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後編

「それで父上、そのご様子では愚かな考えはまだ諦めていないと言うことでしょうか?」

 レギナルトが至極丁寧な言葉使いをする時は、怒っていて有無を言わさない迫力がある。それでも今回ばかりはこの息子に負けられないのだ。

「そうだ。変更は無い。この古い皇城は解体し新しくする。その完成と共にそなたたちの婚礼を執り行う」

「―――無意味なことです。馬鹿馬鹿しい。話しになりません」

「陛下!さようでございます!婚礼の延期など私が断固反対ですぞ!」

 レギナルトもゲーゼも反対の意思は固い。

「無意味では無い、これは――」

 皇帝が説明しようとしたところにレギナルトの使いがやって来た。残してきた女王に失礼があってはならないので彼らの様子を窺わせたのだ。

「何?ティアナの所に?」

「どうかしたのか?レギナルト?」

「女王が皇子宮、ティアナの所に向ったそうです。此処でこうしてはおられません。いきなり女王と会うなど彼女が心細いでしょうから私も参ります。父上、お話は後ほど伺いますので、失礼致します」

 慌てて出て行く息子の後を皇帝も追い掛けて行った。まだ大事な話しの途中なのだ。止める訳にはいかないのだ。その皇帝を説得しようとゲーゼも追いかけた。


 ベッケラートは一応皇子宮に先触れを走らせたが連絡を受けた宮は仰天しているだろうと思った。しかし女官をまとめるバルバラの応対は完璧で二人が到着した時は、皇子宮の全部の女官が出迎えで入り口から左右に整列していた。その一番奥にティアナと後ろに控えるドロテーとバルバラが待っていたのだ。

 ティアナはオラールの女王が来ると聞いて驚いた。正直どうしようと心細くなったが、自分は皇子の婚約者なのだからちゃんとしなくてはと自分に言い聞かせた。


(深呼吸をして顔を上げて真っ直ぐ見る!)


 そして微笑む。

「ようこそいらっしゃいました。女王陛下」

 ブリジットは天の花嫁フェリシテとは対極である冥の花嫁をもちろん初めて見た。フェリシテとは正反対のような雰囲気を感じた。しかしどちらも流石に神の血を引く聖なる乙女は女から見ても感動を覚えるものだ。


(あのレギナルト皇子もジェラール同様、この花嫁の虜であろうな···)


「お邪魔しますぞ、冥の姫」

「どうぞ、ティアナとお呼び下さい。そして此方ではご自身のお城と思ってお寛ぎくださいませ」

「ティアナか、良い名じゃ。それでは少し話し相手になって貰おうかの。そうそうベッケラートの婚約者殿も一緒にの」

 ティアナの後ろで凛と背筋を伸ばして立っている侍女が、その女性だろうとブリジットは思った。だからドロテーに視線を流して言った。

 指名を受けたドロテーは驚いて目を見開いたが、ティアナは彼女が同じ席に着くと思うと心強かった。

 ティアナはブリジットを案内しながら奥へ進んで行ったが、その後を離れて付いて行くベッケラートにドロテーが透かさず小さな声で文句を言った。

「先生!何べらべらと喋っているのですか!私、何喋っていいのか分かりませんよ!」

「だって仕方が無いだろう?皇子がお前を名指ししたから女王が興味持って、奴と特別な関係か?みたいな言い方だったから、むっとしてだな」

 ドロテーは呆れた。医術は天才だし政も優秀。それなのにこの子供っぽい独占欲には何時もながら呆れるのだ。だけどそれがまた彼らしくて憎めないし好きが倍増する。だけどそれが悔しくて、つんとしてしまうのも毎度のことだった。

「ドロテー?怒ったのか?」

 そしてまた、つんとする。がっくりする彼がちょっと可哀想になってしまったが、今は侍女の時間帯だから甘やかさない。でも、やっぱり可哀想だから···

「怒っていませんよ。ちゃんと助けて下さいね」

 とベッケラートに耳打ちした。瞬く間にご機嫌が良くなる恋人に、また呆れながらも微笑むドロテーだった。



「そなたはクリストがオラールに行った訳を知らぬのか?」

 会話の初めにティアナが陛下も休暇ですか?と訊ねた返事がこの質問だった。

「訳でございますか?休暇でとしか聞いていませんが···」

 ティアナとドロテーは顔を見合わせた。二人共、城の移転問題や婚礼延期の話しは一切知らされていなかった。この場で知っているのはベッケラートぐらいだろう。

「ここの殿方は余程の過保護とみえるの。のう、ベッケラート?」

 気不味い顔をしているベッケラートに女王が視線を流した。

「あの、陛下。どういうことでしょうか?」

「公爵様、私にも何か教えて頂いて無いものがあるのでしょうか?」

 ティアナは女王に心配そうに聞き、ドロテーは、じろりと恋人を睨みながら聞いた。ベッケラートは皇子から口止めされていたからドロテーには言っていない。言えばティアナに伝わってしまうからだ。背中に冷や汗が流れるようだった。

「聞いておらぬのなら余の口から言えまい。クリストから聞くがいいぞ」

「クリスト?皇帝陛下からでございますか?」

 丁度その時、レギナルト達が皇子宮に到着したとの連絡が部屋に届けられた。ブリジットは少し開いた扇の後ろで、ニッと微笑んだ。それをたまたま目撃してしまったベッケラートはその笑みに引っかかるものを感じた。

「当事者が皆揃ったのなら此処で話しをしてもらうと良いではないか?クリストもティアナ殿に聞いてもらいたいだろうて」

 ブリジットがそう言った時に、レギナルトが険しい顔をして部屋に入って来た。

「ブリジット陛下。このような狭い宮にお足を運んで頂きまして申し訳ございませんでした。陛下には皇宮にてお寛ぎ頂けるお部屋をご用意しております。宜しければご案内させて頂きます」

「レギナルト殿、余は此処で満足じゃ。ティアナ殿も良くしてくれるしの」

 皇子は心配そうな顔をしてティアナを見た。しかし彼女は大丈夫と言うように、にっこり微笑みを返してきた。


「おお、クリスト。丁度良かった。そなたの城の件、ティアナ殿に話してやったらどうじゃ?彼女達は知らないらしい」

「知らない?そうか――」

「父上!それは後ほどと申した筈です!」

 レギナルトが素早く遮った。

「お城?皇子、何の事ですか?」

「ティアナ、お前は知らなくて良いことだ」

 レギナルトは頭ごなしにそう言った。独裁的で傲慢な皇子は昔から変わらない。しかしティアナを心から愛し真綿で包むかのようにその手で守ろうとする。それこそ外気に触れることさえ厭うような感じさえ見受けられるのだ。だからティアナは心配事も不安な事も何も無い。まるで温室に入れられた花の気分なのだ。それが最近ではとても嫌な気持ちになっていた。だから皇子の今の言い方が気に入らなかった。

「皇帝陛下、私にも教えて下さい」

「ティアナ!お前は知らなくて良い、と言っている!」

「私は、陛下に聞いています!皇子に聞いていません!」

 ティアナが、はっきりと反抗したのでレギナルトは驚いてしまった。こんな彼女は久し振りに見たからだ。心優しく直ぐ泣くしどちらかと言えば流されやすい性格だ。しかし忘れがちだが本当は芯がしっかりしているので自分の信念は曲げない頑固な面もあった。

 ブリジットはまた扇の後ろで、ふと微笑んだ。

「クリスト、彼女が聞きたいと言っておるぞ。皆おる事だし丁度良い機会であろう?そなたの考えを皆に聞いて貰うといい」

「ティアナ!そんなに聞きたければ私が後で教える」

 レギナルトは苛々した調子で言った。しかしティアナも負けていなかった。

「いいえ、今、教えて下さい!」


 ティアナはこうなったら譲らない。レギナルトは心の中で舌打ちした。城の移築に伴う婚礼の延期の話しが出ているなど、彼女に知られたく無かったのだ。不安にさせたく無かったし、何よりも自分が早く婚礼を挙げたかった。早く自分のものにしてしまわないと不安で堪らないのだ。

「皇城を···城を今造営中の神殿の敷地に移すと言う現実味の無い話しなだけだ!」

「え?お城を?」

「そうなんですよティアナ、だから陛下は婚礼も延期するとか言われて···」

 ゲーゼが嘆くように続けて言った。

 ティアナは少し考えた。確かに何故?と思うものだ。

「陛下、何かお考えがあるのでしょう?私にも聞かせて下さい」

「お前は関係ないから聞かなくていい!世迷言だ!本気でとると馬鹿を見る」

 また頭ごなしだ。ティアナは何だか自分が言われている気分になってきて、ムカムカしてきた。ドロテーも同じ顔をしている。女の立場としては同じ気持ちだろう。結婚は一人でするものでは無いのに延期するかもしれない、と言う大事な話しを秘密にしていたこと事態怒ってもいい筈だ。

「婚礼の延期という話は私に関係無いのですか!じゃあ皇子は私以外の方とご結婚される訳ですね?私、知りませんでした!」

「なっ、何を馬鹿なことを!」

「馬鹿なことですか?今の話は私達の婚礼の話では無いのでしょう?」

「私達の婚礼の事だ!」

「では、私も関係がありますよね?そのご様子だと陛下のお話もちゃんとお聞きになってないのでしょう?違いますか?私は聞きたいです」

「聞かなくていい!」

 レギナルトはティアナから指摘された通り、話しが出た途端詳しく聞かず却下したのだ。


「じゃあ、私、はっきり納得するまで皇子と結婚しません!ゲーゼ様!私が承知しないと結婚は出来なかったですよね?」

 皇子はもちろんゲーゼは腰を抜かして驚いた。

「テ、テ、ティアナ···そ、そそ···」

 それ以上ゲーゼは言葉が出なかった。そしてレギナルトは蒼白になっていた。

「何を言い出すんだ?私と結婚したくない?」

「はい。そんな横暴な皇子は嫌いですから結婚しません!」

 レギナルトの蒼白な顔に怒気が昇ってきた。

「ゆ、許さん!何を言うかと思えば絶対に許さん!お前は私の言うことだけ聞いていれば良いんだ!」

 ティアナはその言葉に、かっときた。

「それが嫌いです!私は皇子の人形ですか?それともただ大人しく皇子の言うことを聞いていればいいだけの奴隷ですか?私だって、皇子と一緒につらい事も苦しい事も分かち合いたいと思っているのに・・・何も出来ない、何もさせてもらえない私が自分で自分の事が嫌になってしまいます!」

 レギナルトは冷水を浴びたようだった。自分が良かれと思ってしていた事が彼女を傷付けていたのだ。確かに過保護過ぎていた。今日もブリジットの急な来訪で慌て助けに来たつもりだったがティアナはちゃんと対応していた。何も心配する必要は無かったのだ。レギナルトは自己嫌悪に陥ってしまってどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

「皆が聞きたい様子ですぞ、クリスト?」

 ブリジットがこの機を逃がさずそう言った。

 度重なる女王の誘導にベッケラートは、はっとした。


(女王はこれが狙いだったんだ!)


 女王が急に皇子宮に行きたいと言い出したのには驚いた。その理由はこの場所でティアナを餌に、その件で話し合っていた皇子を誘い出して話し合いの場所を移動させたかったのだろう。ティアナを巻き込めば皇子は耳を傾けるだろうからだ。皇帝の援護というところだろうか?これで彼女の企んだような微笑の理由が分かった。


(流石、大国を若い頃から男に頼らず一人で治めていただけある···)


 この状況では皇子も大神官も話しを聞く意外に無いだろう。不承不承耳を傾ける事となった。

 皇帝もブリジットの大丈夫と言っているような顔に支えられて話し始めた。

「私は子供の頃からこの皇城が嫌いだったんだよ。重苦しく暗く湿った空気を感じて育った···あの地に城が築かれてかなりの時代が過ぎて皇族の妄執が染み付いているせいかもしれない。私は末期状態の皇家で血の薄まりを感じながら皇位を継いだ···次代に血を繋ぐだけの道具にしか思えなかった私にレギナルト···そなたのような冥の神が降臨したかのような子を授かった。そしてゲーゼが告げたティアナ、そなたの誕生―――私はその時とても歓喜に震えたのだよ。歴史書には在位年数しか書かれないであろう私の時代に輝かしい未来が記されるのだからね。その時から私の心にあったのはその輝かしい未来を作る者達とそれを繋ぐ子にはこんな陰気な城では無い城を造ってやりたいと思っていた···」

「陛下····」

 ティアナは感激して涙を溜めていた。その彼女に皇帝は微笑みかけて続けた。

「それを何時実行するのか···私の悪い性格で希望はあっても実行に移しきれなかった。いよいよ婚礼の日程も決まり、私はそなた達に何が出来るだろうかと考えた。レギナルトは本当に優秀で私の手など全く必要としない。私は情けない事に何一つ息子に贈れるものが無かった。そこでふと心に過ぎったものが長年思い描いていた城の造営だった。新しい時代の幕開けに相応しく何もかも新しくして祝ってやりたかった。そなた達とその子供達の為に···」

 皇帝は語りながら皇城の完成図を広げて見せた。それはそれぞれが独立した壮麗な宮殿が広い庭で繋がった形式の解放的で明るいものだった。

「素敵···陛下、とても、とても素敵です!」

 ティアナは瞳を輝かせて言った。


 レギナルトもその図を手に取って見た。正直、父がそういう考えで言っていたとは思いもしなかった。何時もの浅慮な思いつきだろう思っていたのだ。

 聞き上手のティアナに皇帝は熱心に説明し出した。最初の造営は皇宮だけでそれが出来上がり次第の婚礼をとの事だった。だからそんなに延期するのでは無いと。

「父上、建築物に興味があるとは思っていましたが職人並みに詳しいですね」

 レギナルトは父親の意外な顔を垣間見て思わず言ってしまった。

「私は皇帝じゃなくて家や神殿を建てる職人になりたかったんだよ」

「····実に父上らしい。それなら仕事を抜け出してふらふらと庭を歩くより何か作られたらいいものを。敷地は腐るほどあるのですからまずは東屋でも建てられたらどうです?私も探し回る手間が省けていいでしょう」

「レ、レギナルト!」

 皇帝はブリジットを見た。彼女はほらみなさい、と言うような顔をしていた。

「父上のお考えは良く分かりました。しかし理想と現実はかけ離れております。もちろん時間をかければ可能ですが、私は婚礼をそんなに延期するつもりはありません」

 レギナルトは皇帝の想いは嬉しかった。しかし現実は違うのだ。だから、きっぱりと言い放った。

「皇子どうしてですか?私はとても嬉しいです!少しぐらい遅くなってもいいじゃないですか!どうしてさっきから婚礼を急ぐ事しか言わないのですか!」

 ティアナは完全に皇帝派に回ったようだった。

「黙れ!お前に何がわかる?皇城の移転など簡単に出来るものでは無い。財源はもとより労働者の確保と材料その他様々な問題がある。計画だけでも日数を要するんだ。それでなくても他にやることは沢山あるのにだ!」


 ティアナは怒鳴られて、とうとう涙ぐんでしまった。レギナルトは言い過ぎたと、はっとした時には遅く彼女の瞳からは涙が落ちていた。

「お、皇子が忙しいのは良く知っています···私が何も分からないのも分かっています。でも私···私だって···」

 ティアナは涙が出て思い通りの言葉が出なかった。そして横にいたドロテーに泣き付いてしまった。こうなってしまったらドロテーの出番だった。

「皇子!皇子が婚礼を急ぎたい理由は良く分かります。ティアナ様を一刻でも早く自分のものにしたいのでしょう?違いますか?」

 レギナルトは本心を突かれて、むっとした。

「私達は物ではございません。ものにするとかしないとか。殿方はそう言うことばかりお考えなのですね!結婚という形にこだわる気持ちは女性の方が強いと思っていましたが、殿方がこんなに強く独占的だとは思いませんでしたわ!」

「ドロテー、口が過ぎるぞ!」

 横柄なベッケラートでも皇子にここまで言わない。ベッケラートはハラハラとドロテーを見守った。自分が庇って口を挟めば逆に彼女から怒られてしまうからだ。


(ドロテー···程々にしろよ···)


 無礼討ちにでも合いそうなら自分が飛び出す覚悟でベッケラートは固唾を呑んだ。

「いいえ、言わせて貰います!お気に召されないのならどうぞ遠慮なく切り捨ててくださいませ!」

「駄目!ドロテー!」

 ティアナが驚いて顔を上げた。ドロテーと皇子は見合ったままだ。しかしこの勝負はレギナルトが負けた。彼女は何時も痛い所を突いてくる。自分の卑しい気持ちを見透かされた気分だった。皇子はドロテーから視線を外し大きく息を吐いた。

「父上、もっと詳しくお話しをお聞きしましょう」

「お、皇子!それでは婚礼が!」

 ゲーゼが驚いて咎めるように声を上げた。

「大神官、そんなに焦らなくてもいいぜ。あんた達が了解するんなら思っているより時間はかからない」

「ベッケラート?お主何を?」

「陛下に内々に言われていて財源や人夫に材料とその他諸々計算しているし確保しているから直ぐに取り掛かれる」

「ベッケラート、お前···」

 財務関係に人員や流通関係は彼の得意とする分野だった。レギナルトの知らぬ間に根回しも下準備も出来ていたのだ。ベッケラートは皇子に向って、にやりと笑うと皇帝には片目を瞑って合図した。

「レギナルト、私の想いを受け取って貰えるか?」

 レギナルトは父親を見た。星の刻印を持つには性格的にも能力的にも適さない父だった。刻印を持たなかったら遥かに幸せな人生を送れただろうといつも思っていた。尊敬はしていない。しかし憎めないものがあった。だから何時も文句を言いながらもこの父を助けているのだろう。愚鈍だと思えば幽閉でもして自分が実権を握るのが手っ取り早いのにだ。

 レギナルトは一度もそう思ったことが無いのに気が付いた。


(私は結局この父が好きなのだな···)


 レギナルトは微笑んだ。

「はい。父上、ありがたく受けさせて頂きます」

「皇子!」

 直ぐにティアナが泣きながら飛びついてきた。

「良かったの、クリスト」

「ええ、貴女のおかげですよ」

「余は何もしておらぬぞ」

「いいえ、貴女が傍に居てくれただけで心強かった。私の息子は怖いからの」

「しかし此処も花嫁が最強のようじゃの?」

 それもそうだと二人で笑い合った。

 抱き合ったまま離れない皇子とティアナはいいとして、皇帝と女王の親密な様子にゲーテもドロテーも目を丸くした。

「先生?あのお二人···」

「ああ、結婚するらしい」


「け、け、結婚!」


 ゲーゼが声を裏返して叫んだ。

 ブリジットが直ぐに反応して離れて立っていたその三人の所に寄って来た。

「そなた大神官であったな?余とクリストは婚姻するゆえ、よろしくのう」

「よ、よ、よろしくなど···星と太陽の刻印同士の婚姻は認められませんぞ!」

「硬いこと申すな。どこの大神官も同じ事を申すのう。余達にはもうそれぞれ跡継ぎはおるのだし、今更、余も子を産むつもりは無い。まあ···クリストが望むなら産んでも良いがの」

 ブリジットは、ふふふっ、と笑って皇帝に視線を流した。

「ブ、ブリジット」

 皇帝は焦って赤くなっていた。ゲーゼはそんな様子の皇帝を初めて見た。まるで恋したての少年のような顔をしていた。

「し、しかし陛下にはレギナルト皇子の母君の第一皇后がいらっしゃいます。御身のご身分は貴く···第二という訳には···そ、それに貴女様は女王陛下でいらっしゃいますし」

「王位は直ぐ王子にやるからいい。第二とは···余は一番が好きなのじゃが···」

 皇帝はもちろん抱き合っていた皇子達も皆が固唾を呑んでブリジットに注目した。第一第二とはもちろん第一が正室であり、他は子を産めば皇后と一応呼ばれるが側室の位だった。その第一は第一子を産んだものがなると決まっている。だからこの位はレギナルトの母が存命な限りどうすることも出来ないのだ。

「···ブリジット···私はそなたが一番愛おしいと思っておる···」

 皇帝がおずおずと言った。これにはゲーゼはもちろんレギナルトも驚いた。皇帝の口から愛と言う言葉を聞いた事が無かったからだ。皇帝の妻は二人いたが当然ながら神殿が決めた結婚相手であった。この二人が寵を競い合ったのは皇帝がどちらも愛さなかったからだろう。そして他の誰も愛するものがいなかった。ブリジットに出逢うまで―――


 ブリジットが艶然と笑った。

「そなたが一番と思ってくれるのなら余はそれだけで十分じゃ。肩書きなど我々の前には屑同然であろう?こだわる方が愚か者じゃ。のうクリスト」

 レギナルトは驚きと共にブリジットの器の大きさを感じたのだった。その地位に固執する愚かな母親と、この女王とでは争いにもならないだろう。獅子の周りを飛ぶ蝿のようなものだ。

 かくして皇帝クリストは城出をして生涯の伴侶を見つけ、もちろん女王ブリジットも探していた大切なものを見つけたのだった。

「クリスト、今思ったのだが···そなた退位の件を話さなかったの?」

「おや?そう言えば···では明日にでも」

「明日?そなたのそれは口癖のようじゃな?良く聞く言葉じゃ」

 皇帝は直ぐ先送りにするので明日、明日と言うのは逃げ口上のようなものだった。本人も自覚しているし、レギナルトからも再三怒られていた。

 皇帝は、あっと思ったが、ブリジットは微笑んだ。

「まあよい、余もそなたに習うとしよう。明日と言う言葉は未来に希望が広がって良いものよの。のうクリスト、明日はもっと良い事がありそうじゃ」

 女王と皇帝それぞれの称号が無くなった時、ブリジットとクリストは第二の人生を歩み始める。それは太陽の刻印と星の刻印を胸に刻んだ者同士が結ばれた最初の物語―――


ブリジット様は「クリストが望むなら産んでも良い」と宣言され、文末に「太陽の刻印と星の刻印を胸に刻んだ者同士が結ばれた最初の物語」となれば次世代編のネタを無意識に書いてしまってました。まだ書いていませんがブリジット様の赤ちゃんはもとろんですが、皇后(レギナルトの母)とのバトルが見たいです。ブリジット様の圧勝でしょうけど(笑)

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