第6話:『悪意ある注文書編 〜対価を貪る奴隷の首輪と全作業の即時停止〜』
【第一部:束の間のひだまりと、突如訪れる最悪の鉄輪】
「パパ, はい、あーん。今日のスイカも、シャリシャリで甘いにゃ」
「コユキ、ありがとう。うん、本当に美味いな」
アジサイの庭の縁側。前章でのオフィス崩壊の危機を乗り越え、徹底的な責任追及の果てに真の信頼関係を築き上げたキヨタカは、異世界で穏やかな時間を過ごしていた。
キヨタカの膝の上では、茶トラのコユキが小さく喉を鳴らしながらスイカを差し出してくれている。左腕には黒猫姿のミカが少し照れくさそうにしがみつき、足元では白黒パンダ姿のモナがパパのズボンの裾を引っ張って「モナもあーんする!」とはしゃいでいた。夕暮れの心地よい風がアジサイを揺らし、奥ではユミが温かいお茶を淹れて微笑んでいる。
(ああ、この温もりだ。この笑顔を守るために、俺は現実世界で泥水をすすり、絶対管理者として戦っているんだ――)
キヨタカがそんな愛おしさに胸を熱くし、家族の幸せを噛み締めていた、その瞬間だった。
ピキィィィィィィィィィィィン――!!
それは、鼓膜を直接冷たい針でかき毟るような、冷酷で不吉な金属音だった。陽だまりに満ちていたアジサイの庭に、無情なシステムログの機械音声が突如として爆音で鳴り響く。
『 警告:【曖昧な妥協】の呪い、および【責任放棄の不当搾取】が同時進行中 』
『 理想の未来ルート・確定率:25% ➡️ 11%へ急落(ロック強制解除) 』
「え……っ!?」
キヨタカの心臓がドサリと嫌な音を立てた。慌てて振り返った瞬間、視線の先で、あまりにも禍々しい『異変』が起きていた。たった今まで笑っていたミカ、コユキ、モナの三姉妹が、突如として激しく咳き込んだのだ。彼女たちの白く細い首元に、肉を抉り、骨を軋ませるようにして、不条理な黒い鉄の首輪――『奴隷の首輪』がガチリ、と出現する。
「お父さん……っ、体が、すごく重いよ……っ。息が……できない……っ」
長女のミカが、持っていたスイカを落とし、涙を浮かべながらアジサイの庭の芝生へとバタリと倒れ込む。首輪はジワジワと禍々しい光を放ちながら、三姉妹の魔力と体力を、24時間体制で容赦なく吸い尽くし始めていた。それは現実世界における「金額未定で全作業を貪り尽くす悪意」そのものの具現化だった。
「みんな!! おい、どういうことだ……何が起きてるんだユミ……っ!?」
「あなた、これは……あなたの世界で、誰かが私たちの命と労働力を『対価ゼロで無限に貪り尽くそう』としています……ッ!」
お茶のカップを落として駆け寄るユミの目が、恐怖を超え、満身創痍の戦闘マシンとしての凄まじい殺気と悔しさに燃え上がる。
「クソ、あいつら……俺の家族を、都合のいい使い捨ての奴隷にさせてたまるかよ……っ!」
駆け寄ろうとしたキヨタカの視界が、ぐにゃりと反転する。タイムリミットだ。意識が、現実世界の最悪な戦場――元請けとの応接室へと、強制的に引き戻されていく――。
## 【第二部:社会的病理の羽音と、電撃のラインストップ】
ガタ、とパイプ椅子が不快な音を立てた。視界が切り替わる。アジサイの庭の匂いは消え、目の前にあったのは手垢で汚れた元請け会社の殺風景な応接室だった。
「これまでの【曖昧な妥協】と【事なかれ主義】の前例通り、黙ってここにハンコを押しといてよ、キヨタカさん。最大手のうちから仕事をさせてやってるんだ、光栄だろ? 十分な実績が作れたんだからさ(笑)」
耳障りな言葉が応接室に響く中、キヨタカの目から愛愛情が完全に消え失せる。脳内に響く娘たちの首輪の悲鳴。キヨタカは感情を一切挟まない冷徹な声で、男の目を真っ正面から見据えた。
「……それが、あなたの会社の『総意』と受け取っていいか?」
「あ?」
「……そう受け取るしかないが? 正当な稼働実績に対する支払いを半額に買い叩き、それを実績という無形資産で相殺しろという強弁。明確な下請法違反であり、優越的地位の乱用だ」
キヨタカは淡々と、相手の逃げ道を塞ぐように言葉を重ねる。
「あと、ここでの会話はすべて記録している。事後報告になるが、そもそも挨拶もなしに話し出したのはあなただ。こちらはただ、あなたの発言をログとして保全したに過ぎない」
「な、何だと……っ!? 勝手なことをするな! なんだそのボイスレコーダーは!!」
秘密録音を指摘された幹部は、顔を真っ赤にしてソファーから跳ね上がった。自身が犯した、【責任放棄】というコンプライアンス違反の重大さに今さら気づいて激怒し、声を荒らげる。
「いいかキヨタカ! これ以上、払えないものは払えないんだよ! これにハンコを押さないって言うなら、次からお前の部署に回す仕事は……っ! 今更止めれるわけがないだろう!」
元請けの担当者は、下請けが現場を止めるリスクなど取れるはずがないと、完全に高をくくっていた。その醜い傲慢さを、キヨタカは冷ややかに見下ろす。
(お前たちのような【社会的病理】のために……俺の部下たちの努力を、家族の価値を、寸分たりとも搾取させてたまるかよ……っ!!)
キヨタカは目の前の男を完全に無視し、手元のスマートフォンを操作して自部署へと直通のスピーカー通話を入れた。
「キヨタカだ。全員、手を止めて聞いてくれ」
『はい、課長! どうされましたか!?』
「ただいまこの時刻をもって、全工事を『即時停止(完全ロック)』する。現場のすべての協力業者には、最高責任者である私の号令でストップすることを必ず伝えろ。理由は追って説明する。以上だ」
『――ッ!? 了解しました! すぐに親方衆へ伝達、全ラインをストップします!』
スピーカーの向こうで、前章で絆を深めた部下たちが一切の迷いなく激しく動き出す音が響く。
――ガキィィィィィィィィィィィン!!!
キヨタカが放った冷徹な【言霊】のロジックが、100倍のレバレッジとなって異世界へとダイレクトに炸裂した。現実世界の全作業停止と同時に、裏世界で三姉妹の首を絞めていた『奴隷の首輪』の数値ロックに、目に見える亀裂が走る。本当にその場で現場を完全に止められた元請けの担当者は、一瞬で顔を真っ青にして崩れ落ちた。
「お、おい! 正気かキヨタカ! 本当に現場を止めやがったな! 工期が遅れたらどうするんだ!!」
「……今日のところはお引き取りを」
キヨタカは感情を微塵も揺らさず、冷徹に言い放ちながら、机の上の注文書のコピーを鞄に仕舞った。
「今までの会話も、もちろんすべて記録しているため、しかるべき場所に報告させていただく。……こちらには後ろめたいことは毛頭ないんでね。提示された分の金額に合わせた仕事は、すでに完了している」
キヨタカは応接室のドアを大きく開け放ち、笑顔すら交えて男を促した。
「なんなら、この事務所も今すぐ引き上げるが?」
「な……っ!?」
「さぁどうぞ、お帰りはあちらです。――私も【組織戦】で、忙しくなりましたので」
## 【第三部:裏世界でのほっこりタイムと、頼もしい聖獣の風格】
『 システムログ:現実世界での【電撃ラインストップ】をリアルタイム検知 』
『 【曖昧な妥協】の完全拒絶により、因果の100倍レバレッジを発動します 』
『 理想の未来ルート・確定率:35.00% ➡️ 45.00%へ急上昇・完全ロック! 』
『 管理者のガバナンス(抵抗力)が増大:呪いの強制解除シーケンスを開始します 』
「う、あ……あぁっ!?」
反転した異世界。アジサイの庭の縁側。たった今まで『奴隷の首輪』に魔力を吸い尽くされ、芝生に倒れ込んでいたミカ、コユキ、モナの三姉妹の身体が、突如として眩い光に包まれた。
現実世界(表)で、キヨタカがクソ元請けの担当者に『工事停止』を叩きつけ、正当な実費を毟り取る組織戦を開始した、まさにその瞬間だった。【事なかれ主義】を完全に捨て去ったキヨタカの鉄のロジックが、100倍の倍率となって裏世界にトランスレート(逆流)したのだ。
確定率が45.00%へとはね上がった瞬間、娘たちの首元を締め付けていた黒い鉄輪に、バキバキと無数の亀裂が走る。確定率の上昇。それはすなわち、この世界において家族が理不尽な搾取に『抵抗する力』そのものが爆発的に増大したことを意味していた。
――パキィィィン! パキィィィン!!
耳を聾するような心地よい金属音を立てて、あれほど禍々しかった『奴隷の首輪』が、三姉妹の内側から湧き出た魔力バーストによって木っ端微塵に砕け散る!
「パパ、首のチクチクが完全に消えたにゃ!」
「お父さん、体がすごく軽いよ……っ!」
娘たちは自由を取り戻し、元気いっぱいに縁側ではしゃぎ回っていた。もう、【曖昧な妥協】のせいで家族に痛みを強いることはない。キヨタカは縁側に深く腰掛け、愛おしそうに娘たちの頭を大きな手で撫でた。
「すまない、みんな。俺の【事なかれ主義】による管理不足のせいで、色々あって少し手が回らなかった……。でも、もう大丈夫だ」
キヨタカの言葉に、三毛猫姿のユミがそっと隣に寄り添い、その品のあるしっぽをキヨタカの足首に優しく絡めた。
「いいえ、あなた。あの理不尽な人間たちの悪意を、あなたはまた、その冷徹なロジックで退けてくださったのでしょう? 私たちはあなたを信じていましたわ」
「ああ。まだ完全に決着がついたわけじゃない。……だけど、少なくとも、俺はもう奴らの要求を【事なかれ】で済ますつもりは絶対にない」
キヨタカの胸の奥から、現実世界で二日酔いを乗り越えた最強の部下たち、現場の職人頭たちの顔が浮かび上がる。
「ここからは……パパと、俺の仲間たちの時間だ!――俺と、俺の家族と、俺の最高な仲間たちを、上から目線の【責任放棄】で思い通りに動かせると思うなよ……っ!!」
ぐっ、と拳を握り締め、キヨタカの感情が激しく高ぶる。その絶対管理者としての熱量に呼応するように、アジサイの庭の魔力がスパークした。
『 システムログ:現実世界での【電撃ラインストップ】の因果を完全検知 』
『 システム上限突破:確定率45%のスパークによる【本来の姿】のバグを発動します 』
ポフンッ、と心地よい白煙が立ち上る。キヨタカの冴えない中年犬顔の輪郭が変わり、その体が、ふっかふかの黄金色の毛並みに覆われた巨大な『犬の聖獣(大型犬パパ)』としての本来の姿へと変わっていく。
しかし、かつての暗黒期の時のように、誰も信用せず、敵を噛み殺すためだけに特化した「殺意に満ちた怖い獣」の姿では、決してなかった。そこにいたのは、大切な家族をその背中に乗せ、信じてくれる仲間たちを従えて魔窟を統べるにふさわしい、圧倒的な包容力と「頼もしい風格」を纏った、神々しいまでの聖獣の佇まいだった。
「「「「おぉぉ……っ!!」」」」
そのあまりの格好良さに、ユミも、ミカも、コユキも、モナも、一瞬だけ声を失ってうっとりと見惚れてしまった。
「な、何だ? 俺の顔に、何かスイカの種でもついてるか……?」
聖獣パパが大きな耳をピコピコと動かし、不器用そうに前足で鼻先をかきながら問いかける。すると、真っ先に我に返ったおてんばのモナが、その黄金色のぶ厚い胸板に向かって「パパかっこいいーーーっ!」とダイブした。
「もう! お父さん、今のセリフ、ちょっと格好良すぎるじゃないの……っ!」
「コユキ、今の頼もしいパパ、世界で一番だいすき……」
ミカが顔を真っ赤にしてパパ犬の太い前足にしがみつき、コユキもそのふかふかの背中にすっぽりと埋まってゴロゴロと喉を鳴らす。ユミもまた、愛おしそうに目を細め、聖獣となったキヨタカの大きな首元にそっと頬を寄せた。
「ふふ、さすがは私の絶対管理者ですね。……さぁ、その頼もしい牙で、現実世界の薄汚い魔窟を、あなたらしく支配してきてくださいね?」
「――ああ。任せておけ、すぐ戻る!」
肉球に伝わる家族の温もり、そして背中を預けてくれる現実世界の部下たちの笑顔。2つの最強のガバナンス(絆)を両手に握り締めたキヨタカは、無敵のメンタルバフを全身に纏い、次なる因果の戦場へと向けて、力強く目を開けるのだった。




