第3章・3幕 屈辱
今回の登場人物
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・置田 蓮太 (おきたれんた)
14歳。本編の主人公。置田村の創始者・置田蓮次と置田藤香の子。英雄の息子として、次期・乙名としての期待が高い。優しい性格で、純粋。
・鈴谷 稲穂 (すずたにいなほ)
黛村の旧名・鈴谷村の元乙名・鈴谷与志夫の娘。両村で高い地位があり、一揆の際に蓮次が置田村に取り立てた以降、次期乙名としての地位も噂される。稲穂自体は乙名に興味はなく、蓮太の許嫁となり、蓮太に乙名になることを望んでいる。
・三ツ谷 華 (みつたに はな)
置田村の三大領主の一つでその娘。乙名になる男か、沙汰人に嫁ぐがせるつもりで親の英才教育は厳しい。本人は好きな人と一緒になれればそれでいいと考えている。自分が村を変えれるなら、それも考えてはいるようだが…村でも1番を争う美少女。
・伊集院 千毬 (いじゅういんちまり)
伊集院家の令嬢。他の学童とは一線を画す貴族のような出立と、大きな瞳ながらどこか冷たい表情をもつ。常に腹に一物を置くような一筋縄ではいかない性格。九狼党の❝耳❞である。
・森 幸兵衛 (もりこうべえ)
乙名や、沙汰人、親世代からは信頼のある、実直で経験豊富な守役として知られ、守役主まで実力でなった。ただ、奇妙な事件に遭遇しており、本人はそれを否定している。その実は女学童を強姦する趣味を持っていて、その立場でそれを横行、隠蔽してきた。
・東雲 隆将 (しののめたかまさ)
乙名心得の教官。冷静で知的かつ身体能力にも優れる、エキスパート的存在。厳しい教育方針だが、修了した者の結果は確かなもの。何かと蓮太を敵対視する。忍び装束に黒い羽衣・後ろにかき分けた髪など、独特の雰囲気を持つ。
・剛堂 泰治 (ごうどうたいじ)
蓮太を何かと敵視する。武道に一定の心得を持ち、足りない統治の心得を得るためと乙名心得学科へ入門。筋肉バカのようで意外に悪知恵と判断力を持つ。
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和都歴450年 8月1日 寺院・乙名心得学科
「以上で午前中の課題を終了する。皆、まずまずだった。蓮太を除いてな。」
東雲が蓮太に目を光らせる。
「親の七光りか知らんが、俺には通用しない。」
「俺はそこまで…ダメでしょうか?」
「ああ。貴様のその湧き出る気構え。他人の人生を背負えるとは思えないがな。」
「・・・」
「嫌なら辞めていいぞ。」
そういいながら東雲は教室を去っていく。
隣に座る稲穂が、落ち込む蓮太の背中をポンと叩く。
「大丈夫だよ。気分転換に一緒に外に出よっか?」
「ありがとう、稲穂。」
そういって、二人は席を立ち、教室を出ようと歩き出す。
その二人の前を剛堂が遮る。
「おいおい。乙名の心得が一番ヤバい蓮太さんが、反省せず女と外にデートかよ?」
「・・・」
蓮太は俯く。
「やめてくれる?剛堂君は蓮太にやたら当たるけど、彼の心も疲弊してきてる。立ち直れなくなったらどうしてくれるの?」
「そりゃそれまでの器だってことだ。」
「は?」
「乙名に求められるのは繊細さだけじゃないだろうが。心身の強さもあって然るべきだ。東雲守役もそういうことで蓮太に厳しいのさ。」
「それでもやり過ぎていい道理にはならないわ。」
「じゃ、守ってやれよ。一生な。女に守られる男が権力を持つのか。いや、そんな人生羨ましいぜ。」
そういうと剛堂は教室を出ていった。
「ごめんよ、稲穂。」
「いいよ、気にしちゃダメだって。行こ?」
そういうと二人は裏庭まで足を運んだ。
「ここに座って待ってて。私何か買ってくるから。」
「本当にすまないな。」
「さっきから謝ってばっかり。ほら、一緒に居る時くらいは元気出して?」
そう言いながら稲穂から抱きしめてあげる。
「なんか、稲穂のそういう優しさは嬉しいけど、ますます…すまないな、なんか。」
蓮太は赤面して話す。
「あ、笑ったね。良かった。じゃ、行ってくるね。」
稲穂は万屋の方へ走り去っていた。
「稲穂…ありがとう。」
蓮太の心に今は稲穂だけが支えになりつつある。これが二人にとって良かったのかはわからない。
稲穂とすれ違うように華と千毬が万屋から戻って裏庭に出てきた。
二人が蓮太の存在に気が付くとこちらへ向かってくる。
「隣いいかな?」
「ああ。」
華の言葉に蓮太は返す。
「鈴谷さん、凄い心配してたから。一緒に居てあげてって。優しいわよね。」
千毬が空を見ながら淡々と話す。
「俺は、七光りのつもりなかった。でも段々とそうなのかもと思ってきて。」
「そんな。蓮太君は、乙名になるべく人だよ?厳しくされるのもきっと芽があるからだよ。」
落ち込む蓮太に華が優しく接する。
「置田君がこのままダメになれば、私は例の取引はしないまでよ?そしたら置田君は何のためにあの取引をしたの?よく考えなさい。」
「そうだね。ありがとう。」
しばらく沈黙が流れる。
「いやいや、伊集院さん。」
「あ、守役主。」
「どうしたのかな?皆集まって。」
「いえ、何も、ちょっと置田君が心身疲労でして、慰めていたところです。」
「そうか。まぁそういうこともある。慰めてもらえる友人がいるなんて置田君は幸せだぞ。それも両手に花ではないか。」
「そうですね。少し気が晴れました。御心配おかけしました。」
蓮太が立ち上がり、一礼する。
「いやいや、儂は仕事じゃよ。はは。伊集院さん、ちょっとよろしいか?」
「はい?」
「ちょっと。ここでは難でのぅ。」
「わかりました。」
千毬と幸兵衛が面談の間の方へ歩いていく。
「どうかしましたか?」
幸兵衛の後に千毬は部屋に入るも問いかける。
「約束は覚えておるか?」
「約束?」
「また、惚けおるの。伊集院さんを学童会長にする協力のお礼じゃ。」
「あ~…」
千毬は察しが付くと窓の方へ歩いていく。
「また不治の病が再発したのですか?」
「そういういい方はないじゃろ。取引じゃ。好みの女学童を宛がってくれるんじゃろ?」
「そういいましたね。ちなみに誰か見つけたのですか?」
「前から二人いての。伊集院さん。貴女だが、取引としてそれは我慢する。」
「あら。光栄だわ。」
窓から蓮太と華を見ながら千毬は心にもないことを言う。
「もう一人じゃが・・・」
次回2024/12/29(日) 18:00~「第3章・4幕 公人ケダモノ」を配信予定です。