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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
08 令嬢剣士との一日

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後編 主神神殿

 街の北側にある小高い丘の上に、オクオとミルカは来ていた。


 薬草店を出てしばらく後のことだ。ミルカに食事でもして休もうかと誘われ何件か店を回ってみたのだが、すべて拒まれてしまった。オクオを見るなり「オークが来るところではない」とあからさまに嫌な顔をされ、遠回しに「他のお客に迷惑をかけるから」とも断られた。


 仕方なしに仕事で歩き慣れた河川港まで足を延ばし、少しは顔なじみになっていた露店を訪れた。串焼きやらなにやらを買い求め、木陰の草地に広げて昼食とした。さんざん邪険にされた末のことだったが、しかし、オクオはこれが気に入った。


 人影のない木陰にあるものといえばやわらに吹き抜ける風ばかり。聞こえるのは、風に揺れる木立の葉音と鳥のさえずり。


 景色もよい。座った目の先あたりに、人族の主神神殿が見えた。立派な白い石造りの建物は、大きな丸屋根を囲むように四本の尖塔がそびえている。その中央にあるのが聖堂という祈りの場で――と、オクオはミルカから聞いていた。


「神殿か――マーロはんは神官いうけど、普段は何しとるの?」

「うーん……お祈りとか?」

「一日中か、ずいぶん……暇そうやな」

「まさか、冗談だよ。けっこう偉いんだ、あの人。モスハン祭司長の右腕みたいな人なの。だから、びっくりしちゃった。救助隊に加わるだなんて」


 串焼き肉の最後の一本を平らげながら、オクオはマーロの冷たい目を思い出した。


 ボーゲンのように、〈肩もみ〉のことを聞きつけたのか。偉い人だというのなら、いろいろと噂を知る手立てもあるのだろう。始めて街を訪れ、西門の衛兵に捕まった時も姿を見せていた。神殿代表と言われていたが――


「ねえ……」と声を掛けられ、思索が途切れる。ミルカに顔をのぞき込まれていた。緋色に煌めく髪が、風にそよいでいる。


「オクオはどうして、街へ来たの?」


 思わぬことを聞かれた。そうえいば、〝ドミナを訪ねてきた〟以上のことを、ドミナ以外の者に話したことがない。ここにはミルカ以外に人はいない――それなら。


「――ワイなあ、里を追い出されたんや」


 風がやむ。不意を打たれたようにして、ミルカが息を短く詰める。


 オクオは語り始めた。ドミナにしか打ち明けたことのない、里を追われて、オースベルクへやってきたいきさつを。


 荒事嫌いで掟である人狩りを拒み続けた末に、オークの里を追放されるに至ったこと、ドミナを頼って人族の街を訪れたこと、将来は〈肩もみ〉を役に立て、たつきの道としたいこと、しかしそれも、なかなかに苦労しそうだということを――


「ワイな、なんで〈肩もみ〉が得意なんか、自分でもよう分かっとらんのよ。手技のコツはドミナに教わったんやけど、そんだけで。里の仲間にもこんなこと出来るもん、おらんかったから」

「傷を癒す力でしょう、里でも役に立てたんじゃないの?」


 施療院や神殿のある人族の街で暮らすミルカがそう思うのは無理もない。しかし「いいや」と、オクオは首を横に振る。


「……オークはな、力の種族や。〝戦いの中にこそ生きる道がある〟なんて言うてな。腕の一本や二本、失くしたところで勲章や。ワイみたいな〈弱き者〉は、ほんまはいらん者なんや……」


 人すら狩れない〈弱き者〉、相手にできるのは獣だけ――そうあだ名されたことを、今さらながらに思い出す。


「オクオは、弱くなんかない」


 すかさず言うミルカの口調は、まるで庇うようなものだった。


「そう言うてくれるのは、ミルカ、おまえぐらいなもんや」


 苦い笑みが浮かぶ。オクオは、ふと聖堂の丸屋根に目を戻した。


「――なあ、神聖術いうのは、人族はみんな使えるもんなんか?」

「え? ううん、とても珍しい力。才能のある人は、たいてい神殿の神職に就いて癒し手になる」

「ボーゲン爺さんは、神職やないやろ?」

「獣人の血が流れてるからね――ふつうはみんな気にしないけど、主神神殿は……純潔主義だから」


 純潔。人族以外に、神より授かった聖なる力を認めない……そういうことか? それでマーロは、オークの自分に憎しみを向けてくる……? いや、少し質が違うような気もするが――


「ねえ、これから神殿に行ってみない?」


 オクオが眺める聖堂の影に、ミルカの指先が触れた。


「あ、ああ……あんまり歓迎されそうもないが……何しに?」

「オクオの力が本当に神聖術と同じなら、神殿に行けば何か分かるんじゃないかな……て、思うんだけど。……どうかな」


「そういうもんか……それも、そうやな」と、オクオは重く腰を上げた。



    §


 執務室の仕事机の上に置かれた銀色の鳥型を前にして、マーロはあの忌まわしい出来事を思い返していた。


 古代廃道、大空洞、魔石鉱脈に巣くう魔獣、毒に冒された護人たち。マーロの目の前で、あのオークが、聖なる治癒の力ですべてを癒したあの時から――早くも十日が経とうとしている。


 聞けば、あのオークはあの後、充満した異常な密度の魔力に触発されて湧きあがった幽鬼たちを、祓ったというではないか。


 ボーゲンからの言伝を預かったままでいた鳥型の魔道具に、指先を伸ばす。


『――オクオの力、あれは間違いなく神聖術の力。あれほどに強いものは、儂もそう見たことがない。覚えがあるとすれば昔、神殿にいた巫女、聖女の再来と呼ばれたアーリア様よ。いや、修行次第ではあの方を超えるやもしれぬ……惜しい、まことに惜しい。十年前、アーリア様が健在であれば……。いかん、脱線しましたな。とにかく、一度マーロ殿にもその目でぜひ――』


 再び、鳥に触れる。興奮した老人の声が止まった。


「――ああ、もう見たさ」


 確かに……あの力はアーリア様と同じものだ。目の当たりにしてしまえば、言われるまでもない――誰よりも、分かってしまう。誰よりも、側で見てきた。


 オクオの手技は、我流ではあるが高次の神聖術の行使で間違いない。すでに、自分のものとは比べ物にならないほどに強い力の発露を、見せつけられてしまった。


〈肩もみ〉だのとふざけた名をつけてはいるが、あの力は本物だ。しかしなぜ……アーリア様は、十年前に亡くなっている。あのオークと関係が、あるはずがない。


 ありえない、絶対に――


 執務室の戸を叩く音を聞き、マーロは鷹揚に目を開けた。計ったようにして、側付きの者の声が扉越しに届けられる。


「――入れ」


 失礼しますと礼を取り、男はマーロの前に進み出た。戸惑っている。困惑と、恐れをないまぜにした声音で用件を告げた。


「マーロ様、あのオークが神殿に現れました。護人長の娘も一緒です。聖堂には入れず、正門にて留め置いておりますが――」

「何用か」

「その、二人が言うには、オークの持つ力について、神職の者に何やら訊きたいことがあるのだとか。いかがいたしましょう? 神聖な場に、汚れたオークを立ち入らせるなど……」


 片手をあげて、マーロは男の言葉を止めた。おもむろに、椅子から立ち上がる。


「……よい。私が直接会おう。応接の間に通しておきなさい」


 丁重にな――と付け加えて、マーロは身支度を整えるべく別室へと消えた。



    §


 神殿の正門にて、オクオは門衛の二人に槍の切っ先を突きつけられた。ミルカが用件を伝える間もなかった。後退ろうにも、三人目の槍先を背中に突き立てるとばかりに向けられては、動きようがない。


 ミルカがムムカの名を出しても、「これが我らの役目ゆえ」と門衛たちはひとつも引かないのだ。どうなることかと神殿の対応を待つ――ようやく「マーロ様がお会いになります」と使いが来て、二人は困惑しつつも胸をなでおろすことになった。


 表口を通ることなく、日陰の裏道を別の護衛兵らに連れられた。人目を避けているようだった。やがてオクオとミルカは、応接の間へと通された。


 白を基調とした静謐でありながら雅やかな一室で待つのは、オースベルクの主神神殿筆頭神官、マーロ一人だった。護衛は扉の外にいて、殺気だけを向けていた。


 緊張したまま席に着いたオクオとミルカだが、マーロの態度は柔和である。よどみない流麗な所作で茶を一口含んでから、神官の青年は話を切り出した。


「それで……何か訊きたいことがあるとのことですが」

「オクオの、力のことです」


 ミルカが答える。オクオは――成り行きを見守った。


「オクオさんが大空洞の一件で行使した神聖術ですね――私も驚きました。あれほど強い力をお持ちとは……」


 やけに丁寧な態度だ――訝しみながらも、オクオは黙って話を聞いた。


「でも、オークが神聖術を使えるだなんて……あたし、聞いたことがありません」

「――たしかに。失礼ですがオクオさん、あなたの生まれをお聞きしたい」


 いよいよだ。丘の上でミルカにも言わなかった自分の生まれを、話すときがきてしまった。覚悟して、呼吸を落ち着け、オクオは言った。


「ワイは……半オークや。母ちゃんが人族、父ちゃんがオークだったと聞いとる。どっちもワイが生まれてすぐ、死んでもうたということや」

「……なるほど。では、ご両親のどちらかが、神聖魔力を宿していたという可能性がある……ということでしょうか」


 質問か、推測か――口調はしかし、尋問にも似ている。


「……オークに、術師はおらん。他種族の女を攫って……その……新しい力の血を、オークは入れる。だから、たぶん……ワイの〈肩もみ〉は、母ちゃんが、母ちゃんから――」


 隣でミルカが、息を呑むのが分かった。マーロも身を固くした。それでも、神官は表情までは変えない。ただ暗い気だけを、わずかによどませた。


 聞きにくそうにして、ミルカが口をはさんだ。


「あの……もしかして神殿の関係者で、オークに攫われた人がいるなんて話は……」


 沈黙が部屋に満ちる。四方の白い壁が、重くのしかかるようだった。ひとときうつむいていたマーロが顔を上げ、静かに、古い記憶を辿るような口調で語り出す。


「――あります。十年前に、オークに攫われた巫女が一人。神聖術師でした。とはいえ、彼女がオクオさんとかかわりあるとは思えません。残念ながらその後すぐ、亡くなっていますので……」


 思わぬ話を聞かされた。オクオは己が出自に繋がる糸口を、まさかこの青年が口にするとは思いもしなかった。しかし――それならマーロが向ける憎悪の根源も……。


「十年前か……ワイが生まれたころや。ワイと関係が……あるんやろか?」

「え?!」


 ミルカとマーロ、二人の声が重なる。二人同じく目を見開き、オクオを凝視した。マーロの口元が震える。身の内から湧きあがる何かを洩らすまいと、抑え込んでいるかのようだった。


「どういうこと? オクオ、大人で……なのにあなた、十歳……年下なの?!」


 ようやく口を開いたミルカは、問いただすように言った。


「あーまー……そうやな。驚くわな……すまん、ミルカのこと、嬢ちゃん言うて。ワイも当たり前に思とったから、おまえが十八言うたの聞いて、ビックリしたんや」


 オクオが年下、年下……なんで、じゃあ……などと、ミルカは小声で繰り返す。


「ドミナが言うとったけど、オークは人の倍の早さで大人になるんやと」


〝人族に害を成すことしか知らない害獣種族〟――たしかそのように、人族はオークについて学ぶのだったか。間違いだらけの知識の中に、オークの生態に関するものは含まれていないのかもしれない。


「オクオのお母さん、オクオを産んですぐに亡くなったの? お父さんは?」

「人族と戦って、死んだ。言うても、そう聞かされとるだけや。本当の本当がどうだったかは……ワイも、知らん」


 再び重く、応接の間が沈黙する。喉を絞るようにしてようやく声を出したのは、マーロだった。


「オクオさん、あなたの生まれが仮に、十年前の、我らが不幸に関りがあるとしても。あなた自身に罪科はありません。お役に立てず申し訳ありませんが、こちらでも、何か記録が残っていないか調べてみましょう」


「今日のところは、お引き取りを」と、マーロは立ち上がった。


 これで話は終わりだと、物腰こそ丁寧だが、無言の内に圧を込めるような、神官の青年は奇妙な気迫をかもしていた。



    §


 予定より少し早いが、オクオとミルカは帰りの馬車に揺られていた。


 いざ、自分の出自の真実のいったんを突きつけられたのかと思うと、オクオの気持ちは重くなった。もちろん、真実であるとは限らない。十年前に攫われたという治癒師の女が、名も知らぬ人族の母親であるかどうかは、分からないままだ。


 ゆっくりと、車窓から眺める街並みが後ろへと流れていく。その様をぼんやりとオクオは眺めていた。


「――それであのとき、あたしに歳のことを聞いたんだね……十八だって答えたら、オクオがちょっと驚いてたの、そういうことか」


 大空洞に二人で取り残され、思い付きの付与術を試したときのことを、ミルカは口にしていた。


「まあな。七歳にもなれば、もう立派な大人や」

「人族と亜人族、それぞれぜんぜん違うんだね……」

「だな――そや、だからな、ドミナにおばはん言うたんよ。めっちゃ怒られたわ。二四〇いうたら、里の大ババ様よりうんと年上やぞ?」


「それは怒られるよ」と、ミルカはようやく明るく笑う。


「オクオが十歳って、人族だといくつぐらいになるの?」

「ドミナが言うには、だいたい二十歳ぐらいなんだと」


「なーんだ」と安堵したように、ミルカは「ふう」と息を吐く。


「なら、オクオは年上ということで」

「なんでや。ミルカのほうが年上さんやろー。これからは、ミルカ姉さんて呼ぶで」

「やめてよっ! あたしは年下っ、オクオが上!」


 頑としてミルカは聞かない。まあ――娘らしい態度と言えば態度ではある。


「こだわるとこ……なんかなあ」


 他愛もない会話が一区切りしたところで、ミルカは背を伸ばしてかしこまった。


「――あたしにも、昔のことでオクオにひとつ、確かめたいことがあるの」

「ワイに? なんや」

「オクオに助けられたの、きっと、三度目なの」

「どゆ……こと?」


 奇妙な予感が、オクオの胸に訪れる。


「五年前……西の森で人族の女の子を助けたこと、ない? 赤毛で、ちょっと巻き毛の、女の子のこと……」


 五年前、つまり、五歳――獣狩りの修行をしていたころだったか?


「あたしが十三歳のとき、パパにわがまま言って、護人の獣狩りに混ぜてもらったことがあるの……」


 修行をかねて、干し肉の材料を集めるため、たしかツノジシを追い込んで……追った先に、人族の少女が……怯えた赤毛の少女に、飛び掛かるツノジシを、金砕棒を振るい、すんでのところで打ち取って――


「あーっ! 覚えとるわ……あれ、おまえだったんか。ぜんぜん、なんか違うやん。もっとこう小そうて……細こくて……いや、だって……ええぇ?!」


 慌てた。たしかに、今のミルカには面影がある。


 ミルカはくすくすと笑うばかりだ。


「そっか……やっぱり、オクオだったんだ」


 浮かべた涙をミルカは、指先ではらった。


「じゃあね……とにかく、あの時のお礼を今から、します」

「は? なんや……」

「いいから、目を閉じて、早くっ!」


 気圧された。言われるままに目を閉じる。何をするつもりなのか――身を固くして、オクオは身構えた。


 ふいに、頬に柔らかなものが、触れた。


「ありがとう、オクオ」


 すっと体を離す気配があった。


 目を開けて、ミルカを見る。オクオから逸らす顔が、街の明かりをはじいてわずかに、朱に染まったように見えた。


 二人はそのまま何も言えず、馬車に揺られた。やがてドミナの館に到着し、オクオは一人、馬車を降りた。


「またね」と一言言い残し、ミルカを乗せた馬車はオクオの前から去っていく。なにか感じ入ったようにして、御者台のコーディが薄く笑っていた。


「な、なんやったんや、いったい……」


 馬車の背を見送りながら、オクオは呟く。


 ドミナに、相談するべきだろうか? 今日の出来事をすべて……馬車の中での出来事を加えるべきか、オクオは迷いながら館に入った。


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