いた。
五人は、シスがワームホールを通った後、セントラルの方向を眺めていた。
「……大丈夫、だよね?」
「大丈夫だよ、シスは約束してくれた。」
ビトレイの心配そうな声に、しかしリーナは安心しきった声で答える。
数秒後。
セントラル上空で、閃光が瞬いた。
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