第四百五話 演者勇者と導かれし仲間達6
コンコン。――静かな部屋に響く、規則正しいノックの音。
「セツナです。失礼して構いませんか?」
「ああ」
許可を得ると、セツナはドアを開け、「教祖様」の部屋に入った。
「どうした? 君には待機を命じていたはずだが」
「はい。その待機の時間に色々思考を巡らせた結果、教祖様のお考えを拝聴したくなりましてねえ」
「考え?」
「ええ。――タカクシン教は、領土を確実に広げています。ですが早過ぎる領土拡大は、下の者にそれだけ目を配る事が出来なくなる。現にハインハウルス城下町ではいくつかのトラブルも発生しています。この統率の乱れを見逃すハインハウルス軍とも思えない」
「つまり、相手はその隙を見逃さず、それを足場にこちらの制圧に出る、と」
「はい。ですので一旦落ち着いて、まずはこちらの領土や信者達を安定させる方が優先ではないかと」
ジッ、と教祖様がセツナを見る。その目は鋭く冷たい。
「君の言いたいことはわかった。だけどその心配は不要だ」
「おや、何故ですか?」
「こうなってしまう事も全て想定済みだからだ。寧ろ、ハインハウルス軍には動き出して貰わないと困る。仮にも魔王軍を壊滅させるだけの強大な力があるんだ。全力で守りを固められたら崩すのにどれだけかかるか流石にわからないからね」
「成程、一日でも早く世界を掌握したいと」
再びジッ、とセツナは睨まれる。――セツナ自身は動じなかったが。
「何にせよ、君が心配する話じゃない。――君にも大事な局面で動いて貰う事になる。今は待機だ」
「畏まりました、それでは」
セツナはお辞儀をすると、教祖様の部屋を後にする。
「才能はある、人を惹き付けるカリスマもある、だが少々自意識過剰で周囲の視線が届かない時がある」
廊下を歩きながら、セツナは小さく独り言。
「ここまで上手くいった、いや行き過ぎた。果たしてこの後どう転がるのか。見物ですねえ」
ふふっ、と一瞬楽しそうな笑みを浮かべると、そのままセツナは自室に戻るのであった。
「うーっ」
ごろごろ。
「あーっ」
ごろごろごろ。
「むーっ」
ごろごろごろごろ。――エカテリスは自室のベッドで枕を抱いて転がっていた。
原因は勿論先刻のライトとの婚約を提案された事についてである。あそこまでストレートに提案されて、ここまで自分が動揺するとは思ってもいなかった。
客観的に見て、自他共に認める勇者フリーク。その勇者との婚約。幼い頃からの夢が一つ叶うのだ。そしてライトという存在。その皆を導く強い心、自分をポートランスで助けてくれた時の勇気ある姿、人として何の文句も無い。寧ろ好感しかない。
つまり、後は自分自身で自分の心を後押しすればいいだけ。――だがその肝心の後押しする自分がいない。こんなお転婆な自分でいいのか。ライトは自分の事をどう思ってくれてるのか。
「ライト様は、姫様の事を勿論好意的に想っていらっしゃいますよ」
「リバール……」
勿論リバールは部屋で待機していた。今はクローゼットを開けて――
「……何してますの?」
「折角ですから、殿方が喜ぶ服をご用意させて頂きました」
「殿方が喜ぶ……って何ですのこれ!? 薄すぎて着ても肌が完全に透けそうだし、こっちは生地が少な過ぎですわ!? こんなので本当にライトが喜ぶの!?」
リバールが用意した服は、正に今エカテリスの説明の通り。勿論エカテリスはそんな服を今まで着た事も所持していた事も無い。
「お喜びになると思いますよ、あの方も立派な殿方。試しに私が着てどういう反応をするのか見学なさいますか?」
「どんなシチュエーションですのそれ!?」
それで興奮するライトを見て何を思えばいいのか。
「確かにこれは行き過ぎかもしれませんが、もう少し姫様もこういった事に手を出されても宜しいかと。女性として、強く清く魅力的で美しく。その為に必要な知識もあるのです。まさか子供はコウノトリが運んで来るとか思ってませんよね?」
「流石に思ってませんわよ……」
「では具体的には?」
「それは……その」
「知識が無いのでしたらその時の為に学習なさっておくべきです。まずはですね、殿方が女性の――」
「ああっもうわかってるから具体的な説明はいりませんわ!」
顔を赤くして再び転がるエカテリス。――可愛い。リバールとしてはずっと見ていたいが、今はそうも言っていられない。
「ライト様はきっと、どんな姫様も受け止めて下さいますよ」
リバールはエカテリスが寝転ぶベッドに腰掛け、優しく語り掛ける。
「積極的な姫様も、奥手な姫様も、そんなのを無かった事にして槍を振るう姫様も。ですから、姫様はただ単純に、ご自分のお気持ちに素直になればよいだけではないかと」
「自分の気持ちに……」
「そのご自分の気持ちが現状の答えで無くても構わないかと。今、何がしたいのか。それに向かって突き進む姫様が、私が一番敬愛する世界一美しい姫様でございます」
「…………」
そのリバールの言葉に、エカテリスの焦りが少しずつ落ち着いていく。傍にいてくれるリバールの後押しは、何よりもエカテリスに勇気をもたらす。
「リバール、着替えを」
むくり、とエカテリスは起き上がる。その目は、完全に自分を取り戻していた。
「畏まりました。では、初日ですのでやはり清楚な白で、尚且つ大胆なこちらなど」
「その破廉恥な下着に着替えるわけではありませんわよ! 外行き用! その破廉恥な下着は後で片しておきなさい!」
「宜しいのですか?」
「当たり前です!」
「本当に? 万が一という事は?」
…………。
「と、兎に角今は外行きの服ですわ! 早く用意して!」
「王女様! お久しぶりでございます!」
「ごめんなさい、最近少し忙しくて。こうして久々に足を運べて嬉しいですわ。――あっ、新メニューですわね! 頂きますわ!」
「はい、ありがとうございます!」
外行き用の服に着替え、その足でライトの部屋へ直撃。多方面の覚悟を若干していた(!)ライトを捕まえ、リバールと三人で城下町へ。――そう、恒例行事の食べ歩き視察である。
「物凄い勢いで来られるから正直何かと思ったよ……」
「ふふ、私もライト様と同じく、いくつかの覚悟はしておりましたが、流石姫様です」
一度出てしまえばそこはもうエカテリスの独壇場。どうしてもこうしてライトとリバールで二人で話す時間が生まれる。
「ライト様。このリバール、いかなる展開も覚悟も既に済んでおります」
「いかなる展開も覚悟も……?」
「はい。例えばライト様が私を側室として迎えて、今夜直ぐにでも寝室に招待したいと仰るのであれば私は参上します」
「あのなあ……そういうのはレナだけでお腹一杯なんだよ……お願いだからリバールまでそういう事を言わないでくれ」
いつも通りからかわれたと思いそう苦言を呈するが、
「確かに極端な例えではありますが、でも冗談ではありませんよ? ハルさんが必死になるのもわかります。中々生きてきて、ライト様の様な殿方に出会う機会などございません。ですので、私としては一向に構わないのです。そして」
リバールの表情を見れば、穏やかな笑み。――確かに嘘を言っている様には見えなかった。でもそうなると。
「私からの願いは一つだけ。――姫様に、後悔の選択をして頂きたくないのです」
「リバール……」
「お二人の結論が、どんな答えだったとしても、それが姫様にとって本当に憂いなく導き出した答えでしたら、私はそれで構わないのです。ですので、姫様の想いに答えに、正面から嘘偽りなく向き合って欲しいのです」
何処まで行ってもリバールはリバールで、エカテリスの為の存在であった。
「……うん」
幸せそうに笑顔で人々と語り合うその姿を見て、ライトもしっかりと覚悟を決める。
「大丈夫。俺は大切な人全員と、ちゃんと逃げないで向き合うよ。エカテリスも、皆も、勿論リバールも」
「ありがとうございます。では早速今夜にでも私は」
「最後のは冗談だよな!?」
「姫様の為に予行練習をですね」
「その結果何をエカテリスに伝えるつもりなんだよ!?」
何処まで冗談なのか本当にわからない。――冗談なんだよな?
「皆、思ってたよりも元気そうで安心しましたわ」
と、両手に荷物を抱えてエカテリスが戻ってくる。
「というよりも、皆様姫様の笑顔を見て安心なされたのでしょう。変わらない姫様の笑顔は、心の支えになります」
「うん、まあそれに関しては俺もリバールに同意かな」
「もう、ライトまで」
エカテリスは謙遜するが、タカクシン教騒動以来、実際不安だった者もいただろう。それが以前と変わらぬ笑顔でエカテリスが来てくれた。確実にそれは安心をもたらしたはずである。
「だからさエカテリス。折角だし、もう一押ししてみようよ。皆を元気にしよう」
ライトの提案。その内容を、
「わかりましたわ。私にそれが出来るのなら」
エカテリスは呑んだ。荷物をライトとリバールに預け、
「皆さん、聞いて下さいませ!」
噴水広場で、声を挙げる。
「私はエカテリス=ハインハウルス、王国第一王女として宣言しますわ! 皆さん、きっと今大小あれど不安を感じていらっしゃることかと思います! でもその不安、必ず私達ハインハウルス国が打ち払ってみせますわ! 皆さんの笑顔を守る事、王女として約束しますわ! 私達を、信じて下さいませ!」
そのエカテリスの宣言、演説に、人々は足を止め、一気に歓喜の声をあげた。
「比べるのも馬鹿らしいけど、タカクシン教の演説とはえらい違いだよな」
「勿論です。あれが、私が生涯仕えると決めた主の輝く姿ですから」
エカテリスは声援に笑顔で応え、手を振り、笑顔を振りまく。誰もが慕う王女様の姿がそこにあった。
「お疲れ様。格好良かったよ」
「ふふ、ありがとう」
十分程声援に応え続けた後、エカテリスはライトとリバールと合流した。
「でも宣言した以上は、必ずやり遂げてみせますわ。――ねえ、ライト」
「うん?」
「私個人がどうとか、誰かどうとか、それがどんな結果だとしても、仲間として、最後まで戦って、この国を一緒に守って下さるかしら?」
エカテリスがライトに向かって手を伸ばす。
「勿論。最後まで一緒に戦おう。俺達の手で、この国を守ろう」
その勝ち気な笑みに吸い寄せられる様に、ライトはその手を握り返した。約束の握手を交わした。方や王国王女として、方や演者勇者として、そしてお互い、大切な仲間として。
「そうと決まれば改めていつでも行動出来る様に準備、会議、お父様お母様との面会会談ですわね」
道中続く声援に応えつつ、エカテリスは決意を新たに固める。
「あ……でもその前に、ライト、レナを少し借りれるかしら?」
「レナを? 別に急ぎで出かける用事はないから大丈夫だけど、どうした?」
今更護衛が必要とも思えない。リバールもいる。
「うん、その……ね? 具体的にレナが考えている、その、ハーレムって、どういう基準なのかしら、と思って」
「ブーッ!」
とんでもない発言だった。ライト、思わず吹き出す。チラリと表情を伺えばエカテリスの顔は赤かった。
「いや、その、エカテリス、あのだな、レナのあれは」
「あっ、ライトは来たら駄目ですわよ! こういうのは女同士できっちり話し合う物ですわ! それにあくまで参考までに確認がしたいだけだから!」
「ええ……」
チラリ、とリバールを見るとすまし顔。でもよく見れば少しだけ嬉しそうな気もした。――どのあたりが嬉しいのかは怖くて聞けない。
(俺は、この戦いが終わったらどうしたらいいんだろうか……)
そんな憂いが過ぎる、帰り道なのであった。




