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待機の勇者-回想の魔王

 (セイ?)

 トルナンドはふと引っ掛かりを覚えた。

 (誰だっけ(・・・・)、とても懐かしい感じがするなぁ)

 かさり、と記憶のかさぶたが刺激される。

 だが、そんなものはいらない。きっと分かっている。心は覚えている。意識が忘却へ追いやったふりをしているだけだ。

 忘れてなどいない。忘れられる訳がない。

 彼女の事を忘れる事など、トルナンド・リッカーマンドは出来ない、出来る訳がない、出来るはずがない。

 世界で唯一、彼が愛した彼女の事を、忘れられるなんて事は、トルナンド・リッカーマンドにとって不可能だ。

 ほら、彼女の名を告げただけであの記憶が思い出されるだろう?




 「あっ」

 「えっ」

 それが彼女との出会いだった。

 とある町の図書館。ある一冊の本に、二人の手がのびた時の驚きの声からそれは始まった。

 『時と空間の存在』という本を取ろうとした二人は、そこでしばし見つめ合った。

 彼にとっても、彼女にとっても、それは意外な事だったのだ。

 この本はかなりマイナーな本であり、まさか読もうとする人が自分以外にいるなんて想像もしていなかったのだ。

 本は一冊、読みたいのは二人。

 「い、一緒に読みませんか?」

 彼にとっても、なぜそう切り出したのかは分からなかったが、それは正解だったと彼は思う。

 「えっ、本当ですか!? そうしましょう、わたしも早く読みたかったんですよ!」

 そこから、彼の幸せな記憶が始まった。




 彼女の名前はセイ・メソドと言った。

 彼女は彼女の父から研究を託されて、この本を読みに来たのだそうだ。

 といっても彼女の父は名を知られた学者では無く、ただの好事家の延長線にあるような人らしい。

 この分野で話が出来るのは、彼女の周りでは彼しかいなかったらしく、親交が深まって行くのにそう時間はかからなかった。

 話のあう友達から、気になる人へ、そして恋人へ。

 その過程で、彼と彼女が組み立てた理論は、不完全ながらもようやく全体が見えるくらいには発展して行っていた。

 彼女はよくこう言っていた。

 「世界って自由よね! わたしは魔法を使えないけれど、本当にそう思うわ! なんで魔法使う人は世界を知ろうとしないのかしら? あ、あなたは別よ? こんなに自由な世界、隅々まで知ってみたいと思わない?」

 「そうだね、この世界は本当に面白い。魔法なんか使わなくても、この世界は知りたいことで満ち溢れているよ」

 彼もその言葉にいつもこう返す。

 彼も彼女も、心の底からそう考えていた。




 「ねえリック、この湖きれいね……」

 「そうだろう、セイ。この前偶然見つけたんだ。山が太陽の光の入射角を制限していて、この水の色合いを出しているんだと思うよ。」

 「たぶんそうね! じゃあこの色を再現するにはどうしたら良いかしら?」

 愛称で彼を呼ぶほどになった二人。研究の時も、デートの時も、息抜きの時も、二人はいつも一緒にいた。

 そして彼は決断をした。

 「なぁ、セイ。」

 「どうしたの? リック」

 彼は懐から包みを出すと、照れ臭そうに頭をかきながら彼女に手渡した。

 「なにかしら? ……えっ! これって……」

 出てきたのは一冊の本。題名は、『時と空間の存在』。古い本らしく、あちこちに細かい傷が付いていたが、まだ普通に読める。そしてその本の裏表紙には、図書館の蔵書を示す印が黒いインクで消されていた。

 「図書館の人に無理を言って貰ってきた。」

 それは紛れも無く、彼と彼女が出会った本だった。

 彼女がそれを胸に抱いたのを見て、彼は静かに告げた。

 「結婚しないか?」

 彼女ははじめ不思議そうな顔をすると、それからその彼の最も好きな顔をくしゃくしゃにして涙を流しはじめた。

 それから、その言葉に応える。

 「はい……」




 二人が結婚して数月。

 彼と彼女との間に新たな命が芽吹きはじめた頃。

 彼は王室から呼び出しを受けた。全く身に覚えのない話だったが、彼女との研究に王が興味を持ったと言われれば、その喜びは尽きなかった。

 「いってらっしゃい」

 「ああ、行ってくる。よし、お前もな」

 彼は彼女のお腹にいる命を愛しく想いながら彼女のお腹を撫で、彼女とキスをしてから家を出る。

 それから彼の頭は、どうやって王に分かりやすく説明するかを考え続けていた。

 どうして王が彼と彼女の研究を知ったのかまで頭が回らなかった。




 「どういうことだ!? こっちは王に呼び出しを受けてやって来たのだぞ!? それを通せないとはどういうことだ!」

 「だが今日の謁見ではそんな予定は組まれていない。トルナンド・リッカーマンド? そんな名前の奴を通せとも指示を受けていない。今日の所は出直せ。」

 しかし、そう上手くは行かなかった。

 宮殿の門で止められていたのだ。

 番兵の言い分は、彼が来ることは全く聞いていない、という物。彼が何を言おうとも、上からの命令が無いために彼を通すことは出来ないというのだ。

 呆然とする彼に、遠くから鐘の音が聞こえる。

 「ん? 火事か。消火魔法師隊が速く消してくれる良いんだが。」

 番兵の独り言に、彼はやっと気づいた。

 「まさか……!」

 怪訝そうな目を向ける番兵を脇に置いて、彼は彼女の待つ家に駆け出した。

 (お願いだ、勘違いであってくれ……)

 だがその願いは、家に近づくごとに裏切られていく。

 煙の元に彼はどんどんと近づいていき、そして不安がどんどん膨れ上がっていく。

 そして。

 そして。

 そして。


 遂に。

 彼は、それを見る。




 赤々と燃える家。炎の中に倒れる彼女。異常なまでの火の足の速さに、魔法の痕跡を彼は嗅ぎ取る。

 「セイっっっ!」

 躊躇無く飛び込もうとした彼を、羽交締めにして引き止めたのは消火魔法師隊の一員。

 「はやまるな! 君まで死ぬ気か!?」

 「このっ、離せ、まだ妻が中にいるんだっっ!!」

 「我々に任せて下さい、奥方は必ず助けますから!」

 その一瞬の応酬が命取りだった。

 魔法の炎が一際強く伸びたかと思うと、家が崩れ始めた。

 燃え盛る建材が次々と倒れていく。このまま放置すれば、建材の重みと熱でセイが死んでしまう。

 「離せ、離せよこのクソっっ!!」

 思い切り暴れるが消火魔法師隊の男の拘束は外れない。

 それでも外れることなく彼女を捕えていた彼の視線が、彼女の抱えている物に気づいた。

 本だ。彼と彼女の出会いの、大切なあの本。『時と空間の存在』。

 妊婦である彼女は、あの本を取りに行っている間に逃げ遅れたのだ。

 彼女は彼の視線に気付くと、彼の方を向いて言った。

 その言葉は、普通は聞こえない距離だったが彼にはしっかりと届いた。




 『愛してる』




 次の瞬間、彼女のいた部屋までもが倒壊した。






 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」






 絶叫した。

 それがキーとなったかのように、彼の先天的な魔法が炸裂した。

 倒壊した家が元に戻っていく。あたかも巻き戻し映像を見ているかのように、建材の焦げが消え、元の家の姿を取り戻して行く。

 だが。

 家の中から誰の声もしない。誰の声も聞こえない。最愛の人の声が聞こえないっ!!

 信じられない状況に誰もが呆然とする中、彼だけが家の中へと走る。

 勝手知った自分の、彼女との家。彼女がいた場所についてみれば、そこに本を抱えたままの彼女は倒れていた。

 「セイ、セイッ」

 駆け寄って抱き上げるが、既にその体には力は無く、冷たくなっていた。

 ゴン、という音を立てて本が落ちる。

 彼女なら絶対に起こるはずのない現象。

 彼女なら絶対にさせるはずのない現象。

 「あ……」

 彼は、

 「ああ……」

 気づいてしまった。

 「あああ……」

 彼女は、永遠に失われたのだと。






 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!」






 だから、トルナンド・リッカーマンドは決して諦めない。諦められない。

 彼女を殺した、彼女を救えなかった技をこの世から消し去るためにはどんな事でもする。

 結局はシスと同じだ。

 (トルナンド)の愛した彼女(セイ)の為に、トルナンド・リッカーマンドは全ての行為を肯定する。

 例え、自分が滅ぼすべき手法を使うことも。

 人類が生きてきて2000余年。

 その間、トルナンド・リッカーマンドにのみ許された魔法を、今の今まで封印してきた魔法をトルナンド・リッカーマンドは解き放つ。

 『時空属性魔法』。

 彼女と知り合うきっかけになったその属性を身に纏い、魔力ではなく寿命を代償とする魔法で、魔王は復活を果たす。

読んで頂いてありがとうございます!

次回も頑張って更新するのでよろしくお願いします!

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