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君の為に宇宙は回る  作者: みゅうじん。
会社員 …
20/20

隴を得て蜀を望む 2

 そいつには、およそ家族と呼ぶものが存在しない。

「よぅ、変わってないな」

「お前は、変わったな」

「大人の男だろ? これでも結構女からは人気なんだよ」

「へぇ」

 だからなんだよ、とか、思って居そうな顔は、それでも笑っていた。昔は丸わかりだった愛想笑いがここまで上達したとは感動ものだ。

「入れよ」

「お邪魔します」

 玄関に入ると、昔を思い出した。

 そっと、気づかれないよう、ブレーカーに目をやる。汚いな相変わらず。この家での思い出はこの玄関ではない筈なのに。というか、こんな場所では無い筈なのに、心臓が痛い。

 きっとこの玄関が、俺とこいつの終わりの始まりだったのだろう。

「適当に座っててくれ」

 流れるように玄関を抜けると、部屋の形は同じなのに家具の位置が変わった、見覚えのない居間が現れた。まぁ、そりゃ、変わるさ。数年もすればな。

「明日仕事は?」

 キッチンからそんな声が聞こえる。

「あー。無いな」

「そうか」

 返事をされた後に何も言葉が返ってこないので、俺はソワソワしながらテーブルに目を移した。キモカワの灰皿は無いが、代わりに大きなガラスの灰皿が置かれてあった。

(流石にあるわけねー)

 数年ってのも一つの理由。

 くだらんお別れをしたってのも一つの理由だ。

「手、合わせてもいいか」

「ん?」

「お前の親に」

「あぁ、悪いな」

 蘇る、大学2年の夏の事。ゼミで知り合い親しくなったそいつが、やけに静かな時期があった。学校に来るのはマチマチで、心配だ、と違う友達に聞いてこの家に来てみれば、暗い部屋にポツリと顔を出すそいつがいた。

 聞けば、親が死んだらしい。

 その時にも合わせた手。そいつはありがとな、と笑う。

 一軒屋に一人。こいつはここに残された。ローン返済はその1年くらい前に済んでいたようで、こいつは家を売り払う事も無く、ここに住み続けている。

 仏壇の目の前に座って、手を合わせる。

 目を閉じて、じっとそのまま。

(ごめんなさい)

 謝った。謝らなければ気が済まない。男の体を奪っておいて、そのくせすぐに消えて、またこの有様。

(ごめんなさい)

「おい、いつまでやってんだ」

「うるせぇ……色々伝えたい事があったんだよ」

「会った事ねぇだろ」

「それでも良いんだ」

 仏壇から体を引き、再度テーブルの前に座る。ジーンズのポケットからタバコを取り出して、口にくわえた。

「飲め」

 差し出されたのは、缶ビール。

「え、……」

 びっくりした。

 あの時の銘柄と同じだ。忘れるわけが無い。なんでよりによってこれを出すのかが不思議でたまらない。そいつを見ると、俺と同じビールを手にしている。

「飲めるようになったのか……?」

「あぁ、接待で鍛えられた」

「そっ…か」

 つーか、なんで真昼からビール?

 疑問に思いながら蓋を開けて、流し込む。あの時と同じ味がする。

 キンキンに冷えたビール。喉が冷たい。

「美味いか」

「……うめぇよ」

 何故あの時と同じ質問をするのかも分からない。自分だって同じモン飲んでる癖に。

 そもそも、電話で言った話したい事があるとは、どういう事なのか。ケリを付けるとはなんの事なんだろう。もしかしてあの夜の若気の至だとすれば、わざわざ俺を呼ぶコイツの頭はおかしい。

(後悔してたくせに今更なんだ)

「なぁ」

「へ?」

 色々と思考を巡らせているときにいきなり声が聞こえた。急な事だったもんで、俺はかなりすっとんきょんな声を発してしまった。

 そんな事も無視して、そいつは話を続ける。

 どうせなら突っ込め。

「お前、大学ん時の、沢田覚えてるか」

「あー……覚えてるけど」

 忘れる筈がない。

 そりゃ、聡明で奥ゆかしいお前ぇの恋人じゃねぇか。

「たまに連絡とってんだけどなぁ、結婚すんだと」

「へぇ……おまえと?」

「この話し方で何で俺と結婚する事になんだよ。……俺とあいつは会社に就職してからすぐに別れた。すれ違いっつーのか、なんかそんな感じ。友達に戻った状態だな」

「ふーん。……きっと、良い奥さんになるんだろうな。可愛かったし。お前、上等な魚逃したよ」

 うるせぇ、としかめっ面の中に笑みを含ませながら俺の方を向くそいつに、俺はイライラとした。どうしてそんな話をするのか皆目検討がつかない。

 こいつの行動はさっきの初めから全く分からないんだけど。

「妊娠したんだと。出来婚らしい」

「へぇ……中々」

 結構肉食? なんて、全裸で男を艶かしく誘う沢田を想像した俺は最悪か。

「お前も、妊娠させちまえば良かったじゃねぇか」

「あ? んな事できっかよ」

「簡単だろ」

「無理だ。だって俺と沢田、一回もシた事ねぇんだから」

 左手に持ったタバコを落としてしまいそうで、ぐっと力を込めた。

 大学生の良い若者が付き合って1回も無いってのは、こいつはそんなプラトニックな男だっただろうか。いや、そんな事はない。だって遊びで男とできるくらいはお股が緩いだろう。

 なんて考えて、そりゃ俺も同じじゃねーかと笑った。

「言いたい事は分かるけどよ、そんなドン引く反応されたら傷つくぞ」

「あー……すまん。すげぇ驚いた」

「まぁ、俺も驚いてたんだからいーさ」

 そんなに大事な恋愛だったのか。

 平静を装って、ビールを口に含む。

「ヤろうとしても勃たなかったんだから」

 口に含んだビールは、その言葉に1拍間を置いてから盛大に噴出された。テーブルが水浸しだ。

「おいっ、だからその大げさな反応やめろって!」

「いや、っだって。えっ!? あ、ちょっ、ごめんテーブル汚いんだけどっ」

「お前の口から出たもんだろーが!」

「だから謝ったじゃん! つーか布巾貸して布巾。拭くから」

「俺がやるからいーよ。口の周りでも拭いてろ」

「あー……ほんとごめん」

 俺は自分の口を拭き、そいつはテーブルを拭く。一段落着いたときに、そいつはタバコの煙を吐きながら俺に言った。

「てめぇのせいだ」

 その一言に、場の雰囲気は一転。

 ズキン、と心臓が割れるように痛い。痛い反面、イライラ。

 二人で決めた事だろ。忘れるって言ったじゃねぇか。

「俺のせいって何だ。あん時の、ヤった時の事言ってんのか」

「あぁ」

(やっぱり、あのお優しい性格は消えちゃったのかな)

「あのな、お前何か勘違いしてるだろ。あん時、二人で決めたろ、忘れるって。決めた事に対して俺が恨まれるってどういうこった」

 そいつのタバコから流れてくる煙が鼻腔をくすぐってやけにうざい。俺はこめかみが痛くなるほどにそいつを睨んだ。

「それはこっちのセリフだ」

「はぁ!?」

「お前が先に後悔したんだろーが」

 なんの話だ。

 俺はあの日の事を後悔したことなんかない。むしろ嬉しかったくらいだ。そりゃそーだ。男を好きな俺がその好きな男とやれたんだ。一回きりと分かっていたて、二度目は無いと最初から理解していた。そんな俺が、後悔なんて、するわけがないだろう。

「なんの話してるかわかんねぇんだけどさ、俺は別に後悔なんぞしてないよ」

「嘘言うな」

「嘘じゃねぇって」

「じゃあ、なんでお前あの時消えた」

「それは――……」

 お前の事が好きすぎて、なんて台詞をこの場で吐いても、きっと冗談としか受けとってもらえないのだろう。

 幾らあのお優しい性格が消えてしまっても、こいつの事は未だに好きだ。それについても後悔はしていない。だが、だからこそおめおめと元の仲良し友達に戻る気は無い。それなら冗談と受け取ってもらっても構わない。あの時の気持ちを伝えれば、スッキリ離れる事が出来るのではないか。

「あの時の喧嘩。その時から思っていたが、そんな縁が切れるような喧嘩でも無かった筈だ」

 喧嘩の中身は思い出せないが、俺だってその時から同じ事を思っていたさ。でも、何か理由を付けなければ離れる事もできないと思ったのだ。

 共通の友達も多い。それこそ大学の中でも、外でも、色んなところで毎日顔を合わせていたから、段々音信不通になるって事も難しい。しかも、そんな長期戦は望んでいなかった。

 だから、喧嘩は大変都合が良かった。

(あの喧嘩は、俺とこいつの何回目の喧嘩だったんだろーなぁ)

 多分片手の指が余るくらいだろう。

 昔の優しいお前は、喧嘩を好まなかったから。あの時も、俺が一瞬でも離れる事を迷っていたら、その間に入り込んで仲直りが成立していた事だろう。

「お前が、あんな軽い喧嘩で音信不通になるような軽い人間じゃないことは知っている。だからこそ理由を考えた。最後に残った理由は一つだけしかなかった」

 たばこを灰皿に押し付け、そいつは言う。

「俺とセックスしたからだ」

 ハズレだ、この野郎。

「だから、後悔はしてないんだって」

「じゃあ理由を言え」

 引く気は無いらしいそいつに、自暴自棄になってしまいそうになる。

「なんなんだよお前。もーいーじゃねぇか。昔の事だろ?なんで今更そんな話蒸し返すんだよ」

「俺にとっては重要な事だからだ」

 お前の人生において、そんなに、重要な項目に入っているのか、あれは。

「じゃあ忘れな。この後の人生になんの問題があるってんだ。結婚してガキ産ませて定年なってそんで死ね。お前の人生に勝手に俺を介入させんな」

 言っておいて自分で傷つく。

 心は自分で突きつけたカミソリでボロボロだ。あの時とおんなじ。俺は一体あの時何を学習していたのか。

 やけになって、乱暴にタバコに火を付ける。

「お前と、……」

「はん?」

「お前とあの時の決着を付けねぇと、俺は結婚もガキも出来ねぇ」

 一瞬、耳を疑った。

 俺の耳はこの数十分でそんなにも幻聴を聞くようになったのか。それとも聴力が落ちたのか。

「なんだって?」

 聞き返しても、同じ言葉が返って来て、俺は自分の耳の安心をするよりも先にキレた。

「ふざけんなよテメェ。元カノと出来なかったのも俺のせい。結婚出来ねぇのもガキ作れねぇのも俺のせい。んなこと知るかよ! 俺を恨むよりも先にあん時の自分恨め! そこまで面倒見る程俺はお人好しじゃねぇんだよっ!」

 なんなんだ。

 いきなり電話来たかと思えばこれか。わざわざ俺の逃げ道を無くすような言い方をしてまで俺に会った理由はそれか。

「付き合ってらんねぇわ」

 タバコを加えたまま、財布と携帯をジーンズのポケットにしまって立ち上がった。声を張り上げたのと、ビールの酔いが回ったのか、足がヨロヨロとする。

 だけど、そんな格好悪い格好を見られたくなくて、全身の神経を使って足を踏ん張った。

「どこいく」

「付き合ってらんねぇっつったろ。帰んだよ」

「おい、待て」

 腕をのそりと掴んで来たそいつの手を、力に任せて振り払う。足が震える。

「触んな。んでもう連絡してくんな。お前はもう俺にとって友達とかじゃねぇんだ。取引先の会社員。それだけだ」

「話は終わってねぇ」

「だから知るかっつーの! そんな話延々聞かされる俺の身にもなれ。なんで休日に地獄味わなけりゃなんねぇんだ」

 喋りながら玄関に出る。

 こいつの絶望の場所だ。あの時と同じ場所にあるブレーカー。もう二度と見ることもねぇ。玄関の扉を開け、いち早くこの家を出ようとした俺を、またしてもそいつは止めた。

 今度は俺に振り払えないほどの力で腕を掴んで来た。ギリギリ骨が軋んでる感覚がして痛い。

「てめぇ……」

「分かった。このまま帰す。だがお前はまだ俺の質問に答えてねぇ。だから答えろ。ちゃんと言え。なんであの時消えた?」

 やっぱり、言わざるを得ないんだな。

 良いよ、言ってやる。

 耳の穴かっぽじってよく聞けよこの野郎。

 俺はな、俺は。

 俺は。

「てめぇが好きだった」

 腕を掴むその手の握力が緩んだ気がしたが、それでも続ける。

「とんでもなく好きだった。それだけだ」

 目をパチクリさせ、あんぐりとするそいつに嫌気がさす。反面、俺はその気持ちを最後の最後まで隠せていたのだと知って心の中でガッツポーズをした。

「だって、いや、まてお前。だって……」

「好きな奴とヤッたのに、誰が後悔なんかするんだ。俺はお前に二度目もそれ以上も求めてもねぇだろ。お互い割り切ってると思ってたからだ。俺はあれ以上、お前を望んでいなかった。お前に彼女ができたときだって、散々賛美してやっただろ」

 中身が本当か、はたまた偽りだったのかは、今の俺にはもう思い出すことはできない。

 ただ心が枯れていっただけだ。

 一緒にはしゃぐのに疲れただけだ。

 バカらしいと思っただけだ。

「好きなら何で一緒になって喜んだ」

「あ? じゃあお前は俺に『好きだ俺と付き合え』と泣き崩れて欲しかったのか」

 黙ったままのそいつに俺は続ける。

「まぁでも、それが出来ねぇから離れたんだけどな。そこまで俺は、あれ以上にお前を後悔させたくなかった」

「ちょっと待て。何で俺がそこで後悔してるんだ」

『そこで』ってなんだよ。そこ以外のどこで後悔すんだ。

「忘れたかもしれねぇが。ヤった次の日、お前は俺に『俺の事好きじゃねぇんだよな?』って聞いたんだ。その時のお前の顔は、明らかに後悔していた。まぁ、そりゃそうだ。男とヤって後悔しないのなんかそっちの気がある奴だけだから」

 俺みたいなな、と付け足すと、掴む腕はフルフル震えた。このままぶん殴られたらどうしようとか、そんな事を少しだけ考えてしまったがいつまでもそんな状態には陥らなかった。

「……そうか」

 小さく、釈然としない雰囲気を出しながら頷いた。

「話したぞ、手ぇ離せ」

「いや、まだだ。まだ離さねぇ」

「はぁ? お前、さっきと言ってる事違っ――」

「言い逃げすんな。今度は俺が話す。お前は黙って聞いてろ。いいか、俺は別に、お前とヤッた時には後悔なんてしてなかった」

 先程まで震えていたそいつの腕は、また先程よりも緩い握力で持って俺を離さない。

「俺の事好きかって聞いたのは、あわよくば2回目があるかもしんないって思ったからだ」

「何言ってんだ、お前……」

 その時にフラッシュバックしたのは、ヤる直前の会話の中で、俺が思った事。

「性欲処理って俺の考えは、もしかして合ってたのか?」

 今度は俺が震える番か。

「てめぇそんな事思ってたのか? 俺がそんな事思って男と寝ると思うかよっ!?」

「だって、お前。長い事そういう事する相手いなかったから」

 俺を女として見てるんじゃないよな?

 その問いの答えは確かに肯定だった。

「ふざけんな。俺はお前の事、一度もそういう目で見た事は無い。あわよくばってのは、低俗かもしれないけど、お前に気があったって事だ」

「気?」

「俺と一緒にされたくねぇと思うけど、お前と寝て、俺はお前と同じ、恋愛的な意味でお前を好きになっていた」

 1回ヤって好きになる。確かに低俗な話だ。そう言ってやろうかとは思うが、開いた口が塞がらない。

「別にお前とヤった事には後悔してない。だけど、お前は俺を好きじゃないと言った。その時に後悔したんだ俺は。まぁでもその感情も一時的な物だと思ってた。思った通り、お前の事をそう思う気持ちもだんだん薄れてった。そん時に沢田と付き合った。勿論軽い気持ちなんかじゃねぇし、俺は沢田をお前より好きだと思ったからだ。確かに俺は沢田の事が好きだった。だけどいざそういう雰囲気になった時、俺は沢田を差し置いてお前の事ばかり考えていた。出来なかったってのはそーゆー事だ」

 上手く呼吸が出来ない。今のところ心臓の音はうるさくはないが、その分体が異常に熱い。苦しい。目を逸らそうともしてみるが、嘘偽りないと主張するようなそいつの眼差しを、離す事が出来ない。

「ちゃんと沢田を見て、感じて。そうしようとしたら、全く動けなくなった。ED検査にも行った。だけど俺は、出来ない理由を『お前とヤったから』だと知っていた。俺の最大の後悔はそこだ。そんでお前は小さな喧嘩にキレて音信不通になるし、俺はてっきり余程後悔してたんだと……」

「俺とヤって勃たなくなったから、だから俺のせいだってさっき言ったのか?」

「あぁ、そうだ。……いや、変な勘違いしそうだから言っとくが、俺は女と出来なくなったから後悔したんじゃない。お前を思う気持ちを、そんなちっぽけなもんと勘違いしてた事を後悔してた。こんな事なら、初めからお前に告白しとけば良かった」

 俺は今また後悔してる。と、一言。そんな言葉を挟んで、話は続く。

「会社で拾った名刺見て、一瞬心臓止まった。そんで、次は、お前が幾ら後悔してても関係無い。どんな手ぇ使ってでもお前を離さないと思った。そう思うくらいには、俺はお前が好きなんだ」

「……」

 なぁ、おい。俺は今心臓が止まりそうだよ。それくらいには、俺はお前が好きなのか。

「お前はどうだ」

「へ……?」

 黙って聞くしかなかった俺に、質問が飛ぶ。すっとんきょんな声を出した俺の顔も、きっとすっとんきょんなんだろう。

「さっきお前は、俺の事を好きだったって言ったが、だったって事はつまり過去形だろ? 今はどうなんだ」

 そんな事をストレートで聞くような女の子はきっとそういないだろう。あの時と同じだ。またしても初体験。

「俺はこの3年間、マスかいてる時は常に頭の中でお前をぐちゃぐちゃにしてた。お前が好きだから。お前はどうだ」

 自分のマスターベーション事情を告白のネタにする女の子もきっとそういないだろう。そういないって言うか、いないだろう。またしてもまたしても初体験。

 そのついでなのか何なのか、おかしな告白をされ、俺の熱さは完璧に冷めた。苦しさも無い。心臓も正常に鼓動を刻んでいる。

 可笑しくて仕方がない。

(そういうことか……)

 俺とこいつはきっと、交わす言葉が異常に少なすぎたのだ。『仲が良い』という関係に惑わされた。言葉にしなくても分かると言うには、俺達にはまだ歩み寄りが少なかった。

 こんな事なら、逃げなきゃ良かった。逃げるのなら、あの時ちゃんと言葉にしていれば良かった。そうすればお互い無駄に心を枯らす事も無かったんじゃないのか。

「おい、笑ってないで答えろ」

 顔に笑いが出ていたのか、そう言われたのでそいつの顔をもう一度ちゃんと見てみたら、少しだけ顔を染めていて、それにも笑みが溢れた。

 可笑しいからじゃない。

 これが俺の答えなんだな。

 そう思うと、急に視界が広がった。感覚も冴え渡って、ふいに今まで気にならなかったタバコの煙が鼻に付く。その元凶を探ってみれば、いつのまにかそいつに掴まれていない方の手の指に挟まれていたタバコが、フィルターギリギリにまで火が通っている。玄関には少しだけ灰が落ちていた。

「なぁ……」

「なんだ?」

「俺がお前にあげた拷問灰皿。あれ、まだあるのか?」

 ふいに気になった。思えば俺がこいつにあげた、ただ1つの物だ。その質問に、そいつも俺の指に挟まれたタバコに気付く。

「あるぞ、寝室に。確かめるか?」

 どういう意味なんだろうと、考える。

 ただ灰皿があるのか見るか? と、ただそれだけなのか、それはただの理由に過ぎなくて、色情が含まれているのか。

「でも、きっと見るだけじゃ済まねぇ」

 後者か。

「どうする。お前が決めろ」

「それ、俺が決める必要あるのか?」

 だって、こいつはさっき、俺を離さないと言ったじゃないか。

 逃げるのは無駄だ。最初に好きになったのは俺。決めるのも俺。今この場でそれを拒んでも、いつかきっと俺は、こいつと『2回目』をするだろう。

 じゃあ今やるべき事はただ一つ。足りないのは歩み寄りだ。言葉だけだ。

 掴まれた腕をそろりと解いて、俺は真正面からそいつを見つめた。

 今度は逃げない。

 選択を間違えない。

「お前が好きだよ」

 またその場の雰囲気に流されたなんて言い訳が出来ぬよう、今度は自分からキスをした。

 そうだ。俺はあの時もずっとこうしたかったんだ。

「もう逃げない。お前も逃げるなよ」

 バカみたいにそんな事を言ってみた。幼稚で稚拙でも良いんだ。ようは伝わるかどうかだ。大人だからって、背伸びなんてするものか。

「上等」

 全ての始まりは、この玄関。絶望の場所なんて、もう言わない。

 見たかブレーカー。

 もうお前を悪者扱いはしないよ。

あー・・・また名前無ぇ・・・・。

もう太郎とか次郎でいいのか・・・?笑



ちょっと続きます

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