第四百六話 演者勇者と導かれし仲間達7
「…………」
カーテンを閉め切った部屋。ローズは一人、ベッドで毛布にくるまっていた。
ショックだった。信じて助けたはずだったのにそれが嘘だったこと。服越しとはいえ、赤の他人に体を触られてしまった事。それに対し直ぐに反応出来なかった事。エクスカリバーに促され反応した結果、加減が出来ずやり過ぎてしまった事。
そして今、ショックを理由に、この部屋から動けないでいる事。――自分は勇者だ。過酷な道がある事も覚悟の上で来たはずなのに、この程度の事で挫けてどうする。そう言い聞かせても、体も心も言う事を効かない。
自分はやっぱり、勇者には相応しくなかったのかもしれない。――弱気な心がどんどん頭の中を占めていく、その時だった。――コンコン。
「……っ」
ノックの音。――部屋に閉じ籠ってから、誰かが訪ねて来たのは初めてではない。でも出る気になれなかった。どんな顔でどんな言葉を告げればいいのか。それを思えば体は動かない。
ノックの相手も、反応が無いのを見ると、色々と察し、諦めて帰っていく。――だが、今回は違った。
「入るよー」
ガチャッ。――遠慮なしに入ってくる。その行動と声でわかった。
「あ、心配しなくていいよ。私一人。ライト君は別行動中」
レナである。そのままドアを閉めると、ベッドに腰掛ける。――ちなみに本当にライトは別行動中。エカテリス、リバールと例の視察の真っ最中。なのでレナは一人であり、そしてレナが一人というのは何だかんだで貴重であった。
「そのままでいいから聞いてね。ライト君、もう一回勇者を名乗るって」
「え……!?」
「あ、誤解しないでね。ローズちゃんが不甲斐ないからじゃない。寧ろローズちゃんを守れなかった自分が不甲斐なく思って、ローズちゃんが戻ってくるまで、先代勇者として復活するんだと。――不甲斐なくなんてないのにねえ。相変わらず責任感が無駄に強いんだから」
「でも……それって」
「そんな言葉、君が知ってるお師匠様が望んでると思う?」
結局私のせいじゃないですか。――その言葉を、レナはその言葉で掻き消した。
「ライト君は、ローズちゃんに見切りをつけたり、呆れたりは絶対にしない。ローズちゃんが元気になる日まで、どれだけ時間がかかったとしても絶対に待っててくれる」
「…………」
「だから、約束して欲しいな。まず、絶対に無理はしない。まだまだゆっくり休んでて大丈夫だよ。あのヘンテコ集団は、私達が必ずなんとかするから。次に、ライト君を信じてあげて。ローズちゃんを大切に想うライト君を、信じて。そして最後に、必ずいつかは帰ってきて」
「!」
「どれだけ時間がかかってもいい。今は、本当に焦らないでゆっくりして。無理したら逆にライト君は怒るよ。でも、諦めないで。ローズちゃんが諦めない限り、私達はきっとローズちゃんの近くにいるから」
「レナ……さん」
「あ、それから私がこうして来てるの内緒ね。私、あんまりこういう事しない人だからさ」
そう言うと、毛布越しにギュッ、とレナはローズの手を数秒間握り、
「じゃ、私はこれで。――何かあったら、相談してくれていいよ。まあ、健全に考えるなら私以外の方が安全かもだけど」
そう優しい笑顔を残して、部屋を後にした。
「……私、は……」
再び暗い部屋に一人きりになったローズ。複雑な想いが交差して、そして――
「国内平和宣言?」
そして数日経過したある日。ライトとレナは玉座の間へ招集されていた。
「うむぅぅぅ……そこでだなぁ……我が国としてのぉぉぉ……平和をぉぉぉ……国としてぇぇ……正式にぃぃぃぃ……私自らぁぁぁ……宣言するイベントをだなぁぁぁ……」
ドドドドドドド。――謎の気迫を漲らせているヨゼルド。というか、
「国王様、何言ってるんだか物凄い分かり辛いですけど。何のギャグですかそれ」
物怖じしないレナのツッコミ。ライトも内心同意。――気合が入ったとしても気合の入り方がおかしい。と、横のヴァネッサが呆れ顔で溜め息。
「実は昨日、エカテリスが私達に相談してきたのよ。今後必要になるのなら、自分は「勇者様」との婚約宣言を大々的にしても構わないって。それで国の皆が喜んで、国家を信じるシンボルになるならって」
「ぶっ」
何故自分の知らない所でそんな話になっているのか。せめて張本人にも相談が欲しいライトである。
「ライト君! エカテリスとは……一体何処まで進んでいるのかね……!? もしかして、もうあんな事はそんな事まで」
「ハルちゃん」
「はい」
パァンパァン!
「ぐおぅ!?」
ライトに詰め寄ろうとするヨゼルドに、ヴァネッサの合図で隣に待機していたハルとヴァネッサがハリセンでヨゼルドの頭を叩いた。
「落ち着きなさい。気持ちはわかるけど今はおめでたい話よりも、もっとしっかりとした宣言式典で皆の安心感を守りたいって話をエカテリスにもしたでしょ? だから「まだ」しないわよ」
「そんな事言っても! 父親として複雑に決まってるだろう!? 確かにライト君の事は信用しているが、それとこれとは別問題じゃないか! 私はまだ「お義父さん」なんて呼ばれたくない……!」
「それ以上しつこいと離婚して私ライト君と再婚するわよ?」
「さて、それで国内平和宣言についてだが」
その一言でヨゼルドはしっかりとしたヨゼルドに戻った。……というか、
「当の本人が最後まで置いてきぼり……」
「え、王女様か王妃様とどっちかと結婚確定って話なだけじゃん」
「重いよ!?」
「だからまず私で予行練習をしておけばよかったんだよー」
「君はそんなんでいいの!?」
「全然いいけど」
「いいのかよ!?」
俺に選択肢ありませんかそうですか。――ライトは内心溜め息。どうしよう。もう本当に先にレナと婚約するべきなのか。
「まずは同盟国であるポートランス、更に今回の騒動において新たに同盟国となったアレジャグードとの同盟強固を宣言。そして我が国はタカクシン教に対して、一切従う事無く、国家を運営する事の宣言。この二つが主な発表になる」
「あえて比べた時にメインは後者になるわ。今回の式典とほぼ同時に、国としてタカクシン教に最終通告をするわ。国内での強制的勧誘、無許可での施設での建造、こちらの調査に対しての無意味な抵抗、等々ハインハウルス国に対しての条例法律を無視する形をこれ以上取り続けるのであれば、例え本拠点がハインハウルス国外であったとしても、強制的な執行宣言をさせて貰う」
つまり、戦争止む無し、という事である。そして、
「従っては……くれないでしょうね」
「ええ。正直、軍事責任者としてもう軍備は進めてるわ。――こういう戦いは、もう終わったと思ってたけれど」
ふぅ、と軽く溜め息をつくヴァネッサ。どれだけ天騎士として強くなったとしても、勿論好きで戦争をしたいわけではないだろう。相手はモンスターではない、生身の人間である。
「さて、宣言での式典の話に戻ろう。勿論式典だから暗い感じにはするつもりはない。収穫祭……とまではいかないが、城下町での出店や我々もパレードの様な形で民の皆に近くでの顔見せをする予定でもある」
「成程、俺達の出番なわけですね」
ヴァネッサは兎も角、ヨゼルドをそこまで近くで晒すという事は、それだけ危険も伴う。つまり腕利きの警護が必要というわけで。
「いや、ライト君にはもっと重要な事をして貰う。――先代勇者に返り咲いてくれるんだろう?」
「え……?」
そして、あっと言う間に式典当日はやって来た。
本来であれば、この規模の式典は時間をかけて大がかりな準備をする物だが、今回は時間勝負。長引かせれば長引かせる程相手の思う壺であり、かなりの速度で準備は進められたとの事。
今はヨゼルドが開会の挨拶、そして演説の真っ最中。――何だかんだで民衆は真面目なヨゼルドの演説など耳にする機会は無いので、大勢の人達がヨゼルドの言葉に耳を傾けている。
「……ある意味、聞くだけの方が全然楽だよな」
そしてこちら裏方で待機中なのがライト。自分で零している様に、今回の託された任務を思うと緊張で今一歩ヨゼルドの言葉が届かない。
「ファイトファイト。自分でやるって宣言しちゃったんだから」
「まあそうなんだけどさ」
護衛のレナも、一度ここで離れる事になる。
「んもー、仕方ないなあ。いつもみたいにキスしてあげたら覚悟決まる?」
「そのルーティーン初めてなんですけど!?」
寧ろこのやり取りがルーティーンではなかろうか。
「ライトさん! いつでもいけますよ!」
と、声をかけてきたのは現在ハインハウルス城で保護されているシンディ。何故ここにいるのかと言えば、
「光栄に思うが良いぞ。主と決めた者以外を背中に乗せるなど、中々せんからの。お主は特別ぞ」
そのシンディの傍らには(久々に)竜の姿になったスーリュノの姿が。
「わかってる。ありがとうな、こんな願いを聞いてくれて」
「構わぬ。手を貸すと約束したであろう」
要は、勇者として、スーリュノ――伝説クラスの竜、エンシェントドラゴンに乗って登場、というパフォーマンスを披露するのであった。当たり前だが、勇者とはいえ中々竜、それも伝説級に跨って登場は出来る事じゃない。その奇跡と、その力の強さ。その両方のアピールというわけであった。
「ほれ、もう乗っておれ。いつでも行ける様にしておくがよい」
「うん」
スーリュノが身を屈めて乗り易くしてくれる。ライトはそのままその背中に――
「師匠ーっ!」
――乗ろうとした所で、そんな声が。
「ローズ……!?」
それは、精神的ダメージを負い、今も部屋で療養している……と思われたローズであった。駆け足でライトの下へ。
「遅くなってすみません! 私も一緒に行きます!」
「ローズ、大丈夫なのか? 無理してないか?」
「無理はしてます! 正直おかしくなりそうです!」
がくっ。――物凄い正直だった。じゃあ何でだよ、と思っていると、
「でもそれ以上に、師匠の弟子として、勇者の弟子として、今師匠と一緒に居たいんです! お願いします、一緒に行かせて下さい! もう一度、勇者として頑張らせて下さい!」
だが次いでそう力強く宣言した。その言葉に嘘は見られない。
「辛いのは、わかってるよな? これから、もっと辛いかもしれない」
「はい」
「勇者だから行かなきゃいけない。そんな事はないからな?」
「それでも、私は行きます! 師匠と一緒に! ドラゴンさん、お先に失礼します!」
「あ、ちょっ」
ひょい。――そう言うと、ローズは先にスーリュノの背中に乗ってしまった。
「くくく、勇者か! この国の勇者は個性的なのが多くて面白いのう! ほれ、ライトもさっさと乗るがよい!」
そしてそのやり取りを見て、スーリュノがローズを気に入ってしまった様子。――こうなるともう戻れない。何より時間も無い。
「ローズ」
「はい」
ライトは守る様にローズの後ろから、軽く抱き締める様に乗り込む。
「君が頑張れる限り、俺はローズの近くにいるからな。絶対に、これ以上無理はするなよ」
「はい!」
勇者ローズ、復活。そしてスーリュノが翼を広げ、空へと飛び立った。




