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元勇者候補君の世直し漫遊記  作者: 77493
第一章 窮国のきみに花束を
11/37

おーまいみすとれす、もうちょっと落ち着いてよ!

「んじゃ、撤収再開! ミグー、この感じだと今日中にリュフェってのは難しそうか?」


 ふぃー、と一息吐いてから出発準備再開を宣言する。

 久々に頭を動かして酷く気疲れしているように思う。

 他のことならミグに頼めば良いのだが、交渉事に当たらせるには少し頭が固いのだ。

 戦闘を見る限り発想自体が固い訳ではないのだが、それは明確な勝利条件があるからに過ぎない。

 良くも悪くも設定された目的に向かうことに慣れていて、自ら目的を探すことには不慣れだ。

 着地点、妥協点を探しながら損得を勘定するような場面では、シェル姉にそういったことを多少なりとも叩き込まれている俺の方がまだ安心できる。

 シェル姉の横暴で権力を振るう、振るわれるということに慣れているからこそ選べる選択肢というがことのほか多いのも手伝っていると言えるだろう。

 オウロが居ればそういう部分だけ俺が受け持って他はオウロに丸投げ、というスタンスを貫けるのだが、無い袖は振れないと言ったところだろうか。


 ちなみに、ミラは交渉以前に対話能力に難がある。

 勢いに任せて相手を言いくるめるタイプの相手であればあのマイペースさは武器になる、とも言えるが、そういう手合いは若手の商人くらいしか見たことがないな。

 何も考えていないのが無言の圧力になって、案外値切りは優秀だったりするのだが。

 アイツの顔は無意味に整ってるから、無表情だし慣れるまでは無言で見つめられるだけで妙なプレッシャーを感じてしまうのも頷ける。


「イルミア様とリシアさんの馬次第、といったところですね。

 私達の馬車を引いてた馬だけでは確実に日を跨ぎます。

 不慣れな私達で山道を夜行するのは危険ですから、場合によっては道中の村に泊まるのが良いかもしれません」

「そか」


 予定通りと言えば予定通りだろう。

 時間を見て、日が落ちるまでにリュフェに到着しないと踏めば野営を避けて宿に泊まろうというのは前以って相談して決めたことだ。

 クルクスまでの道のりは長い。

 無意味な野営で体力や気力を削るのは得策ではないのだ。


「二人は馬車での旅に不慣れなのか? それなら御者は私が引き受けよう」


 予想外のリシアの言葉。

 お前、御者なんてできたのか。


「良いのか?」

「ああ、護衛の訓練で慣れているからな。

 それに山道で馬車を引くのは、慣れていなければ殊の外危険だ。

 二人が居れば、私程度が姫様の護衛に当たる必要もないし、な」


 ……確かにその通りだが、職務を投げ出すほどに自信を喪失してるのか。


 さて、どうしたものかな。

 見たところ基本能力自体が低いわけではないし、良い師に巡り合えなかっただけだろう。

 少し動きを修正してやるだけで、それなりには戦えるようになると思う。

 俺に剣を教えてくれと言ったのが、俺と戦いにすらならなかったことや護衛の失敗からの逃避だとすれば、まずその根性から叩きなおす必要がある訳だ。

 逃避、というのは、命懸けでなければモチベーションには繋がらない。

 中途半端な逃避は単なる惰性しか生まないのだ。

 それでは身に付くものも身に付けられなくなる。それでは困る。


 まずは心根を見る意味でも精神鍛錬から積ませるとしようか。

 時間は十日間、その間にどれだけのことができるのかは今のところ未知数だが。


「なら、頼むよ。ミグも良いよな?」

「はい。なら私は馬車の中で改めて予定を確認しておきます」

「ん、頼んだ」


 俺も鍛錬の予定を確認するとしようか。

 リュフェまでで一日、そこからミラシアまで二日使ったとして残りは七日しか無い訳だし。

 流石に移動中にできることなんてのは、たかが知れている。

 さっきのリシアの動きを思い出しながら一番効率の良さそうな訓練方法を考えておくとしよう。


「あと、シュリト殿。少し気が引けるがあのハナンの木で(くびき)を作っても良いか?

 流石に四頭も馬を横並びにすると他の馬車と行き会った時に面倒だ」

「『殿』ってのはやめてれないか。なんか落ち着かない。

 軛か、俺が作っておくよ。気が引けるってのは、なんで?」

「シュリト様、ハナンは高級木材ですよ? まさか知らずに採ってきたんですか?」


 その通りだね。

 そうか、あれ高級木材だったのか。


「……まさかと思うが、食事を作るときに使った薪は、あれはハナンなのか?」

「はい、ハナンの薪を使いました。

 てっきりシュリト様は知っていてやっているのかと思ったんですが……」


 信じられないようなものを見るようなリシアの目。

 あ、この視線は懐かしいな。出会ったばかりの頃のミラやオウロを思い出す。

 ミグの視線は『またか』とでも言いたげである。

 知らなかったものは仕方ないだろ?


「まあ、高級木材ったって馬車に積み込めないんじゃしょうがないし、積めるだけ積んで残りは捨てていこう」


 もったいない、と呻くようなリシアの呟き。

 その目はどこか非難めいた色を漂わせている。


「……分かったよ、シェルム女侯爵の配下に回収させておく」


 その言葉と同時に俺の影から人が湧き出た。


「なっ! 何者だ!?」


 慌てて剣の柄に手をかけるリシア。

 いや、その剣折れてるだろ。

 後で予備に持ってきたロングソードを渡しておこう。

 リシアの剣に比べれば質が数段落ちるが、引き抜いた剣が折れているというのよりはマシだろう。


 にしても、コイツも相変わらず人を驚かせるのが好きだねえ。

 存在に気付いてる俺やミグには効果は無いが、リシアが居たからやったんだろう。


「お呼びですか、若様」

「とまあ、コレが配下だ。あと二人潜んでこっちを見てる。

 一応護衛兼お目付け役ってところか」


 ネタばらしに不服そうな顔をするな間者野郎。

 いや、匂いから察するに女か。すっぱにしてやろうか。


伺見(うかがみ)、とりあえずこの木を俺の倉庫に……。

 いや、お前この木欲しいか? 欲しいならやるよ」

「慰労のお言葉、ありがとうございます。

 ですが我々に私財は不要、若様の倉庫にて保存致します」

「そうか、任せる」

「は」


 再度俺の影に溶け込む伺見、こいつらは名乗らないから伺見と一括りに呼ぶしかないのは便利なんだか面倒なんだか。

 もしかすると、名前がないのかもしれないな。戸籍上すでに死んでることになってたりして。

 シェル姉も伺見やら間者のことは話したがらない。

 結構黒いことに使ってる奴らなのかもしれないな。


「と、言う訳だ。さっさと軛作って出発しようぜ。

 イルミアが馬車の中で退屈してそうだし」


 言いながらバスタードソードで木を良い長さに切り落とし、胸元程度の高さまで蹴り上げる。

 折角高級木材らしいし、この切れ端で作れるだけ作ろう。

 繋ぎの部分は……釘みたいな頭を付けて縄で調整すれば良いか。

 整形した木にスティレットで穴を開ける。

 その穴に合わせた太さの頭付き木釘が完成っと。


「ま、こんなもんか」


 一連の作業は木が地面に落ちる前に終わった。

 からんと音を立てて軛が落ちる。

 ん? リシアが目を見開いている。


「どうした?」

「な」

「リシアさん。シュリト様の行動に一々驚いていたら、身がもたないですよ?」


 なんだよミグ、その失礼な言い草は。

 まるで俺が奇天烈な行動ばっかり取っているように聞こえるぞ。

 他の人にできるできないはあったとしても、俺の行動はそんなに常識はずれじゃないだろ?


「……考えるのはやめることにする。そうしないと私の常識が破壊されそうだ」


 あっれー?

 これ、そんなに非常識なのか?

 こっちの方が楽だからいつもこういうのは剣でやるんだが。


「ま、まあ、早く行こうぜ。急げば今日中にリュフェに着くかもしれないし」


 そう言って二人を急かす。

 いそいそと軛を拾い、二組分の木材をリシアに押し付けて出発の準備を促した。


 何かおかしかっただろうか?

 自分の行動を思い出しながら首を捻ることしかできなかった。




「この調子なら、日が沈む頃にはリュフェに到着しそうですね」


 あの後何がおかしかったのかと考えながら、馬車に積み込める程度の長さの木材を十二本切り出した。

 ぶっちゃけ四分の一にしただけなんだけどな。

 残りは全部伺見(うかがみ)に押し付けた。

 俺が呼んだときに出てきたヤツの気配がないな、アイツが木を運んでいるんだろう。

 ってか、お前ら屋根の上に乗るな。

 俺とミグだけの時は後方で走ってたんだがなぁ。

 軽く威圧を向けてたからか? 一度真上にそれなりの威圧を送ってやろうか。


「なら、ミラに伝書鳩(ダフティ・コルム)でも送っておくか?」

「そうですね。宿や今後の予定を決めるためにもミラが居た方が良いですから」


 これは馬車が走り出してから驚いたことなんだが、イルミアとリシアの馬はかなり脚が強い。

 平原なら手紙を扱うメッセンジャーの走りに匹敵しそうな速度が出てていた。

 山道に入っても、まるで気にした様子もなくぐんぐん登っていく。

 馬の数が倍になってこそいるが、だからと言って馬車を引く速度が倍以上になるか?

 ありえねえだろ。


「あの、ミラ、というのは?」


 あー、まだミラの話はしてなかったか。

 イルミアは馬車が入る間、時々俺とミグに過去の出来事を聞いてきた。

 丁度、オウロと出会った頃の話が終わったところだったからな。

 ミラと出会うのはそれから一年ほど経った後だ。


「俺達のパーティメンバーだよ。弓と広範囲殲滅用の魔術が得意だな」

「まあ、その方もお強いのですか?」


 途端に目を輝かせるイルミア。

 なんというか、ここまでの話でも俺とミグを英雄視している雰囲気がある。

 その英雄のパーティメンバーと聞いて興味が湧かないはずがない、といったところだろうか。

 やめてくれ、俺達はそんなに大したもんじゃないぞ。


「一緒に居ると、いろいろと安心できる、かな?」

「とてもお強いのですね」

「強いというか、パーティとか少人数で動くときに便利なんだよ」

「便利、ですか?」

「ま、あとで話すよ。まずは手紙を送る」


 そう言って小さな紙を取り出す。

 今は二、三伝えれば十分だ。


  ミラへ


  クルクスに行くことになった。

  日没の頃にリュフェに着く。

  細かい話は会ってからする。


  連れが二人居るからよろしく頼む。


  追伸

  読み終わったら燃やすように。


               シュリト

                    』


「さて、こんなもんか」


 非常にシンプルな手紙を書き終え、魔力の鳥を作り上げる。

 イルミアは見たこともない青い鳥に興味を覚えたようだ。


「それは何という魔術なのですか?」

伝書鳩(ダフティ・コルム)、シェルム女侯が造った魔術だ」


 御者台に出た。

 それなりに大きい馬車だ、室内と御者台が繋がっている。

 俺が出てきたことにリシアが気付いて声を掛けてきた。


「伝令か?」

「そんなとこだ。リュフェには知り合いが居るからな」


 ダフティ・コルムを空に放つ。


「っておい、そっちはリュフェじゃねえぞ!

 ミラのヤツ、狩りにでも出てたのか?」


 一直線に山の頂上へと飛んでいく魔力の鳥。

 俺は確かにミラ宛の鳥を飛ばしたはず。


 ダフティ・コルムは術者が記憶している魔力を探索、追跡して相手の許まで飛んでいく魔術の鳥だ。

 すぐに明後日の方向まで飛び立ったということはその方角に相手が居ることに疑いようはない。

 一度本気で逃げようとした時にダフティ・コルムで見つけられたことがあるのだ。

 あの時は一定間隔で飛んでくる赤い鳥に恐怖した。

 その間隔が徐々に徐々に縮まっていくことに気付いてから、走り出したい衝動に駆られてわき目も振らず全力で疾走したことを覚えている。

 結果は……生涯シェル姉を怒らせないようにしようと誓った、というところだろう。

 その話は、今はどうでも良いか。


 要するに、あの鳥からは死んででもいない限り逃げようがない。

 そして死んでいた場合、ダフティ・コルムは上空から魔力を探索して、最後には術者の許に帰ってくる。

 迷わず飛んでいった様子を見れば、死んでいるなんてこともないのは一目で分かる。


「ま、仕方ないか。んじゃリシア、リュフェまでよろしく頼む」

「ああ、あと三刻もすればリュフェに着く」

「りょーかい」


 中に戻るとしよう、イルミアがいろいろ聞きたそうだしな。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえりなさいませ」


 馬車の中に引っ込むと同時に、ダフティ・コルムの魔力の感覚が切り替わった。

 手紙はちゃんと燃やしただろうか。


「ミラ、俺を探してるな」

「ミラが、ですか?」

「ああ、ミラが。鳥から感じる魔力がミラの魔力と同じだから間違いないだろう。

 少なくとも周囲五十歩程度には他の魔力もない」


 これは完全に狩りに出ていたな。

 位置の感覚から言えば、リュフェまで一刻程度で戻れるだろう。

 そう考えていると、ミラの位置が変わる。


「っ!」

「シュリト様、どうしたんですか?」


 思わず動揺してしまった。

 これは俺の知るミラの動きではない。


「ミラが高速でこっちに向かってる。

 アイツ、縮地は使えなかったよな? というか、俺の知ってるミラはこんな速度で動けないはずだぞ」

「それは……身体強化の魔術でも覚えたんでしょうか?」


 身体強化、か。

 確かに動きは縮地の滑るようなそれではない。

 もっと躍動的な、力強い跳躍が何度も連続しているような動きだ。


「弓兵なのに肉体強化しても仕方ないと思うんだが……。

 それなら縮地の方が燃費も良いし便利じゃないか?」

「ミラは防御能力をほとんど持っていませんでしたから、弱点を克服しようとしたんじゃないですか?」

「あー、それならありえるか」


 回避、受け流し、防御、その全てがおざなりなミラの戦闘スタイルは、近付く前に殲滅する。それに尽きるものだった。

 攻撃能力は俺と並ぶくらいにはあったんだ、それで事足りていたと言えるだろう。

 だが、オウロという優秀な盾役と組んでから少し戦闘スタイルが変わる。

 一撃必殺の遠距離攻撃に加え、連射性を重視した必中の中距離射撃。

 そして遠方の大群を焼き尽くす大規模な魔術に加え、使い勝手の良い小規模な魔術も覚えて行った。


 一人で居る今、近距離でも戦える必要性を感じたのだろうか。

 身体強化は基本的な魔術だし、確かに短期間で近距離でも戦えるようになるには良い手だろう。

 だが、ミラにそれが必要だろうか?


 人外じみたミラの感知範囲で彼女の意識を掻い潜りながら接近するなんてのは多分俺にもできない。

 もし戦場で敵同士なら、俺が感知できるのは一つ目の矢が飛んできた瞬間になるだろう。

 それでも場所は特定できない。

 一つ目の矢を防いだとしても、その後放たれ続ける必殺の威力が込められた矢をなんとかしながらミラに接近しなければならない。


 ……想像するだけで嫌になる。


「この速度なら一刻後には接触する。

 一応その頃になったら俺が屋根に出ておくよ」

「分かりました」


 リシアと諍いでも起こされたらたまったもんじゃないしな。


「イルミア。この後会うミラのことを教えておく。

 とりあえず、俺達とミラが初めて会った時の話からにしようか」

「はい!」


 イルミアが瞳を輝かせる。

 こんな話の何がそこまで期待させるんだろうな。


「あれはオウロが俺達のパーティに加わってから一年経つかどうかって頃だったな」


 ま、イルミアも喜んでいるようだし細かい部分は気にしなくて良いだろう。

 俺はミラとの出会いと、その後に起こるパーティ内でのあれやこれやを話し出した。




「っと、そろそろだな」


 ミラとの出会い、その後にあったエピソードを一つ二つ語ったところで、もうかなり近くまで来ているミラの気配に意識を向けた。


「ミラ様が近くまで来ているのですね?」

「そういうことだ。まかり間違って攻撃でもされちゃたまったももんじゃない。ちょっと出てくるよ」

「はい。お気をつけて」


 イルミアの言葉を受けながら御者台へと出た。

 そろそろ陽に赤みが混じりだしている。

 

「どうかしたのか?」

「そろそろ例の知り合いがここまで来るから、出迎えようかと思ってね」


 リシアの声に適当に答えながら屋根へと登る。


「お前ら、何楽してんだ?」


 当然のように馬車の屋根に居座っている伺見(うかがみ)に言葉を投げた。


「より近くでお守りするにはこうするのが一番良いのです。

 これほどの速度で走っていては、いかに我々と言えど万一の時に出遅れかねませぬ故」

「そーやで若様。ウチらも人間やし、こんな長時間走ってたら疲れてまうわ」


 開き直りか。

 この感じだとハナンの木を任せたヤツがこの三人組(スリーマンセル)のリーダーなんだろうな。


「で、本音は?」

「姉御おらんし楽したかった」

「同じく」

「そうか。とりあえずこの件はアイツが戻ったら報告しておく」


 カッと見開かれる二人の瞳。

 割と死に物狂いに懇願してきた。


「若様! それは勘弁してぇや!」

「後生です! 夜伽の相手でも何でもしますからそれだけは!!」


 ほー、夜伽か。

 声を聞いて気付いたことだったが、二人とも女らしい。

 流石にこの速度で走っている馬車の上では匂いも流れて鼻まで届かない。

 んー、好きな時に侍らせるというのも……ミグ、まさか聞こえてるのか? 一瞬反射的に構えるくらいの殺気が飛んできたぞ。


 伺見の二人もそれに当てられびくりと肩を震えさせた。


「冗談言ってる場合じゃないな。主に俺の命のために。

 キツい仕事なのは分からなくもないがほどほどにしとけよ」

「はぃ……」

「御意に……」


 そうこう言っている間にミラはあと百歩程度の距離か。

 一度の跳躍で跳んでいるのは二十歩程度の距離だと分かる。

 この距離まで近付けば俺でも感知できる。

 間違いなくミラだ。


 どういうつもりでこっちに直接来たんだ?

 振り返り、ミラの居る方向を伺う、瞬間。


「シュリト!」

「ミ……」


 ダークブラウンの髪を風に躍らせながら、人形じみた整った顔の少女が俺に飛びかかってきた!

 その名前を呼ぼうと出した声は彼女によって潰される。

 鳩尾に、頭突き!!

 意図せず漏れだす息は言葉を結ばずただただ肺の中から逃れて行った。

 体をくの字に曲げながら吹き飛ばされる!

 懐の中で彼女が顔を上げたのが分かる。

 彼女の腕は俺の肩に回される!

 おいお前状況を見ろ!! それはまずいだろ!!

 という心の声は当然届かず、受身を取ろうとした腕は彼女の腕を振り払うこともできない!

 クソッ! マジで肉体強化を覚えてたのか!?

 圧倒的な危機感が時間を遅くする。

 視界の端、異変を察知したミグが走っている馬車の扉を開いたのが分かる。

 遠くに馬の嘶き、流れる景色に手を伸ばすことすらできない!


「シュリト! 会いたかった!!」


 いやお前一昨日会ったばっかりだろという言葉を発するための空気はもはや肺の中に残っていない。

 気付け! 気付け!! と念じている俺に顔を向け、その女ははにかんだ笑みを浮かべる。


 そして、絶望の音を聞いた。


「シュリト!?」

「しゅーくん!?」


 頭蓋が砕ける音と、ミラの頭に押し潰される形で折れる首の骨の音を、俺の耳は確かに拾い上げた。

 ミグが駆け寄ってくるのが分かる。

 俺の身体の上にその華奢な身体を横たえたミラの瞳が見開かれる。


「ミラ! 邪魔です!! どきなさい!!」

「嫌だ! シュリト! 死んじゃ嫌だ!!」


 ミラとミグに抱きつかれながら、俺の意識は遠のいていく。

 あ、ミラ。お前良い匂いだななどと考えながら、俺の視界は闇へと飲まれていった。




 薄れ逝く意識の中で二人の匂いに興奮を覚えながら、俺こと元勇者候補シュリト・シェルム・ノーグレイスは死んだ。

ようやくハーレムらしくなってきたな、と。

小題を間違えていたので修正しました。

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