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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
13 花嫁の歓待

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前編 婚約宣言

 オクオとミルカは、森の奥深くへと分け入っていた。


 四人のオークに四方を囲まれての道行だ。一人として口をきく者はいない。不安な面持ちのミルカが押し黙るのは当然だが、オークたちが無駄に口を開かないのは用心のためだった。警戒は外に向けられている。オクオも同じだ。妖魅の本領は夜ばかりとは限らない。昼日中であろうとも、危険な魔獣は徘徊している。


 森の道行きは平坦なものではなかった。分かりやすい道などはない。曲がりくねり、高くなり、低くなる程度であればまだ容易いが、樹上に上がって太枝を渡るような〝道〟まである。


 オークたちは手慣れたものだが、人族のミルカには難しい。仕方なく、オクオはミルカを負ぶって進んだ。始めこそ「自分で歩ける」とミルカは強情を張ったが、「罠だらけの道やからな」と諭されて、オクオの背中に身を預けることとなっていた。


 ときおり、高い梢の隙間から奇妙な音が聞こえてくる。長く短く、抑揚を伴う震えは獣の鳴き声のようでもあり、人の声のようでもあった。そのたびに、先導するオークの戦士が答えるようにして、およそその巨躯に似つかわしくない繊細な喉使いでもって声を響かせた。互いに呼びかわしているのだ。


「あれはなに?」ミルカはオクオにささやきかけた。


「見張りのオークがいるんやろ。何かいたとか、危険はないかとか、まあ……そんなやりとりや」


 あいまいに答えるが、オクオには判っている。「出奔したオクオが人族の女を持ち帰った、これから里長の館へ引き連れる、大ジジ様に報せておけ」――と。


 皆、朝から歩き詰めだ。木漏れ日が作る影の長さからすると、そろそろ昼が近いらしい。やがて樹々のあわいの奥に、丸太を連ねて造られた壁が見えてきた。さらに複雑な道を進んで辿り着いた先にあるのは、堅牢な砦が備えるような大門。オークの隠れ里の、そこが入り口だった。


 門はすでに開いている。見張りのオークらがオクオに警戒の視線を向けてきた。武装はしているが、刃は腰に下げたままだ。


「このまま、真っすぐ、大ジジさまの館へ連れて行く」振り向かず足も止めずに先導するオークの戦士が告げた。


 オクオはミルカを背から降ろすと、オークの里のなかへと歩みを進めた。


 西の森を飛び出して、すでに三カ月あまりが経っている。目にした限り、オークたちの暮らしぶりに変わりはない。


 まばらに残された大木の合間を埋めるようにして、木造の家屋が建ち並ぶ。人族の、石造りの街並みとは全く違う。かやぶき屋根を備えた平屋建て庭で、オークの男たちが日々の営みにいそしんでいる。


 狩猟用具の手入れをする者、炊事の支度、洗濯の物干し、採取した森の恵みの仕分けに、干し肉の下ごしらえをする者たちがいた――煮炊きの煙を上げる家もある。


 少し違うのは、仕事との手を止め、道行くオクオとミルカたちに怪訝な視線を向ける男たちがいることだった。


 石造りの街で暮らしてきたミルカには、見るものすべてが物珍しくあるらしい。身の危険よりも好奇心が勝るようで、きょろきょろとあちこちを見ながら歩いている。


 好奇心を持つのはオークの子供たちも同じらしい。物陰からこちらの様子をうかがう男児がちらほらといた。ミルカと目を合わせて手を振り返す者までいる。しかし、それに気づいた大人に摘まみ上げられ、家のなかへと隠されてしまった。


「ねえ、男の人ばかりみたいだけど……どうして?」


 やがてもう一つの違いに気づいたらしく、ミルカはオクオに訊ねた。


「オークは女がずっと少なくてな。一つ所に――」


 オクオが言いかけたところで、ひときわ大きな屋敷が里の奥に現れた。板塀に囲まれたその構えは、さながらちょっとした城のようでもある。


「里長の屋敷や――」自分に言い聞かせるようにして、オクオはミルカに言った。もう一度念を押す。「ええかミルカ、ワイのこと、必ず信じてくれ」


 ミルカは黙って一つ頷く。屋敷の中から年若いオークの男が現れ、「ご案内いたします」と告げられる。これまで連れ立っていたオークの戦士たちは後ろに下がり、屋敷の入り口に居並んだ。出口はない。後戻りはできない。


 オークの青年の背に従い、オクオとミルカは屋敷のなかへと踏み入った。


    §


 掟に従うか、里から追放されるか――里長の大ジジから選べと迫られたあの日と同じ評定の場に、オクオはミルカとともに座していた。


 居合わせる面々も変わらない。目の前の上座には大ジジと大ババが並んで座り、部屋の左右には補佐役の長老衆が五人、端座している。


 広い板の間ではあるが、オクオを含めて八人のオークが居並ぶとなれば、行き場のない空気は圧されて密になって重い。


 いったいどんな処分が下されるのだろうかと、オクオは行く末を案じた。叱責も処罰も覚悟はしている。だが、ミルカが一緒なのだ。自分の身はまだしも、彼女の身に万一あるとなれば戦ってでも――しかし、〈隷獣の首輪〉が戒めとなるオクオの身では、難しい。


 咳払いが一つ鳴る。おもむろに、大ジジは重たげな声でオクオに訊いた。


「久しいな、息災であったか」


 評定の始まりだ。


「まあ、その……そやな、見ての通りや」


 やっと答えてつばを飲み込む。冷たい汗が額に滲み、皮膚を伝い落ちて眉を濡らすのをオクオは感じた。


「ワイは……どんな仕置きを――」言いかけたオクオを、良く響く乾いた打音が遮った。続けざまに大ジジが、声を張り上げる。


「でかした!」


 評定の場に鳴り渡ったのは、大ジジが自分の膝を平手で打った音だった。大ジジは破顔までしている。


「でか……?」あっけにとられて、オクオは言葉に詰まる。オクオのことなど構いもせず、年甲斐もなく大ジジは声を上ずらせてまくしたてた。


「ようやった! わがまま言うて里を出よったときは、このアホタレ野垂れ死んだに決まっとると思ったもんやが……まさか、人族の女をかどわかしてくるとは――たいしたもんや!」


「いや、これは、その……」なんと答えたものか思いもつかない。周りの長老たちまで感じ入るようにして何度も頷いている。大ババは……穏やかな表情でいるままだ。


「しかも、荒事も無しにや。無傷で攫ってくるとはな!」


 いかにも機嫌よく、大ジジは胸をそらして大きく笑う。


 ふいに左の袖口を引かれて、オクオは目を落とした。隣に座るミルカが、小さく震える手でオクオの袖を握っていた。右手を重ねて、そっと娘の手を包み込む。とたんに、大ババが視線を向けてくるのを感じていると――


 長老の一人が大ジジに調子を合わせるように後を続けて誉めそやした。


「人族の女を生きたまま連れ帰った者は久しくおらん。オクオの勝手は帳消しにしてもええぐらいや」


 さらに別の長老が引き継ぐ言葉に、オクオの背筋が張り詰める。


「そうやな、これほどの大手柄や。これは祝いに、皆で――()()()()()()()


 重ねたオクオの手の中で、ミルカの手が硬く冷えた。身の震えが娘の拳を通じて全身にめぐるのを、オクオは感じた。場は、盛り上がるばかりだった。


 上座に目をやる。知らずオクオは、里長を睨み据えてしまった。大ジジは黙したままだ。補佐役たちの成り行きを見守っているらしい。


「一番槍はオクオ、おまえのもんや」長老の一人が言った。


「二番槍からは――久しぶりに力比べで決めるか。若いもんも張り切るやろなあ」


 場が、嬉々としてざわつく。


 声もあげず、ただ震えるままのミルカがオクオの腕に縋りつく。槍の喩えの意味するところを、知ってしまったに違いない。


 首筋がちりちりと疼く。腹の底が煮える。荒事は好まぬはずだったのに、今は怒りが湧きあがる。〈隷獣の首輪〉が震えた。呪具は熱を帯びだし、咎めるようにオクオの身体を炙りはじめた。


 ――だがもう、我慢ならない。


 板張りの床を蹴りぬくようにして、オクオは大音声と共に立ち上がった。


    §


「その話っ、待ったあっっっっっ!!」


 館の外のこずえを揺らすほどの声で、オクオは叫んでいた。一斉に、長老たちがオクオを見上げる。間髪を入れず、オクオは啖呵を切った。


「この女、ミルカはワイの――嫁や! 手出しは許さんでっ!」


 オクオの覇気に気圧されたのか、老人たちは鎮まりかえる。やがておもむろに、大ジジが訊いた。だが、オクオにではない。


「――娘、ミルカとやら、オクオの言葉はまことか?」


 オクオの腕を握ったままのミルカの手に、力がこもった。オクオの体を支えにしてミルカは立ち上がり、オクオの身体に身を寄せた。


「……はい、本当です。あたしはオクオの――お嫁さんですっ」


 はっきりと、決意を込めた口調でミルカは大ジジに告げた。自分を信じてほしいとのオクオの頼みに、ミルカは確かに応えてくれたが――正直、驚きもしてしまう。


「なんと……」長老たちが息を呑む。大ジジはオクオを睨めつけた。


「オクオ、おぬし、この娘と……契ったか?」

「いや、まだや」


 さすがにこれには、嘘は付けない。ちらりとミルカの様子をうかがうと、なぜか娘の頬は仄かに朱い。


「なら、何しに戻った? もしや……」


 大ジジには、察するものがあるようだ。そう、もはやミルカを救う手立ては、これしかない――


「オークの古き掟に従い、この里でミルカと祝言しゅうげんを上げるためや。ワイはミルカを正しくつがいとするべく、ここへ戻ってきた」


 はっきりとした声でオクオは長老たちに告げた。視線を感じて大ババに目を向ける。里長の妻たる老女は眼を半眼にして、オクオの姿を見据えていた。


 オクオの宣言に長老の一人が異を唱えた。


「はっ、ばかばかしい。〈弱き者〉が祝言だと? 嘘に決まっておる。帰参の許しが欲しくて、女を手土産にしたのと違うか?」


 そうだそうだと言わんばかりに、長老たちは再びざわつく。ふいに、大ジジとは別の柔らかな覇気が場を包み込んだ。


「待ちなはれ」


 重く静かに、大ババの一声が響いた。場の空気が、にわかに張り詰める。男たちは一斉に口をつぐみ、大ババに視線を注いだ。


 鷹揚に顔を上げて、大ババはミルカに問うた。


「ミルカや。おぬし、まことオクオと契りを交わしてはおらんのか?」


「契りって、あの……」察してミルカは口ごもる。


 大ババは「目合まぐわいや」と言い切った。


「し、してません!」慌てるミルカに、大ババはにっこりと笑顔を見せた。


手籠てごめにせず、オクオは互いに心を交わせてミルカを連れた――相違ないか?」


「そうや、間違いない」大ババに問われて、オクオがはっきりと受け答えると――大ババは大きく頷いた。


「人族の嫁とは……何十年ぶりかのう」


 しみじみと言ってほうと深く嘆息し、大ババは大ジジと目を交わす。


「めでたいことや」と大ジジが応じると、大ババは居住まいを正して声を張った。


「皆、よう聞きなはれ!」


 とたんに、長老たちがかしこまる。大ジジもだ。オクオもミルカを促して、二人揃って大ババの前に端座した。


「ここな人族の女、ミルカを我らが里の女として認め、女衆の館へ迎え入れるものとする。よいな? 異議あらば申してみよ」


 オクオは真っ先に、かしこまって頭を下げた。長老たちも平服する。大ジジまでもが両の拳を床に着け、頭を下げて大ババに礼を取った。


 よし――これで誰一人、ミルカに手出しはできなくなる。夫であるオクオを除いてだ。オークの掟において、女の、妻の意思は常に、絶対のものなのだ。


「――さあ、オクオとミルカの祝言や! 祝宴の支度をよろしく頼むぞ」


 大ジジに促され、補佐役の長老たちは立ち上がった。しぶしぶといった様子はない。すっかり真顔になって、あれやこれやと互いに言葉を交わしながら、五人の長老たちは評定の間を出て行った。


 さっそく祝宴の差配を始めるのだろう――オクオはほっと胸を撫で降ろしたが、ミルカは横で驚くばかりでいるらしい。


「あの、祝言て……結婚式のこと、ですか? でも、なんで急に……」


 穏やかな声音で、大ジジがミルカの疑問に答えた。


「そうや、オクオの妻なんやろ? 番としてオクオとだけ添うというのなら、祝言は上げねばならん。それが里の掟、儂らのしきたりや」


 突然のことに、ミルカは戸惑っているらしい。命と貞操の危機に怯えていたろうに、今度はいきなり結婚式とは――分けが判らないに違いない。


「え、いや、その……式を挙げるって、いろいろ前置きが――」


「ほう、人族とはしきたりが違うということか」何やら面白そうにして、大ジジはミルカの言葉を聞きながら顎を撫でた。


「さあさあ、ミルカは私と来なさい。分からんことはわしがちゃあんと教えたるから。まずは女衆の館で、身支度や」


 大ババは立ち上がり、ミルカに手を差し伸べた。促されてミルカも立ち上がる。大ババは「こっちや」とミルカの手を引いた。


「心配ない、大ババ様にお任せすれば、安心や」


 振り返るミルカに、オクオは力強く頷いて見せた。いずれにしろ、この成り行きではミルカを大ババに預けるほかない。先々にまだ不安を残すものの、女衆の館へ行くとなれば、ミルカの身の安全は確実に保証される。


「うん」と小さく頷き返して、ミルカは大ババに連れられ評定の間を立ち去った。


「オクオは儂と来い。おまえにも支度があるからな」


 広間の戸が開く。大ジジに仕える若いオークの男が現れた。「こちらでございます」と促され、オクオは大ジジとともに館のさらに奥深くへと踏み入った。

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