釣り
キャビン隊は特別な輸送隊だ。普通の輸送隊はあちこちにいる王国軍に物資を届けるのが仕事だ。人は勿論、食料や服、武器や手紙を届けている。
キャビン隊の日常業務は普通の輸送隊の手伝いだ。突発の依頼だったり、1台足りない分を出したり調整弁としての仕事をしている。
何もなければ巡回路をぶらっと回って仕事を探したりしているところだが、汗ばむような好天ながら今日は取り消しとなり、隊舎は物々しい雰囲気に包まれていた。
キャビンは輸送隊の隊舎会議室で大隊長から任務の説明を受けていた。
大隊長は貴族の嫡子でキャビンより少し年上の青年だ。本来騎士団にいて、土なんかで汚れない場所にいるような身分だが、フィールドワークが好きなので、都の外での勤務を希望したらしい。
「……つまり、サハギンの大量発生だ」
「サハギン? あのギョエーとかギュエーとか叫ぶ。歩く魚みたいな?」
「そうだ。半魚のサハギンに漁村がやられて、辺りの村人は港町ドレージに逃げ込んだらしい。と、早馬で上がってきた。海上なら駐屯地の海軍が倒すのだろうが、陸地で少数の群れになって徘徊しているのを探して片付けるには足が足りないそうだ」
大隊長は昔、勝手に草原に出かけてモンスターに襲われた時に、冒険者が助けてくれたというのを宴会で毎回話している。
しょっちゅう聞かされているキャビンは段々と話が盛られているのに気づいているが本人が楽しそうなので指摘していない。
今回も話を盛っているんじゃないかと話半分に聞いていたが、どうやら本当に深刻な問題らしい。
「足ですか?」
「そうだ。海岸沿い数百キロのどこから陸に上がっているか不明なのだ。沖合から陸に上がるサハギンは海軍が軍艦で見張っている。それによると、ドレージの北数十キロ地点の砂浜からの上陸が多い。その後、川に入っていく。出来る範囲は海軍が迎撃してるが、何分デカい的じゃないからな。撃ち漏らしも多い。故に上陸した者を捜索・撃破する必要がある……地理を思い出してもらいたいが、我が国を真四角と捉えても左面全てが海だ。その全てが上陸地では冒険者が何百人いても足りない。幸運なことに、サハギンは水からそう離れられん。故に河口のみが上陸地点であるという学者の弁が正しいように思える。」
話していて熱くなってきたのか、大隊長は服をはだけさせて風魔法で涼んだ。
大隊長の服装は冒険者風の服装で緩めだ。インナーは執事の硬い希望で上質な生地だそうだ。
キャビンは会議なので着崩さず輸送隊の制服を着ていた。汗を掻くのも仕事だ。
……会議が終わったら冷たいものを飲もうと、何を飲もうか考え始めた。
「上陸したサハギンの目的地はどこですか?」
「目的地があるかすら不明だ。まだそこまでの情報も来ていない。今、学者達が過去の文献等を調べているとは聞いたな」
学者、文献等大隊長が好きそうな単語が出てきた。雑談が長くなりそうなので、キャビンは話を切り上げようと声をかけた。
「わかりました。至急キャビン隊も出発します」
キャビンは必要な燃料、食糧を頭で計算しながら立ち去ろうとすると、大隊長に呼び止められた。
「まて、キャビン隊への依頼は討伐ではない。君たちは輸送隊だ。輸送隊の仕事は輸送だろう」
「討伐者達の輸送ではないのですか?」
普段の仕事ならそういうのが多いのにと怪訝な顔をする。
「もっと重要な役目だ。偵察と村人の救助を頼みたい」
ピリピリとした空気を出しながら、大隊長は有無を言わせない声音を発する。
「詳細をお願いします」
キャビンも相当な事案だと、本腰を入れて話を聞くことにする。
偵察となると、達成目標があるわけで、キャビンは大隊長の意図を確認するため尋ねた。
「上陸地点が数千キロの海岸線全てからではなく、特定地点であることや小集団で動いているならば、目的地があるはずだ。そこを把握をしたい。これが主目的だ。最低限、奴らの向かう方向がわかれば、避難計画が立てられる。合わせて、サハギンの目的地方向の村や町への警告を行い、経路上で発見した村人を救援。サハギンの移動に巻き込まれないように安全地帯への移送を付帯任務とする」
「了解しました。上陸したサハギンの目的地を把握し、経路上の人身救助を行います」
「復唱した通りで問題ない。よろしく頼む。資料は渡すので、出発前に隊員で共有してくれたまえ」
キャビンは大隊長から机の上にあった資料を手渡された。数枚のまとまった資料のようだった。
「わかりました。それでは失礼します」
キャビンが緊張気味にそういうと、大隊長はいたずらするような笑顔で答えた。
「そうそう。サハギンはフライが美味いらしい。白身魚に似た味だとか。美味かったら持って帰ってきてくれ」
釣り人に声をかけるように気楽なことを言ってくれるのだった。




