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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
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おーまいぴゅーぴる、ちょっと手合わせしようよ!

「で、なんとか無事生還した訳だ。その時の痕はまだ残ってる」

「まあ、ではシュリト様は己の命を顧みずミグ様を救ったのですね!?」


 乙女の危機に颯爽と現れる勇者様、素敵ですわーなどと言いながら赤く染めた頬を両手で覆うイルミア。

 いや、どちらかというと救われたのは俺の方なんだが……。

 しかも俺は勇者ではなく、『元勇者候補』でしかない。

 さて、どう返したものか。


「その、傷痕を見せて頂けませんか?」


 期待半分、不安半分といった具合の表情でイルミアが尋ねてきた。

 正直、あまり見せたい物ではない。

 この傷は俺のせいでミグを危険に晒した時にできた傷だ。

 毎夜、毎朝自分の無力を責める戒めなんだ。


「その、ダメ……でしょうか?」


 イルミアの声、諦めと不安が広がる顔を泣き笑いのような表情で隠そうとするが、上手くいっていない。


「古傷なんて見ても、面白くないだろ」


 俺の声も、思いがけず素っ気無いものになった。


「いいえ、ミグ様がシュリト様を、そしてシュリト様がミグ様を救った証です。

 今日、(わたくし)とリシアを救った傷なのです。

 その傷を見たいと思うのは……いけないこと、なのでしょうか?」


 幾分固くなった表情と、憧れにも似た色を揺らす真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。

 また溜め息が漏れた。


「はぁ、わかったよ。

 良いもんじゃねえから、期待するなよ?」


 渋々鎧と服を脱ぐ。

 体の動きを阻害しないように特注した軽鎧だ。

 着脱には便利だが、見た目はかなり頼りない。

 その実、付与魔術を目一杯詰め込んでいて、肌が露出している所に当たった攻撃をも防ぐ見た目詐欺な逸品である。

 それは今は良いか。


 服を脱ぎ捨てる。

 八年前に刻まれた印が露になった。


「綺麗……です」


 お前の方が綺麗だよとでも言うべきだろうか。

 ありえないだろう、綺麗な傷痕なんてのは見た事がない。

 この姫君のズレ方はどれだけなのか、と隣国への苛立ちが募る。


「あの、触っても……」

「好きにしろ」


 上目遣いの懇願。

 あの顔ならしばらく見てても良かったな、なんて思いは恐々と手を伸ばす儚く切なげなイルミアの表情に打ち砕かれる。


「あっ……」


 短く漏れるイルミアの吐息、シルクの長手袋に包まれた指が俺の胸に刻まれた古傷に触れた。

 壊れ物のように恐る恐る触る指が少しくすぐったい。

 その胸のくすぐったさに、募らせた怒りが解けるように溶けて消えていくのを感じる。


 ……少し冷静になろう。


 俺が駆られたのが義憤だったとしても、それをイルミアの前で見せるのは間違っている。

 この怒りを向けるべくは、彼女のこの歪な精神を育て上げた相手なのだから。

 そして何より、彼女がどう生きてきたのかを俺は知らない。


 まずは、理解しなければならない。

 彼女に無垢を強要したのは誰なのか、その行動の原因。

 そして、この現状の引き金は何だったのか。


 少しずつ凝り固まった思考を解していく。

 客観的に、冷静に……。


 客観的に見て、今この状況は一体なんだ?



 サッと血の気が引く。


 寝具から覗く女騎士、リシアの開かれた目と目が合ったからだ。


「っ! 貴様姫様に何を」


 飛び起きたリシアの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 そして――、


「シュリト様、何をなさっているのですか?

 私に料理を任せて何をなさるつもりだったのです?

 いえ、言わなくても構いませんよ。

 言い訳は聞くだけ無駄ですから」


 背後から発される圧倒的な威圧。


 そう、馬車の扉が開かれる音を、この耳は確かに聞き取っていたのだから。




「三度ほど死んだ気がする」


 まず首に放たれた一撃、この時点で死んだと思ったよ。

 次に背から心臓を貫く衝撃、恐らくこの衝撃で生き返ったんだろう。ただ、順序からそう感じただけで間違いなく死の危険を覚えさせるほどの一撃だった。

 落ちかけた意識を覚醒して受けた後頭部の三撃目、頭が吹っ飛んだのではなかと思った矢先に鼻先からイルミアの膝に突っ込んだ。

 逃げるという思考が吹き飛ぶ程に良い匂いだった。

 事実として、一瞬蕩けた思考は深く息を吸い込むことを最優先で選択したのだ。

 それに激昂したミグはなんとか身を起こそうとする俺の肩を掴み世界が反転、所謂(いわゆる)マウントポジションである。

 そこからは(まさ)しく乱打、一撃毎に赤と黒に明滅する視界の中、死に物狂いでミグの肩を掴み抱きすくめた。


「あれくらいでシュリト様が死ぬはずはありません。

 死んでもすぐに生き返らせてみせます」


 俺のクリンチで動きを止めたミグに、イルミアが事情を説明し事なきを得た。

 目の前で展開されるSランク相当の暴行劇にリシアは身を硬くするくらいの反応しかできなかったらしい。

 勘違いだったと理解した二人はとりあえず落ち着いてくれた。

 ここでも一人、俺の命を救った恩人を作ってしまった訳だ。


 しまったな、せっかく抱きしめることができたというのに感触を楽しむ余裕すらなかった。

 精進が足りない、明日からは緊急防御と耐久力上昇に主眼を置いたメニューを考えるとしよう。


「あれほどの格闘術、初めて見ましたわ」


 やはりズレているイルミアの発言が脱力を誘う。


「あれが徘徊する残夢(ウォーキング・グリム)を倒す者の手並みか……付け入る隙一つ見つけられなかった」


 同じように大きくズレ、自身を喪失したようなリシアの言葉。

 脱力の呪いを受けた時より力なく呻く。


「そういうの良いから……。ミグ、馬車に入って来たってことは飯、できたのか?」

「あとはメインを何人分にするか、という程度です。今から四人分を焼いてきますね」

「という訳だ、とりあえず話は飯食い終わってからにしよう。

 あー、俺達は昼食取る習慣があるんだけど、お前らは食える?」


 そうそう、あまりに習慣化しているので忘れそうになるが、一日三食の食事は珍しいのだ。

 リシアが目の色を変える。


「おい貴様! この方はミラシアの」

「リシア、良いのです。この方々は私達を救ってくださったのですから、礼を尽くすのは私達の方でしょう」


 またも遮られるリシアの言葉。

 釣り目がちな目を更に怒らせる。


「ですが!」

「良いのです。シュリト様、ミグ様、この者の非礼をお許しください」

「気にするな。それと、二人の立場くらいは理解しているが、だからといって公の場で会っている訳でもない。

 肩の凝る礼儀作法やら喋り方は一切するつもりはない。

 お前らも楽にすると良い、俺達はお前らの素性やら事情やらの説明は要求するがそれ以上は要求しないからな。

 どこかの街に送り届ける、くらいはするが、それ以外は求めるな」


 あえて強い口調で言う。


「貴様! 言うに事欠いてそれか!! その減らず口を」


 ほら釣れた。

 ま、こういう手合いなら簡単に黙らせる方法がある。

 だからこその言葉選び。

 そして、当然相手の言葉を最後まで聞くなんて無駄なことはしない。


「お前は立場を理解しているのか?

 ……一つ身の程を教えてやろう、表に出ろ。剣を持って、な」

「シュリト様」

「イルミア、心配しなくて良い。わざわざ怪我なんてさせねーよ。

 それとミグ、残させないからメインは四つな」




 すっかり血の匂いも立ち消え、今はスープの匂いが辺りに漂っている。

 面倒ではあるが、一番面倒が少ない方法がこれってのが一番面倒だ。

 俺とリシアは十歩の距離を開けて対峙する。

 早く昼飯が食いたい。


「剣は持たないのか?」

「んー? お前ごときにそんなもん要らんよ」

「貴様……ッ!!」


 おー、血の上りやすい頭だことで。

 事実剣を持とうと素手だろうと変わらない程度以上には実力に開きがある。

 ついでに、俺の場合女の子相手だとどっちでも変わらないくらいにおざなりな動きになってしまうという点もある。

 プライドが邪魔をするのか、柄を握るも剣を引き抜くのに逡巡している。

 弱い間に大層な物をぶら下げるものだ。

 俺なんて未だに欠片たりとも誇りってのは持ち合わせていない。

 あるとすれば誇る部分を根こそぎ殺ぎ落とした矜持、単なる客観的な自己の能力への自負でしかない。

 意地や信念や我、そういう物はそれなりに持ち合わせているが……。


「俺は素手で良い、転がす度に降参を勧告する。

 十度目で剣を折る。それで俺の勝ち。お前が諦めようが諦めまいがそれで終わり。

 お前は……そうだな、一太刀俺に浴びせれば負けを認めよう。

 それでどうだ?」

「……そこまで愚弄するか」


 あー、怒りが一周すると冷静になるタイプ、かな?

 冷静になろうが実力差は埋まらない。

 が、だからこそ余計に怒りを買っておこう。

 その方が後々楽だからな。


「愚弄? 馬鹿言うなよ。俺は身の程を教えてやると言ったはずだぞ。

 俺は馬鹿にしているんじゃない、事実を述べているだけだ」

「良いだろう。その一太刀でお前の首を刎ねたとしても言い訳は聞かんぞ」

「言い訳言えねぇな、それ。だがそれができるなら素直に負けを認める。

 さて、この勝負だが、敗者は勝者の要求を一つ呑む、ってのでどうだ?

 俺が要求するのは、必要以上に干渉するな、だな。

 言葉遣いや行動を改める気はない、それだけだ。

 お前が要求するのは、あの姫君に最低限身分に見合うだけの礼を尽くす、というので良いか?」

「それで良い、始めるぞ」

「いつでもどーぞ。守る方が得意なら俺から行くがどうする?」

「なら、私から行く。ミラシアが騎士、リシア・エクエス! 参るッ!!」


 踏み込み、二歩か。

 近接戦闘で縮地を使うのは俺でも無理だし妥当だろうな。

 ただ鋭さが足りない、意外性もない。

 順当な評価として、凡百。

 剣を振りかぶるタイミングも甘い。

 あの体重移動じゃ二つ目が出せないな。


「ッ!!」


 吐息と共に振り切る剣は裂帛と空を切る。

 剣速にむらがある、踏み込みの勢いを剣に乗せ切れていないな。

 頭上を降りる剣の腹に指先を沿えて逸らす。

 足を払い、投げた。

 っと、着地の前に頭に手を添えて負傷を避けるのも忘れない。


「まだやるか?」

「なっ! と、当然だ!」


 立ち上がるリシアを尻目にまた十歩の距離を置く。

 折角背を見せてやっているのに切り掛かってもこないか。

 無駄ではあるが、自分にある最大の機というものも理解していないようだ。


「次はこっちから行こうか」

「こ、来い!」


 隙が多すぎる構え、溜め息が出そうだ。

 八年前の俺よりも弱い、んだろうなぁ。

 これが騎士か。

 この中にいたとあっては、オウロは異常以外の何者でもないな。

 そりゃ騎士団も抜けるかも。


 脚力のみの一歩で距離を詰め、脳天、首、肩、肘、胸当て、手首、わき腹、腰、脚を指先で弾く。

 当然攻撃ではない、胸当てェ……邪魔な野郎だぜ!

 いや、もちろん邪な考えでやった訳でもない。

 単にそれだけ剣を入れる隙間があったという話。

 横に抜けて組み伏せる。

 安心のソフトタッチ。

 あ、このウエストラインは良い……ミグの視線が鋭い、これ以上は危険だ。


「わかったか?」

「……っ!」


 恐らく踏み込みも、組み伏せる瞬間も見切れなかったのだろう。

 リシアの表情が驚愕に染まる。


「俺からすればそれだけ戦闘不能にできる箇所がある。

 まだやるか? 次からは二振りさせてやろうか?」


 もはや言葉すら発さないリシア。

 世の中、強さというのは常に理不尽なものだ。

 圧倒的な強者の理不尽は、それが味方でない限り目にした瞬間に終わるんだから。

 そういう意味で、彼女は運が良い訳だが果たして気付いているかどうか。




 その後宣言通り二振りさせて組み伏すを攻守一回ずつ。

 更に三振りさせて組み伏すを攻守一回ずつ。

 その後彼女の出せる最高速に合わせた速度制限で攻守一回ずつ。

 最後に、右手と左足を制限して彼女の攻めを終わらせる。


 掠る気もしない。

 なにより、賭けてきた命の量の違いだろう。


「さて。じゃ、行くぞ」


 リシアの瞳で揺れている光は羨望、だろうか。


 関係ないな。

 一歩、距離を半分まで詰める。

 速度こそ彼女と同じだが、その鋭さは比較にならないだろう。

 なんとか反応した彼女の剣先が僅かに左、彼女から見た右に揺れる。


 遅い、リシアが一振りする前に左手首、左肘、脳天を指で弾く。

 ちゃんと強者の言葉を吸収しようとしている、その点は評価しよう。

 俺が両手を使えば隙はまだ二つしか潰せていないが、な。


 手を押さえて剣の軌道を逸らす。

 一歩踏鞴(たたら)を踏み、振り向く気配。

 振り向きざまの薙ぎを屈んでやり過ごす。


 お、足を崩して体重で無理矢理に追撃に持っていくか。

 捨て身過ぎる、しかも、遅い。

 全体重で振るわれた剣を手刀で叩き折る。

 俺のバスタードソードより良い品だというのは見れば分かる。

 ちょっともったいなくて、修復可能な壊し方に抑えた。


 くるりと回転して右足での水面蹴り、脚をさらう。

 落ちてきた彼女を左腕で抱きとめる。


「参りました」


 リシアは、眩しそうに細められた目で俺を見上げながら涙を流していた。

 ……流石にやりすぎたか、彼女の自信を完膚なきまでにズタズタにしてしまったようだ。

 どうする……。

 流石にフォローとかそういうレベルじゃないだろうこれは!


 うん、開き直ろう。

 きっと時間が解決してくれるよね!


「じゃ、俺の勝ちってことで。街に入ったら、剣の修復費用くらいは持とう」


 そっとリシアから手を離す。


「あの……」

「ミグー。飯、できてるか?」


 リシアの言葉を遮りながらミグに話を振る。

 ……いや、今は何も聞こえない!


「今焼きあがりました」

「あの」

「そうか。じゃ、飯にしよう」


 いそいそと小さなテーブルへ。

 うん、この人数ならコレくらいの大きさで十分だよな! 家のテーブルは大きすぎるんだよ!

 ……へ、ヘタレてなんてないんだからね!!


「あの!」


 存外大きな声で呼び止められてしまった。

 これは、振り返るしかないよなぁ。


「どうした?」

「私に、剣を教えてくれないか。いや、教えてください」


 すっと頭を下げるリシア。


「さっき言ったろ、楽にしてくれて良い」

「しかし」

「堅苦しいのが嫌いなんだよ、無理して敬語なんて使わなくて良い。

 っていうか、そういうのはやめてくれ」


 いかにもしょんぼりといった具合にリシアは肩を落とす。

 またこのパターンか?

 いい加減俺もそろそろ断ること覚えちゃうよ?

 断ろうと少し腹に力を入れて決心し……、


「普通に肩の力抜いて話してくれるなら、まあ剣の一つや二つ教えるよ」


 あれ?

 ん? 俺今なんて言った?

 リシア、やめてくれその顔!

 あーもう! そんな満面の笑み見たらもう断れないだろ!!


「ああ、ありがとう!!」

「何にしてもまず飯な」

「わかった!」


 折れた剣先を回収して食卓用に持ち込んだテーブルへと駆けてくるリシア。

 何故だろう、リシアの表情が少し晴れやかな気がする。

 まあ、気のせいだろう。


 まずはスープを啜る。


「うん、美味い」



 運動の後の飯は格別だなーなどと現実から目を逸らすことを考えながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは弟子を取った。

あれ、いつの間にかいつも通りの方向に……。

ぴゅーぴる(Pupil)は弟子とかそういう意味です。

あまり馴染みのない言葉なので補足を。

すちゅーでんと、だと長すぎたので。

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