序章・2幕 置田 蓮太
「ただいま。」
「お帰りなさい、母上。」
藤香が疲れた顔で家に帰ると息子、置田 蓮太が迎えた。
置田 蓮太。置田蓮次と藤香の息子で、次期英雄として乙名から注目されている。同時に黛村からも悪い意味で注目される。
「遅かったですね。」
「八俣夫婦殺害の件でな。」
「母上は相島さんだと睨んでいるんですよね?」
「ああ、この村も権力者が長く支配しすぎたんだ。交代制といえば何かと異を唱える者も多い。」
「確かに、資質がないものが人を束ねるのも難しいですが、母上の言うことはもっともですね。」
蓮太は幼いころから藤香をはじめとした者から、先進的な教えを得ていたのもあり、現状の閉鎖的な体制には懐疑的だった。
「私もいつまで乙名として存在できるか分からない。蓮太が私の意思を継いでくれれば思い残すこともないが。」
「重々承知していますが、まだそこまで考えることでも…」
「そうだな。」
藤香は気を取り直して食事を勧める。
「蓮太も寺院での調子はどうだ?」
「何だかそちらも体制が大きく変わりそうでしてね。」
寺院とは、この祖柄樫山では学校のようなもので、寺に集まり、守役という先生のような存在が、指導・運営している。住職が居るものの、滅多に表には出ず、祖柄樫山の古くからの教え、神話といってもいいだろう、それに基づく宗派である。
「体制?寺院の運営ということか?」
「守役がすべてを決めるのでなく、学童たちも意見を言って活路を提示していく、という題目と聞きましたが、それには僕も賛成でして。」
「そうだな、意見できる場が多いのは良いことだろう。」
「ただ、それを取り纏め、守役との橋渡しをするのは学童会という組織でして、そこに乙名と同じように5人代表者を決めるようです。」
「ほう。」
祖柄樫山では、生徒たちは皆学童と呼ばれ、守役の生徒として寺院に通っている。
「立候補者は決意表明を掲げて票を集めるみたいでして。」
「ならば蓮太も立候補しろ。」
「ですかね。」
「乙名になるにもその票は繋がるだろうしな。」
「わかりました。」
画して蓮太の出馬は決まり、決意表明を考えることなった。
翌日、寺院に向かう際に集団往来が決められていて、守役と官人が集団学童に1人ずつ付く。
「おはよう。」
「おはようございます。」
蓮太らの住む置田村の中央は本置田と言われ、守役主の森 幸兵衛が長らく集団往来の引率を担当している。
同年の学童は多く、ここでは割愛しておくが、軽くこの8人は名前のみ紹介しておこう。
「おはよう、蓮太君。」三ツ谷 華
「おはようございます、蓮太さん。」鈴谷 稲穂
「よう、蓮太。」星 駿一郎
「おはよう。」毛呂 虎太郎
「おはよー。」書本 小夏
「やぁ。」霧隠 玄
「おはよう、蓮太。」羽黒 宗助
「おはようございます、置田君。」伊集院 千毬
これから長い人生をこの祖柄樫山で生きる蓮太が、この面子とは長い付き合いになることをまだ知らない。
一方、本置田の牢屋では、桑井は大須賀の取り調べを受けていた。
「早く殺害を認めてくれんか?俺もこんな役回りは面倒なんだ。」
「馬鹿言え、そんなの認めれば忽ち俺は死刑になる、俺だけじゃないんだ。相島が…」
「わかったわかった。」
大須賀はさらさら聞く気もない。
「仮に、だ。お前の言うことが本当でも、俺はお前を助けるメリットはあるか?よく考えろ。俺がお前の話を真に受けたら、俺まで危ない橋渡るんだ。」
大須賀は眉間にしわを寄せて、見下すように言う。
「わかった。俺のくすねてきた財産の場所を教えるから、逃がしてくれ。」
「ほう。でも一文無しで、相島さんの目が光る村で生きていけるのか?」
「黛村に逃げるよ。それならお互い迷惑かからないだろ?」
「ほう、なるほどね…」
大須賀は顎に手を当てる。
「わかった、やってみるか。」
「ありがてぇ。」
大須賀の決断に、桑井は歓喜する。
次回2024/10/6(土) 18:00~「序章・3幕 逃亡」を配信予定です。